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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第60回   イージェンとマシンナートの都(1)
 一の大陸セクル=テゥルフの南に位置する王国カーティアの西のはずれに三台の大きな鉄の箱、マシンナートたちの乗り物トレイルが停留していた。西にはルシャ・ダウナとの国境になっている山脈があった。その山脈の麓までやってきていた。三台の連結作業が終わり、山脈に向かってゆっくりと動き出した。
『各員、所定のルゥムにて待機。ただいまより、窓を遮蔽し、扉をロックします』
 抑揚のない女の声が響いてきた。イージェンはヴァン、リィイヴと一緒の部屋にいた。外が見えていた窓が灰色の覆いで塞がった。同時に扉がガコンと音がした。
 山脈中の谷間に入っていく。深く切れ込んで、傾斜となっている。底に向かって進んでいる。
『パァゲトゥリィゲェイト進入路進行中、深度200、ゲェィト通過まで後5ミニツ』
 ずっと黙っていたヴァンが見えない窓の外に顔を向けた。
「そろそろ着くな」
 ゆっくりと速度が落ちていく。
イージェンがやはり見えない窓を見た。
「パァゲトゥリィって何だ?」
リィイヴがイージェンの顔を見つめた。
「浄化渠っていって…テェエルで汚れた身体や車体をきれいにするところだよ」
ガコッと音がして、トレイルが停止した。
『パァゲトゥリィ到着、乗員は全員下車、検疫を受けて下さい。トレイルはこれより殺菌棟に入ります』
 扉の施錠が外れた。三人で外に出た。ファランツェリを迎えに来たのと同じ黒い服のふたりが三人に近づいた。
「シリィのイージェン、特別検疫棟に連行する」
 ヴァンが眉を吊り上げた。
「連行ってどういう…」
 言い終える前に黒服のひとりがヴァンの頬をはたこうとした。
「おい!」
 イージェンがその手がヴァンを叩く寸前に手首を掴んでいた。
「なっ!」
 あまりの素早さに黒服のひとりが息を飲んだ。もうひとりが冷たく言った。
「暴れないという約束のはず、おとなしくついて来い」
 イージェンの両手に縛する丸い錠を嵌めた。
「イージェン!」
 ヴァンとリィイヴが心配そうに二、三歩追いかけた。イージェンが振り返りながら不敵な笑いを口元に見せた。
「じゃあな」
 周囲は灰色の滑らかな石のようなものに囲まれた細長いドームのようだった。天井も高く、奥行きはもちろん、幅も広い。壁には天井近くまで透明な窓がたくさんあり、いくつもの出入り口があった。このような建築物は見たことはない。今まで見た中で一番大きな建物は、王宮の儀式殿だが、比較にならないほど大きかった。しばらく歩かされて奥の出入り口に入っていった。どこも自動で開く扉だった。トレイルの廊下のような狭い路で、天井から薄紫の光が注いでいた。やがて別の扉があり、黒服のひとりが胸の小箱で開いた。
 急に広いところに出た。何人か白い長服を着ているマシンナートたちが待っていた。みな、白い布で口元を覆い、手袋をしていた。黒い服はそこで手首の錠を外して戻っていった。白い服のひとりが部屋の隅にある半分透明の筒を指差した。
「検疫担当官である。服を脱いで、その中に入れ」
 筒に近づき、つなぎ服を脱いだ。横の入口に手を掛けたとき、担当官がきつく言った。
「全部脱ぐんだ」
全部で七人いるマシンナートたちのうち、すくなくとも三人は女だ。さすがに全裸になるのは戸惑う。
「このままではだめなのか」
 だめだと強硬に言うので、しかたなく下着も脱いだ。視線が注がれているのがわかる。屈辱的であることには違いなかったが、その視線が冷たく物でも見るようだったので、恥ずかしさより薄気味悪さが先に立った。
 横の入口が自然と開いた。中に入り、入口が閉まると、上と下から水がすごい勢いで噴出してきた。
「うわっ!」
 思わず腕で顔を覆った。最初ただの水のようだったが、一度止まり、次に出てきた時はなにか石鹸のような水だった。
「言い忘れてたが、目を閉じていないと染みるからな」
 筒の中で担当官の声がした。目はずっと閉じていたので、染みはしないが、きちんと言っておいてほしいことだ。わざと言わなかったのだ。
ふたたび水が噴出してきた。かなり冷たい。最初水は排水されていたが、途中から栓をしたらしく、溜って来た。水の勢いも増し、たちまち顎の下まで来た。頭も没していく。イージェンだから息は続くが、普通なら溺れてしまうだろう。目を開いて、筒の外の七人を見た。ひそひそと話しているのが『聞こえる』。
「…かなり肺活量ありそうだけど、何ミニツ持つかな」「それはここでやることじゃないけど…」
「ずいぶん筋肉が訓練されてるみたい」「筋力も知りたいところね…」
百も数えたころ、水は排出された。大きく息をして、胸を満たした。頭の上で何かが光った。
「上の光を見ないように」
 顔を伏せた。しばらく光を当てられた。その光は皮膚の浅い部分にしか届いていない感じがした。光が消えて、横の入口が開いた。出たとたん、部屋の奥にあった白い布が掛かったベッドに行くように棒で示された。その棒の先は二つに分かれていて、あのマリィンで見たものと同じだった。
 ベッドに上り、横たわった。左腕をつかまれ、透明の筒の先についている針を刺された。
「うっ」
 痛くはない。ただ、血が吸い上げられていくさまを初めて見たので気分が悪かった。右腕には灰色の筒をはめられて、ぎゅっと締め付けられた。胸の何箇所かに平たく丸いものに細い線がついているものを貼り付けられ、右の人差し指には何か爪の覆いのようなものをはめられた。
「バァイタァル、とります」
「脈拍、血圧、呼吸数、体温は…」
 ベッドに周囲にモニタのようなものが何台も置いてあり、様々な色の紐のようなものが這っていた。血を抜く筒で三本分取られた。耳に細い棒を差し込まれた。担当官が、ベッドの頭の方を少し上げて、平べったい金物の板を持って顔を近づけてきた。
「口を開けろ」
 口を開けると板で舌を押さえつけた。小さな灯りで中を覗き込んだ。別のマシンナートが何かを渡した。白い綿のついた棒で、頬の内側をまさぐられた。
「かはっ!」
 少し咳き込んでしまった。女が細い管を持って下腹部に触ろうとした。
「何するんだ!」
 驚いて身体を起こした。女はかまわずイージェンの陰茎を握ってその先に管を差し込んだ。
「やめろっ!」
 女を蹴飛ばそうとしたが、その前に二股の棒が下腹部に押し付けられた。
「うっ!」
 ビリッと衝撃が身体を走った。だがイージェンの身体の動きを止めるほどの威力はない。
「暴れるな!必要な検査だ!」
 ここまで来て無駄にしたくない。しかたない、我慢しなくては。大きくため息をついて、ベッドに背を預けた。女が差しかけた管を奥に押し込み、ぎゅっと力を入れた。中で当たって激しく痛んだ。イージェンが痛む様子を見た女の口元が笑いで歪んでいた。差した管から小水が流れ出てきた。さすがに恥ずかしくなってきた。小水は、透明の袋に溜まっていった。
尻にも何か差し込もうとした。小水を取るのだから、便も取るだろう。無駄なことだとそっぽを向いた。差し込んだものを見て、女が言った。
「インタァスティンキャメラ持ってきて」
 担当官が首を傾げた。
「どうした、浣腸しないで見るのか」
 女が担当官を招き寄せ、さきほど尻に差し込んだものを見せた。
「それが便が採取できないんです、大腸液しかついてないでしょ?」
 次は何をしようというのか。さきほどよりは太い管を尻に差し込んだ。中にどんどん入ってくる。ところどころで先が壁に当たって痛い。思わず仰け反った。引き寄せたモニタをみんなで見ている。腹の内部が見えているらしい。
「絶食してたとしても、これほどきれいじゃないよな」
「来る前に浣腸したのかしら」
 イライラしていたイージェンが言った。
「俺はもう四、五年糞をしていない。術を掛けながら食事していくうちにそうなった」
 女が驚いて見つめた。担当官がカサンのように鼻先で笑った。
「なにが術だ。そんなことがあるわけがない、ばかげたことを」
食事を取らせて一日置いて再検査すると言った。食べられたものではない肉を無理やり食わされ、冷たいスープで流し込まれた。


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