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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第6回   セレンと紅《くれない》の王子(3)
 怯え震えるセレンの背中をさすりながら、ラウドが銀の箱・トレイルの傍まで馬を進めた。トレイルの近くに大きなタープが張ってあり、その下に昨日訪ねて着た白衣の教授がいた。まわりにも同じような白衣や灰色の上下が繋がった服を着たものたちが何人かいて、馬が近づいたことに気づいてタープの外に出てきた。
「殿下!早速のお運び、恐縮です」
 教授が手を胸に当ててお辞儀した。馬から下りたラウドが頷いて、トレイルを見上げた。セレンを降ろしてやり、馬の手綱をタープのポールに括り付けた。周りのものたちもみな顔色が悪く、いじわるい目つきでセレンたちを見ていた。リュールはずっと唸り声を上げていた。ラウドとセレンは教授の案内で、トレイルの側面から出ている傾斜板から中に入った。それは軍船の中に似ていた。もちろん、セレンは軍船はおろか普通の船すら川を渡る小舟程度しか知らなかったので、そのように比べることもできないのだが。狭い廊下は硬い金属板で囲われており、ところどころに灯火とは違う丸い明かりが下がっていた。梯子を何回か登り、おおむね三階分ほどの高さを上ったところで教授が頭上の蓋のようなものを開けた。セレンは、なんとかラウドとはぐれまいと付いて来ていた。リュールはラウドの外套のフードの中に入っておとなしくしていた。真上を登っていたラウドの体が明るいところに上っていった。セレンも登り切った。日の光の下に出たらしくまぶしくて目を細めた。トレイルの屋上のようだった。金属板の床が広がっている。その上に黒い布を被った大きな固まりがあった。
「よほどプレインが気に入ったようですな」
 教授が何人かいた灰色つなぎのものたちに黒い布を取るように命じた。黒い布が払われ、白の翼を広げた鳥のようなものが現れた。
「ああ、魔力がなくても飛べるというのがいい」
 そのとき、先ほどの梯子から頭が出てきた。
「教授、バレーから入電です」
 教授がラウドに頭を下げた。
「殿下、少しお待ち下さい、すぐに戻ります」
 ふたりを置いて梯子を降りて行ってしまった。ラウドが白色の鳥のようなプレインに近づいた。セレンがラウドの外套を控えめだが引っ張って止めようとした。ラウドは笑ってセレンを引き寄せた。その拍子にリュールがフードから零れ落ちた。
「来い、面白いものを見せてやる」
 セレンを押し上げるようにしてプレインに付いている梯子を上りだした。梯子の上は小さな椅子が立てに並んで付いている狭い場所だった。後ろの席にセレンを座らせ、前に座った。リュールが止めようとしてか激しく吠えた。何事かと見上げた灰色つなぎのものたちが叫んだ。
「降りて下さい!」
しかしラウドは席の前にあるU字型の管を握った。プレインの脚についている車輪が動き出した。
プレインはすごい速度でトレイルの屋根の上を走り出し、屋根から落ちると同時に天高く目指して上昇した。
「ああーっ!」
 セレンはプレインが動き出すと同時に目をつぶっていた。身体が浮くように思ったら、何か足元がおぼつかないような感じでぶるぶると震えていた。
「どうだ、セレン!外を見てみろ!」
 顔を上げるなどとてもできなかった。ラウドがセレンの腕を掴み、前の席にひっぱって来た。
「怖いか?大丈夫、心配するな」
 堅く抱きしめた。セレンはその腕の力の強さに少し落ち着きを取り戻した。薄目を開けて外を見た。青い空がすぐそこに見えた。セレンはその青の美しさに目を見張った。そして、ラウドに促されて下を見た。高い空の上から見下ろす景色など初めてだった。森も畑も家も人も小さく見えた。その地上の広がりに驚くばかりだった。
「そなたは魔導師の弟子だから、マシンナートのテクノロジイは認められないだろう。実は俺もだ」
 セレンには理解できない言葉ばかりだったが、ただラウドの言うことを聞いていた。
「空を飛んでみたかった。魔力がなくても飛べるこのプレインだけは認めたいと思う」
 ラウドが管を動かすと、プレインがゆっくりと空に輪を描いていく。急にプレインがガタガタと音を立てた。
「どうした」
 訳がわからないままに、プレインの先や白の翼に付いている風車が止まった。プレインが飛ぶ力を失ってゆらゆらと浮いている。
「なんだ!?」
 懸命にいろいろな管を動かしたりボタンを押してみたりしてたが、言うことを聞かない。プレインは首を下げた。管を引っ張って上昇させようとしたが、無駄だった。影が日を遮った。
「殿下、こちらへ!」
 ヴィルトだった。外套を翻してプレインと並んで空を飛んでいる。ラウドが一瞬怒りに目を開き、膝の上のセレンを抱え上げて、ヴィルトに差し出した。
「セレンを!」
 ヴィルトがセレンを受け取り、脇に抱えて、ラウドに手を差し伸べた。
「早く!」
 ラウドがヴィルトの手を握る寸前、プレインは失速してそのまま堕ちていった。
「殿下!」
 ヴィルトは追おうとしたが、留まった。一陣の風がプレインを掠めた。プレインが地上に激突して、破片を周囲に撒き散らした。
 ヴィルトとセレンが、地上に降りた。離れたところに紅い外套と風の正体らしい灰緑の外套が並んで立っていた。紅い外套が膝を折って崩れた。ヴィルトにしがみついていたセレンが駆け寄った。
「殿下…」
 ラウドが顔を上げ、セレンの顔に手を伸ばした。
「セレン、すまん…」
 怖い思いをさせてしまってと堅く抱きしめた。トレイルの方から、馬ではないものの力で走る箱が近づいてきた。
「ああーっ!なんてことをしてくれたんだ!」
 箱から降りた教授がバラバラに分解してしまったプレインを見て悲鳴を上げた。
「これ一機を造るのがどれほど大変だと思っているんだ!それを勝手に飛ばして壊してしまって!」
 ラウドに向かって喚いた。ヴィルトがラウドの前に立った。
「王太子殿下に向かって無礼だろう。口を慎め」
 教授が口から泡を飛ばしてヴィルトを指差した。
「こ、このイカサマ師が!えらそうに!」
 箱に乗ってきた灰色つなぎのものたちに手を振った。
「できるだけ、部品を回収するんだ!」
 灰色つなぎのものたちが厚い皮手袋をして、プレインの残骸に走っていく。ラウドが教授を見た。
「なんで、落ちたんだ。ちゃんと飛んでいたのに」
 ヴィルトを睨んでいる教授がラウドに目を移した。
「燃料がほとんど入ってなかったんだ、目盛板の見方も知らんで見よう見真似で飛ばせると思ったのか」
 教授の馬鹿にしたような言い方に怒りで顔を赤くした。反論しようとしているのに気づいて、ヴィルトが制した。
「このたびのことは殿下がお悪い。マシンナートなどの接近をお許しになった、そのことからしてすでに間違っております」
 ラウドが立ち上がって、こぶしを堅く握った。
「俺はただ、魔力がなくても飛べるこのプレインだけはすばらしいと思ったんだ!このプレインだけは認めてもいい!」
 ヴィルトが首を振った。
「プレインだけ認めるということはありえません。このプレインの部品ひとつひとつがテクノロジイです。プレインを認めることはテクノロジイを信奉することです。異端です!」
 ラウドが肩を震わせて下を向いた。セレンがラウドから離れ、ヴィルトの外套を掴んだ。
「殿下は、空を飛んでみたかっただけだって、だから叱らないで」
 ヴィルトがセレンの頭を撫でた。灰緑の外套が近づいてきた。
「空を飛びたいって、子どものころ、塔から飛び降りたときと同じではないですか!まったく、わがままなままで、少しは大人になりなさい!」
 ラウドが自分より頭ひとつ背の低いその外套の主を睨み付けた。
「…エアリア…」
 学院長サリュースの弟子エアリア、年の頃は十五、六の少女で、灰緑のフードの下に銀色の前髪が見え、大きな青い瞳となかなかに鼻筋が通った顔立ちをしていた。言い争いを始めかねないふたりの間に入ったヴィルトが両方を制するように両手を広げた。そして、教授の方に向き直った。教授も皮手袋をしてプレインに行き掛けていたが、気づいて立ち止まった。
「本来ならばマシンナートがテクノロジイを啓蒙する行為をすれば、始末するのが決まりだが、このたびは王太子殿下の迂闊さが招いたこと、見逃してやるから即刻国外退去しろ」
 教授が身震いして怒鳴った。
「見逃してやるだとォ!?何様のつもりだ!きっと後悔することになるぞっ!」
 トレイルの方角から何台かの箱がやってきた。プレインの部品を積み込んでいる。やがて、ラウドの馬を連れた隊長のイリィ・レンと部下たち数頭が到着した。
「殿下―っ!」
 馬から下りたイリィがその無事な姿にほっとして顔を泣き崩さんばかりにして跪いた。その腕からリュールが零れ落ち、セレンに駆け寄った。ラウドがイリィの肩を叩いた。
「心配かけた、すまん」
 イリィが顔を上げ、涙目で見上げた。
「もう二度とおひとりで出歩かないで下さい、どこまででもお供いたしますから」
 ラウドが苦笑いした。
 守護部隊の何名かを監視に置き、ラウドはイリィ、残りの騎兵を連れて王宮に戻ることとなった。
 セレンはヴィルトの腕に抱かれて、灰色の仮面を見上げた。ヴィルトが優しく言った。
「目をつぶっていれば、すぐに着くから」
 言われたとおり、目をつぶった。ふわっと身体が浮くような感じがして、風が頬を叩いた。空を飛んでいるんだ。セレンはそう感じた。傍にエアリアも飛んでいた。
「ヴィルト様!その子は誰なんです!?」
 すぐ間近でエアリアが尋ねた。
「弟子のセレンだよ」
 エアリアが息を飲み、空中で止まった。ヴィルトはそのまま速度を落とさず、王宮に向かっていった。      
(「セレンと紅《くれない》の王子」完)


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