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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第57回   イージェンと鉄の箱《トレイル》(3)
 満天の夜空、第一の月が低い位置に登っている。いい風が吹いていた。アリスタが胸を膨らまして深く息を吸い込んでいた。
「風、気持ちいいわ、バレーでは風もアァティフィシャリテイだし」
 風を作り出している道具があるらしい。後ろから二台トレイルが付いて来ていた。一番後方が弐号車だ。
「今回テェエルでのミッションに参加してみて、空とか海とかきれいだなって思ったわ」
 テェエルは地上のことだという。
「わたしはワァカァ出身だし、助手どまりだから…どうせなら、変わったことしたいなって思って参加したんだけど」
 アリスタが少し遠慮がちだが、イージェンに身体を預けてきた。
「マシンナートにも身分みたいのがあるのか」
 腕を掴んできた。
「シリィたちの身分とはちょっと違うけど…でも、似たようなものかも…」
 走る路が急に悪くなったようだった。がたがたと箱体が揺れた。アリスタが倒れそうになったのをイージェンが抱き支えた。
「でも、おまえたち三人、仲がいいじゃないか、年も違うし、その…身分も違うみたいだが」
 アリスタがイージェンを見上げた。暗闇でも、イージェンにははっきり見える。目が悲しそうだった。
「ヴァンとは子どもの頃、育成棟で一緒に育ったの…私は知能の数値が高かったから、インクウワィアになったけど、彼はなれなかった」
 能力の差は仕方ないだろう。魔導師でも執政官でも等級はある。
「ファランツェリとは?」
 揺れがひどくなってきた。海岸沿いから内陸に向かっている。この大陸のどこかにバレーがあるのか。まったく聞いたことがない。
「研究棟で同室、同じ教授の演習チィイムだったの。そのころ、あの子まだ七つで、大人ばかりの中で馴染まないし、大教授の娘だからって敬遠されてた。わたしもワァカァ出身だから疎外されてて、それではみ出しもの同士って感じで、仲良くなったのよ」
 七つで大人と混じって学ぶのだから、やはりかなり優秀なのだ。
「ヴァンは子ども好きだし、ファランツェリも気が合ったみたいですぐに仲良しになったのよ」
 ファランツェリは二年前に上位の演習チィイムに移り、それ以来会っていなかったが、半年前極北の海で補給を受けるときに再会したのだという。
「極北の海…マリィンが海の中をうろついているのか」
「他のところは知らないけど、私のバレーの所属艦は五艦だったわ」
 トレイルはほかの大陸でも見かけたことがあったが、マリィンが大陸間の海の中をうごめいているとは。それがもしみな、ミッシレェを積んでいたら。他のところにも同じようにあったとしたら。
 仮面や学院はこのことを知っているのだろうか。
 イージェンがアリスタを抱き上げた。アリスタが驚きながら頬を赤らめて首に腕を回し肩に頭を預けた。ふわっと浮き上がり、空を飛んだ。
「きゃあっ!」
 アリスタが短く悲鳴を上げた。たちまち弐号車の屋根の上に降り立った。降ろされたアリスタが揺れに倒れそうになり、すがりついてきた。
「行こう」
 イージェンが支えながら、出入口に向かった。
 ランチルゥムを覗くと、ヴァンがいた。何人かのワァカァたちと食事をしていた。その中には王都からのモゥビィルを運転していた運転士と行法士がいた。
「壱号車に泊まるのかと思った」
 ヴァンが椅子を詰めてふたつ空けた。行法士が他のワァカァと一緒に席を立った。
「こっちでないと落ち着かないし」
 アリスタがちらっと後ろを見た。行法士たちが盆を持ってきた。
「どうぞ、アリスタ」
 アリスタとイージェンの前に盆を置き、行法士以外はルゥムを出て行った。アリスタが心配そうにイージェンに尋ねた。
「食べられるもの、ある?」
 イージェンが緑色の濃厚なスープを匙ですくって口をつけた。豆の煮汁のようだった。
「ああ…食べられそうだ」
 実は食べられたものではなかった。だが、この先食べないわけにはいかない。なんとか、術を掛けながら食べれば、力にはなるだろう。我慢して飲み込んだ。ヴァンがカファを持ってきてくれた。
「すまない」
 飲みながら、イージェンが感謝した。ヴァンがアリスタにそっと言った。
「…昼間、参号車のアズが言ってたんだが、王都から逃げてきたプテロソプタを撃墜したってさ」
 行法士も一緒になって声を潜めた。
「ミッシレェも何かで迎撃されたって」
 アリスタが困った顔でパンをかじっていた。
「それ以上は発表があるまで、あまり話さないほうがいいわよ」
 ようやくそれだけ言った。ヴァンと行法士がうなずいた。ヴァンがスープのほかには何も食べないイージェンのカファのおかわりをもってきてやった。
「イージェン、寝るとこだけど、別に部屋が用意できないんだ」
 ヴァンも行法士と相部屋になったのだ。イージェンがカファを飲み干した。
「モゥビィルの倉庫の隅にでも横になる。だめなら、屋上でもいい」
 ヴァンもカファの杯を開けながら、言った。
「ちょっと狭いが俺達と一緒の部屋でいいか」
 イージェンは意外な申し出に戸惑った。
「いいのか?」
遠慮がちに尋ねるイージェンに、ヴァンがうなずき、細身で小柄な行法士も親指を立ててにこっと笑った。アリスタがつまらなそうに白く濁った液体を飲んだ。


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