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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第56回   イージェンと鉄の箱《トレイル》(2)
 イージェンが、南方海岸沿いのトレイル三台が集まったところにやってきた。弐号車の側にトレイルから降ろされて外に集められているマシンナートたちがいた。ヴァンを見つけて寄って行った。
「おう、来たか」
 ヴァンが楽しそうに言った。イージェンが、尋ねた。
「あいつらは…」
「ああ、ユワン教授のラボの連中さ、参号車に移されて護送されるんだ」
 ユワンは見捨てられ、部下だったものたちも死ぬか捕まった。マシンナートの中での勢力争いもすさまじいものがあるのだと背筋が寒くなった。
「まあ、バルシチス教授の筋書きを納得すれば、命は助けてもらえるんじゃないかな」
 ヴァンがそう言いながら奥歯を噛み締めているのに気づいた。アリスタがやってきた。
「イージェン、来てくれたのね」
 抱きついてきた。恋人がいる前でと思ったが、ヴァンは気にしていない様子だった。乱暴に引き剥がすのもどうかと思い、ゆっくりと肩を掴んで離した。
「ファランツェリは大丈夫か?」
 アリスタが少し目を伏せた。
「ええ、バァイタルはほぼ正常よ」
 バァイタルは身体の状態を示す脈や体温などのことだという。参号車はユワンの部下を護送するために手狭なので、アリスタやヴァンは弐号車に移ることになった。弐号車のほうが装備がよいのだ。ファランツェリを見舞いたいというイージェンを連れてアリスタが壱号車に向かった。ヴァンは弐号車で待っていると言って走っていった。

 イージェンは、ファランツェリの部屋の前でアリスタと別れた。アリスタがバルシチス教授に会ってくると言うので、後で行くから、そう伝えてくれと頼んだ。アリスタは物言いたげな顔をしていたが、うなずいて離れていった。
扉を叩いたが、反応がなかった。施錠されているかどうかわからなかった。取っ手に手をかけると、重い扉が少し開いた。
「ファランツェリ…」
 わずかな隙間から覗き込んだ。正面は窓とユニットの扉だ。さらに開けて中に入った。ベッドの上にファランツェリが寝ていた。枕元に棒が立っていて、透明の液体が入った透明の袋がぶら下がっていた。その袋の底から管が出ていて、腕にその管の先が入っていた。そっと顔を覗き込んでいた。苦しげな表情ではなく、すやすやと眠っているようだった。しばらく寝顔を見ていたが、立ち去ろうとした。
「…イージェン?」
 呼ばれて振り向いた。ファランツェリが少し目を開けて、手を伸ばしていた。枕元に戻り、手を握った。
「起こしたか?悪かったな」
 ファランツェリがうれしそうに首を振った。
「ううん、いいよ…」
 椅子を引き寄せて座った。手を握り直し、ファランツェリの額に掛かった前髪を払った。ファランツェリが気持ちよさそうに目を閉じた。しばらくして、ファランツェリが眉をひそめ、さびしそうに言った。
「もう…お別れなんだよね…」
イージェンが静かに言った。
「これで別れるのは、寂しいし、テクノロジイのこと、もっと知りたいんだ。バレーに行ってみたい、なんとかならないか」
 ファランツェリが眼を開けた。
「評議会が何ていうか…とうさんだったらなんとかなるかなぁ…」
 ファランツェリの父親は実力者のようだから、口添えがあれば、可能性は高まる。
「頼んでみてくれるか?」
 ファランツェリがにっこりと笑った。
「わかった、後で連絡することになってるから、そのとき頼んでみるね」
 そして、左の人差し指で唇を二度叩いた。イージェンは、苦笑してファランツェリの前髪をかき上げ、額に口付けした。ファランツェリが不満そうに唇を尖らした。
「もう…ちゃんとしたキスして」
 イージェンがベッドから離れながら言った。
「よく休むんだぞ」
 ファランツェリが寂しそうに微笑んで手を振った。

 部屋を出て、アリスタが向かっていった方向に歩いていった。途中の梯子からアリスタが降りてきた。
「今迎えに行こうと思ったのよ」
 確かにどこにバルシチスがいるかはわからなかった。梯子を登って進行方向に向かって歩いていく。突き当たりの部屋に行き着いた。アリスタはランチルゥムで待っていると小走りに去っていった。扉を叩いた。シュッーっと音がして、扉が開いた。自動的に開いたようだった。その部屋は広めで、正面に大きめのベッドがあり、その上にバルシチスが横になっていた。ベッドの横には窓があり、ファランツェリが腕に刺していたのと同じものが二本枕元の棒に下がっていた。
「具合はどうだ?」
 イージェンが声を掛けると、バルシチスが窓に向けていた首を巡らせた。ゆっくり近づこうとして途中で立ち止まった。目の前で手のひらを広げた。なにか、仕切りのようなものがあった。
「ガラス…?」
 バルシチスが苦しげな顔で言った。
「…もしかしたら…おまえには意味のないものかもしれんがな…」
 防護壁といったところか、叩き割ってもいいし、灼熱で溶かしてもいいが、やめた。
「ここであんたをどうにかするようだったら、マリィンで助けたりしない」
 バルシチスが吐息をついた。
「それもそうだ…」
 なにかを手元で操作したらしく、シュッーと音がして、ガラスが上から下へと降りていき、床にめり込んで消えた。足を進め、ベッドからは少し離れたところで止まった。バルシチスがイージェンを見つめた。
「…マリィンでユワンを見たことを誰かに話したか」
 イージェンが首を横に振った。
「あんなことまでするとは…」
 バルシチスが目を閉じた。マリィンの爆発はユワンがしたことだろう。イージェンが不愉快な顔をした。
「あんたらが見捨てたりしたからだろう、ユワンが復讐したとしても文句言える筋合いじゃない」
 バルシチスは黙ってしまった。急に殺意が湧いて来た。ヴィルトが消してくれたが、もし間に合わなかったら、カーティアの王都は全滅していた。エスヴェルンの王都にも向けていた。
これか、これなのか。学院がマシンナートを異端とするのは。
魔力はどんなに強いものであっても、ひとりの力だ。確かに強い魔力で精錬した武器は普通よりは強い殺傷力をもつが、所詮多くの命をいちどきに奪うほどの力はない。しかし、マシンナートのテクノロジイは違う。
「ユワンのことは黙っていろ」
 威圧的な物言いにますます不愉快になったが、ここは抑えた。
「俺はあんたらの内紛に興味はない。ただ、テクノロジイについて知りたいだけだ」
 バルシチスが顔を向けた。
「バレーに行ってみたい」
 イージェンの言葉に驚いていた。
「まさか、魔導師が…」
 まだ身体が痛いのだろう、苦しそうに肩を動かした。熱があるようで額に汗をかいている。
「信用ならんな、学院の『犬』ではないと言う保証はない」
「俺は学院に所属したことはないし、魔導師の誓い、ミスティリオンを詠唱していない、正式には魔導師じゃない」
 バルシチスが苦しい中鼻先で笑った。
「魔導師は平気で嘘をつく、信じられん」
 人買いのネサルも同じようなことを言っていたのを思い出した。学院は、敵対するものには徹底的に非情だ。確かに隠し事や嘘も平気だろう。しかし、ここまで来て引っ込むわけにはいかなかった。
「俺はいわば、あんたやお偉いさんの娘の命の恩人だぞ、少しは報いてくれてもいいんじゃないか?」
 バルシチスが少し考えてから、答えた。
「評議会に話してみるが、約束はできない」
「ファランツェリも親父さんに頼んでくれるそうだ、ふたりでなんとかうまく言ってくれ」
 イージェンが扉に向かい、前に立つと、自動的に開いた。振り返った。
「身体、大事にな」
 バルシチスが顔を逸らした。廊下に出ると後ろでまた自動的に閉まった。

 二階下ってランチルゥムに向かった。中にはかなりの人数のマシンナートたちが食事をしていた。イージェンが入ってきたのを見て、それまで賑やかだったのが、急に静まり返った。出入口に近いところにアリスタがいた。アリスタがイージェンを押し出すようにしてランチルゥムを出た。
「マリィンを沈めたの、あなたじゃないかって噂になってて」
 呆れてしまった。ユワンのことが漏れていない証拠だろうが、それにしても不愉快なことだった。
「俺じゃない」
 もっとも、ミッシレェを破壊したのだから、あそこで爆発して、結局マリィンは沈むことになったかもしれないが。
「弐号車に戻りたいんだけど、もう発進してるから無理ね」
 動き出したのはわかっていた。
「屋上に出よう」
 意味が分からず首を傾げるアリスタの手を握り引っ張って行った。屋上の出入口を押し開けて出た。すっかり夜になっていた。


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