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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第55回   イージェンと鉄の箱《トレイル》(1)
 エスヴェルンの第一特級魔導師エアリアが、セレンとともにカーティアの王都に到着した。入れ違いに南方派遣軍平定の王立軍が派兵された。
王宮に到着すると、ヴィルトとセネタ公、イリーニア姫が出迎えた。報告は遣い魔でしていたが、あらためてセネタ公にお辞儀して報告した。
「伝書を受けましてすぐに探索しましたが、そのとき、マシンナートのトレイルから発砲があり、飛行物は墜落しました。爆発する前に殿下を救出したのですが、すでに…マシンナートのアウムズでお胸を打ち抜かれて、お亡くなりになられておりました…」
 セネタ公が手で目を覆った。イリーニアが涙を手ぬぐいで押さえた。一縷の望みにセネタ公が尋ねた。
「大魔導師様は《蘇りの術》を使えると漏れ聞いたことがあるのですが…」
ヴィルトが首を振った。
「あれは臨終に立ち会わないと使えない。完全な死者を蘇らせることはできない」
セネタ公が大きく肩を落とした。エアリアがヴィルトにうながされてイリーニアの耳元で言った。
「お召し替えし、御髪(おぐし)を整えていただけますか」
 イリーニアがうなずき、外套に包まれた遺体を抱えたエアリアを後宮に導いた。
「殿下のことは、陛下には…」
 ヴィルトが尋ねると、まだとのことだったので、ヴィルトが伝えようと言った。
「助けてさしあげられなかった。お詫びしたい」
 ヴィルトが馬のくつわを掴んでいるセレンに近づいた。セレンはずっと下を向いていて顔を上げなかった。片膝を付き、セレンの手を取った。
「セレン…おかえり」
 セレンはしばらく黙っていたが、声を震わせて言った。
「…イージェンさんは…ぼくに師匠(せんせい)のところに帰らないで、自分を師匠にしろって言ったのに」
 後はしゃくりあげて続かなかった。エアリアの伝書でセレンがイージェンを慕っていて、別れを悲しんでいるということはわかっていた。あの残酷なことをした男と同じ顔をもつ、双子の弟を慕うようになるにはいろいろと葛藤があっただろう。ヴィルトはセレンを抱きしめた。
「泣きたいなら泣きなさい」
 あのときのように…。だが、セレンは泣かなかった。イージェンが、自分を置き去りにしたことを信じたくなかった。泣けばもう戻ってこないような気がしていた。いい子にして待っていれば、戻ってくる。きっと。
 ヴィルトはそんなセレンの気持ちを感じ取って、少し寂しさを感じながらも優しく身体を擦ってやった。

 エアリアはイリーニアの用意した部屋に遺体を運び、白い布が掛けられた台の上に置いた。侍女たちが湯桶に手ぬぐいを浸していた。エアリアがイリーニアに人払いするよう頼んだ。イリーニアが侍女たちを下がらせた。
「どうかいたしましたか」
 イリーニアが眉をひそめて尋ねた。エアリアはしばし言いよどんでいたが、手ぬぐいを堅く握って言った。
「殿下のお召し物が…」
 そう言って、包んでいた外套を開いた。胸元は破れ、下着が汚らわしいもので汚れていた。イリーニアが目を伏せ、震えた。
「なんと…このようなむごい目に会われて…」
 イリーニアは遺体に取りすがって泣いた。エアリアも涙を拭わずにはいられなかった。
ふたりですっかり湯灌し、新しい衣装を着せた。侍女たちを呼んで、髪を結わせ、紅を引かせた。
ヴィルトが第三王女を悼みに訪れた。エアリアに言った。
「これから陛下にお詫びしてくる。その後すぐに南方海岸に向かうので、葬儀はクリンスを学院長代理として仕切るよう伝えなさい」
 イリーニアがヴィルトに頼んだ。
「その…殿下のお身のことは…陛下には内密にしていただけますか」
 ヴィルトが了解した。エアリアが懐から小さな巾着を出した。
「イージェン殿からお預かりしたものです。大魔導師イメイン様の遺品と思われるそうです」
 巾着の中身をヴィルトが手ぶくろの上に落とした。鈍色の板だった。手ぶくろに乗せるとぼうっと淡く光った。ヴィルトが感慨深げにつぶやいた。
「行くべきものの元に行っていたというわけか…」
 エアリアも渡されるとき手のひらに置いたら淡く光った。イージェンが魔力で光るのだろうと言っていた。ヴィルトが巾着に戻して懐に入れた。

 ジェデルは執務宮の医務所の病室で寝ているフィーリの元を尋ねていた。フィーリは、かなり身体の力を損ねていてひどい熱を出していた。ジェデルがわざわざ見舞いに来たので、何とかベッドの上に身体を起こした。
「陛下、このようなところに…お運びいただき…」
 ジェデルがフィーリの背中に手を当て、横にしようとした。
「気にするな、横になって休め」
 フィーリが横になった。ユデットが薬を持ってきて、飲ませようとした。ジェデルが奪い取るようにして薬皿を手にし、フィーリの頭を支えて匙を口元に持っていった。フィーリが恐縮しながら少し口を開け、薬を注いでもらって飲んだ。ユデットが脈を取り、ジェデルに報告した。
「だいぶ落ち着きましたが、熱がまだ高いので、また夜にお薬を差し上げ、様子を見ます」
「そうか、よろしく頼む」
 ユデットがひざまずいてお辞儀し出て行った。入れ替わるようにヴィルトが入ってきた。フィーリがまた身体を起こそうとしたのを、ヴィルトが押し留めた。ジェデルが引き下がってお辞儀した。
「陛下がこちらにおられると聞き、参りました」
 ヴィルトがフィーリにも聞いてほしいと行った。
「陛下、第三王女殿下を載せたマシンナートの飛行物は、トレイルから発砲されて墜落しました。どうやら、マシンナート内でも内紛があったようです。弟子が駆けつけましたが、墜落した飛行物からお救いしたときには、すでにマシンナートのアウムズに胸を打たれて逝去されていました」
 ジェデルが堅く拳を握りしめ、唇を噛んだ。連れ去れたとき、覚悟はした。しかし、もしやと願った。身体が震えてくるのを押さえることができなかった。フィーリは熱で気持ちも身体も制することができず、号泣した。ヴィルトが深く頭を下げた。
「陛下、お助けすることができず、申し訳ございませんでした。どうか、お許しください」
 ジェデルが首を振った。
「大魔導師殿、こちらこそ、亡国の危機をお救いいただいた。礼を申さねばならない。マシンナートなどを使い、あなたを罵った愚王であるのに…」
 そして、ひざまずいてお辞儀した。ヴィルトが腕を取って立たせた。
「カーティアを救ったのは、イージェン殿です。彼の伝書でいろいろと先立って動くことができました。感謝なら、彼に」
 そして、身体を丸めるようにして泣き続けるフィーリの背を擦った。
「早く良くなって陛下をお助けしなさい」
 フィーリがただ涙を流してうなずいた。

 フィーリの病室の前でヴィルトと別れたジェデルは、ネフィアの遺体を安置した後宮の部屋に向かった。部屋ではエアリアとイリーニアが遺体を守っていた。イリーニアが両膝を付いて深く頭を下げた。ジェデルがゆっくりと台に歩み寄った。
エアリアがお辞儀して謝った。
「ヴィルトの弟子エアリアでございます。殿下をお助けできず…申し訳ございませんでした…」
 ジェデルが振り向いた。
「お弟子殿、妹の亡骸を…きれいなまま連れて帰ってくださり、感謝している」
 しばし、遺体を見つめていた。
「…ひとりにしてくれ」
 ぽつりと言った。イリーニアは一、二歩ジェデルに近寄ったが、肩を落として、エアリアと出て行った。
 眠っているかのようなネフィア、すでにこの世のものではないが、その美しさは変わらなかった。
妹でなければよかったと思うことはなかった。むしろ、妹だからこそ、国よりも民よりも、自分よりも大切だった。畜生と言われようとも、その身体を求めずにはいられなかった。生き死には共にと堅く誓った、しかし。
「ネフィア、ひとり残るわたしを許してくれ」
 ジェデルはネフィアの額に口付けた。
「これからは国と民のために生きる」
 押さえていたものが噴出してきた。
「ネフィア!」
 幾度となく腕にした身体を抱き、泣いた。
 部屋の外では、しばらくエアリアとイリーニアが控えていたが、やがて、エアリアがクリンスと葬儀の段取を整えに学院に向かった。なかなか出てこないジェデルが案じられ、イリーニアはそっと扉の間から覗き込んだ。
ジェデルは、遺体に向かってうつむいて立ち尽くしていた。叱られると思ったが、中に入った。
「陛下…」
 ジェデルが急いで袖で顔を拭い、振り返った。
「なにひとつ…幸せなことがないまま…」
 イリーニアも父からふたりの不遇については聞かされていたし、大公家や貴族の間でも囁かれていた。ジェデルに近づき、ひざまずいた。
「陛下、慰めにもならないかもしれませんが…優しい兄上様にこの上もなく大切にされて、妹姫様はきっと…」
 後は言葉にならなかった。ジェデルが壁際の椅子に向かった。あわててイリーニアが椅子を持とうとしたが、ジェデルが手で押し留め、自ら椅子を持ち、枕元に置いた。
「今夜一晩、ここにいてやりたい…すまぬが、後で茶をもってきてくれ」
 イリーニアが承知して、部屋を出た。


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