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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第54回   イージェンと鋼鉄のマリィン(5)
 ヴィルトは、カーティア執務宮の医務所で重傷者を診た。瀕死の傷を塞ぎ、後は侍従医たちに任せた。クリンスは血止めや擦り傷を塞ぐくらいがせいぜいである。エアリアでもあまり重傷だと助けられない。治癒にはそれだけ強い魔力が必要だった。
「学院に行っているので」
 侍従医長ソリンに断り、学院に戻った。学院長室でイージェンからの伝書を読み返していた。紙を取り出し、魔力で伝書を書き出した。
 翌朝、たくさんの鷹が学院の庭に集まってきた。その一羽一羽に書筒を括りつけ、頭を撫で、羽を擦る。すると鷹は薄い膜に包まれたようになり、力強く大空に羽ばたいていった。
 クリンスが眠そうな目をしばたたきながら遣って来た。
「医務所もだいぶ落ち着きました」
 今日南方に後援軍を送ることになっていたが、厳しい状態だという。王宮が破壊されたので、王都の治安のためにも大きく軍を動かせないのだ。他国の軍事に干渉するつもりはないが、もう少し早くルタニア辺境軍を回す手はずを整えていればと思わずにはいられなかった。
「周辺諸国への謝罪文書はどうした」
 セネタ公に発信を急げと伝えるよう命じた。
「もし先王の甥であるという将軍が訴状でも出したら、面倒なことになる」
 クリンスが疲れた顔なのを見てヴィルトが厳しく言い渡した。
「クリンス、きついかもしれないが、これはおまえの贖罪なのだから、しっかり働きなさい」
 クリンスは眠い目を擦ってうなづき、執務宮に戻っていった。ヴィルトは学院に戻り、マシンナートが仕掛けていったアウムズなどを集めさせた部屋に向かった。護衛兵が部屋の前に立っていた。
「すべて運んできたか?」
 護衛兵がうなずき、扉を開けた。中にはいろいろなアウムズがうず高く積まれていた。ヴィルトはその周りをゆっくりと巡った。
「ボォム…オゥトマチクラァイフル…メタニル…」
 ため息をついた。
「トルピィドゥ、ミッシレェ…持てば使いたくなろう…だからあれほど…」
 それがヒトの性(さが)か。ヴィルトが仮面の下を持ち上げた。アウムズが霧のようになって、仮面の下に吸い込まれていく。全て消してから窓を開けた。テラスに出て空を見上げた。
「『星の眼(エテゥワルウゥユ)』特一級警戒態勢」
 遥か空の上で『星の眼』と言われる大魔導師の道具がきらりと光った。
 午後になってヴィルトは執務宮の二階にある内府のセネタ公を訪ねた。謝罪文書は昼前に早馬で送ったという。南方大島は、魔導師学院を持たないので国としての形態をなしていないが、統治者である軍総帥に文書を送り、和議の方向で交渉することにした。
「各国学院への文書は、イージェンの文書に私が添え書きをして発信した」
 イージェンは三国の学院宛の文書もヴィルトに送っていた。
「もし、カーティアを助けてくれるなら、私の手で各国学院に送ってほしいと頼まれた」
 セネタ公が目を閉じて、しばらくしてから口を開いた。
「イージェン殿に戻っていただくことはできませんか」
 ヴィルトは、イージェンが五の大陸トゥル=ナチヤのイェルヴィール国で王族と学院長らを殺害、国賊として追われたことを話した。セネタ公が考えこんだ。ヴィルトが椅子に深く腰掛けなおした。
「イェルヴィールでのことは五大陸総会で審議すべく召集を掛けている。それからになるが、イージェンが望むのなら」
 セネタ公が身を乗り出した。
「当国学院長になっていただけるのですか?」
 ヴィルトが手ぶくろをした右手を机の上に置いた。
「審議の結果にもよるが…決まるまでは当学院の第五特級魔導師クリンスを学院長代理としておく」
 イージェンは矯正できないと思った。しかし、見誤っていたのだ。それはよい意味での見誤りだとヴィルトは窓の外を見た。
トゥル=ナチヤとキロン=グンドでの出来事をイージェンから直接詳しく聞きたい。
とても学院で育たなかったとは思えないほどの豊かな知識、高い知性、品位ある伝書、美しい筆跡。術も魔力も現存する五大陸のどの魔導師もかなわないだろう。
「間違いない、素子の実《クルゥプ》、後継者だ」
 ヴィルトがつぶやいた。そして急に立ち上がった。窓に近寄り、ベランダに出た。南の空を見上げた。
「来たか…」
 じっと見上げたままだった。セネタ公が近づき、少し後ろで空を見上げた。薄い雲が浮かぶ中、天から光が差した。途中何かに当たり、空に火花が散った。それは真昼の花火のように大空に大きく広がり散った。
「あ、あれは?」
 セネタ公が指さすと、ヴィルトが静かに言った。
「国王陛下の即位を祝う花火だと、告知しなさい」
 セネタ公が喜びに顔をほころばせてお辞儀をした。
おそらく、二発目も放たれるだろう。『星の眼(エテゥワルウゥユ)』の超級警戒態勢を継続した。しかし、二発目はやってこなかった。 
 翌日イージェンからの遣い魔がやって来た。ヴィルトは胸騒ぎがし、急いで開いた。読み終えたヴィルトは考えこんでいたが、丁寧に畳み、懐に入れた。
(「イージェンと鋼鉄のマリィン」(完))


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