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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第51回   イージェンと鋼鉄のマリィン(2)
 イージェンは天幕を出て、トレイルの上に飛び上った。海上を見晴るかすと、マリィンが海の上に細い尖塔のようなものを出していた。まだ潜行していない。グイーンと上空に飛び立ち、マリィンの上にやってきた。周辺にテンダァはいない。目にも止まらぬ速さですっとマリィンの昇降口に降り、円型の上蓋を開けた。中に入り、蓋を閉めて、狭い廊下を進んだ。マシンナートたちが忙しく動き回っている。さすがに見つからないように進むのは大変だった。そのため、艦底に着くのに時間が掛かってしまった。その間にマリィンは潜行を始めた。気が焦る。艦底部を進むうちに、前方に影が横切った。見覚えのある影のように思えた。
「…?」
 そちらを確認するよりも、やらなければならないことがある。先に進もうとしたとき、先ほどから何回か聞こえていた、抑揚のない女の声が艦内に響いた。
『ミッションアーレ、弾道ミッシレェ第一号発射、各員、発射時衝撃に注意、秒読み開始、十、九、八、七、六…』
 全身を金物で叩かれるような衝撃が走り、激しい吐き気がした。
『三、二、一、発射』
 その瞬間、マリィンの艦体に小刻みな衝撃が走った。
『発射完了、海中より射出、軌道順調、弐号車レェィダァ、追尾開始』
 冷たい声が響く。発射されたミッシレェはどこに向かう?おそらくはカーティア王都。防げなかった。鋼鉄の壁が歪むほどにこぶしを叩きつけた。
「くそっ…フィーリ、ユデット…」
あるいはセレンたちも巻き込まれたかもしれない。
「セレン…」
イージェンの胸が痛み、冷や汗で全身が濡れそぼっていた。
『ミッションドゥーレ、弾道ミッシレェ第二号、発射まであと五分』
 イージェンがその声に見上げた。二号の向かう先はエスヴェルン王都だろう。せめて二号の発射を防がなければならない。
 本当は、そんなことをする必要はない。自分はミスティリオンを詠唱していない。学院のためにとか、秩序を守るためにとか、そんなことで動く必要などないのだ。だが、あのときもそうであったように今もまた。
イージェンは胸の痛みをこらえ、ミッシレェの発射口に向かった。ミッシレェの周囲には何人ものマシンナートがいて、壁際のたくさんのモニタに向かっていた。ミッシレェの側にはヒトはいなかった。この間見たときは横になっていたミッシレェは衝立のようなものに寄りかかるようにして立っていた。矢羽のついているほうが下になっている、下の部分にプラァイムムゥヴァが入っていると思われた。
『ミッションドゥーレ、弾道ミッシレェ第二号発射まであと一分…』
時間がない。すばやく近寄った。一番底に穴が開いている。その上あたりに手を当てた。すでに熱くなっている。火が点くのだ。イージェンは、押し当てた手のひらをそれよりも熱くした。灼熱の手。ミッシレェの表面が熔けてきた。
『ミッションドゥーレ、弾道ミッシレェ第二号発射、各員…』
秒読みというやつが始まる。さすがに焦ってきた。表面が熔け、中身が露出してきた。同時にビービーという大きな音がして、声が止んだ。
「どうした!」
 壁際の誰かが叫ぶと、返事が返ってきた。
「異常事態です!ミッシレェ破損しました!」
 ミッシレェに近づいたマシンナートのひとりがイージェンに気づいた。
「何だ!きさまっ!」
 イージェンが片方の手のひらを向けた。手のひらから炎が噴出した。
「ギャーアァァァ!」
 炎はそのマシンナートをあっという間に黒焦げにした。その悲鳴を聞いて大勢が駆け寄って来た。密閉空間でアウムズを使うことはできないだろうと思っていたが、鉄の筒ではないものを向けてきた。棒の先が割れていて、火花が散っている。イージェンの身体に押し付けようとしてきた。だが、相手を図りかねているのか、ためらっている。始末して逃げようとした時だった。
 バアァァァーン!
 隣のプラァイムムゥヴァの部屋から大きな音ともに壁が破れた。金物の破片やヒト、熱風が吐き出されてきた。イージェンは魔力のドームで身を包み、その場を逃れた。外殻も破壊されたらしく、激しい水音と共に海水が入り込んできていた。このままでは沈むだろう。ミッシレェが倒れてくる。衝立をなぎ倒し、発射の道となっている筒に引っかかった。浸水で沈むか、ミッシレェがここで爆発するか。早く脱出しようと思ったとき、思い出した。
「ファランツェリ!」
 マリィンに戻ったと言っていた。あのバルシチスと会った部屋あたりにいるはずだ。イージェンは梯子を上がっていった。艦内は大混乱になっていた。怒号と悲鳴。どこかでまた爆発がして、爆風が通路を吹きぬけていく。さすがに艦体が大きく揺らいできた。
 ファランツェリは艦橋近くのオペレィションルゥムにひとりでいた。いつも三人で詰めているのだが、ほかのふたりは艦橋でタアゥミナルを操作していた。鑑底の爆発で、エレクトリク系統が切断され、認証式開閉のオペレィションルゥムは、扉が開かなくなってしまった。
「だれか!開けて!」
 ファランツェリが扉を叩いて叫んだ。艦橋に連絡したくても小箱が繋がらない。送風管から煙が逆流してきた。たちまち室内が白くなっていく。必死に扉を叩くが次第に苦しくなってきた。
「とうさん!助けて!助けてぇ!」
 泣き叫んで煙を吸い込んでしまった。気が遠くなっていく。
扉の横がバチバチっと音を立てた。認証盤が破壊され、引き扉が無理やり開けられた。イージェンが力づくで開けたのだ。扉の前で倒れているファランツェリを抱き上げた。
「ファランツェリ!」
 気を失いかけていたが、目を開けた。
「…イー…ジェン?」
 急ぎ抱きかかえて走った。バルシチスと会った部屋―艦橋を通り抜けようとしたとき、爆発が起きた。
「うっ!」
 ファランツェリをかばうようにして後を向き、魔力のドームで囲った。爆風には金属片が含まれていて、ドームに当たって跳ね飛んだ。艦橋の中は破壊され、金属の板や塊でその先の通路がふさがれてしまった。艦底から出たほうがいいかもしれないと戻ろうとした。そのとき、近くでうめく声がした。灰緑の服を着た男が金属の塊の下敷きになっていた。
「ううっ…たす…け」
 ファランツェリが煙に染みる目を擦って言った。
「バルシチス教授」
 見回してみると、離れたところに既知のものが倒れていた。
「ユワン…」
 何故ここにいるのかわからなかった。ユワンは額をアウムズで打ち抜かれていた。バルシチスの近くにアウムズが落ちている。ユワンの手にもあったので、撃ち合ったのだろう。ぐずぐずはしていられない。イージェンは引き返そうとした。しかし、ファランツェリが苦しい息の中から言った。
「バルシチス教授を…助けて…お願い」
 イージェンは無視して行こうとした。バルシチスは必死に手を伸ばして助けを求めていた。
「うう…」
「お願い…とうさんの教え子なの…助けて」
 ファランツェリが涙で目を真っ赤にしていた。両手で抱えていたファランツェリを降ろし、バルシチスの側に行った。
「助けてほしいか」
 バルシチスはすがるような目で見て、手を伸ばした。イージェンは身体に乗っている塊に手を掛けた。ゆっくりと浮き上がっていく。身体から離れる瞬間、バルシチスが苦しんだ。
「ぐあっ!」
塊を跳ね飛ばした。足が折れていて、骨が見えていた。出血もひどい。触ることも出来ず、痛みに悶絶している。冷たい目で見下ろしていたイージェンは屈み込み、その傷の上に手のひらを当てた。バルシチスが身をよじる。手のひらが白く光り、見る見るうちに出血が止まり、骨が引っ込んで、傷口がふさがっていく。ファランツェリが絶句していた。バルシチスも自分の身に起こっていることが不可解で恐れおののいているようだった。腕を取って立たせた。
「底から出るしかない」
 まだふらふらしているバルシチスとファランツェリを両脇に抱えて、走った。一階下に下がると、すでに水が入り込んでいた。
「チュゥブがないと」
 ファランツェリが周囲を見回したが、この付近にはチュゥブはないようだった。
「なんだ、それは」
 イージェンが尋ねた。
「水の中でも息が出来るようにオキシジェンが入ってるものだよ」
 イージェンは構わず水の中に入ろうとした。
「このままじゃ無理だよ!」
 ファランツェリがだいぶ元気を取り戻してきた。イージェンが鼻先で笑い、ふたりを抱えたまま飛び込んだ。
「キャアァァッ!」
 ファランツェリが目をつぶって悲鳴を上げ、バルシチスも息を詰めた。しかし、水の中でファランツェリが目を見開いた。
「く、苦しくない?」
 三人の周囲は明らかに水中のはずだが、水に触れている感じもなく、息も出来た。バルシチスが青ざめたまま言った。
「こんな狭い空間の空気など、すぐになくなる。海上に出るまでもたん…」


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