「待て!ネフィアをどうするつもりだ!」 ユワンが振り返ると、ジェデルが護衛兵とともに向かってきていた。侍女長は内密にしていたのだが、侍女たちの伝え話でフィーリが迎えに行ったことがジェデルに知られてしまった。不審に思ったジェデルがいても立ってもいられなくなって、自ら足を運んできたのだ。来る途中で王宮のあちこちで爆発が起こった。なんの爆発かはわからなかったが、東の館にも起こるかもしれないと恐れ、急ぎ駈け付けると、マシンナートたちがみな裏手に走っていくのを見かけた。それを追いかけてきたのだ。ユワンが側のものにネフィアをプテロソプタに連れて行くよう、渡した。 「ネフィア!」 ジェデルが叫んだ。しかし、ネフィアは顔を伏せたまま、引き摺られるように連れて行かれた。ジェデルが追いかけようとしたが、ユワンがアウムズをジェデルに向けて、足を止めさせた。 「ジェデル王、あなたもずいぶんと卑怯だな」 ジェデルはわけがわからず目を見開いた。 「なんのことだ」 ユワンが目を細めてにらみ付けた。 「イージェンを隣国と揉めていると思わせて介入させ、その実、エスヴェルンの魔導師とは話がついていたとはな」 意味がわからなかった。首を振るジェデルに畳み掛けた。 「仮面の魔導師が執務宮の部下からアウムズを取り上げている。セネタが案内しているそうだ。仮面は隣国の魔導師だ!われわれを利用するだけ利用して、後は魔導師に始末させようとは、卑怯だろう!」 「知らぬ!余はそのようなことは!」 ユワンがジェデルの声を掻き消すようにアウムズから火花を発した。後ろから誰かがジェデルを突き飛ばした。 「陛下!」 フィーリだった。火花はふたりから逸れて地上に散った。ユワンはすでにプテロソプタに向かっていた。ジェデルが背中に覆いかぶさっているフィーリを突き飛ばした。 「仮面の魔導師がどうのとユワン教授が怒っている!まさか、そなたたちが!」 フィーリは肩を真っ赤にしていた。ようやく駈け付けたようで、もはや立ち上がれないようだった。プテロソプタが飛び上がろうとしていた。ジェデルが走り寄っていく。 「陛下、おやめ下さい!」 フィーリの必死の叫びもよそにジェデルはプテロソプタの近くまで行ってしまった。プテロソプタは垂直にふわりと浮かび上がっていく。上からユワンの声がした。 「魔導師に言っておけ、攻撃してきたら、王女の命はないぞ!」 「待て!魔導師には手を引かせる!だから、ネフィアを!」 しかし、プテロソプタはバラバラッと大きな音を立てて、風を巻き上げ、南に向かって飛び去った。 「フィーリ殿、しっかり!」 ジェデルが振り向くと、イリーニアがフィーリを抱き起こそうとしていた。セネタ公も一緒だった。ジェデルが腰の剣を抜き、セネタ公に走り寄った。 「セネタ公、何故エスヴェルンの学院と通じたのだ!ユワン教授が謀られたと誤解して、この始末だぞ!」 怒りに任せて剣を振り下ろした。灰色の布がその剣に絡みつき、跳ね飛ばした。 「あっ!」 灰色の布のかたまりがセネタ公の前に立った。灰色の仮面をつけた大柄な魔導師だった。 「国王陛下、落ち着いてください。事情をきちんとお話ししますから、今は事態を収拾いたしましょう」 しかし、ジェデルが叫んだ。 「そなたの助けなどいらぬ!今すぐ立ち去れ!」 フィーリが肩を震わせた。イリーニアがジェデルを制した。 「陛下、大魔導師様のご助力に対して、そのようなお言葉、ひどすぎます!」 ジェデルが目が膨らむほどに激怒した。 「魔導師たちを殺したわたしを学院が許すはずはない!学院から見放されていたと知ったら、執政官たちも兵たちも、民も…みな、わたしの即位を喜んだはずはない!だから、マシンナートたちの助けがいるのだ!」 イリーニアが手を上げてジェデルを叩く寸前まで行き、留め、手のひらで胸元を押さえた。ジェデルが虚を突かれたような顔でイリーニアを見つめた。 「陛下、学院から見放されたと知っていても、父をはじめ多くのものたちが付いてきたのですよ!陛下がこのカーティアに新風を吹き込んでくださると信じて!」 仮面の魔導師がフィーリの側に膝を付き、肩の傷を見た。セネタ公がため息をつき、イリーニアの肩に手を置いた。 「イリーニア、もうよせ」 イリーニアは目を腫らして首を振った。 「マシンナートを使い続ければ、周辺諸国が黙っていません!アウムズがどんなにすごくても、カーティアは滅びます!せっかく学院が手を差し伸べてくださっているのです!お考えを改めてください!」 イリーニアが袖で顔を覆った。ついにジェデルが肩を落とし、次に空を仰いだ。 フィーリが立ち上がった。上半身服を脱いでいた。肩が血で真っ赤だったが、傷らしきものはなかった。 「フィーリ…」 ジェデルがよろよろと近づいてくるフィーリを抱きとめた。 「陛下…イリーニア姫のお言葉をお聞き下さい…マシンナートを…排…」 フィーリが気を失った。仮面の魔導師が近くにいた護衛兵にフィーリを休ませるように言った。 「マシンナートが王宮のあちこちにアウムズを仕掛けていきました。それを除かなければなりません」 空から灰色の布が下りてきた。 「ヴィルト様!執務宮のアウムズを除きました!」 若い魔導師だった。 「クリンス、次は学院に向かってくれ、わたしは後宮と西の館を見る」 次の瞬間、東の館からいくつも爆音がした。みな、慌てて地に伏せた。次々爆発が起き、東の館は粉々に飛び散った。 「東の館が…」 ジェデルが呆然と燃える様を見ていた。ヴィルトがセネタ公に言った。 「執務宮は安全です。陛下をお連れして下さい。みなさんもできるだけ執務宮に集まるように」 セネタ公が了承した。ジェデルが急にヴィルトに駆け寄った。 「頼む!妹を助けてくれ!」 ヴィルトが静かに仮面を向けると、ジェデルはひざまずいた。 「お願いします、妹を助けて下さい!」 両手を地につけて頭を下げた。ヴィルトがその腕を取った。 「陛下、お立ち下さい。南方海岸にわたしの弟子がおります。そのものを向かわせましょう」 イリーニアが寄っていき、ヴィルトからジェデルを受け取った。 「学院長様ですか?」 イリーニアが尋ねたが、ヴィルトは首を振り、空に飛び上がって、後宮に向かった。
|
|