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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第47回   セレンと混沌の都(3)
 半時ほどの後、ユワンがネフィアの部屋から出てきた。部屋の前の部下に命じた。
「窓を閉めてベランダにひとり見張りを」
 了解したひとりが中に入っていった。長椅子の上にぼんやり横になってしているネフィアがちらっと目に入ったが、ベランダに出て、見張りについた。
 しばらくして、隣のベランダに登る影があった。フィーリだった。最初は館の玄関から入ろうとしたが、あまりに厳重な警戒ぶりに不審を感じた。こそりと回った内庭にもマシンナートたちが立っていた。そこで木に登り、枝をうまく伝ってネフィアの部屋のベランダに降りようとした。だが、そこにも見張りがいたので、隣の部屋にした。扉を細く開けて廊下をうかがった。扉の前にもアウムズを構えたマシンナートがいた。やはりベランダ側にしようと戻り、見張りが後ろを向いたところに隣から飛び移った。後ろから口元を覆い羽交い絞めにし、懐剣で刺した。見張りはアウムズを落とし、倒れた。閉まっていた窓を開き、中に入った。声を潜めて、ネフィアを呼んだ。
「殿下…フィーリです、どちらに…」
 長椅子に横になっていたネフィアが起き上がって、フィーリを見て震えた。椅子から転げ落ち、床に伏した。
「殿下!いかがされました!」
 ただ泣き崩れるネフィアに困りながらも、立たせようとした。「早く、後宮に参りましょう、陛下もお待ちです」
 ネフィアは頭を振り続けた。髪や服が乱れているようだ。侍女も入れさせないと言っていたので、身の回りのことが不自由なのだろう。恥らっているのだと思った。
「後宮でお召し替えできますから、どうか、ご安心を」
廊下が騒がしくなってきた。一刻も早く連れ出さなければと、ネフィアの腕を取った。そのとき、扉が大きな音を立てて開いた。とっさにネフィアを抱き起こし、剣を構えた。
「フィーリ、いつの間に!」
 ユワンだった。ちらっと窓の外を見た。見張りが倒れている。フィーリがネフィアを抱き支えて、立ち上がった。
「殿下は後宮にお連れする。おまえたちには任せられない」
 ユワンがいつもの笑いを消して、冷たい目で睨んだ。
「ジェデル王の命令ですか」
 フィーリが怒鳴った。
「陛下を呼び捨てるとは無礼にもほどがある!」
 ユワンが持っていた短い鉄の筒をフィーリに向けた。
「姫をよこせ」
 フィーリはじりじりと後ろに下がった。ユワンが顎で指示すると、後ろにいたマシンナートが何人もで囲い込んだ。フィーリはこのまずい展開に自分のうかつさを悔いた。自分の身はどうでもネフィアを守らなくてはと覚悟した。ネフィアを抱きかかえてベランダに転げ出るしかないと決意したとき、ネフィアがよろけた。フィーリが息を飲んだ。パンと乾いた音がして、ユワンのアウムズから火花が放たれた。フィーリはとっさに動き、ネフィアをかばった。火花はフィーリの肩に当たった。
「ぐあっ!」
 血が噴出す肩を押さえてフィーリが倒れた。
「フィーリ!」
 ネフィアが気を失った。
「早く、姫を連れて行くぞ」
 マシンナートがふたり気を失ったネフィアを両脇から抱きかかえた。フィーリが懸命に手を伸ばした。
「殿下を…どうする気…だ…」
「緊急事態なので、人質になってもらう」
 ユワンがフィーリを蹴り、廊下へと出て行った。

 ユワンは先ほどネフィアの部屋からジェデルの部屋に戻ったとき、助手から緊急事態の報告を受けた。
「どうしたんだ」
「参号車が移動しています。どうやら、南方海岸に向かっているようです」
 参号車はもともとはカサンのチィイムのトレイルだが、いざというときには王宮近くでユワンのチィイムを回収することになっていた。そのため、今、南方海岸に向かうはずはなかった。しかも、参号車と連絡が取れないというのだ。
「ベェエスへのアクセスも拒否されています!」
「なにっ!」
 ユワンは自分用のタアゥミナルを使って試みた。バレーにいる上司ガラント大教授に連絡して、対処してもらうしかないと考えた。だが。
「…バレーにリィレェィしてくれない…」
 トレインにはバレーとのアクセスをリィレェィしてくれるアンテナがある。だが、それを拒否された。愕然とした。ピィンピィンと音がして、ユワンのタアゥミナルにアクセスしてくるものがいた。白い四角の中に文字が現れた。
『カサンだ、ユワン』
 ユワンはあわてて返した。
『どういうことだ、参号車移動はともかく、アクセスやリィレェィの拒否とは』
『いろいろとミッションが変更になったんだよ、もう啓蒙《エンライトゥメント》なんて回りくどいことはしないことになった』
『ミッションが変更になったのなら、そう言ってくれればいいではないか、バルシチスにデェイタを取られても文句は言わなかったろう!』
 バルシチスを遣したことには不快感があった。だが、ガラント大教授から、王族に頼まれて魔導師学院を全滅させ、戦争にアウムズを使うことを許可させたことだけでも大変な成果なので、この上、戦争についての成果も独り占めすると、反発が大きすぎる。そのため調整すると言われてはいたのだ。だから、バルシチスに横取りされても仕方ないと思っていた。
『バレーにリィレェイしてくれ、ガラント大教授と連絡を取りたい!』
『では、さようなら、ユワン』
 白い四角は消えた。
「ユワン教授…まさかわれわれは…」
 ユワンがタアゥミナルを切った。
「トレイルに行けばバレーと連絡が取れる。そうすれば!」
 弐号車は自分のラボだ。とにかく、慌てずに王宮から出て、トレイルに向かえばいい。しかし、助手が執務宮に配備している部下からの連絡を受けて、のんびりはしていられなくなった。
「ユワン教授…大変です…」
 その報告を聞いてユワンはネフィアを人質に一刻も早く王宮を出ようとしたのである。
 ネフィアを連れ出し、東の館裏にある、臨時ポォウトに向かおうとした。移動しながら、ユワンは助手に指示した。
「執務宮のナンバァ1から3まで爆破しろ」
 助手が手にした胸の袋に入るくらいの小箱の上を指で叩いた。
「次、西の館のナンバァ5から9だ」
 王宮の各所に爆弾を仕掛けていた。東の館から遠いところで爆破させれば、みなの目がそちらに向き、脱出しやすいだろう。ポォウトにはプテロソプタが一台あるのみなので、数人しか脱出できない。ここにいるものたちで一杯だろう。各所に散らばっているものたちを構ってはいられなかった。途中でネフィアが目を覚ました。ユワンがネフィアの肩を抱き、引き摺るように無理やり歩かせた。
「さっさと歩け」
 ネフィアがなんとか足を進めた。裏庭に出て、ポォウトの側までやってきた。後ろから止める声がした。


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