村の何軒かに寄ってから、小屋に戻った。外で沸かしていた火を消し、中に入った。暖炉の火を消した。 「どうも近くに残兵がうろついているようだ。身体、温まったか、少しは動けるな?」 エアリアは黙ったままだった。一度外に出て木のたらいを持ってきて、その中に湯を張った。 「潮水を洗い流せ、服はまだ乾いてないから、着られそうなものを探してきた」 手ぬぐいと着替えを置いて、セレンと外に出た。 すでに日が暮れ、星と月が空で光っていた。穀物を見つけたので、それでまた粥を作ることにした。イージェンは平たい石を見つけ、鍋を置き、その石に右手を押し付けた。手のひらが赤く輝き始め、石も赤くなっていく。煙を出したくなかったので石を焼いて火の代わりにした。鍋の中に入れた水から湯気が出てきた。入れた穀物がふつふつと煮えていく。水も穀物も毒気には染まっていなかった。いつも携帯しているバァイルの実をいくつか散らした。滋養の効用があった。暖炉で沸かしていたお湯に薬草を入れた。 小屋の周りには獣除けの術を掛け、さらにヒトが入ってきても解るようにした。しばらくして、セレンに、エアリアに声を掛けてくるよう言った。セレンが扉の前に立ったとき、静かに中から開いた。 「エアリアさん…」 セレンが戸惑ったような声を出した。イージェンがその方を見た。薄い黄色のドレスを着たエアリアが居心地悪そうな顔で立っていた。 「ほう…」 なかなか似合っていた。この村の長の家にあったものだ。祝いのときにでも着るのだろう、この辺の娘のものにしてはよいものだった。セレンが身体を気遣いながら鍋のところに連れてきた。エアリアはイージェンから一番遠いところに座った。椀に薬湯を入れて差し出した。 「身体が温まる」 セレンが受け取ってエアリアに渡した。口にすると、確かに身体の中から温まってきた。粥を配り、食べ始めた。エアリアをちらっと見てからイージェンが言った。 「料理も上手い、器量もいいとなれば、引く手あまただろう」 エアリアが手を止めた。 「好きなのを選んで嫁にでもなったほうがいい」 下を向いていたエアリアが顔を上げた。侮辱されたと思った。怒りに顔を赤くした。 「あ、あなたにそんなこと、言われたくありません!わたしはヴィルト様に弟子にしていただいたんです!修練して大魔導師になります!」 イージェンが真剣な目で見返した。 「だったら、そうとう修練しないとな」 エアリアが手元の椀に目を落とした。 「おまえの魔力は確かに強い。グルキシャルの神殿での竜巻の威力でそれはわかる。だが」 イージェンが粥を食べた椀に薬湯を入れた。 「気持ちが追いついていない」 薬湯を飲み干した。 「確かに俺のようなものに言われたくはないだろうがな」 エアリアが食べ終えて片付けようとしたが、セレンが椀を取った。 「休んでください。ぼくがします」 小屋に入り、床に広げたままだったイージェンの外套を畳んだ。急に胸が苦しくなった。 極北での修練で魔力の威力や術の腕は上がった。それは、ヴィルトも認めるところだった。だが、ヴィルトが自分に物足りなさを感じているのはわかっていた。それがイージェンの言う『気持ち』なのかもしれない。だから、うろたえて溺れたりしたのだ。だから、ラウドを巻き込んでしまったりしたのだ。だから、カーティアの混乱を心の底で喜んだりしたのだ。 「…殿下…」 エアリアはこみ上げてくるものを懸命にこらえた。 扉が叩かれ、セレンが入ってきた。 「師匠が寝なさいって」 まだ夜もさほど更けていないが、隅にあるベッドに横になった。イージェンの外套の上に横になったセレンに尋ねた。 「ここのヒトたちはどうしたのかしら、帰ってこないのかしら」 セレンは小首を傾げた。少ししてセレンが寝息を立てた。そっと起き、格子から外を見た。イージェンが鍋で何か煮ていた。小屋を出て、イージェンの側に行った。 「どうした、寝ろと言ったろ」 少し間を空けて、すとんと腰を降ろし、鍋を見つめた。 「…どうすれば…気持ちが追いつくんですか」 イージェンが鍋の中の汁を木さじで味見した。 「俺に尋ねてどうする。俺はおまえの師匠じゃない。それに…」 木さじをエアリアに差し出した。一瞬戸惑ったが、木さじを受け取り口をつけた。ふわっと甘い味がした。 「気持ちっていうのは、自分でなんとかするもんだ。教えられるもんじゃない、そこからして、まず甘いんだってこと、知ることだな」 木さじの汁を全部飲んで、息をついた。 「…はい…」 だが、その目は何かを得たようなゆらめきがあった。 鍋の中は甘蔗の上澄みだった。かき回すのを交代した。 「ここに住んでいるヒトが、帰ってくるのでは」 エアリアが周囲を見回しながら聞いた。イージェンが石を熱くしながら声を潜めた。 「南方軍を攻撃したのが、なんだかわかったか」 エアリアには思い当たるとしたら、それしかないという答えをした。 「あなたでは…」 イージェンが目を見開いた。 「そう思われるとは…」 マシンナートの介入を知らないとはいえ、そう思われるとは考えていなかった。だが、逆に南方大島や周辺諸国もそのように判断するかもしれないということだ。 「水中を走る弾でやられたんだ」 エアリアが不可解な顔をした。イージェンが海の方角を見た。
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