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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第41回   セレンと南海の戦い(3)
 桟橋には別のテンダァもあり、天幕が張られていて、何人かマシンナートたちがいた。桟橋から離れ、街に向かった。軍港なので、商店や市場はないようだった。それ以上にまったくヒト気がない。マシンナートを介入させるために、人払いしたのかもしれない。それでも、食料庫などがあるはずだった。
なんとか見つけた兵舎の食料庫には、穀物と乾物しかなかった。厨を探し、井戸もあったので、そこで粥を作った。普段は朝夕の二食で昼は食べない。だが、朝ほとんど食べていなかったので、セレンも腹が空いていて、たくさん食べた。イージェンはゆっくりと身体の力を満たすように魔導師独特の食べ方をした。リアウェンの書庫の書物で知った術だ。その食べ方をすると、少しの食べ物でも腹が満たされるし、十日前後だったら、水程度でも空腹にならない。ただ残念なことに、魔力がないとできない術だった。
小麦粉で薄焼きのパンを作って焼きたかったが、開戦は1500と言っていた。時計は王宮や貴族の館、州の執政所くらいにしかないが、イージェンが身体で感じる時間の経過は正確だった。そろそろ出かけないといけない。一瞬、セレンを連れて行くかどうか、迷った。危険ではあったが、ここに置いていくよりはましだろう。そう決めて、火を完全に消し、海岸に向かった。
 波は朝よりは穏やかになっていた。セレンを抱きかかえて、地面を蹴った。ゆっくりと浮き上がり、海岸線に沿って移動した。やがて、南方軍の軍船が肉眼でも見えてきた。近づくと、艦列は整っている。百五十隻の帆船が帆を張っていて、壮観だった。
「師匠、きれい」
 セレンが目を輝かせていた。確かに日の光を浴び、帆がきらきらときらめく帆船が数多浮かぶ景色はきれいだった。
「ああ、きれいだな…」
 背後の上空に気配を感じ、振り向いた。何か、飛ぶものが軍船団の方角に向かっていた。先の丸い筒状をしていて上には羽のようなものが高速で回っていた。カサンが言っていたプテロソプタかと思われた。ふと足元を見た。大きな黒い影がゆらめいていた。
「マリィン…」
 影が小さくなっていく。ゆっくりと沈んでいっているようだ。密閉されているとはいえ、狭い空間で水中に長く留まるのは、恐ろしいことに思えた。マリィンから離れ、海岸線に戻り、少し速度を速めた。
「はっ!」
 イージェンはビィィィーンっという金属が擦れるような鋭い音を感じた。筒の影が海中を走っていく。そのひとつが南方軍の軍船に当たった。
 ボオォォォォォォーン!
 耳をつんざくような音と衝撃がして、船底から船が粉々に弾け飛んだ。帆や支柱、板、軍旗、そして兵士が吹っ飛んで、海に次々に落ちていく。
「きゃあーっ!」
セレンが悲鳴を上げ、イージェンが急いで外套の中に包み込んで顔を胸に押し付けた。
筒の影―トルピィドゥはいくつも船団に向かっていく。外れることなく、正確に撃ち込まれていく。砕けた船からは火柱が上がり、見えない敵に慌てたのか、船の中には操舵を誤り、近くの船同士がぶつかって、横腹に穴が開いたりしている。水が入っていくから、じきに沈没するだろう。カーティアの海軍と大砲で打ち合っても、届かなかったり逸れたりするし、直撃しても船全体が砕け散ることは滅多になかった。
見えない敵の足元からの圧倒的な攻撃。カサンの言うとおり、手も足もでない状態だった。
 南方軍は誰に攻撃されたのか、何もわからないまま船を破壊されていった。船団の端にいた船の中に退却したものがいて、逃げ切れるかと思われたが、三つのトルピィドゥが走って追いかけた。固まって逃げていたため、その中心あたりに打ち込まれて、破片が飛び散ったのか、トルピィドゥの爆発が大きかったのか、何十隻も一度に打撃を受けた。何隻か、なんとか逃れたようだった。
 トルピィドゥはもう走って来ないようだった。震えるセレンをしっかりと抱きしめながら、戦域に近づいた。そこここに残骸や死体が浮かんでいる。イージェンは少し海上を巡ってから海岸へ向かった。海岸にもすでに残骸や死体が打ち寄せられていた。溺死が多かったが、破片に腹や胸、頭を打ち抜かれて死んだものもいた。 
 前方に赤い布の小さな山が見えた。ヒトのようだった。
「まさか」
 走っていき、赤い布をひっくり返した。頭巾が取れていて、濡れそぼった銀色の髪が見えた。
「風の!」
 セレンも驚いて見つめていた。唇が紫色になっていて水を飲んだようで、呼吸がほとんどなかった。
「特級が溺れるかっ!」
 イージェンが外套をはぎ取り、胸の鼓動と首筋の脈を確かめた。かすかにある。顎を上げさせて、口付けで息を吹き込んだ。何回か吹き込むと、息を吹き返した。横にして水を出してやる。口の端からだらっと水が出た。身体が水につかったせいか、冷えていた。
「エアリアさん!」
 セレンが呼び掛けた。エアリアが目を開けた。
「…セ…レン…?」
 イージェンが服に手を掛けた。
「あっ…」
 エアリアがその手に気づいて首を回そうとした。
「まだ動くな」
 イージェンの手から逃れようとしたが、力が入らなかった。イージェンが濡れた服を脱がせ、自分の外套で包み込んだ。
「セレン、風の服を持って来い」
 セレンが赤い外套で服を包んで持った。海岸沿いを見晴るかした。四半里ほどいったところに村がありそうだった。砂地は歩きにくかったが、やがて堅い土に出た。一番始めに目にした小屋に入った。誰もいなかったが、薪などはあった。暖炉を焚き、その前にエアリアを横たわらせた。
「身体が温まるまで動くなよ」
 イージェンがエアリアの服を持って、出て行った。粗末だが、ヒトが住んでいるはずだ。しかし、周囲を回ってみたが、人影はなかった。外に大きな鍋があり、そこでお湯を沸かし始めた。井戸の水でエアリアの服を洗い、竿があったので、そこに干した。
中の暖炉でも湯を沸かした。
「…話せるか」
 イージェンが話しかけると、エアリアは外套の中で身を縮こまらせた。
みなの目の前でラウドに抱きしめられてひどく心が乱れていた。そのまま南方海岸にやってきて、初めて実際のいくさを目の当たりにした。その悲惨さに愕然とした。足元で溺れている兵士を助けようとしたが、たくさんすがってこられて、うろたえてしまい、海中に引きずり込まれてしまった。水を飲んでしまって、自分も溺れてしまった。結局誰も助けられなかった。その上、イージェンに助けられ裸にされて恥ずかしかった。裾をめくられて尻を叩かれたことも思い出した。
「おまえを見に遣したということは、仮面は国に戻ったのか」
 エアリアは返事をしなかった。イージェンが困って溜息をついた。セレンに布鞄を遣すように言い、中から無地の紙を抜いた。羽ペンの先を光らせ、伝書を書いた。
 外に出て指笛を吹き、近くにいる遣い魔になりそうな鳥を呼び寄せようとした。林はある。鷹がいなくても鳶でもなんとか遣える。しかし、何も飛んでこなかった。妙な感じを受けた。キンと張り詰めたものを感じた。林の奥だ。木の枝に登り、飛び移りながら近寄った。途中林の中に鳥や狼などの獣の死骸が散在していた。
林の奥に開けたところがあり、そこに穴が掘られていた。中に何かある。目を凝らし、それを見てイージェンはあろうことか枝から落ちそうなくらい驚いた。ヒトの亡骸だった。それも何十人も、老若男女問わず、赤ん坊もいる。穴の周りには、何か背中に背負い、あの管付きの仮面を被ったマシンナートたちが五、六名いた。ひとりが赤い入れ物から液体を穴の中に撒いていた。背中に背負った筒からは管が伸びていて、合図とともに、管の先を穴に向けた。勢いよく炎が噴出した。降りかけた液体によるものか、火力が強く、亡骸はよく燃えて、黒い炭になっていく。マシンナートたちの声がした。
「これで全部か?残しておくと面倒だぞ」
「…ああ、この村はこれで…」
「カーティアの軍隊はどうするんだ?まだ戦闘してるみたいだが」
 マシンナートたちが村を全滅させたのだ。カーティアの南方派遣軍はやはりまだ制圧できていないようだった。王都が落ち着いているので、知らせが行けば、援軍が来るだろう。問題はむしろ、この事態だ。鳥や獣も死んでいるのは、おそらくカーティアの王宮で使った『瘴気』のような毒気を流したのだ。
「…まさか、軍港がからっぽだったのは…」
 あちらも同じように惨殺したのかもしれない。何故村や軍港を全滅させたのか。啓蒙が目的なら、敵国に対してはともかく、味方の国の民にこのような残虐なことをするはずはない。
「所詮、俺たちへの啓蒙など、どうでもよいことなのかもしれん…」
 上からの命令に従うものたちなのだからと思うが、この光景はあまりにも酷かった。
親切なアリスタ、ヒトのよさそうなヴァン、かしこくかわいいファランツェリ。しょせん彼らも…。
その場から急いで離れ、鳥を探した。やっと鷹を見つけ、木の枝を光らせて、紙に続きを書いた。筒がないので、足に巻きつけ、飛ばした。


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