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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

最終回   イージェンと黄金の道《ブワドゥウオゥル》(5)
 季節は夏を過ぎ、秋も終わり、冬を迎えて、新しい年が明けた。
五の大陸トゥル=ナチヤでは、まだまだ厳しい冬の最中だった。降雪の少ない東海岸沿いにあるイェルヴィールの王都でも、ちらちらと小雪が舞っていた。
 王都から五十カーセルほど南、大陸南の海側から七十カーセルの地に、三十年ほど前に疫病で廃村となった村があった。住居はそのままになっていて、手入れをすれば、なんとか雨露をしのげるようになりそうだった。
「ここか」
 イージェンが村を一望に見渡せる小高い丘に立っていた。そうだとイェルヴィールの学院長ヴィルヴァが指で村の幹道を示した。
「あの幹道は、この先、崖で行き止まっている。周囲も三十カーセル以上道なき森を越えなければ他の村にたどり着けない」
 最大一二〇世帯住むことができると説明した。
「五百人くらいか」
 痩せた土地だが、芋やブルグ(ひえの一種)なら作れる。
「極南列島は温暖だ。ここのような厳しい寒さの場所も知る必要があるだろう」
 ヴィルヴァが足元を見下ろした。
「そうだな、助かる」
 カーティアでも南方海岸に、エスヴェルンでも極北の地方に訓練施設を作ることになっていた。五の大陸ではイェルヴィール以外の国の同じような廃村をいずれ訓練施設として修繕し、提供することにしていた。
「ぜひ異端たちに『理(ことわり)』を教えたいという教導師がいるんだが」
 イージェンがふっと後ろを振り向いた。三十半ばくらいの小柄な優しい顔立ちの男が立っていた。イージェンが固まっていた。
「イージェン……っと、イージェン様……って呼ばないといけないんだよね」
 男が微笑んだ。イージェンが声もなく、走り出し、男の前に止まり、その頭のてっぺんからつま先まで見回していた。
「リアウェン、まさか……まさか……」
 ようやく声を絞り出し、灰色の外套の中に包み込んで、堅く抱き締めた。何度も名前を呼んで泣いた。
「謀反人の片割れとして処刑されたと聞いて……どれだけ連れていけばよかったと悔やんだか!」
 リアウェンも背中に手を回して、抱き締めた。
「学院長がそういうことにしてくれたんだ。ずっとイェルヴィールの学院で教導師をしていたよ」
 この前寄ってくれたときは、自治州の領主の子息に教導に行っていて留守していたんだと声を詰まらせた。そうかとイージェンが側まで近寄ってきたヴィルヴァに仮面を向けた。
「ありがとう」
 こんなにうれしいことはなかった。
あのころ、ふたりは多くの謎への純粋な好奇心で意気投合した。今はより多くのことを知ることができたが、それでも、あのころのことを思い出して、胸が熱くなった。
 ふたりが昔のように友だちとして話に熱中し出したのを見て、ヴィルヴァがうれしそうに笑った。
 また折りを見て訪ねるのでとイージェンが村を離れ、五の大陸の東海岸沖に停留していた『空の船』に戻った。船は、ゆっくりと離水し、一の大陸の南方海岸を目指した。
「しばらく係留させる」
 レアンの軍港に繋ぎ、ティセアを抱えて、甲板に出てきた。膨れ上がった腹は、臨月を迎えていた。
 甲板には、カサンとヴァン、セレン、ラトレルが見送りに出てきた。セレンの腕にはリュールが抱えられ、ヴァンの腕ではウルスが寂しそうにキュウウと泣いていた。
「明日には、ヴァシルが来ることになっている」
ヴァシルは、三者協議会の議員となって五の大陸のバレーに駐留していたが、ルカナと交代して来るのだ。
ラトレルがしっかりした足取りで寄ってきた。
「かぁさま、おっぱぁい」
 両手を振り上げた。ラトレルがふわっと浮き上がり、ティセアの胸に手を伸ばした。ラトレルは二歳になり、すでに魔力の発現があった。
ティセアがその小さな手をつかんだ。まもなく産まれるというころなので、透明な乳が少し出始めていて、ラトレルに吸わせていた。
「戻ってくるまで待っていろ」
 赤ん坊と一緒にたくさん飲ませてやるからなとティセアが微笑んだ。
「後は頼んだぞ」
 イージェンがさっと飛び上がった。
 いってらっしゃいと三人が手を振り、見送った。
 カーティアを越え、着いたのは、エスヴェルンの王都近くの深い森、大きな柏の木の側の山小屋、ヴィルトの隠居小屋だった。『空の船』ではなく、『ここ』で子どもを産みたいとティセアが望んだのだ。イージェンも同じ思いだった。
 静まり返った中、小屋の中に入り、奥の寝室にティセアを横にした。半月前、清掃に来て、食料や身の回りのもの、出産に必要なものを持ち込んでいた。
 暖炉の薪に火を点けた。ふわっと温かさが広がった。
「茶を入れてやる」
 身体が冷えるといけないからなと外の井戸に水を汲みに行った。
 ヤカンに水を入れて、湯を沸かし、ゆっくりと丁寧に身体が温まる茶を入れた。
 夕食の後、抱き上げて暖炉の前に座った。
イージェンはティセアを足の間に座らせ、左の手のひらを腹に押し付けた。右手の手元には、黒い板が置かれていた。
「もうそろそろだな」
 イージェンに言われて、ティセアがああと深く息をした。
「もう忘れてるな」
 あの産婆に教わったんだがと、産むときの息を深くしたり浅くしたりする呼吸法を思い出していた。
 イージェンがゆっくりと腹を摩り、つぶやいた。
「そうか……」
 何だとティセアが見上げた。
「今日は出てこないそうだ」
そうなのかとティセアがいとおしそうに腹を見つめた。
「男の子……か……」
 三月(みつき)ほどのときにイージェンに、腹の子は男の子だと言われた。ティセアが後の言葉を飲み込んだ。
 できれば、魔導師でなければいいのだが……。
 ラトレルもあと一年経てば学院に連れて行かれてしまう。この子も魔導師だったら、三つになったら、連れて行かれてしまうのだ。普通の子どもだったら、ずっと一緒にいられる。ずっと一緒にいたい。
 どうか、普通の子どもであってくれ。
 ティセアのそんな気持ちはよくわかっていたので、イージェンは、すでに腹の子が素子であることはわかっていたが、告げなかった。三つになったら、どこかの学院に預けなければならない。さすがにこれ以上『決まり』に反してずっと手元で育て上げることはできなかった。手元で育てることができなくても、親と子の絆は繋がっていると思っていた。ティセアもわかってくれるはずだ。
 イージェンが手のひらを光らせた。その光が腹全体に広がっていた。
「温かい……な……」
 ティセアが気持ちよさそうに眼を閉じ、こくりこくりと居眠りしはじめた。
 イージェンが右手で黒い板の上をなぞると、左の手のひらの光が強くなり、光が腹の中に吸い込まれていった。
 望んだわけではなく大魔導師となり、強がってはいたが、身体がなくなって、ヒトの営みができなくなり、つらかった。身体があったときの感覚がそっくり蘇るのに、もうそれを新たに感じることはできないのだという苦しさがあった。
 だが今、腕の中には、ただひとり愛した女が妻となって抱かれている。その腹には紛れもなく自分の子どもがいてまもなく産まれようとしている。自分を支えてくれる友だちや仲間がたくさんいて、自分に付いてきてくれている。それはとても満たされた『ありかた』だった。
「まだまだ先は長いけどな」
 この子が生まれ、またこの子の子が生まれ、そして何代も続いても、目指すところに到達するのは難しいかもしれない。それでも。
 動き出したこの惑星の未来への黄金の道《ブワドゥウオゥル》、その道をイージェンは歩んでいくだろう。多くの異能の素子たちと共に。そして、この惑星の空と大地と海と、そこに住まいする生きとしいけるものと共に。
(「イージェンと黄金の道《ブワドゥウオゥル》」(完))

(『異能の素子』完結)

《あとがき》
 やっと書き終わりました。正直、こんなに長くなると思っていませんでした。予定では、去年の夏には終わっているはずが、暮れに伸び、そして、とうとうここまで来てしまいました。書き始めは二〇〇五年ですので、三年くらいですが、けっこうな量になりました。実は、分量的には、七巻発行している『両界伝』よりもあるのです。本人も驚きです。長すぎです。
 思えば、最初に書いたのは、不気味な仮面の魔導師ヴィルトと薄幸の少年セレンの話だったはず。それが、なんでこんな話に……。
だいたい主人公はどう見てもイージェンです。どうして、普通の「剣と魔法」のファンタジーにならないのか、本人も首を傾げるばかりです。
 テイストは古いSF、設定としてはかなりクラシックです。目新しいものはたぶん、ほとんどありません。ただ、テーマは難しく、解決はほぼできないものです。どれだけ自然物だけで、ある程度文化的な生活ができるか、そう考えると、時代は蒸気機関が発明される以前くらいだな、中世くらいかなといういい加減な発想です。
 今は空前のエコブームです。地球温暖化、エネルギー問題、オゾン層破壊など、文明が自然を破壊していることの『つけ』の時代になっています。それは、しかし、科学技術が発達していく段階ですでに言い尽くされていることなのに、人類はなかなか省エネを実行できないわけです。まさに、「無理やりとりあげる」しかないのです。
 この話の中でも、ほんとうは、マシンナートたちから、一切のテクノロジイを取り上げて、ぽんと地上に放り出すべきだと思うのです。おそらくはほとんどのヒトが死ぬでしょう。そして数えるほどしか生き残らない。本来はそうすべきなのですが、イージェンをいいヒトに書きすぎてしまって、できなくなってしまいました。ただ、マシンナートたちからすると、とても理不尽な要求をされているので、冷酷非情だと思われているでしょうけど。
 今の地球において、ほんとうに自然破壊を止めて、かつての活力を取り戻すには、現段階では、テクノロジイを後退させるしかないと思います。日本で言えば昭和三〇年代の暮らしに戻れば、かなり省エネできるでしょう。でも、本当にハイパーなテクノロジイが生まれて、クリーンでほんの少しで膨大なエネルギーが得られて、工業製品のほとんどがリサイクルできて、今までの産業廃棄物をなくすことができて、無駄を出さない生産体制ができたら……。
 資源の無駄については、市場がある資本主義経済の間はなくすのは無理だろうなぁ。かといって、今どき配給による計画経済なんて化石的なシステムは「ありえない」し。結局生活スタイルや商品の個性や多様性を求めるかぎり、無駄は避けられない問題なので、完全リサイクルによって、資源を循環するしかないようです。でも、もしそんなハイパーテクノロジイができたらステキだけど、それまで地球は持つのかどうか、それが問題です。
 お詫びです。タイトルや作中のフランス語っぽい外来語はほとんどでたらめですのでご了承ください。英語にはない雰囲気を出したかったためです。じゃあ、なんでドイツ語ではないのだというと、なんとなくふにゃふにゃ感を出したかったのです。鼻にかかった声でお読み下さい。それと、『黄金の道』は、あのSFのあれです。パクリました。すみませんです。
 ちなみに、作者自身は「テクノロジイ万歳」です。科学大好きです。エコな生活はしていません。電力バリバリ使っています。省エネ?なにそれ美味しいの?なヒトです。幽霊も妖精もいないし、魔力なんてない、プラズマでいいじゃんと思っています。パリスの主張そのまんまです。でも、やっぱり自然は大切だよねと思います。
この後は、たぶんイージェンの子どもの話と、ヴィルトたちの本部《テクスタント》の話を書きます、短めに(笑)
でも、しばらくは休養です。やっぱり、かなりの体力使いましたので。

 それでは、長い間お付き合い有難うございました。ほんとうに感謝しています。
 そういえば、セレンを幸せにしてやってと某読者様から言われましたが、セレンはとても幸せです。おなかいっぱい食べられるし、きちんとベッドで寝られるし、大好きなアートランに身体を触ってもらえるし、『魚さん』と泳げるし、カサン、ヴァン、リュール、ウルス、そしてイージェンと一緒にいられるのですから。

 空と海と大地と、そこに住まいするすべての生き物に、素子の恵みがあらんことを。
 そして、この愚作にステキなキャラを描いてくださったこおるさんに感謝します、ありがとうございました。

『ばちあたり!』 本間 範子


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