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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第391回   イージェンと黄金の道《ブワドゥウオゥル》(2)
 二の大陸キロン=グンドの中央から北西に位置するハバーンルークの王都近郊に、古い貴族の館があり、数年前、ヴラド・ヴ・ラシス《商人組合》が買い取って、本拠にしていた。改装と増築をして、かなりの構えになっていたが、その東にジェトゥの住棟があった。
 ジェトゥが死をも覚悟していてくれと書置きして出て行ってから、父親である会頭のアギス・ラドスはずっと泣き暮れていた。息子のアルトゥールも遠掛けにも出ず、なにもせずにふさぎこんでいた。
「若」
 側付の者が声を掛けたが、毛布を被って返事もしなかった。
「若、お父様が戻られましたよ」
 えっと飛び起きて、あわててベッドから降りて、走り出した。
「若、お召し物を!」
 側付が服を持って後ろから追いかけてきたが、下穿きだけで、廊下を走った。侍女たちがキャァと声を上げて、真っ赤になった顔を伏せて、避けていた。アルトゥールの部屋は西の棟なので、渡り廊下などを走り抜けて、東にやってきた。
「父さん!」
 勢いよく扉を開け、はあはあと息を上げ、ジェトゥの姿を確認して、涙目を見開いた。
「アルトゥール、なんて格好だ」
 ジェトゥが不機嫌そうな顔を向けて、睨みつけたが、かまわずアルトゥールが飛びついた。
「父さん、父さん!」
 自分よりも大きな身体になったのに、いつまでも赤ん坊のようだといとしかった。だが、手で押しやった。あまり力を入れていないが、突き放されたようにアルトゥールが後ろによろけた。
「みっともない、身づくろいくらいきちんとしろ」
 ようやく追いついた側付があわてて上着とズボンをはかせた。
「だって、父さん、死ぬかもなんて手紙置いてくから」
 鼻をすすりながらしおれた。
「いつだって、死ぬかもという覚悟は必要だ」
 おまえもだと冷たく言った。
「じいも心配して寝込んでる」
 ジェトゥがため息をついた。
「いちいちそれではどうしたらいいのか」
 おじいさんを見舞ってくるから、この連中を風呂に入れて、着替えさせておいてくれと指差した。
 指差した先にはマシンナートのつなぎ服を着た男がふたり立っていた。
「こいつら、異端……」
 ジェトゥがそうだ、この服のままではまずいからな、頼んだぞと出て行った。
 アギス・ラドスはベッドに横になっていたが、ジェトゥが部屋に入ってくると、起き上がった。
「ジェトゥ……」
 手招かれるままにベッドの縁に腰掛け、アギス・ラドスに抱き締められた。
「お父さん」
 なにも言うなとアギス・ラドスが身震いしていた。ゆっくりと離れ、従者が差し出した薬湯の碗を光る手で暖めるように精錬し、渡した。少し飲んでから、残りをぐっと飲み干した。
「異端のものたちを連れて帰ったそうだが」
 異端とは手を切れと言っていたではないかと少し険しい眼をした。
「異端は道具がないとなにもできません、だからいいのです」
 そうかと大きな吐息をついた。
「おまえがそういうのならいいのだろう」
 碗を従者に渡してから、横になった。
「ジェトゥ、おまえが側にいれば、もう何もいらない」
 金銀財宝も大きな館もかしずくものたちもなにもいらないと手を握り締めた。
「お父さんはそれでいいかもしれませんが、部下たちはもっと欲しいでしょう」
 会頭として満たしてやらなければとたしなめた。
「おまえに会頭をやってほしい」
 長老たちも賛成するだろうと言われ、ジェトゥが首を振った。
「わたしは会頭にはなりませんし、会頭を世襲にしてはいけません」
 将来はアルトゥールを会頭にと考えているようだが、アルトゥールも会頭にふさわしい人物になるよう、もっと鍛えていかないといけなかった。その上で選ばれて会頭となるべきなのだ。
「そうだな、おまえは正しい」
 そうしなくてはなと言いながら、すうっと眠った。
 
 異端たちの世話をしろと言われてアルトゥールがじろじろとふたりを見回した。ふたりとも小柄で痩せていた。若い男は中年の男にしがみついていて、悔しそうな顔を伏せていた。
「おまえ、名前は」
 若い男の方の腕を掴んだ。若い男が抵抗した。
「は、放せ!」
 中年の男がアルトゥールの手を握った。
「放してください、お願いします」
 若い男が父さんとつぶやいていた。
「おまえたち親子?」
 中年の男がうなずいた。ふうんとアルトゥールがまた見回してから、一緒に来るよううながした。
「その服じゃ、まずいんだろう?」
 部屋の外に連れ出した。東棟から渡り廊下で別の棟に向かった。その棟は、赤っぽい壁で入口に硝子球が下がっていて中に灯りが入っていた。
 中に入ると中年の女たち数人が出迎えた。その中央の女が一歩進み出た。
「若、いらっしゃいませ、お早いお越しですね。今日は誰にしますか」
 お辞儀しながら尋ねた。正面にある階段から、化粧をして着飾った若い女たちが降りてきた。
「若、いらっしゃいませ」「今日はわたくしを選んでくださいな」「いえ、今日こそ、わたくしを」
『しな』をつくって、階段の下で腰を捻るようにお辞儀した。
 この本拠に住まわせている娼婦たちは、娼館で身を売っている女たちと違い、貴族や大商人の側女や妾にもなるような『上物』だった。『上物』ともなると、没落した貴族や軍人の娘などもいて、礼儀作法や読み書き、弦楽器(リュート)や歌なども仕込まれている。五年前に死んだアルトゥールの母親も滅ぼされた自治州領主一族の女だった。
 アルトゥールが手を振って、風呂だけこいつらと入るから着替え用意しろと命じた。着飾った女たちが不満そうにしているので、少し困った顔をしたが、どうぞと案内した。
 入ったところは広間になっていて、奥に続く廊下を進み、突き当たりに硝子の扉があった。案内してきた女が開けると、中はもわっと温かい白煙が漂っていた。
「ただいま着替えをお持ちします」
 中には体格のよい男がふたりほど椅子に腰掛けていたが、立ち上がった。
「若」
 頭を下げて、服を脱がせ始めた。こいつらも入るとアルトゥールが顎で示すと、ふたりをしげしげと見ていたが、変わった服だと分かり戸惑っていた。アルトゥールが気付いた。
「自分で脱げ」
 父親の方が先に脱ぎ出し、息子が嫌そうな顔をして続いた。全部脱いだアルトゥールが、ふたりに近寄ってきた。浅黒く鍛えられた身体つきだった。
「おまえ、肌が白くてすべすべしてるな。どっかの貴族の娘みたいだ」
 細っこくて小さいしと自分の肩口までしかない息子の方の顔を覗き込んだ。
「俺はアルトゥールだ、おまえは?」
 横を向いて返事をしないでいると、側にいた男たちがぐいっと腕を掴んだ。
「おい、若が尋ねておられるんだぞ! 答えろ!」
「放せ、痛い!」
 男のひとりが床にねじ伏せた。父親がその押さえ込んでいる太い腕にしがみついた。
「やめてください、この子はアリアンといいます! 乱暴しないでください!」
 アルトゥールが男に放せと命じた。男がさっと離れ、アリアンが父親の腕にすがって立ち上がった。
「アリアン、アリアンか」
 アリアンがぐっと唇を噛んで涙を零した。
「何で泣くんだ?」
 そんなに痛かったのかと握られた当たりを掴んだ。
「違う、悔しいんだ!」
 アリアンが真っ赤な眼を見張って、アルトゥールを見上げた。
「おまえたちなんか、ボォムやオゥトマチクがあれば、みんな殺せるんだぞ!」
 アリアンが泣き叫びながら頭を振った。
 アルトゥールが呆れて、早く入れと奥の扉を顎で示した。
木の扉が開くと、ザアアッという水の音がしていた。白い煙は熱いくらいで、次第にはっきりしてくると、奥に湯の溜りがあった。
 男たちが桶に湯を入れ、アルトゥールに寄ってきて、身体に湯をかけ始めた。父親の方が桶を見つけて、湯溜りから湯を掬い、アリアンにそっとかけた。
「熱い」
 まだぐすっと鼻をすすっていた。男のひとりが何か硬く四角いものを寄越した。その四角いものでこすって、アルトゥールの身体を洗っている。真似してアリアンの身体を洗った。
「なんか、ごりごりする」
 文句を言いながらも黙ってされていた。
「石鹸のようです」
 あまり泡は立たなかったが、うっすらと花のような香りがしていた。湯で流してから、父親は自分でこすっていたが、アリアンが貸せと取り上げて、背中をこすり始めた。父親が目を細めて肩越しに振り返り、アリアンも照れくさそうだがうれしそうにしていた。
 それを見ていたアルトゥールが不機嫌そうに男たちに手を振った。
「もういい」
 流させてから湯溜りに入った。ふたりがアルトゥールから離れたところにそっと身体を浸けた。
「異端の連中はユニットとかいう狭い部屋でシャワーって湯の滝を浴びてたけど、こんな湯溜りに入ることあるのか?」
 アルトゥールが聞いた。ふたりとも驚いていた。
「いえ、水着を着て入るプゥウルはありますが、裸で入ることはありません」
父親のほうがシャワーを知ってるんですかと逆に尋ねて来た。
 父親のほうは丁寧で優しい感じだった。アルトゥールが泳ぐようにしてふたりに近寄った。
「ああ、パミナって女のとこに行ったときに使った。でも、父さんが電力ってのがなかったら使えないって言ってた」
 そうですねと父親が寂しそうに微笑んだ。
「アリアン、おまえの父さん、優しいな」
 俺の父さんだって、普段は怖いけど、ほんとうは優しいんだぞと自慢げに胸を逸らした。アリアンがむっとして顔を突き出してきた。
「俺の父さんのほうが優しい!」
 むきになっているアリアンに父親がやめなさいと腕を引っ張った。アルトゥールがふっと口はしに笑いを浮かべた。
 あまり長く湯に浸かると湯当たりするからと適当に上がらせた。身体を拭いてから、用意された服を着た。
 ジェトゥの住まいの東棟に戻ると、夕飯の支度が出来ていた。ジェトゥもテーブルについて四人で食べ始めたが、アリアンは手をつけなかった。父親がスープだけでも飲んでくださいと勧めたが、首を振っていた。
「セアド、ほおっておけ、腹が減れば、嫌でも食べるようになる」
 ジェトゥが、喉が渇けば泥水だってすするのがヒトだとパンをちぎって口に入れた。かなり強い酒を数杯飲み干しているアルトゥールに後で書庫から寓話集を持ってくるように言いつけた。
 アルトゥールが首を傾げたが、食べ終えてから席を立って出て行った。アルトゥールがいなくなってから、ジェトゥがふたりに話し出した。
「いずれ、学院の追っ手がわたしを始末しにくるだろう」
 学院を逃げ出したのでと冷たい眼をした。
「おまえたちもそのときに始末されるだろうが」
 ふたりがうなだれた。
「それまでのひととき、親子として過ごせばいい」
 ふたりは同時に顔をあげ、セアドがありがとうございますと礼を言った。アリアンがしばらく皿のスープを見つめてから、スプーンを握り、食べ始めた。一口飲んで苦いものでも飲んだように顔をゆがめたが、そのまま飲み続けた。
「わたしが始末されるだろうということは、アルトゥールたちには言うな」
 また大騒ぎになるとため息をついた。セアドが柔らかな眼を向けた。
「お父さん思いのよい息子さんですね」
 ジェトゥがいくつになっても赤ん坊のようでと手を振った。冷たい声はかわりなかったが、その眼差しが少しだけ緩んでいた。
 アルトゥールが戻ってきて、寓話集を差し出した。受け取ったジェトゥがセアドに渡した。
「これは子どもが寝るときに、添い寝しながら読んでやると喜ぶものだ」
 アリアンに読んでやれと言うので、アルトゥールが眼を丸くした。
「えー、アリアン、父さんに寓話読んでもらうんだ、いいなぁ」
 俺にも読んでくれとアルトゥールがジェトゥの首に抱きついた。だめだと手を振ったが、しつこくせがむので、もう一冊もってこいとため息をついた。
「やったー!」
 跳ねるようにして取りに行った。ジェトゥは、セアドたちに隣の寝室で休むよう言い、従者に案内させると手を叩いて呼んだ。


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