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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第39回   セレンと南海の戦い(1)
 セレンが目覚めたとき、夕べ会ったマシンナートの少女ファランツェリが床で寝ていた。イージェンがユニットから出てきた。
「おはようございます」
 セレンがベッドから降りて、挨拶すると、テーブルに寄ったイージェンが木筒から杯に水を入れた。フィーリがくれた焼き菓子を二枚とその杯を示した。
「顔洗って、朝飯はこれで済ませろ」
 セレンがユニットの方をちらっと見た。腰をかがめていたので、用を足したいらしかった。少しためらっていたが、ユニットに入って、扉を閉めた。手と顔をびしょびしょにして出てきた。手ぬぐいで拭いてやった。
 ファランツェリの胸辺りから音がして、驚いて起き上がった。小箱からの音だった。寝ぼけ眼で小箱を見たファランツェリは、しまったという顔をした。
「うわ、間に合うかな」
 立ち上がって、ユニットに飛び込み、顔を洗って出てきた。イージェンの手から手ぬぐいをひったくり、拭いて投げ返した。テーブルの上の焼き菓子を二枚とも摘んで、一枚口にほおり込みながら、扉に向かった。
「じゃあ、後でマリィンで会おうね」
 急いで出て行った。イージェンが眉をひそめて、茶色の巾着からまた二枚出した。
「行儀が悪い」
 イージェンは木筒から水だけ飲んだ。今日は港辺りで食べ物を調達しておかないと自分はともかくセレンは厳しい。このまま同行するかどうかはわからないが、そうなれば、いずれはマシンナートの食べ物を食べなければならない。しかし、セレンにはあまり食べさせたくなかった。
服が乾いていたので、着替えた。
 しばらくして、アリスタが迎えに来た。
「服、着ててもいいのに」
「ヴァンはどうした」
 モゥビィルの整備で残るのだという。
「彼は整備士なの」
 整備士や運転士などは労働士(ワァカァ)といい、アリスタやファランツェリたちは研究士(インクウワィア)というのだと説明した。
トレイルの外に向かう。昨日まで乗っていたのとは違う形のモゥビィルが待っていた。完全な箱形で、後に真ん中で二つに割れる扉がついていた。中にすでにカサン教授が座っていた。段がついていて、登って上った。
「おはよう」
 イージェンがカサン教授に挨拶したが、カサンは返さなかった。最後にアリスタが乗り込み、扉を閉じて、前の席に出発するように声を掛けた。ガタッと音がして、走り出した。
「港からテンダァ(連絡船)でマリィン、海中戦艦に行くから」
 胸の袋から銀の紙に包まれたものを出した。ショコラァトのようだった。
「これ、ファランツェリがセレンにあげてって、お菓子美味しかったって言ってたわ」
 セレンはもちろん受け取らなかった。イージェンが受け取って、布鞄の巾着の中に入れた。
一刻ほどして、モゥビィルが止まった。後ろの扉が外から開けられた。アリスタが降り、カサン教授が続いた。その後からイージェンがセレンと降りてきた。
 目の前に海が広がっていた。
「わぁ…」
 セレンが大きな水たまりに驚いた。その様子にイージェンが気づいた。
「海を見るのは初めてか」
 セレンが微笑んだ。レアンの港は軍港で、本来なら、カーティアの海軍の軍船が繋留されているはずだが、今は一隻もいなかった。桟橋に帆のない船が泊まっていた。もちろん手で漕ぐ船ではない。
「テンダァよ」
 アリスタが沖に目を向けた。沖に小さな突起が見えた。テンダァに乗り移った。後ろの方でドドドーッと音がして、波を立てて動き始めた。
セレンは海が気に入ったらしく、イージェンの膝の上で、珍しく怯えずに回りを見回していた。その様子を優しく見下ろしていたイージェンが西の方を指差した。
「セレン、あっちに俺が生まれた大陸、トゥル=ナチヤがある」
 セレンはその指差す方向を見た。潮風に髪が揺れ、頬に心地よかった。昨日の雨を降らせた雲のせいで、波は少し高かった。
すぐに沖合いの突起に着いた。突起の周りは平らになっていて、テンダァはその平らなところに横向きに接するように泊まった。イージェンは軽々とセレンを抱えて、その平らなところに飛び移った。アリスタはすぐに飛び移ったが、カサンはなかなか飛び移れず、運転士の手を借りてようやく飛び移った。平らなところに丸い蓋があり、開いていて、そこから中に降りた。
「これが、海中戦艦か」
 内部はうす暗く、トレイルよりももっと通路は狭い。ひとり通るのがやっとだった。カサンが前を歩き、進んでいった。いくつか梯子を降りたり登ったりして、大きな円型の取っ手が付いた扉に着いた。回して入った。中は暗いが、あちこちに光る丸いガラスや四角いモニタらしきものが散りばめられていた。何人かがそのモニタに向かっていたが、一斉に入ってきた連中に目を向けた。
「イージェン!」
 弾むような声がして、小さな身体が飛びついてきた。
「ファランツェリ」
 その身体を軽々と横抱えした。
「あは、力持ちだなぁ」
 ファランツェリがうれしそうに笑った。椅子に掛けていた五十がらみの男が近寄ってきた。マシンナートの白い服ではなく、くすんだ濃い緑色の身体にぴったりとした服だった。
「おまえがイージェンか」
 うなずき、室内を見回した。
「私はバルシチス教授。こちらが艦長のドリス」
 横に並んだ四十代くらいの艦長は、バルシチスと同じような服を着ていた。バルシチスがカサンの方を見た。
「ユアンに顎で使われているようだな」
 カサンが黙って頭を下げた。バルシチスが口はしを歪めた。
「あんなゴミのようなプレインのひとつやふたつ壊されても、どうということはない。ユアンが大げさに報告して、自分の指揮下に置くようにしたにすぎない。気にするな」
 カサルがほっとした顔を上げた。
「ドリス艦長もファランツェリ様をお預けになったジャイルジーン大教授の意を汲むことだ」
 ドリス艦長はちらっとファランツェリを見た。
「もちろん承知していますよ」
 ドリスは軽くお辞儀して元いたところに戻った。バルシチスが室内をじろじろと見回しているイージェンに言った。
「ユワンがマリィンに乗せてやると約束したようなので、一応乗艦を許可したが、これ以上艦内を見せることはできない。退艦してもらおう」
「それでは約束が違う」
イージェンが険しい目を向けた。ファランツェリがイージェンの首に手を回し、バルシチスに言った。
「ねえ、あたしに免じて見せてあげてよ。別に見られたって…どってことないでしょ」
 どうせ仕組みなどわかるはずはない。ただものめずらしいものを見たいだけにすぎない。そう言いたいのだろう。バルシチスがイージェンに近寄り、ファランツェリを受け取って、床に降ろした。
「ファランツェリ様、あなたはここではインクウワィアのひとりにすぎません。お父様の威を借りるような発言は控えてください」
 イージェンはもう少し中を見たかった。どのように船を動かすのか、なにで動いているのか、そして、海中からどのように海上の船を攻撃するのか。
「いろいろと揉めてるようだが、それは俺には関係ない。俺はユワン教授というより、マシンナートに手を貸してやったんだ。もう少し見せてくれてもいいだろう」
 バルシチスが不快な目でイージェンを見た。
「まったく魔導師というものは口が達者なものばかりだな」
 カサンに命じた。
「艦内を見せてやれ。ただし」
 セレンを指差した。
「その子どもは預からせてもらう。アリスタ、テンダァに連れて行き、待機していろ」
 イージェンがセレンを抱きしめた。
「だめだ、この子は一緒でないと」
「では、艦内を見ることは許さない」
 セレンがイージェンを見上げた。
「師匠(せんせい)、ぼく、このお姉さんと待ってます」
 イージェンは片膝を付き、セレンの頬を撫でた。
「そうか、待っててくれるか」
 セレンがアリスタの側に行った。アリスタが手を差し出すと、握った。ふたりは来た方の通路に出て行った。カサンがイージェンに顎で行く方を示した。逆の通路だった。


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