気が付いてサリュースが顔を上げた。金髪に紫がかった青い眼。アートランが、サリュースそっくりな大人びた顔で口はしを歪めた。 「少し見直したぜ」 サリュースがフンッとそっぽを向いた。 「おまえなどに見直してもらわなくてもいい」 そのまますれ違った。 サリュースは、相変わらず、アートランを気味の悪い化け物だと思っているには違いないが、それでも、エアリアと共に成し遂げた今回の働きは誇らしく思っていた。 エアリアもアートランも素子の実《クルゥプ》。大魔導師になれるほどの魔力をもつものたちだ。そのような子どもたちの父親であることにほんの少しだけうれしさを感じたのだ。 「いいの? 審問受けたら、学院を追い出されるかも」 自分はかまわないのだがとアリュカが心配した。サリュースも実のところ、なぜあのときにアリュカをかばったのかわからなかった。身体が勝手に動いていたのだ。少し後悔もしていたが、してしまったことはしかたないと腹を括った。 「学院長は罷免されるかもしれないが、特級は不足しているし、やらなくてはならないことがたくさんあるから」 イージェンが遊ばせておくことしないだろうと苦笑した。 「ええ、そうね、きっと」 宿舎のベッドに横にしてもらい、お腹をさすってとねだった。サリュースが頬を赤くしてから、むっとして顔を逸らして、しかたない風に手を当てた。 ……鼓動が、ふたつ。 「双子か」 アリュカがええとうれしそうに微笑んだ。さすられていると、痛みや重さが消えていって、暖かいものが身体中に広がるのを感じた。
サリュースとアリュカが扉を出て行ってから、メレリが杖をサディ・ギールに渡しに近付いた。 「そんなに興奮すると心臓が持たないですよ」 もういい年なんだからと言われ、フィナンドが杖を奪い返し、サディ・ギールに渡した。 「結婚や娼館に行くことは禁じられてるけど、それ以外はお互い合意の上のことだったら、見て見ぬふりするものでしょ? もしかして、貞操を守るなんてこと、バカ正直にやってるわけ?」 メレリが肩をすくめていた。 「あ、あたりまえだ、おまえは守ってないのか!」 フィナンドが真っ赤になって怒鳴った。メレリがさあととぼけながら、それよりもと席に戻って、挙手した。ダルウェルがあわてて指名した。 「イージェン様の内妻のことも、サリュース、アリュカの両名のことも、個人の問題です。わたしとしては、大陸の秩序を揺るがすランスの策謀こそを提訴したいと思います」 席に座りなおしていたサディ・ギールとフィナンドが驚いた。 「ランスは、ティケア北部の覇権を握ろうとして、アラザードに侵略戦争を仕掛けました。そのための工作として、アラザードの周辺諸国、自治州に事実上の恫喝をしています」 メレリにうながされて、北リド・リトスのヴァチェスが発言した。 「五年ほど前からランスの学院より、アラザードを侵略するので、東側国境を脅かせという伝書をたびたびもらいました。フィナンド副学院長が来訪されたこともあります。従わないと、東海岸の漁場を四の大陸の国が占領するぞと言われました」 従うつもりはなかったが、従ったとしても、アラザードの次には北リド・リトスに手を伸ばすことは必至と思いましたと結んだ。メレリは、ランスとセラディムとの国境にある二つの自治州からの証言も得ていた。 「自治州スーヴァム、ネルタの領主には、ランスの州となればセラディムへの輸出関税を増やしてやるし、ランスからの穀物は非課税で買うことが出来るようになる。領主もそのまま州総督に就任させるが、拒否すれば侵略し領主一家は皆殺しにすると脅していました」 サディ・ギールがぶるぶると震え、フィナンドは青ざめていた。そのほかにもドゥオールにもアラザードとの国境を脅かして軍隊を分散させるように持ちかけていたとゾルヴァーが証言した。まさかゾルヴァーまで不利な証言をするとは思わず、サディ・ギールもフィナンドも顔色を失った。 「学院は国同士の争いには係わらないのが『決まり』です。もちろん争いを収める方向に画策することはありえますが、領土拡大のために工作するのはいかがなものでしょうか」 ダルウェルがこほんと咳払いして、名札をコンッと叩いた。 「ただいまの提訴は別途訴状を提出されよ。今は大魔導師承認撤回の議題を討議している」 メレリが了解しましたと頭を下げた。別にこの場で提訴するつもりはなく、ランスの横暴さを知らしめることができればいいのだ。 ダルウェルが他に発言するものはいないか確認してから、再度名札を手にして縦にした。 「ただいまより、大魔導師承認撤回の決議を行なう」 一斉に名札を縦置きにした。アリュカの名札はメレリが縦置きにし、サリュースの名札は東バレアス公国の後継者ルシアンが縦置きにした。 「撤回に賛成のもの、名札を横にされよ」 カツンと音がして名札が横置きになった。 「なんと……」 サディ・ギールが愕然として立ち上がりよろけた。横置きにしたのは、サディ・ギールと四の大陸ケルス=ハマンのアルスランだけだった。 講堂内を静けさが広がり、その中でアルスランが名札を縦置きに戻した。 「圧倒的多数には従わないと」 ふうと肩で息をした。途中からこうなる流れだとはわかっていたが、ランスに義理立てしたのだ。 タービィティンのネルガルが席を立ち、サディ・ギールに近寄った。 「サディ・ギール殿、そろそろ若いものに後を任せて、わたしら年寄りは隠居しましょう」と手を差し出した。サディ・ギールがぐらっと身体を揺らし、首を振った。東バレアス公国のファン・ヴァルが、わしもこの機会に隠居すると席を立った。 クリンスを呼んでサディ・ギールとネルガル、ファン・ヴァルを別室に案内させた。入れ替わるようにイージェンが入ってきた。 全員が立ち上がり、お辞儀した。 「大魔導師イージェン様」 イージェンが呆れたようなため息をつき、議長席の隣に座った。 「座れ」 みんな腰を降ろし、名札を横置きにした。 「おまえたち、後悔するぞ、俺を承認したことを」 おいおいとダルウェルが小声でたしなめた。 「せっかくみんなが認めてくれたんだ、ここは素直に礼を言え」 だが、プイと横を向いて、審議を続けるよう手を振った。 ダルウェルがはあと疲れたような顔で息をしてから、立ち上がった。 「では、ただいまより、今総会の議題の審議に入る、まず一の件について」 マシンナートとの争い《マシィナルバタァユ》の経緯と結果の報告については、これまでの伝書によって刻々の状況が伝えられていたし、マシンナート側の状況も書き込まれた詳細な報告書によって、委細が分かっていた。 ぎりぎりの状況の中で、イージェンと弟子たち、アディアやリンザーたち、マシンナートの協力者たちの力を合わせたことによって、『大災厄』を免れたことは称賛すべきという意見も得た。この議題については、いくつかの質問と現在のマシンナートの施設についての確認で終了した。 二の件、戦後処理については、紛糾すると思われたが、実際には、まだマシンナート側の地上への移住計画が出来上がっていないため、受入れについてもどのような形になるか、検討の材料がなかった。イージェンが自分の考えを提示した。 「地上にいくつかの訓練所を作り、そこで研修させることからしなければならないと思っている。地上の環境、衣食住のことなどをまず教える必要がある」 そんな生ぬるいことではと思うが無理をして地上もマシンナートも共倒れになっては本末転倒だとイージェンが続けた。 「何十年、何百年かかってもいい。テクノロジイリザルトの完全消滅まで、続けていきたい」 地上も苦しい中、大変になるが、それぞれの国力に応じて、この計画に参画してくれと頭を下げた。 「それと、これは三の件にも関係あるが、『星の眼』と『天の網』が可動するようになった。俺が全部統制できるので、滞っている算譜の更新を進める」 一の大陸以外はすでに何十年も更新されずにいたのだが、その影響については、まだそれほど顕著ではなかった。だが、今後何十年もたてば、そのズレは大きくなっていくに違いない。そうすると、さまざまな指標を基に行なっている国政に対しての助言の正確性が薄れてしまうのだ。 「それに伴い、五大陸全体で数値を見直すことになるだろう」 数値と聞いて、さすがにざわめいた。
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