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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第387回   イージェンと五大陸総会(下)(1)
 ダルウェルが手元の何枚かの書面を持ち上げた。
「たしかにアルスラン殿以外にも同様の決議案が二件提出されている」
 ランスのサディ・ギールとエスヴェルンのサリュースからと紹介し、先に懸案から討議したいと言ったが、イージェンが遮った。
「ダルウェル」
 議長机の端の席に座っていたイージェンが手を伸ばして、書面を受け取り、読んでから、立ち上がった。
「俺の言いたいことは、伝書に書き綴った。俺の承認のことと戦後処理は別途だということだけは了解してくれ」
 撤回決議から先に討議して、決を取ってくれと言い残し、講堂から出て行った。
ダルウェルがしかたなく、アルスランから提出された議案書を読み上げた。
「五大陸総会宛、先の総会で大魔導師と承認されたイージェンは、次の理由により大魔導師としてふさわしくないものである。ゆえに、ここに承認撤回を要求する。
一、堕落した魔導師フレグと禁忌を犯した聖巫女クトの子どもであること。
二、人買いを生業とし、人殺しや強盗など、多数の悪事を行なっていたこと。
三、学院の『決まり』に反し、二の大陸のラスタ・ファ・グルア自治州の領主息女ティセアを妻とし、異端の技で出来た子どもを産ませようとしていること。
四、異端との争いにおいて、迅速なる対処が必要であったにもかかわらず、対応を遅らせ、三の大陸ランスの第二王都クァ・ル・ジシスにミッシレェが落ちることを防げず、壊滅させたこと。
以上」
 一瞬ざわっとなって、隣同士で声を潜めて話し合いはじめた。
「……それは……そうだが……」
「いや、そこまで……」「だがそうとしか……」
 ダルウェルが名札を机に打ち付け、注意を向けた。
「静粛に願いたい、発言は挙手をもって許可を得てからにすること」
 ランスの副学院長フィナンドが手を挙げたが、同時にイェルヴィールのヴィルヴァも手を挙げていた。ダルウェルがヴィルヴァを名指した。ヴィルヴァがすっくと立ち上がり、見回してから怒鳴るように発言した。
「いいか、イージェン様は、われらが認めるか否かなどに関係なく、紛れもなく大魔導師だ! 偉大なる魔力をもった超絶なる存在だ! 前回の総会のときも承認など取る必要はなかったんだ、まして撤回の賛否を取るなど言語道断だ!」
 ぎろっと眼を剥いてみんなをにらみつけた。指名して失敗したと頭を抱えたダルウェルが落ち着けと声を掛けた。言いたいことはわかるが、あまりにも乱暴な言い方なので、かえって反発されるだろう。
案の定、次に立ったランスの副学院長フィナンドが呆れたように首を振った。
「まったく、五の大陸のものたちときたら、罪人だったり、礼儀知らずだったりと呆れるばかりだ。ヴィルヴァ殿も学院長とも思えない」
 なにっとヴィルヴァが立ち上がりそうになったのをさすがにシヴァンのアグリエルが袖を引っ張って留めた。
「イージェンは不埒な無法者であるばかりでなく、異端の対処も誤ってわが国の第二王都を壊滅させた。三の大陸西海岸最大の港でもあり、人的にも経済的にも多大な損失となった。復興はあるいは不可能かもしれないというほど悲惨な状態だ。ウティレ=ユハニ王都の惨状もイージェンが早急にバレーを消滅させていれば防げたかもしれない」
 そのような対処の誤りからも大魔導師に足る器とは思えないと断じた。
 ヴィルヴァが眼を剥いてぶるぶると拳を震わせていた。ダルウェルも議長でなければ、怒鳴りつけてしまいそうだった。怒りを抑えきれない様子のアラザードのランセルが手を挙げた。
「さきほどのフィナンド殿の発言だが、異議を唱えたい。第二王都の壊滅は、イージェン様に非があるのではなく、ランスの対応が悪かったからだ」
 ランスがイージェンの停戦指示を無視して王立軍を動かし、そのために異端の上陸を許した上、攻撃したから報復されたのだと主張した。
「黙って異端の上陸を許しておくわけにもいかない。攻撃は正当だ」
 フィナンドも内心はこちらからの攻撃してはまずかったと分かっていたが、非を認めるわけにはいかなかった。
「ウティレ=ユハニのユリエン殿、あなたも被害を受けた国として、主張されてはどうか」
 フィナンドがうながすと、アルスランがちらっとユリエンを見た。ユリエンが挙手して立ち上がった。
「わが国の異端攻撃は、数年前から北海岸沿いで不審な動きがあったという報告がありながら、それほど深刻な事態と捕らえずに警戒を怠ったために受けたものと考えています。したがって、この件については、ウティレ=ユハニ、ならびに旧イリン=エルンの学院に責任があると思っています」
 フィナンドがうっと喉を詰まらせたようになり、サディ・ギールが不愉快そうにむむぅとうなった。ユリエンがすっと着席した。
「どうしたのだ、ユリエン、あれほどイージェンの承認撤回を支持していたのに」
 サディ・ギールが議案書も提出せずにと腹立たしげに非難した。
「あのようないやしいものを大魔導師として戴く事はできないと言ってよこしたではないか」
 ユリエンが青ざめたが、ふうと息を吐いてから、また立ち上がった。
「改めたのです、わたしもここにいる学院長たちも、あるいは罪人や不埒者の子どもかもしれないのに、そのようなことをあげつっても否認の理由になりません。学院で育たなかったのもイージェン様の責任ではありません」
 四の大陸ゾルタァルのネグベェイが隣のアルスランにうながされて、手を挙げ、そうではなくてと話し出した。
「妻帯を黙認しろなどと……しかも子どもまで産ませようとは……頂点に立つ方としてふさわしくないのでは……と思いますが……」
 なんとなく歯切れが悪い。どうもアルスランに言わされているような感じだった。
 どうすると探り合うようになってきて、ざわざわとざわめいて行く。
 アリュカが収拾の方法はないかと考えを巡らせていたが、腹がギュウッと締まり、ずうぅんと重くなった。ぐらっと身体がゆらぎ、椅子から落ちそうになった。気が付いた隣のメレリが手を伸ばしたが、間に合わず椅子から転げ落ちた。
「アリュカ!」
 メレリがあわてて抱き起こして耳元でささやいた。
「あなた、身籠ってるでしょ? 無理しないで」
 それを聞きとめたサディ・ギールが杖を支えに立ちあがり、アリュカの側に立ち、見下ろした。
「また孕んだのか、このふしだら女が!」
 杖を振り上げた。
 メレリがかばう間もなく、アリュカも防ぐことができずに杖の頭部で腹を叩かれた。
「あっ!」
 ドンッと打撃を受け、さきほど感じた、降りてくるような重みがさらにひどくなった。エアリアを早産したときと違って、まだ三月(みつき)ほどなので、このまま打たれたら流産してしまう。
「やめてくださ…いっ…あっ!」
 アリュカが手を振って拒んだが、杖はさらに強く叩きつけられた。
 ダルウェルが止めようと議長席を立ち上がった。そのとき、みたび叩きつけられようとした杖を掴み止めたものがいた。
「……サリュース……殿」
 アリュカが驚いて目を見張った。サリュースが杖を掴んで、サディ・ギールを見上げていた。
「これ以上はやめていただきたい」
 握った杖を少し突き放すように押しやった。サディ・ギールがぐらっと身体を揺らし、あわててフィナンドが後ろから支えた。
「まさか……その腹の子は……」
 サディ・ギールの皺だたまれた顔が怒りで赤くなった。サリュースが戸惑った顔をしてから、ぐっと唇を噛んで、アリュカの肩を抱き支えた。
「わたしの……子だ」
 アリュカがうれしくて眼から涙を零した。
「サリュース……」
 胸にすがりつくように倒れこんだ。サディ・ギールが杖で机をガンッと叩いた。
「そうか、あの化物たちもおまえの子かっ!」
 サリュースがアリュカを両腕で抱き上げて、段を降りようと背を向けた。
「そうだ、わたしの子どもたちだ」
 アリュカが胸に頭を預けて泣き震えた。
「ともに学院長という重責にありながらっ! 淫行を重ねるとは!」
 段を降りていくサリュースの背中にサディ・ギールが杖を投げつけた。その杖がサリュースの背中に当たる寸前メレリが掴んでいた。
「早く横にしてあげて」
 メレリが背中越しに声を掛けた。うなずいたサリュースが議長席の前で停まった。
「審問にかけるならかけてくれ。撤回決議はふたりとも反対だ」
 そしてダルウェルの方を向いた。
「わたしの出した議案書は破棄してくれ」
「了解した」
ダルウェルが書面を一枚持ち上げて、煙のようにして消した。
退席を許可し、誰か扉を開けてやるよう言うと、ヴィルヴァがさっと寄ってきて、開けてやった。
 廊下に出て、宿舎に向かおうとしたとき、正面に小柄な影が立った。


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