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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第380回   イージェンと艱難の道《ディフィスィルヴワ》(下)(3)
「大魔導師イージェンだ」
 静まり返った場内にイージェンの声が隅々まで響き渡った。
「おまえたちに話したいことは、『最緊急通信』で話した通り、テクノロジイを捨てて地上の民になれということだ」
 一番前の席に座っていた六十歳くらいの男が立ち上がった。
「ずいぶんと簡単に言ってくれるな! どうやって捨てろと?! 地上に出て、暮らしていけるだけの準備はしてくれるのだろうな!?」
 イージェンが仮面を向けた。エトルヴェール島で会談をもったときにいたヴァッサ大教授だった。その隣にはオッリスやセヴランたちもいた。啓蒙ミッションの強制終了によって、島を逃げ出し、キャピタァルに逃げ込む予定だった。しかし、パリスの作戦行動に参加した以外のマリィンで外洋を航行していたものがあり、パァゲトゥリィゲェィトに殺到したので、すぐに入れなかった。そのため、上層地区の惨劇を逃れ、生き残っていたのだ。
「こちらの準備などない。それを考えるのが、これからのおまえたちインクワイァのワァアクだ」
 そんなとヴァッサが絶句して立ち尽くした。オッリスがゆっくりと立ち上がった。
「アルティメット」
 うろたえてるヴァッサやセヴランと違って、オッリスは落ち着いた様子でイージェンの仮面をじっと見つめていた。
「あのとき名乗っていなかったな、わたしはオッリス大教授だ」
 壇上の両脇には階段があり、オッリスは向かって右側の階段に歩いていこうとした。イージェンがオッリスに停まれと命じ、手を振った。
「オッリス、俺はおまえと不毛な言い合いをするつもりはない。会談のときと同じだ。捨てる段取を考えろ。俺が言いたいことはそれだけだ」
 インクワィアたちが息を飲み、何人かがわああっと泣き伏して行った。
「そんな、無理よ、無理だわっ」「できるわけがない、あ、あんな恐ろしい世界に……住めるわけがないっ!」「死んだほうがましだ!」
 次々に絶望を口走り、恐慌状態になっていく。ファンティアがどうしたらよいかわからず、机に顔を伏せた。自分も同じ状態だった。
「黙れ」
 イージェンが小さくつぶやいた。その声がビイイィンと空気を震わせた。みんな口を閉じ、硬直した。
「組織としての責任を果たせ、そうだな、ヴァッサ?」
 仮面を向けられ、ヴァッサが青くなって震えた。
 イージェンがファンティアに小声で命じた。
「教授以上を中央塔の最高評議会会議室に集めろ。そのほかのものは、割り振った部屋に入って休むよう指示しろ」
 机に伏せたままのファンティアが小さくうなずいた。会場からあっと息を飲むような声が上がった。アルティメットは煙のように姿を消していた。ファンティアが泣きながら顔を上げた。
「みなさん、指定の個室に入って休んでください……のちほど、また、指示を出します……」
 教授以上のものたちには電文を送った。何人か気分が悪くなって立ち上がれないものがいて、周囲のものたちが手を貸して、中央塔に向かった。
 最高評議会の会議室に、ファンティアはじめ、生き残った大教授、教授が集まった。
 さきほどの資料よりもさらに詳しい報告書がモニタに表示されていて、それを読んで待つようとのことだった。みな、疲れ果て、互いに言葉を交わす余裕もなかった。
一コンマ五ウゥルほどののち、イージェンが何人かのものたちと入って来た。その中にレヴァードを見つけて、セヴランが険しい目を向けた。
「レヴァード、君のような裏切り者と同席したくない、出て行ってくれ」
 オッリスがそのセヴランを押し留めるように手を向けた。
「セヴラン、落ち着け」
 セヴランが下を向いて震えた。イージェンたちが正面奥の議長席までやってきた。
「紹介しよう、報告書にあったワァカァの組織『スウソル』の代表、サンディラとデュインだ」
 オッリスがじろっとふたりを睨んだ。
「その組織のことは、聞いたことがある。もう百年以上前に壊滅したはずだが」
 サンディラがオッリスを睨み返していた。
「またできたのさ、あんたら上層の連中があたしらをゴミ同然に扱うから、あんたらを出し抜いてやろうってね!」
 サンディラがかみつくように怒鳴った。オッリスたちが不愉快そうに目を細めた。
「とにかく、席につけ」
 イージェンがレヴァードやサンディラたちも座るように示した。立ったままのイージェンが正面の大型モニタに手をかざした。何も映っていなかったモニタが光り、上空から見た暗い海が映し出された。その海の中を進む巨大な灰色の円筒が見えていた。
「バレー・ドゥウレの脱出筒は、こちらに向かうよう、針路を変更した。三日後には到着する」
 キャピタァルは人手が足らんだろうからドゥウレの連中を使えと議長席に座った。
「アルティメット、みんな、素直に君の言うことを聞くと思うのかね」
 オッリスが厳しい目を向けると、イージェンがまっすぐに仮面を向けた。
「言うことを聞かないやつは、アンフェエルに送ってゴミの始末をさせる」
 みんな目を見張って驚いている中でサンディラがひとり、はははっと笑った。
「あんたもわかってないね、この連中がそんなことできるわけないだろっ!? 一日ももたないで死んじまうよ!」
 イージェンが肩で息をした。
「できないのではなく、やらないだけだろう」
 おまえたちも従えないならアンフェエルに行けと断じた。恐れと緊張からか、ファンティアがぐらっと椅子から落ちそうになった。
「ファンティア大教授!」
 レヴァードが大丈夫ですかと気遣って椅子に座りなおさせた。イージェンがゆらっと立ち上がって、側に寄ってきた。
「気分が悪いのだろうが、あと少し我慢しろ」
 手を光らせて、胸元にかざした。ファンティアが目を見張った。なにか暖かいものが胸に広がり、緊張が解けていく。
「これ……は……」
 ファンティアが戸惑った顔で見上げた。灰色の不気味な仮面が静かに見下ろしていた。
 席に戻ったイージェンが、手元のボォウドを叩いた。各席の前にあるモニタにエトルヴェール島の地図が表示されていた。
「ひとつ、おまえたちに教えてやる。最高評議会の議員だけしか知らないことだ」
 そういいつつ、そうかとオッリスの方に仮面を向けた。
「おまえは最高評議会議員だったな、『ラカン合金鋼』の精製棒、あれがなんなのか、知ってるな」
 落ち着き払っていたオッリスが、急に顔色が悪くなっていた。モニタにはエトルヴェール島のラカン合金鋼精製所《ラカンユゥズィヌゥ》が映し出されていた。内部をゆっくりと見て回るようにキャメラが動いていく。
 精製装置のある区域は薄暗くその中心に大きな黒い筒があった。その筒の中心にやはり黒く太い柱のようなものが刺さっていて、ゆっくりと回っていた。
「ラカン合金鋼の原料は炭素だ。その炭素を高熱で熱し、高圧を掛け、あの精製棒が出す特殊な粒子で変性させて造る」
 オッリスがぶるぶると小刻みに震えていた。
「あの精製棒は、かつてのレックセステクノロジイ最高レェベェルで造られたものだと聞いています。その特殊粒子のもつ超高質エネルジィエがすなわちウルティミュウリアでしょう?」
 エトルヴェール島でイージェンを会見場に案内したヘレヴィナ教授が小首を傾げるような仕草をした。
「あの精製棒は、大魔導師ヴィルトが、千三百年前におまえたちに与えたものだ。特殊な粒子の超高質エネルジィエとは魔力のことだ」
 オッリス以外のものたちがえっと声を出した。
「つまり、おまえたちがテクノロジイの頂(いただき)と言っていたものは、魔力のことだったわけだ」
 イージェンが、タァウミナァルが起動するときに出るあれは皮肉だったのだなと苦笑した。
「千三百年前、おまえたちの先祖が地上に打って出ることになったのは、地上を取り戻すということもあったが、それよりも、バレーが老朽化し、その更新もままならなくなって、崩壊が避けられなくなったからだ」
 階層によって進行状態はさまざまだったが、外殻や支柱が錆び付いて、崩れたり折れたりして大きな事故を起こしていた。地上でなら外殻はいらない。そのため、第一大陸と第五大陸にはユラニオゥムを使わず、通常弾道で攻撃し、なんとか地上に居住しようとしたのだ。
「ヴィルトたちにとっては、地上の民もマシンナートも同じ大切なものだった。どっちも生かしてやりたい。でも、ユラニオゥムに汚染された地上を蘇らすのがせいいっぱいで、マシンナートたちにテクノロジイを捨てさせる余裕がなかった」
 そのために『誓約』による制限をつけて存続を許し、地下での暮らしをさせるために、ラカン合金鋼を与え、バレーの外殻と支柱に使うことを許した。本来、自然素材を変性させて使うことは理《ことわり》に反している。しかし、そうせざるを得なかったのだ。
「けして、マリィンやフロティイルなどのアウムズを造るために与えたものではない」
 だれひとりとして言葉を挟むことができなくなっていた。
「おまえたちは、おまえたちが否定する魔力によって救われ生かされていた。パリスはそのことにひどく屈辱を感じ、いっそう素子や魔力を憎んだんだ」
 そんなものに助けられているくらいなら、滅んだほうがいいというほどに。
 イージェンが立ち上がった。
「ひとまず、ドゥウレの連中が到着してから、キャピタァルの体制を立て直せ。最高評議会を失くして、インクワイァ、ワァカァ、素子の三者からなる協議会を組織する」
 その三者協議会の議員に、レヴァードとリィイヴ、ワァカァ組織『スウソル』の代表サンディラとデュインを指定した。  
 レヴァードががたっと音を立てて立ち上がり、イージェンに駆け寄った。
「待ってくれ、俺は、すぐにでも『空の船』に帰りたいんだ。そんな、議員なんてやりたくない」
 目を赤くして必死に訴えたが、イージェンは首を振った。
「この協議会におまえとリィイヴは欠かせない」
 レヴァードが両手でイージェンの外套をぐいっと握った。
「俺は、船の甲板を拭いて、あんたから借りた金返して、『理(ことわり)の書』を読んで……そうやって過ごしたい……」
 イージェンがぐいっと腕を掴んで、抱き寄せた。
「俺もそうさせてやりたい。だが、このワァアクは、おまえたちふたりでやってほしい」
 レヴァードが抱きついてむせび泣いた。ようやく、声を搾り出した。
「ああ、やっぱり……ヴァシルに借りた本、無駄になってしまった……」
 すまないって伝えてくれと震えた。
「わかった」
 伝えようとイージェンがひそやかな声を響かせた。
(「イージェンと艱難の道《ディフィスィルヴワ》(下)」(完))


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