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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第38回   セレンと鉄の箱《トレイル》(5)
 イージェンは、ファランツェリが出て行ってすぐに、セレンを静かに椅子の上に移し、タアゥミナルに向かった。ボォゥドの釦を叩いた。さきほどアリスタたちの指の動き、どの釦を叩いたか、モニタの文字も全て記憶していた。アリスタが打った通りにすると、単語を入れる線が点滅した。そこに単語を打ち込んだ。
『ジィノム…』
 はたして、その続きに文字が出てきた。
『…ある生物をその生物足らしめるのに必須な遺伝情報、遺伝子の総和、配列解析には評議会の許可が必要…』
 イージェンは廊下の気配を気にしつつ、いろいろな単語を打ち込み、表示させていった。瞬時に記憶していく。
『素子…』
 その文字の次に出て来るはずの解説が出てこなかった。
『出力不可…教授以上のクォリフィケイションが必要、制限用語…レェィベル7』
『ウルティミュウリア…』
『概要…マシンナートの信条《テクノロジイの頂(いただき)》のこと…詳細出力は評議会構成員のクォリフィケイションが必要…制限用語…レェィベル8』
『魔導師…』
『出力不可…表示ならびに解析は評議会の許可を要す…制限用語…レェィベル7』
 廊下にファランツェリの気配がした。モニタの表示を消し、元に戻した。
 ファランツェリが飲み物を持って帰ってきた。手のついた杯ふたつと小さなヤカンだった。
「どう?飲まない?」
 入れて勧めてきた。茶色に濁った液体が入っていた。イージェンはまた指を入れた。ファランツェリが呆れて尋ねた。
「なんで指入れるの?」
 致死的な毒や薬は感じられなかった。
「毒や薬が入っているか、調べるためだ、これには、覚醒作用の効能が感じられる」
 ファランツェリが驚いた。
「指入れただけでわかるの?驚いたーっ」
 ファランツェリがイージェンの指をしげしげと見た。
「まさか、その指、アナラァイズドインストゥォルメント?」
 イージェンが茶色の液体を口にした。
「なんだ、そのアナラァイズドインストゥォルメントって」
 ファランツェリが自分の杯に継ぎ足した。
「うーん、成分を分析するものって言えばいいかな」
 その液体は、意外に悪くない味だった。
「これは、なんと言う飲み物だ」
 ファランツェリがボォゥドに向かい、叩き始めた。
「カファだよ、気に入った?」
「悪くない」
 ファランツェリがくすくす笑った。
 しばらくして、ファランツェリが右隅の四角に打ち込んだ。
『…終了、900に戻るから、それまでに走らせておいて』
『…了解』
 まだ夜明け前だった。
「意外に早く終われたから、少し寝られそう」
 ファランツェリがモニタを暗くして、タアゥミナルを止めた。
 イージェンがセレンを抱き上げ、部屋を出て、宛がわれた部屋に向かおうとした。案内しようとしていたファランツェリが逆に追いかけた。
「連れて行くよ」
「いい、わかる」
 一階まで降りたらまっすぐな通路だ、間違えようがない。ファランツェリが途中で梯子を登っていった。梯子を使わずにセレンを抱いたまま、すとっと階下に飛び降りた。部屋に着き、取っ手を押して入った。
 一人用らしく狭いベッドなので、セレンだけ横たわらせ、自分は壁際の床に座った。 瞼を閉じ、タアゥミナルの操作を思い出して、手順を整理していた。扉の前に気配がした。扉が開き、立ち上がって見ると、ファランツェリが隙間から顔をのぞかせていた。
「どうした」
 ファランツェリが不満げに口を尖らせていた。
「どうもこうも…アリスタのところに泊まろうと思ってたのに、ロックしてるんだもん」
 要するに締め出されたらしい。
「ここで寝てもいい?」
「別にいいが、床に横になるしかないぞ」
 ファランツェリはそれでいいと言って、入ってきた。ちらっとセレンの方を見てから、座りなおしたイージェンのすぐ隣に座った。壁に寄りかかり目を閉じたが、少しして薄目を開けて、隣を見た。イージェンは、目をつぶり、片膝を立てて、その上に腕を乗せていた。そっとその先の手先に指を伸ばした。指先が触れる前にイージェンが腕を膝から外した。
「寝られないのか」
 ファランツェリがあわててごまかし笑いをした。
「う、うん、なんか、寝そびれちゃって」
「触れたいのか」
 いきなり言われてファランツェリが目を見開いた。イージェンが静かな目で見つめていた。
「アリスタも手を見せてくれと言って、触れていた。魔導師の手がそんなに珍しいか」
 左の手のひらを差し出した。ファランツェリは触れずに言った。
「あたしは、別に珍しいから…触れたかったわけじゃ…」
 頬を少し赤らめて、顔を伏せた。
「おまえ、いくつだ」
 イージェンがくすんだ茶色の髪を見下ろした。ファランツェリがふっと顔を上げた。
「十三…」
 今度はイージェンが驚いた。子どものようだと思ったが、そんなに若いとは思わなかった。
「まだ子どもじゃないか、おまえはずいぶん優秀そうだが」
 イージェンがファランツェリの頭に手を置いて撫でようとした。ファランツェリが頭を振って、口を尖らせた。
「もう子どもじゃないもん」
 イージェンが苦笑して目を閉じた。ひととき、沈黙が流れて、ふと尋ねた。
「…ウルティミュウリア…って何だ?」
 ファランツェリがイージェンを見上げた。
「マシンナートの信条、テクノロジイの頂点、目指すべき目標。それがなにかは、評議会のメンバーにならないと教えてもらえない」
 イージェンは肩で息をした。
「そうか、評議会ってのは偉いヒトたちの集まりか」
 ファランツェリがうなずいた。やがて、小さな身体がうつらうつらと揺らいできて、眠った。
 …ウルティミュウリア…
 なぜか、この言葉が、イージェンの気持ちをざわざわとさせていた。知りたい。
 マシンナートのアウムズをヴィルトへの復讐に使うという目的より、もともと興味のあったマシンナートとテクノロジイへの関心のほうが高まっていた。同時に、かつてリアウェンと謎について語り合った日々が思い出され、リアウェンを失った悲しみがこみあげてくるのだった。
(「セレンと鉄の箱《トレイル》」(完))


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