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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第379回   イージェンと艱難の道《ディフィスィルヴワ》(下)(2)
 その夜遅くになってアートランが帰ってきて、朝にはヴァシルとアディアも戻ってきた。
船長室の隣の談話室で朝食を採りながら、各国の学院長の様子を報告し合った。
 アダンガルが無事王位に着いたと聞いて、ヴァシルが泣いて喜んだ。
「よかった……」
 国を挙げての盛大な戴冠式が開かれるはずだとアートランが野菜を棒状に切ったものをシャキシャキと音を立てて食べた。
「そのためにも、仮面には大魔導師でいてもらわないとまずい」
 アダンガルは異端の血が混じっていても多くの人心を得ている。そうは言っても、民たちの心を惹きつけるためには、大魔導師が祝福していることを見せ付ける必要があるのだ。
 アディアが四の大陸ではと話し出した。
「ターヴィテンとサンダーンルークは、イージェン様の追認することは間違いありません。ただ、そのほかの国なのですが」
 サンダーンルークと親交のある西側のアジュール王国は、少しは好意的なのだが、そのほかの海岸沿いの二国サウダァルとケルス=ハマンは慎重だった。
北海岸のゾルタァル、シンブルゥ=ファムは、まだ地下にユラニオゥム精製所があることもあって、大魔導師の魔力は必要と考えている。南方の三国は自治州との小競り合いや国同士の争いが忙しいようで、内政干渉してこなければいいというような態度だった。
「仮面に不利な意見でもあれば、転びそうだな」
 アートランが立膝に頬杖を付いた。青菜と鳥肉の燻製を挟んだ薄皮パンを食べながらヴァシルが天井を見上げるように上目使いした。
「リンザー学院長様は、分裂もあるかもって」
 そうなれば、学院も含めて、大陸内、大陸間での争いも起こってくることになる。
「仮面はそんなことになるくらいだったら、身を引くだろう」
 おまえたちで勝手にやれって投げるかもなと目を細めた。
「でも、そんなことになったら、マシンナートたちは……」
 ヴァシルが心配そうに目を伏せた。
 扉が叩かれてアディアが開けると、セレンが茶器を載せたワゴンを押してきた。ルカナがやるわと立ち上がるとセレンが首を振った。
「ぼくが入れます」
 アートランに誉められてうれしくてたまらないのだ。手伝いに来てくれた島の若者たちにも振舞って、とてもおいしいと驚かれてますます気分を良くしていた。
ヴァシルに渡し、ルカナにも渡してから、一番奥にいたアートランに渡そうとした。気が付いたアディアがさっと受け取って、アートランの横に座って差し出した。
「どうぞ」
 アートランがぷいと顔を逸らしながら受け取り、ぐいっと飲み干した。
「アディアさんも」
 セレンが丁寧に捧げてきた。ありがとうと受け取って、アートランの横にくっつかんばかりに座った。アートランが少し離れると、そおっと隙間を埋めるように座りなおした。その様子にルカナがあれっと手で口を押さえた。
……ははぁん、あの子、アートランが好きなんだわ。
 年頃も同じくらいだし、なかなか『お似合い』だわと苦笑した。
「ダルウェル学院長様が手伝いに来て欲しいって」
 あんたたち行ってよとアートランとアディアを指差した。アートランがルカナのたくらみを読み取って首を振った。
「どうせ宿舎の準備とかだろ? 女手のほうがいい」
 ルカナとアディアで行ってこいと返した。えーとルカナが不満そうに頬を膨らませた。
「そろそろカサンが限界だろう。俺が交代する。ヴァシルはドォァアルギアの連中を新都に移しておけ」
 カトルたちが戻ってきてから、従いそうなやつを残して後はキャピタァルに送還することにした。
 ルカナもしかたないわねと腰を上げた。
ワゴンに盆やら茶碗やらを載せて廊下に出て厨房に運んでいくセレンにアートランが呼びかけた。
「セレン、カサンが戻ってくるから、食事の用意して、さっきの茶を入れてやれ」
 セレンが目を輝かせた。
「カサン教授、戻ってくるの?」
 俺と交代だと手を振ってたちまち姿を消した。

 キャピタァルの上層地区では、大勢のワァカァ作業員が下層地区から上がってきて、まず中央塔内各ラボなどに散在しているインクワイァたちの遺体の片付けから取り掛かり、各部屋の清掃をしていった。最終的には他の建物も片付けすることになっていて、たくさんのワァカァを上げることになった。
 カトルが遺体から回収した小箱から名簿表を作成し、共同地区《コマァンディ》などに待機しているインクワイァの名簿表と合わせて死亡者と生存者を確認した。最終的には遺体のジェノム検査をきちんとして確定することになっていた。
 もともと共同地区《コマァンディ》で作業するインクワイァは助教授以下のものがほとんどだ。教授以上で残っているのは、中央医療棟のファンティア大教授たちと共同地区《コマァンディ》の統括主任であるラァンジュ教授だけだった。
「後はパァゲトゥリィゲェィトで足止め食っているマリィンにどれくらい乗っているかだな」
 パァゲトゥリィゲェィトで停留しているマリィンに通信を送った。やっと繋がったとばかりに、七隻ほどのマリィンから次々に音声通信が入った。
 その中に、エトルヴェール島との定期便だったマリィンの女艦長からのものがあった。カトルと女艦長ラリサとは顔見知りだった。カトルは他のマリィンとは音声では対応せず、電文で問い合わせるようにと流して、ラリサとだけ音声通信した。
『言葉もないわ』
「命が助かっただけでもありがたいと思ってください」
 カトルがマリィン乗員は全員キャピタァルに収容するので、順番を待ってくれと乗員名簿を吸い上げた。
『エヴァンス指令はどうなったのか、わかるかしら』
 ラリサが心配そうに尋ねてきた。
「わかりません、アーリエギアに向かったらしいんですけど、アーリエギアは大魔導師によって消滅しましたから」
 恐らくそのときになくなっただろうと話した。
『そうね』
 肩を落としているようだった。ラリサはエヴァンスの教え子で、マリィンの艦長に抜擢されたのだ。
「自分はここがひと段落したら、島に戻ります」
 もしかしたら、バイアスとピラトは一緒に戻るというかもしれないが、それは意思確認してみないとわからなかった。育児棟にいる息子も連れて行こうと決めた。島の女の中で母乳が出るものがいるだろうから、わけてもらって育てようと思った。
『アルリカだったかしら、彼女も島に帰ってくるのね』
 定期便専用マリィンの艦長だったラリサは、島に上陸して過ごすこともあったので、カトルとアルリカの仲を知っていた。
「ええ、ふたりで島の連中を元の生活に戻します」
 ラリサが呆れた様子だったが、まだ運び終わっていない物資を島に搬送するつもりなので、同乗すればいいと申し出た。確かにまだ食料や薬品は必要ではあった。
「とりあえずキャピタァルに入ってください」
 大魔導師から話があるのでと通信を終えた。
 薄い緑のつなぎ服を着たエアリアが中央管制室に降りてきた。
「カトルさん」
 振り向いたカトルがえっと息を飲んでまじまじと見つめた。
「なかなか……というか、あのぼてっとした布ッ切れより、こっちのほうがずっとその……似合うぞ」
 活発な感じがしてとてもかわいいのだ。よしてくださいとエアリアが拗ねたような目を伏せた。カトルの側にやって来て、頭を下げた。
「助けてくださって、ありがとうございました」
 おたがいさまだろうと首を振った。オルハがレヴァードに頼んだ薬を届けに来たと中枢《セントォオル》に降りて行った。
「あいつ、薬物療法受けてたのか」
 エアリアは薬を置いて、リィイヴの看病をすると緊急医療班の階に上がっていった。
 翌日、ようやく中央塔の片付けが終わり、大会議場《グラァンセアンス》の用意もできたというので、マリィンと共同地区のインクワイァを大会議場に入れることにした。 アウムズを使って抵抗するものがいるかもしれないので、大会議場の入口には金属探知機を置き、ひとりひとり、くぐらせた。みんな、こわばり、怯えていて、抵抗しそうな様子はなかった。
 三千人収容可能な大会議場は半円形の階段状になっている。正面の壇上には、モニタ付きの机が置かれていて、ファンティアが座っていた。各座席にも机があって、モニタとボォウドが置いてある。三箇所ある入口から次々に入ってきて、一ウゥルほどで全員が席についた。
 壇上脇にある赤い燈灯が、緑になり、同時に警告音が鳴った。
「ただいまより、緊急集会を開催いたします。わたくし、ファンティアが臨時議長を務めます、よろしくお願いいたします」
 ファンティアの声が場内に響いた。
この会議場の模様は、二の月の『天の網』によって、エトルヴェール島、外洋にいるマリィン、第三大陸バレー・トルワァ、第五大陸バレー・サンクーレにリレェされていた。
「すでにアルティメットからの『最緊急通信』により、わたくしたちマシンナートの現在の状況がわかっていると思いますが、あらためて、お手元のモニタにデェイタを送りますので、ご確認下さい」
 モニタには、各バレーの状況の報告書が表示された。第四大陸バレー・カトリイェエムはパリスが権力を逆転する前に地熱プルゥムのシステム暴走により岩漿(がんしょう)が暴発し、全滅した。第二大陸バレー・ドウゥレは副議長ハルニアによりレェェベル7が発動し、素子たちが『炉心融解』を防いで、地上への汚染を阻止した。空母ドォアァルギアは、艦長ロジオンがレェベェル7を発動したが、素子たちがラカン合金鋼の隔壁によって、外部への被害を食い止め、ロジオンは死亡と書かれていた。
「ハルニア副議長をはじめ、バレー・ドウゥレのインクワイァたちは、脱出筒で極北海を東進し、バレー・トルワァに向かう予定です」
 ハルニアたちもこの会議場の模様を見るよう命じられているはずだった。
 ひととおり、表示項目に目を通し終えたときに完了釦を押すように指示されていたので、各自読み終えると釦を押した。ほぼ全員の釦が押されたのを確認したファンティアが、手元のボォウドを叩いた。警告音を鳴らし、正面に注目するよううながした。
「アルティメットよりお話があります」
 それまで会場内いっばいに響いていたカタカタとボォウドを叩く音が消え、キィンと空気が張り詰めた。
 壇上右手から影のような、灰色の柱のようなものがゆらっと現れて、中央の机に向かってきた。
 机の前に立ち、ぐるっと会場内を見回した。


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