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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第377回   イージェンと艱難の道《ディフィスィルヴワ》(上)(4)
 ドゥルーナン、ヤンハイ、ハバーンルークと回り、ウティレ=ユハニにやってきた。
 マシンナートのパミナ教授率いるラボチィイムに攻撃された王都は、多くの建物が砲撃で崩れ、整っていた石畳の道や掘割も壊されていて、勇壮だった丘陵王宮もほとんどあとかたもなく吹き飛んでいた。あちこちに天幕や仮小屋が出来ていて、夕方だったので、炊き出しの列が出来ていた。
 学院も円形ドーム型の屋根が吹き飛んでいた。その近くに仮小屋があったので降りて、戸を叩いた。中から出てきた教導師は、五十歳間近の男の魔導師で、元はイリン=エルン所属だった。ヴァシルを見て、大きく目を見張って驚いた。
「ヴァシル!? どうした!」
 大魔導師の遣いで学院長に面会したいと言うと、困った顔をした。
「学院長は、アサン=グルア離宮に行っている。何度かこちらに戻ってきたが、すぐに向かってしまって」
 あちらに常駐してしまっているとため息をついた。どうしてか尋ねると、国王と喧嘩したようだと答えた。
「そうですか、それなら、アサン=グルア離宮を訪ねます」
 とにかく、本人に手渡さないといけないのでとお辞儀して去ろうとして思いなおした。他の国では、学院長だけに会い、国王に挨拶はしなかった。だが、国王とユリエンが喧嘩をしたというのが気になっていた。経緯などを聞くことはできないだろうが、リュドヴィク王に会っていくことにして、取次ぎを頼んだ。
 国王は仮の執務所で夕食を取っていた。大魔導師の遣いと聞き、食事中にも関わらず、呼び入れて、挨拶を受けた。
「おまえ、たしか、イリン=エルンの魔導師だったものだな」
 王族はさまざまな文書やヒトの名、顔をすぐに覚えるように記憶力を鍛錬するのだが、一度会っただけ、それもほとんどちらっと見た程度なのにさすがだとヴァシルが頭を下げた。
「はい、よく覚えていてくださいました。今はカーティア所属です」
 そう言えばユリエンが大魔導師に勝手に連れていかれたと文句を言っていたと苦笑した。
「このたびは、王都に多大な被害を受けて、お心を痛めておいでだと思いますが、どうか、民のためにお力を尽くしてください」
 異端との戦いについては、五大陸総会が終わった後に学院から説明があるでしょうと結んだ。
 リュドヴィク王が従者に茶を入れさせて、ヴァシルに出した。ヴァシルが一度辞退したが、リュドヴィク王が再度進めたので、丁寧に受け取った。
「学院長様は離宮と聞きまして、これから向かいます」
 ヴァシルの言葉に、リュドヴィク王がそうかと口元を引き締めた。ヴァシルが思い切って尋ねた。
「どうか、お気を悪くなさらずに。もしや学院長様となにか行き違いがあったのでは」
 控え目に揉めたのではないかと尋ねた。リュドヴィクがふうとため息をついて、仮所の中を見回した。
「ユリエンは、この王都を捨てて、アサン=グルアに遷都しろと言って聞かないんだ。この惨状と傷ついた民を残して逃げるような真似はできないといっているのに」
 進めていた二の大陸の大国ランスとの縁談を破談にすることにも反対し、国王が勝手に破談状を送ってしまったと怒っているのだ。
「でも、それは……陛下のご判断の方が正しいのでは……」
 言ってしまってから、内政干渉と気が付いて、言葉を詰まらせ、出過ぎましたと謝った。
「いや、いいんだ、この国の魔導師たちはユリエンには逆らえないし、そのように言ってくれて助かる」
 少しは気が楽になったと笑った。ヴァシルが頂いた茶を飲み干して、立ち上がった。
「大魔導師も内政に干渉するようなことは難しいと思いますが、実情はお伝えします」
 リュドヴィク王が、よろしく伝えてくれと軽く顎を引いた。
リュドヴィク王は、埃塗れの黒い外套と衣服で、所々穴が開いていたり、ほころびたりしていた。仮所の調度品も残ったものをかき集めて整えたようで、仕様もバラバラで、食卓に載っている食事も『しきたり』通りではない。被害にあった民たちを思い、そうしているのだろう。本来は賢王なのだ。ティセアを臣下の妻にして通じようとしたのは、もちろんヒトの道から外れた破廉恥な行為だったが、よほどティセアが大事で、後宮の争いに晒したくなかったのだろう。死んだと思っているのなら、気の毒だと思った。生きていると知ったら喜ぶだろうが、『空の船』で生き生きと過ごし、イージェンの子を産もうとしていることなど知らせてもかえってつらいだけだろう。
 仮所を出て、次第に暮れていく空の中、東を目指した。
 夜中前にはアサン=グルア離宮のある州都に着いた。ずっと過ごしてきた場所だ。ウティレ=ユハニが侵略したとき、ほどんど無血開城だったので、都も宮殿もそのままの状態だった。円形ドームの学院の庭に降りた。ユリエンは学院長室の続きの部屋にいるようだった。
 さっさと一揃いを置いて残るスキロスに向かってしまおうと、玄関に回ろうとした。そのとき、学院長室の続きの部屋の窓際に誰か立っているのに気が付いた。ユリエンかと思ったが、旧イリン=エルン国内の宣撫部隊長に任じられたウォレビィだった。
「おまえのほうが間違ってるぞ、遷都なんて無理だ」
 言いながらウォレビィが窓を開けて外の空気を入れた。ベッドに横になってるらしいユリエンの苛立った声が聞こえてきた。
「あんな瓦礫の山が王都だなんて……みっともない」
 おそらく修復しても以前のような勇壮な丘陵宮殿には戻らない。平地に移すにしても、二年や三年ではできないほど、都の中も荒れ果てていた。
「それはわからないでもないがな、遷都すれば、あっちはそこそこの復旧でいいわけだし」
 ウォレヴィが窓から離れていく。ヴァシルが向かい側の影から部屋の中を覗いた。ギュンッと焦点が絞られて、目の前にあるように迫ってきた。
 ウォレヴィがベッドの縁に腰掛けて、水差しから直接水を飲んでいた。ユリエンが咎めていた。
「きちんと杯に入れて飲め、戦場じゃあるまいし」
 ウォレビィが肩をすくめて、杯に注ぎ、あらためて飲み出した。
「まあ、あきらめろ。こちらの国庫は手付かずだ。費用はそれを使えばいいし、復旧に時間がかかっても、王の言うとおりにしたほうが、見栄えは悪いが聞こえはいい」
 イリン=エルンを吸収したばかりなので、まだまだ不満分子もいる。非情なだけでなく、真摯であるところも見せる必要があると宣撫部隊長らしい意見を言った。
「おまえの口からそんな言葉がでるとは」
 ヒト切りのほうが好きなくせにと背を向けた。その背中に大きな掌で触れた。
「カイル様と同じくらいにはやってみせないとな」
 リュドヴィク王の従弟カイルは有能で、占領した自治州や治安や行政が悪化した地域での宣撫行為を行っていた。武力のよる制圧だけではなく、読み書きができないものたちへの『触れ』は口頭で行うようにしたり、充分な炊き出し、療養所の設置、道や土地などの整備をして、人心を掴むように進めていた。
「無理して失敗しないように」
 ユリエンが身体を振って手を払いのけた。
「おお、こわいこわい」
 ウォレビィが大げさに手を振って、杯をテーブルに置き、おやすみと出て行った。
すでに横になっているのに取り次いでもらうのはと思ったが、さっさと一揃いを置いて立ち去りたかったので、玄関に回った。
 夜勤の見張り番に大魔導師の遣いと名乗り、学院長への取次ぎを頼んだ。見張り番は聞いてくると中に入り、しばらくしてから明日朝改めるようにと追い返した。
「泊めてもらえるのでしょうか」
 見張り番はさあと戸惑った顔をした。かなり叱られたようで青ざめていて、もう一度聞いてきてくれというのも気の毒だった。
「わかりました、明日また来ます」
 確かに夜遅くではあったが、大魔導師の遣いなのだ、すぐにでも本人が出て来るべきだ。完全に舐められているのだなとヴァシルでもわかった。
見張り番の後ろからウォレビィが出てきた。
「執務所に戻る」
 はいと見張り番が頭を下げた。ヴァシルに気が付いてこいつはと言いかけてから、魔導師の装束であることに気が付いた。
「魔導師だな」
 こくっとうなずいて、大魔導師の遣いのヴァシルですと名乗った。門前払いを食らったと知り、ウォレビィが中に入れた。
「今あいつを起こしてくるから、待っていてくれ」
 いえ、改めますと言うのを、そういうわけにはいかないと学院長室に通して椅子を勧めて、続きの部屋に入っていった。中で言い合う声がしたが、ほどなくユリエンとウォレヴィのふたりが出てきた。
「学院長様、お休みのところ、恐れ入ります」
 立ったままだったヴァシルが丁寧にお辞儀すると、ユリエンが不愉快そうに学院長席に座った。
「明日改めるよう、言ったのに」
「俺が無理に連れ込んだんだ、こいつは改めようとしてた」
 それにしても大魔導師の遣いに改めさせるなんてとんでもないだろうとウォレヴィがたしなめた。ユリエンはふうとため息をついて何の用向きか尋ねた。ヴァシルが袋から一揃いを出して差し出した。
「五大陸総会の招集状と略述資料です」
 ユリエンが招集状を見て、険しい眼を向けた。資料は後でゆっくり目を通すと手元に引き寄せた。
「ちょうどいい、総会のときにおまえを返してくれるよう要求しよう」
 ヴァシルが肩を引いてから首を振った。
「わたしはイージェン様の弟子にしてもらいました。戦後処理もたくさんあります。それにすでにカーティア所属です。こちらには戻れませんが」
 ユリエンが戦後処理などは大魔導師がすればいいと冷たい目を向けた。
「異端の攻撃で五人も特級が死んだ。手が足りないんだ」
 ヴァシルが不愉快でたまらなかった。
 手が足りない? 確かに足りないだろう、レスキリも借り出されているし、じゃあ、自分はどこで何をしてるんだ?
 不満な様子が顔にありありと出ているのを見て、ユリエンが眉を寄せた。ついに口から出てしまった。
「王都では、陛下ですらも掘っ立て小屋のような仮所で我慢されています。みんな、板場に寝ているんですよ。学院長様もここでベッドに横になっていないで、王都で働かれたらどうですか」
 ヴァシルが厳しい顔を見せた。ユリエンが何も言い返せずに青ざめていた。ウォレビィがははっと笑ってヴァシルの肩を叩いた。
「おまえ、なかなか言うじゃないか」
 こいつの言うとおりだぞとウォレヴィがユリエンの目をじっと見つめた。ユリエンがばつが悪そうに目を逸らした。
「わたしは……ここできちんと働いている……」
 それはそうだがと椅子に座りながら、ヴァシルにも腰掛けるよう勧めた。
「なあ、ユリエン、俺たち三人、小僧の頃にリュドヴィク様にどこまでも付いて行くって誓い合ったじゃないか。ティフェンが死んで、ふたりになったけど、気持ちは同じはずだ」
 むしろティフェンの分までリュドヴィク様の力にならなければと思わないかと静かに話しかけた。
「俺は国庫の見張り番もあるし、東海岸の港の管理もあるからここに居残ってるが、ほんとうは真っ先に駆けつけたいんだ」
 ユリエンが黙って机の上を見つめていた。
「こいつはこいつでやるべきこと、やってるんだろうから、もう返せなんて言うな」
 ユリエンがそれには返事をせず、従者を呼んで、ヴァシルの部屋を用意させた。
「わたしは、資料を読んだら、一度王宮に戻って、陛下に総会に出席すると話してくる」
 そうしてこいとウォレヴィがうなずいた。ヴァシルはすぐにでもスキロスに向かうつもりだったが、せっかく部屋を用意してくれたので、少し休んでいくことにした。
「さきほどは生意気なことを言いました。お許し下さい」
 ヴァシルが頭を下げると、ユリエンは疲れたようなため息をついた。
「おとなしい性格と聞いていたのに、イージェン様の元でずいぶんと修練したのだな」
 嫌味を言って、出て行くよう手を振った。ウォレビィがヴァシルに肩をすくめてみせた。
 用意してもらった部屋には茶が用意されていた。それを飲んで、横になり、夜明け前まで寝てから、スキロスに向け、飛び立った。
(「イージェンと艱難の道《ディフィスィルヴワ》(上)」(完))


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