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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第376回   イージェンと艱難の道《ディフィスィルヴワ》(上)(3)
 アートランは北上し、ドゥオールの領内に入った。ついでに水門を上空から見たが、水門守備隊はいつもの装備で特に戦争や争乱などを想定しているように見えなかった。
 ドゥオールの王都は山の谷底にあり、あまり日の当らないところだった。両側の山が険しいので、滅多に攻め込まれないという利点はあるものの、谷の両側を固められると引きこもるしかないので、持久戦になったら脆い。
 ゾルヴァーは学院長室にはいなかった。学院のほかの魔導師たちは、いつもスケェイルの当番以外はせっせと時計や眼鏡などを精錬させられていた。あまり魔力は強くはないが、それでも、時間をかけて磨けば、それなりのものにはなる。貴族や金持ちに頼まれたゾルヴァーにやらされているのだ。それも、この国だけでなく、周辺諸国のものたちからも頼まれていた。その仲介にヴラド・ヴ・ラシス《商人組合》が絡んでいて、その伝手でスティスら組合の手の者が入り込んでいた。
「ちいっ、セラディムにも客がいたとは。懲罰ものだな」
 そのようなことを他国の魔導師にこっそり頼む貴族には罰を与えなければと台の上に置かれた台帳を見つけ、そっと覗いた。名前を覚え、元に戻し、ゾルヴァーの行き先を手繰った。
「王宮にいないのか」
 あまり遠くに出かけていると探すのは難しい。その部屋には魔導師たちが四人ほどいたが、だれもアートランが入ってきても気が付かない。ひとりに声を掛けた。
「あの」
 まだ十二歳くらいの少年魔導師が、びくっと肩をいからせた。
「ああ、びっくりした、だれなの、君」
 小さくお辞儀して、担いでいる袋を見せた。
「学院長様をお尋ねしろと……うちの旦那様に言われまして」
 向かい側で熱心に硝子を磨いている年嵩の女の魔導師にどうしようと聞いた。はたちくらいの女魔導師がアートランを見ることもなく言った。
「学院長様なら鉱山よ、精錬するものなら預かるけど」
 アートランが首を振り、直接お渡しするようにと言われてますので改めますとお辞儀して部屋を出た。
 すぐに水晶鉱山に向かった。この王都と水門のある州との間にある。かつてアランテンスが隠居していた洞窟のある場所だ。鉱山の入口には木で出来た門があり、門番が立っていた。その遥か上を飛んで入り込み、ゾルヴァーの気配を手繰った。作業場からは少し離れた洞窟にいた。どうやら、アランテンスの隠居所のようだった。入口から中を覗くとかなり天井が高く、奥深くまで続いている。入口には獣避けの術が掛かっていて、獣はもちろん、普通のヒトならば入れないようになっていた。
足元はごろごろと岩だらけなので、ふわっと浮きながら向かった。小さな灯りが見える。そこにゾルヴァーがいるのだ。広い広場のような岩室の奥に石棚があり、書物がびっしりと並んでいた。その下の机の上や足元にはたくさんの宝石や金貨、装飾品、金、銀、硝子でできた器、陶器や宝剣などが所狭しと置かれていた。机の前で布張りの椅子に座って、手を光らせ、何か磨いていた。
「美しい、美しい」
 ゾルヴァーがぶつぶつとつぶやいていた。強欲だとはわかっていたが、こんなものを後生大事に溜め込んでいたとは。
「おい、学院長」
 急に声を掛けられて、手にしていた宝石を落として、ゾルヴァーが振り向いた。
「お、おまえは……」
 ヒトならぬ速さですぐ側までやってきて、一揃いを机の上に投げた。
「大魔導師の遣いで来た。五大陸総会に出席するように」
 資料をよく読んでおけと睨んだ。ゾルヴァーが招集状を開いてふっと笑った。
「イージェン様もおしまいかもしれんな」
 アートランが腕を伸ばし、ゾルヴァーの咽下を掴んだ。
「な、なんだ、なにをするっ!」
 ゾルヴァーがもがいたが、びくともしなかった。
「おまえの入れ知恵のおかげでヨン・ヴィセンを廃太子することができた。国王も退位し、アダンガル様に王位を譲った」
 ぐいっと指先に力を込めた。
「な、なんのことか、わからん……うっぐぅ」
 アートランがぎらっと眼を光らせた。
……探られているのか……
 ゾルヴァーが恐れおののいていた。
「スティスがヨン・ヴィセンに毒入りの酒の瓶を渡した。おまえが寄越したものだってことはわかってるんだぞ」
 知らない知らないとゾルヴァーが頭の中で唱えていた。
「俺に読まれないようにしてるんだろうけどな、いつまでも誤魔化せないぜ」
 どうやら、早くにヨン・ヴィセンを即位させることで、セラディムの国力を落とそうとしたようだった。さらにぐいっと力を入れた。
「がっかはぁっ!」
 喉が潰れる寸前、アートランが手を離した。ゾルヴァーが激しく咳き込んで床に倒れこんだ。
「こんなことをして、総会で訴えてやるからな」
 ゾルヴァーが勢い込んだ。アートランがへぇと腕組みして見回した。
「ここは国庫じゃないよな、この『お宝』は誰のものなんだ、どうすればこんなに溜め込めるんだ?」
 うっと言葉に詰まって肩を震わせた。アートランが机の上に積まれていた金貨を掴んだ。
「この金貨、ヴラド・ヴ・ラシスが鋳造したやつだな、金の含有量が少ない賄賂用だ。こんなもの、持ってていいのか?」
 その横にも置かれていた青や赤の宝石、水晶の原石を掴み、ゾルヴァーの頭の上からバラバラと落とした。
「いっつぅ!」
 頭を抱え、冷たい眼で見下ろすアートランにただ恐れをなしていた。
「ゾルヴァー、おまえ、ランスとつるんでるようだが、ランスのじじいがおまえとまともに取引すると思うか?」
 ゾルヴァーがえっと眼を見開いた。アートランが片膝をつき、ふふんと鼻先で笑った。
「アラザードを手に入れたら、次はどこを攻めると思う?」
 そんなことはない。決して南下することはないと約束してくれた。
 ゾルヴァーの頭の中でサディ・ギールとの会話が蘇っていた。
「おまえほど疑い深いヤツがランスのじじいの言うことだけは信じるのか」
 ゾルヴァーが真っ青になった。
「ランスに吸収されたら、ここの『お宝』はひとつ残らず没収されるだろうな」
 せっかく溜め込んだのに取られたくないだろうとにやりと笑った。
「どうしろと……」
 ようやく観念したかと、耳元でこそりと言うと、困った顔でしおれた。
「ほんとうにそうすれば、黙っていてくれるのか」
 アートランが嘘はつかないぜと言い、ふわっと飛び上がって天井近くの岩棚を探った。そこに仮面と濃灰色の外套があるのを遠目で見ていた。仮面の側には手のひらに乗るくらいの鈍色の板があった。仮面を取り、その板にそっと触れた。その板が一瞬淡く光った。
その板と仮面、外套を持って、ゾルヴァーの近くに下りた。
「それと、これ、もらうぜ」
 それで取引成立だと袋の中に入れた。ゾルヴァーがしぶしぶといった感じでうなずいた。
「それにしても、こんなに溜め込んでなんになるんだ」
つまらないものに捕らわれるんだなと呆れた。
「どうせヨン・ヴィセンに継がせる気はなかったんだろうから、早く王位継承者を決めて、老王を楽にしてやれよ」
 薬と魔力でずるずると死期を長引かせていた。ゾルヴァーもそうしようと立ち上がった。

 二の大陸に向かったヴァシルは、最初にクザヴィエ学院長リンザー、ガーランド学院長アルバロがいるというバランシェル湖を訪れた。上空から見下ろすと、電波塔は鉄の柱が重なり合って崩れていた。湖周辺は焼け焦げた地肌が広がっていて、樹木や家屋の燃えカスなどが点在していた。漁港らしきところにトレイルの瓦礫が積まれていて、その側に天幕がいくつか張られていた。兵士たちが何人か槍を持って警戒している。その側に降りていった。
 兵士たちがバラバラッと槍を構えて寄ってきたが、魔導師と気が付いて、頭を下げた。
「アルバロ学院長はこちらか?」
 案内しますと導かれて、そこから少し離れた急いで立てたらしい小屋に案内された。
「おお、ヴァシル」
 イリン=エルンの副学院長だったレスキリが、驚きながらもうれしそうに肩を抱いた。アルバロも寄ってきて、手を握り締めた。
「リンザー学院長様の容態はどうですか?」
 レスキリが、まだ意識が戻らなくてと心配そうに奥の衝立を指差した。ヴァシルも眉を寄せた。
 アルバロに一揃いを渡し、リンザーの分を渡してくれるようにと机に置いた。アルバロが少し時間を掛けて読み、ほっとため息をついた。
「ミッシレェが落ちなかったというのは、なんとなくわかったが、ほんとうによかった」
 レスキリに渡した。
「いえ、学院長向けでしょう」
 レスキリが今は副学院長でもないのでと遠慮すると、アルバロがいいからと押し付けた。
「これだけいろいろとやってくれたのだし、いいのではないか」
 ヴァシルもうなずいたので、レスキリがありがたくと受け取って、目を通した。読み終えてから、ヴァシルをねぎらった。
「おまえも大変だったのだね。力を貸してくれた異端がいたというのもイージェン様やおまえたちがよい示しをしていたからだろう」
 ヴァシルはレスキリがわかってくれたのでうれしくて目を赤くした。がたっと音がして衝立が動いた。よろっと衝立にすがるように青白い顔が出てきた。
「リンザー!? 大丈夫か!」
 アルバロが駆け寄り、肩を貸した。横になっていたほうがいいと、衝立の向こうのベッドに戻した。
 レスキリが薬湯を持ってきて、差し出した。リンザーが受け取って、ゆっくりと飲みながら、招集状と資料を読んだ。
 ヴァシルが茶を渡しながら、心配なのですがと話し出した。
「総会の争点は、イージェン様の承認撤回になりそうなんです」
 みんな、えっと驚いた。ランスのサディ・ギールたちがイージェンをよく思っていないことを説明した。
「ユリエン学院長もそれに賛同するかも」
 レスキリがうなだれた。リンザーもそうだろうなと言いながら、他の学院長たちに会ったときには余計なことを言わないでおけと釘を刺した。
「どうせ、ユリエンが自分に賛同しろと脅しをかけるだろう。それで揺らぐようだったら、それまでということだ」
 リンザーはあっさりと断じ、もし撤回となったら、学院同士での対立もあるかもなと険しい目を向けた。
「マシンナートを皆殺しにするかもしれませんよね」
 ヴァシルが心配そうにつぶやいた。リンザーがそうなるなと同意した。
「二の大陸にはもうほとんどいないと思うが」
 脱出したインクワイァたちが戻ってくるとは思えない。だが、まだキャピタァルもあるし、三、五の大陸にはバレーも残っている。
 ヴァシルは、リンザーに早く回復して総会に出てくださいと頭を下げて、他の国目指して出発した。


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