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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第373回   イージェンと悠遠の月《ドゥレリュンヌゥ》(下) (4)
 仮眠室のひとつの訪問釦を押すと、少しして開いた。ザフィアがひとりでベッドに座っていた。
「シャワー浴びてるよ」
 ユニットを指差した。初めてなので、説明に手間取ったようだった。
「それに、下着がなかったから、控室の予備を勝手にもってきちゃったけど」
 確かにそこまで揃えていなかった。
「これ食べて、ぐっすり眠るようにって」
 伝えてくれと部屋を出た。オペレェションルゥムに戻ると、イージェンがボォウドを叩きながらモニタを見ていた。
 魔導師の装束でボォウドを叩いている様子が妙な感じで苦笑してしまった。しかも、見事な釦叩きで感心していた。
「すごいな」
 なんでもできるんだなと隣に座り、見入っていた。
「たいしたことない」
 指示書を書いていた。レヴァードの前にも表示されていた。書き込まれていく文を読んだ。
「バレー・ドゥウレ、レェベェル7を発動したのか」
 叩きながら、イージェンがうなずいた。
「二の大陸の魔導師たちがバレーに入ったので、始末しようとしたらしい」
 そのために、何千万ものワァカァを殺してしまうとはどれだけ自分勝手なんだとイージェンが吐き捨てた。『素子』が入り込んだということに加えて、外気が入り込んで内部が汚染されてしまったということがそのような自滅を選ばせたのだろうと、レヴァードが険しい目をモニタに向けた。
 モニタの隅に白い四角が現れた。
『中枢《サントォオル》、オルハ、レヴァード教授、小箱に出てください』
「オルハが小箱に出てくれって四角で言ってるぞ」
 えっとポケットを探り、ないことに気が付いた。
「あーっと……手術着に着替えたときに置いて来たか」
 間抜けだなと笑いながら取りに行った。
「すまなかった、別のところにおいていたので」
 戻りながら、オルハに音声通信した。
『共同地区《コマァンディ》に待機しているインクワイァたちが上層地区に上がる許可を要請して来てるんですけど』
 アルティメットの通告を聞いて、恐慌状態になって、倒れたものが出ているということだった。
「患者は共同地区《コマァンディ》の医療班区に行くように指示してくれ。医療士を降ろすように要請する」
 上層地区に上がるのはもう少し待つように返事してくれと頼んだ。
『了解』
 オペレェションルゥムの前でサンディラと出会った。
「食事持ってきてやったよ」
 トレイに茶色のパンとスゥウプ、玉ネギと芋の揚げ物が乗っていた。後ろからアーシィが速足で追ってきていた。
「母さん、ザフィア、どこいったんだ」
 この階にいるはずだけどときょろきょろ見回した。
「わかんないよ、いないなら、おまえが行きな」
 やだよと口先を尖らした。
「ザフィアなら、魔導師にユニットの使い方教えてる、仮眠室にいるが」
 レヴァードがその方を指差したとき、ザフィアがやってきた。
「ザフィア、ルサリィが漏らしたってさ、すぐに下に戻っとくれ」
 サンディラに言われて、ザフィアがはあとため息をついてからわかったと、エレベェエタルゥムに向かった。
「着替えないだろう」
 レヴァードが看護士控室からなにか代わりになるものを持っていけと声を掛けた。そうするとザフィアが来た方向に戻っていくと、アーシィもついていった。
 控室には男用の下着もあったが、大人の寸法だった。しかたなく一番小さな寸法の下着と上下をもっていくことにした。洗濯物を入れる布袋にアーシィがいろいろなものを投げ込んでいた。
「そんなの、どうするの」
 いいかけて、もっていく気なのが分かった。
「やめなさいよ、違反になるって」
 アーシィは、ちっと舌打ちしたが、止める様子はなく、別の棚も漁っていた。
「処罰受けても、知らないからね」
 さっさと出ようとしたザフィアに小箱貸してくれよと手を差し出した。
「なくても下には行けるだろ?」
 しょうがないわね、使えるのと心配そうに渡した。
 控室には着替え用の服の他に、靴下や靴、手ぬぐいやタオル、軽食の甘いショコラァトや小麦粉を焼いたビィスクゥのパックがあった。そのパックをごっそりと袋に押し込んだ。
「こんなの、もってったら、あいつら、俺のこと、ソンケーするよな」
 あいつらとは、同じ訓練棟で訓練している同級生たちで、集まっては螺旋回廊に入り込んで、二輪モゥビィルで競争したり、別の階層の連中と喧嘩したり、配給の食料などをちょろまかしたりしているワルガキたちだった。
 ずっしりと重くなった袋を担ぐようにして通路に出た。並んでいる部屋の認識盤に小箱を押し当てると、ピッと音がして簡単に開くので、面白がって、次々に開けていった。下層地区にも認識式の扉はあるが、ワァカァは小箱を持てないので、必要な場合に、ヴァトンにクォリフィケイションを書き込んだものを渡されて、認識盤の窪みに差し込んで開けることができた。
 奥の列は仮眠室だった。そのひとつを開けたとき、誰か簡易ベッドに横たわっているのに気が付いた。そろっと近寄ると、あの魔導師だった。その寝顔に見入ってしまった。
「へぇ……すっげぇかわいいじゃん」
 銀色の髪を肩口まで垂らしていて、まだ少女の年頃でとても愛らしかった。
この魔導師がすごい『魔力』とかで、突風や雷みたいなものを出して、特殊班を全滅させたり、建物を瓦礫にしたりしたのを見ていたので、恐ろしいと思っていたが、見た目、かわいい女の子だったので意外だった。
ちょんと肩口を突付いたが、ぐっすり寝ているのか、起きる様子はなかった。少し強く肩を揺らしてみたが、気が付かない。
「ずいぶんよく眠ってるな」
 顔を近付けるようにして覗き込んでいるうちに、ドキドキしてきて、薄紅色の唇に触れてみたくなった。そっと指先で唇に触れた。柔らかい。
「起きないな……」
 みだらな気持ちになって、唇を重ねた。甘い味がして、身体が荒っぽくなってしまった。
「もうちょっとだけ寝ててくれよな」
 自分のつなぎ服の前を開け、毛布を捲くった。

 集中治療室の前で食事のトレイを渡そうとしたサンディラにレヴァードが会わせたいヒトがいると中に入れた。控室奥の階段からオペェレェションルゥムに上がった。
「イージェン、サンディラだ」
 紹介すると声を掛けた。イージェンがゆらっと立ち上がった。サンディラは階段を上がったところで立ちすくんでいた。
「魔導師……」
 大柄で灰色の布ですっぽりと身体を覆い、不気味な灰色の仮面を被っていた。さきほどの最緊急通信で見た仮面だった。
「サンディラか、大魔導師イージェンだ」
 サンディラが階段を上がったところから動かなかった。
「これから、キャピタァルのインクワイァたちを集めて、話をする。おまえたちの組織の代表も参加しろ」
 サンディラはすぐに返事をしなかった。レヴァードがさきほどのオルハからの連絡の内容を話した。
「共同地区《コマァンディ》に待機しているインクワイァたちが、あんたの通信でかなり動揺しているらしくて、恐慌症状で倒れたものもいるらしい」
 これからファンティアに頼んで、医療士を降ろしてもらうつもりだった。
「キャピタァルで生き残ったインクワィアは、みんな、中央塔に収容するよう指示した」
「待ってくれ、中央塔には、その……遺体がそのままになっている。まずそれを片付けないと」
 イージェンがインクワイァたちにさせればいいと事もなげに言うと、サンディラがあははっと笑った。
「なんだ」
 イージェンが仮面を向けると、サンディラが肩をすくめていた。
「教授様や主任様たちに死体を片付けろって? できるわけないよ」
 そんな汚いもの触れないよと笑った。
「できないことはないだろうが……」
 イージェンが悩んでいるようなので、レヴァードがワァカァの作業員たちを上げて、まず片付けをし、それからインクワィアたちを上げればいいとオルハに連絡することにした。
「大勢が入れる会議室はないか」
 最高評議会の会議室はせいぜい二十名収容程度のようだとモニタを指した。
「大勢だとすると大会議場《グラァンセアンス》だな」
 年の初めにキャピタァルの助手以上、各バレーから評議会議員含めて選ばれた三十人ばかりが参加し、年頭大会を開いていた。最高評議会議長がアジテェィション演説を行い、意思統一と士気高揚を図るのだ。そのときに使われる会場だった。三千人程度収容できる。
「中央塔の裏手にある」
 中央塔二階から連絡通路が繋がっていて、建物の外に出なくても行けるようになっていた。
「そこにするか」
 イージェンが腰掛けながら、ふたりにも椅子を示した。レヴァードはすぐに座ったが、サンディラはそうとう警戒しているようで、視線をイージェンに貼り付けたまま、ゆっくりと腰を降ろした。レヴァードがせっかくだからと操作机にトレイを置いて食べ始め、最後にお茶を飲んだ。
「冷めてもうまいな」
 丁寧に含んで喉を通した。ポケットから干し果物を出し、ひとつ、隣に座ったサンディラに差し出した。
「テェエルの食べ物だが、食べてみるか」
 サンディラが驚いて眼を見開き、戸惑いながら指先で摘んだ。すぐに口には運ばなかった。レヴァードが口に半分入れてかじり、旨いとうなずいていた。
「サンディラ、おまえは啓蒙ミッションでテェエルに行ったことがあるそうだな」
 イージェンがボォゥドを叩きながら尋ねた。サンディラがじっとその様子を見つめていたが、ぽつりと返事した。
「ああ、十五年くらい前だけどね」
 レヴァードにワァカァの女が参加するのは珍しいのではと言われて不愉快そうに睨み返した。
「そりゃそうだろうよ、どこの女が好き好んで、男たちの性処理させられるに決まってるワァアクに付きたがるんだよ」
 よっぽど点数が欲しいとかでないと、志願しないよと吐き捨てた。レヴァードが顔を赤くしたので、サンディラがぷいと横を向いた。
「では、おまえはなんで志願したんだ」
 イージェンに聞かれて、サンディラが手の中の干し果物に目を落とした。
「親父が若い頃参加したことがあって、テェエルの話聞かされたりして……ほんとは禁止されてるけど……それで、見てみたいなと思っただけさ」
 ふうとため息をついた。
「それで、おまえの目にはどう映った、テェエルは」
 サンディラがはっと頭を上げた。灰色の仮面がこちらを向いていた。
「たしかに……空とか海とかキレイさ、環境ビデェオで見た以上にね、でも天気が荒れると、雨風とかすごいし、下はぬかるし、暑かったり寒かったり、虫とか飛んでるし、臭いはひどいし……暮らしていけるとこじゃないよ」
 きちんと衛生管理していたトレイルで過ごしていても、体調が悪くなったりするものがいた。別にテェエルのものを食べたりしていないのに、腹を壊したり、すぐに熱を出したりしてしまうのだ。レヴァードが環境の変化によるストレスもあるなとうなずいた。
「あたしなんか丈夫だけど、子どもとか年寄りはすぐに病気になりそうだよ」
 イージェンがくるっと椅子を廻して、レヴァードたちに身体を向けた。
「そういう問題もあるな、抗生物質がなかったら、風邪や軽い怪我でもすぐに死ぬだろう」
 レヴァードも同意した。
「簡単にはいかないな、テクノロジイを捨てさせるというのも」
 イージェンが、新しく書き直した指示書をオルハに送った。病室では、看護士が見回りに来ていて、リィイヴの点滴を取り替えていた。
「レヴァード、リィイヴのこと、頼む」
 集会の準備ができるまでに、アウムズラボの始末をしてくると立ち上がった。
(「イージェンと悠遠の月《ドゥレリュンヌゥ》(下) 」(完))


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