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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第372回   イージェンと悠遠の月《ドゥレリュンヌゥ》(下) (3)
「そんな……サリュース学院長まで撤回派になったら」
 三の大陸はセラディムのアリュカ、アラザードのランセル、東オルトゥムのメレリは承認派、他はランスのサディ・ギールとともに撤回派と見ていい。
「五の大陸はおそらくイェルヴィールのヴィルヴァが牛耳ってるから、みんな承認派だな」
おそらく過半数では追認にならない。三分の二以上はないとだめだなとアートランが肩を落とした。
アディアが指を折って数を数え、はあとため息をついた。
「だめです、とても足りません」
 ヴァシルが山のように積まれた文書を横目で見た。
「マシンナートたちが力を貸してくれたのは、師匠がいたからだって、わかってもらえないだろうか」
 マシンナートたちの協力がなければ、《マシィナルバタァユ》に勝つことはできなかった。
「そんなことは百も承知だ。仮面がいなければどうにもならなかったことはわかっているけど、この先、学院で育ってもいない『若造』に仕切られたくないんだよ」
 もし、イージェンが大魔導師の立場と権力をなくしたら、おそらく学院はマシンナートたちを皆殺しにするだろう。そのくらいはやりかねない。
アートランに言われてヴァシルがガタガタと震えた。
「皆殺しって……」
 マリィンなどのアウムズに乗っている連中はまだしも、女子どもをはじめとしたワァカァたちを殺すのはヒトの道に外れるだろう。
「マシンナートの人口はかなりの数だ」
 アディアがどのくらいでしょうかと首を傾げた。
「キャピタァルのデェイタでわかるだろうけど、五、六千万くらいはいるんじゃないか」
 地上の民は五大陸全部合わせても一億に満たない。今は減少期に当たり、最高数だった頃より二千万程度少なかった。
「五、六千万……そんなに」
 ヴァシルとアディアが呆然となった。地上の食料事情では、とうてい養うことはできないし、また、読み書きができるので、連絡を取り合い、徒党を組んでソシアリティム(社会制度)を転覆させようとするかもしれない。そうなれば、学院も宮廷も殲滅するしかなくなる。
「ヒトの道を取るか、理《ことわり》を取るか」
 イージェンはヒトの道を取りつつ、理《ことわり》を守るつもりだろう。
「難しい」
 ヴァシルが暗い顔でつぶやいた。アディアも考え込んでしまった。アートランがごくっと茶を飲み干した。
「たしかに難しいけどな、いろいろと面白いことにはなりそうだ」
 ふっと不敵な笑いを見せた。ヴァシルがはっと眼を見張り、困ったように口元を歪めた。
「そうかも」
 軽い気持ちではできないが、アートランのように前向きでいなければ、やっていけないだろう。
アディアがそういえばと今さらながらに思い出した。
「リンザー様、アリアンを暗殺できたんでしょうか」
 アートランがさきほどルカナが茶と一緒に持ってきた伝書の山の一番上を差し出した。
「暗殺はできなかったけど、電波塔を壊して、バレーのレェベェル7発動を食い止めたそうだ」
 アルバロ学院長からの伝書で、リンザーは鎮化の術で魔力を使いすぎて、倒れてしまった、アリアンの生死は不明と書かれていた。アディアが読み終わったのを受け取って目を通したヴァシルが、わなないた。
「こんなやり方があったなら、ドォァアルギアのレェベェル7も……」
 止められたのではないか。そうすれば、ザイビュスは死なずにすんだのではないか。
 アートランが手を振った。
「それにはおそらく裏がある。とてもリンザー学院長ひとりの魔力では無理だったはずだ。誰か手伝ったんじゃないか」
 リンザーと同じくらい魔力が強くて、報告書に名前が書けない誰か。
 ヴァシルがはっと顔を上げた。
「ジェトゥ……学院長……」
 イリン=エルンがウティレ=ユハニに敗北した前後に姿を消した。どこに消えたのか、みんなで話し合うこともなかったが、副学院長だったレスキリが実家かもとつぶやいたのを覚えている。
アートランがふたたびペンを握った。
「ギアの発電規模からしたら、おまえひとりでも鎮化できたかもしれないが、この術を知らなかったんだから、今さら言ってもしかたない」
 ヴァシルがそうだねとつぶやいた。今はもう先に進むことを考えるしかないと切り替えることにした。
 ニの大陸の経緯はイージェンに報告してから、判断してもらうことにして、資料には載せないことにした。
さっさと終わらせるぞとアートランがペンを走らせる速度を上げた。

 イージェンは、五大陸総会招集状と略述資料を書き、ヴァシルに渡してから南方大島を出て、極南島ウェルイルに向かった。途中、三台のマリィンが浮上しているのが見えた。何人かが行き来していたので、どうしたらいいのか、話し合っているのかもしれない。ウェルイルのパァゲトゥリィ近海にも二台マリィンが停留していた。その上を通り抜け、パァゲトゥリィゲェィトに入った。港口になっている終点は、マリィンやアンダァボォウトで満杯状態だった。蓄電式の電源で付けているエレクトリクトォオチがいくつか点いていたが、薄暗く、係留壁近くにマシンナートたちがぐったりと座り込んでいた。キャピタァルの中に入れずにいるようだった。
 すっと扉の一番隅に近寄った。その当たりにはヒト影もない。扉脇の認識盤に指先を触れると、ピッと音がして、扉が開いた。扉は高さ三セル、幅七セルほどで、開いたことに気が付いたマシンナートが叫んだ。
「入口が開いたぞ!」
 わああっと喚きながら駆けてきた。その叫び声にぐったりしていたマシンナートたちも気が付いて立ち上がった。
 イージェンはふわっと中に入ると、すぐに扉を閉じた。駆け寄ってきていたマシンナートたちが泣きわめきながら扉を叩いているのがわかったが、中に入れるのは後でいいと放置することにした。
 扉の内側は円形広場になっていて、いくつもの通路が放射状に伸びていた。検疫棟だった。それぞれに検査室と無菌室があり、組み分けされたものたち同士で検疫を受けるようになっているのだ。それ以外に入るところはなく、ヒトは必ずここを通らなければ内部に入れないようになっていた。
 イージェンはそのひとつに入り、扉を開いて、進んでいった。パァゲトゥリィ区域は通電していないので、暗闇だった。
 無菌室のひとつから出ると、通路の先に明かりが見えた。かすかに話し声もしてくる。
「……上層地区、派手にやったらしいぜ、おれもやりたかったなぁ」
「よせよ、怪我したら損だぜ」
 ワァカァの組織『スウソル』の仮のアジトのようだった。近づくにつれて、かなりにぎやかになっていく。何十人もたむろしていた。よけいな騒動にしたくないので、ヒトならぬ速さで素早く通り抜けた。
「あれ? 風か?」
 空気の流れに気がついたものが振り向いたときには、すでにパァゲトゥリィ区域から出て、上層地区への地下道を飛んでいた。中央塔の地下搬入口に到着し、出入口の認識盤に指先で触れた。
 中央塔内はまだエレベェエタァ一基だけが稼働しているようで、『上』に行く釦を押し、箱を呼んだ。緊急医療室のある階に降り、集中治療室のある方向に向かった。
 集中治療室の扉が開き、あちこちに焦げ跡のある粉塵に塗れた灰緑の外套が出てきた。
「師匠!」
「エアリア」
 イージェンの気配を感じ取って出てきたのだ。灰緑の小柄なかたまりが駆けて来て、イージェンの目の前で停まった。くしゃくしゃに泣き崩した顔で見上げてきた。
「師匠……」
 イージェンがエアリアの肩を掴み、抱き寄せた。
「大丈夫だ、もう、ミッシレェは地上には落ちない」
 よくやったときつく抱き締めた。ずっと気を張り詰めていたエアリアは、イージェンの暖かい腕の中でようやく気持ちが落ち着いた。イージェンが手ぶくろの指先でエアリアの髪を撫でてやった。
 エアリアが顔を上げて悲しげに目を細めた。
「師匠、リィイヴさんが頭を怪我してしまって」
 様態はどうなのかと尋ねると、集中治療室に案内した。
「レヴァードさんが看てくれています」
 集中治療室は控室とオペェレェションルゥム、病室からなっていて、控室からオペェレェションルゥムに入ると、レヴァードがタァウミナァル机に向かっていた。
「レヴァード」
 呼びかけると、はっと振り向いて驚いた。
「イージェン!? いつ来たんだ!?」
 イージェンが手を差し出して近寄った。
「またおまえの世話になった、礼を言い尽くせないな」
 立ち上がったレヴァードがその手を握り返し、イージェンが肩に手を掛けた。
「一時はどうなるかと思ったが、なんとかなってよかった」
 イージェンの通信をパリスの勝利宣言かもとあわてたと笑った。
「リィイヴはどうなんだ」
 硝子窓からベッドに横たわっているリィイヴを見下ろした。
「手術は無事終わってる。意識が戻れば大丈夫だと思うが」
 感電したようになった原因が分からないので、他の部分への影響が心配だと眼を細めた。
「原因は、『天の網』だな。起動したときに、南天の星にアクセスしたんだ。それで、魔力が伝わってしまったんだろう」
 アートランが光の粉を撒いたときと同じだったのだ。
「そうか、もしかしたら、アートランの撒いた光粉が残っていたのかもと思ったが」
 レヴァードがため息をついた。
「エアリア、シャワー浴びて、着替えてこい」
 マシンナートの服借りてと言われて、首を振った。
「いいえ、そんなもの、着るわけには行きません」
 イージェンがボロボロになった外套に触れた。
「このままではリィイヴの看病が出来ないだろう。茶と果物を持ってきたから、それで食事して少し休め」
 確かに病室に入れず、近くに寄れなくて悲しかった。ちいさくうなずいた。レヴァードが手配してくれることになった。
 地下の中枢《サントォオル》にいるザフィアを寄こしてくれるよう連絡すると、ほどなくザフィアがやってきた。服はレヴァードがこの階の看護士たちの控え室から持ってきておいた。ザフィアはイージェンの姿に驚いていたが、意外にも震え上がるなどはなかった。
「仮眠室がある、そこにユニットやベッドがあるから」
 仮眠室の場所を教えた。ザフィアとエアリアがいなくなってから、イージェンがレヴァードの横の椅子に腰掛けた。
「さっきの娘はワァカァだな」
 レヴァードが『例』の組織の首謀者格であるサンディラの娘だと話した。
「俺の姿を見ても驚いていなかったが、よくわからんのだろうな」
 サンディラは啓蒙ミッションに参加したことがあるので、魔導師のことは知っていたがと、レヴァードがカファを飲みかけて、気が付いた。
「あ、さっき、茶があるって」
 飲みたいとレヴァードが身を乗り出した。イージェンが苦笑して、白湯を持ってこいと手を振った。レヴァードがうれしそうに白湯を硝子の入れ物に入れてきた。
 イージェンがふところから巾着袋を出してきて、中から茶葉を摘んで入れた。杯をふたつ置き、ゆっくりと注いでいった。ひとつに別の袋から出した粉を散らし、光らせた指を入れて精錬した。
「エアリアに持っていってくれ、ぐっすり眠るようにと」
 これも一緒にと、別の袋から赤みのあるの干し果物をいくつか出した。フィグゥという果物だという。
「おまえも食べるか」
 言うより早く差し出された掌にふたつほど載せた。大事そうにそっとポケットに入れ、エアリアの分を乗せたトレイを持ってオペレェションルゥムを出た。


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