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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第371回   イージェンと悠遠の月《ドゥレリュンヌゥ》(下) (2)
 目が覚めたとき、ベッドの中にいたので、アートランはあれっと思いながらも、側にヒトのぬくもりを感じたので、てっきりセレンかと思って抱きついた。
 なんか、柔らかいな。
 おととい触った時よりも肉が付いている。ヘンだなと思いながらも、ぬくもりが気持ちよくて起き抜けで荒っぽくなっている身体を押し付けていた。
「アートラン、起きたの?」
 声がしたので、見回すと、扉の前にセレンが盆を持って立っていた。
「えっ……」
 すると、この柔らかいやつは。
 あわてて毛布で隠して飛び起きた。
「あ、ああ起きた、起きた!」
 毛布の中がもそもそと動いている。セレンがなんだろうと近づこうとしたので手を振った。
「スープ、食堂で飲むから、すぐに行くから!」
 持っていってくれと頼むと、セレンが首を傾げながら盆を持って出て行った。はあとため息をついて押さえつけていた手を離した。アディアが起き上がって、ぼーっとした様子で見回した。
「……なんで、ここに……?」
 アートランが、仮面が連れてきたみたいだと言って、ベッドから降りた。
「えっ、イージェン様が……」
 隅の頭陀袋から着替えを出しているアートランの方に身を乗り出した。
「イージェン様にわたしたちのこと、わかってしまったんですね」
「わたしたちのことって……」
 あーまずい、完全に誤解してる。
 アートランが小部屋に行って、汚れてしまった下穿きも替えた。
「別に知られて困ることはしてない」
「で、でも、さっき……」
 着替え終えて、小部屋から出てきた。
「さっきは寝ぼけてただけだ」
 素っ気無く言われて、アディアがしゅんとしながらも、きっと照れくさいんだわと勝手に解釈していた。
 着替え持ってきてやるからと部屋を出た。エアリアの部屋から着替えを一揃い持ち出して、ベッドの上に投げ、小部屋の水使えと顎で示した。
 食堂の窓際の席にはスープ以外にもパンや焼いた鳥肉が並んでいた。術を掛けながらスープをゆっくりと飲み、パンと肉を食べていると、セレンが茶器に覆いを被せてもってきた。
「お茶、入れなおしたよ」
 丁寧な手付きで茶器や杯をテーブルに置いていく。
「こうすると、とてもおいしくなるって、ティセアさまに教わったんだ」
 きれいな琥珀色の茶を注いだ杯を取り、含むようにして飲みながらいい味だと誉めた。
「これだけできれば、王宮の従者にもなれるな」
 セレンがそう?とうれしそうに笑った。
着替えたアディアが入ってきた。セレンがさっきイージェンがアートランと一緒に連れてきた子だと気が付いてお辞儀した。
「あの……あなたは……」
 アディアが少し下を向いた。
「四の大陸の魔導師アディアです」
 アディアはこんな服を着るのは初めてでと恥ずかしそうに肩を縮こませていた。
こいつにも食事持ってきてやれと指差し、セレンがすぐに用意して盆を運んできた。
「どうぞ」
 アートランの向かい側に座ったアディアが、手で口元を隠すようにして食べ出した。廊下から足音がした。
「少し留守にしただけで、あの遣い魔なんだから、もう手間掛けさせないでよ」
「別に君が来ることなかったんだ、なんで学院長様が呼んだのかわからない」
 言い争うような勢いで話していた。
「相変わらずだな、あのふたり」
 アートランがくくっと笑った。食堂に入ってきてもわあわあ言い合っていた。
「あんたがずっとべそかいてるっていうから、行ってやったんだから」
 ルカナが感謝しなさいよと偉そうにしていた。
「べ、べそかいてるって、人聞きの悪い!」
 ヴァシルが真っ赤な顔で言い返していた。
「賑やかだな」
 アートランが鳥の骨を噛み砕きながら苦笑した。
「アートラン……」
 ヴァシルが急に沈み込んだ。
「あいつ、死んだんだな」
 静かな眼でアートランが見上げると、ヴァシルが目と鼻を赤くしてうなずいた。アートランが口元をふっと緩めた。
「おまえが助かってよかった、そうでないと」
 すっと立ち上がってルカナの額をピンと弾いた。
「い、いたっ、な、なによっ! なんなのよっ!」
「こいつがべそかいて、うるさくてたまらないからな」
 ルカナが額を押さえて真っ赤になった。おんぶされているラトレルがルカナの髪を引っ張ってきゃっきゃっと喜んだ。
「ちょっとぉ、痛いわよ、やめてよ!」
 大笑いするアートランやセレンにルカナがむっとしてから、急にフフンと鼻先で笑って、アートランの胸元を指差した。
「そうやって、ヒトをからかっているとどうなるかしら」
 アートランがぎょっと仰け反った。
「まさか」
「あの小娘に、いっしょうけんめいお仕えします!って、泣きながら土下座してたのだれだっけ?」
 ヴァシルが目を丸くしてアートランを見た。
「あれは、あいつを騙すための芝居だろうが!」
 ルカナが両手を胸の前で組んで、泣きそうな顔で首を振った。
「『瘴気』を打ち込まれたら、ぼく、死んじゃうんですね」
ヨヨと泣き伏すような仕草で『瘴気』は恐ろしいですぅと大げさにやってみせた。
 ヴァシルが噴出しそうになるのを必死に堪えていた。セレンが困ったような顔を赤くしている。アディアは意味が分からずぽかんとしていた。
ルカナがいたずらっぽく片目をつぶって、ぷるぷると震えているアートランを指差した。
「あんた、魔導師首になっても、芝居小屋の役者で食べていけるわよ」
「ルカナァ!」
 また額を弾こうとしたが、ルカナがあははと笑いながら避けた。
「おあいこ」
 アートランがはあと疲れながらもヴァシルが笑っているのを見てほっとしていた。
「まあ、いっか」
 こんなふうに『仲間』と笑い合えるときが来た。パリスとの戦いは終わったのだと実感した。
「もっとも……これからが本当の戦いかもな」
 遣い魔たちの運んできている文書の中身を察して、ため息をついた。

 ヴァシルとルカナにアディアを紹介し、寝ている間にイージェンに船に連れてこられたと話すと、ヴァシルがふところから分厚い紙の束を出してきた。
「これ、全学院分、複製して配れって師匠(せんせい)が」
 アートランが受け取って、あっという間に読み取った。
「こんなにたくさん、遣い魔じゃ、送れないぜ」
 アディアに渡すと、アディアもかなりの速さで読み終えた。
「だから、みんなで手分けして各大陸の学院に持ってけって」
 ルカナが一と五の大陸、ヴァシルが二の大陸、アートランが三の大陸、アディアが四の大陸、各学院の学院長に直参するようにとの指示だった。イージェンはキャピタァルに向かったとのことだった。
「カーティアで五大陸総会、全学院の学院長を集めて開催するんですって」
 ルカナがやれやれとお茶を飲み干した。
「カーティアは王宮も半分以上マシンナートに壊されてしまっているし、迎賓館はエスヴェルンの王太子殿下ご夫妻が来訪するので、その準備をしてしまっているしで、学院長あわててたけど」
 ふうんとアートランが頬杖を付いた。
「いいんじゃないか、たぶん、総会を開くことは、みんな賛成するだろう」
 会議は学院の講堂ですればいいし、宿舎も学院のものを使えばいいのだ。
「なにも賓客としてもてなしをする必要はない」
 あらとルカナが驚いた。
「イージェン様も同じこと、おっしゃってたわ」
 セレンが山羊の乳を入れた鉢とスプーンを持って来て、離れた席でラトレルに飲ませ始めた。ラトレルはおとなしく飲んでいたが、急にバタバタしはじめた。ティセアが食堂に顔を出しに来たのに気が付いたのだ。
「ルカナ、戻っていたなら挨拶に来い」
 ラトレルとセレンの側に寄っていった。
「もうしわけございません、寝ておられると思いました」
 叱られてあわててルカナが立ち上がって頭を下げた。ティセアがセレンからラトレルを受け取り、乳を飲ませてやると、ラトレルがたちまちおとなしくなった。
「じゃあ、とりかかるか」
 アートランが腰を上げた。
 ルカナには遣い魔の伝書受け取りと夕食の当番を任せ、あとの三人は船長室で複製に取り掛かった。
 文書に書かれた総会議題はマシンナートとの争い《マシィナルバタァユ》の経緯と結果の報告、戦後処理についてだった。経緯などを略述した資料も付いていた。おそらく、後で詳細な総会資料を作るのだろう。それでも一組でかなりの量だった。
 複製しながら、アートランは、おそらくいくつかの学院から大魔導師の承認撤回すべきという議題が提出されることになるだろうと予測していた。イージェンは、原初の五人と違って、素子たちの間から出たということで、重みが違うと思っている連中がいる。
……あのクソ親父とランスのじじいは、承認撤回させたいはずだ。
 大魔導師としての権力を剥奪しながら、義務を振りかざして、テクノロジイリザルトの始末だけはさせようとするだろう。どれだけの学院長がそれに賛同するかに掛かっている。
 翌日の明け方、茶を入れて一休み取ったときに、アートランが尋ねた。
「アディア、四の大陸での仮面の評判ってどんな感じなんだ?」
 アディアが少し考えてから、慎重な様子で答えた。
「大魔導師様となられてから日が浅いこともあって、総会かグルキシャルの騒動でお会いしたもの以外は、実のところ、戸惑っているのではないでしょうか」
 ターヴィティンのアディアと学院長ネルガル、サンダーンルークの学院長ソテリオスと一部の魔導師しか会ったことがないのだ。
「二の大陸は、ガーランドのアルバロ、クザヴィエのリンザーか……ウティレ=ユハニのユリエンは撤回派だな」
 一の大陸は、カーティアのダルウェル。
「エスヴェルンのサリュース学院長様は、承認派だよね」
 ヴァシルが当然そうのはずとお茶うけの小さな木の実をかじった。アートランが首を振った。
「いや、あいつは撤回派になる。さっさとバレーを始末しないと撤回議題を提出するって苦情文を寄越していたからな」
 アルディ・ル・クァの惨状を盾に追い込んでくるだろうと険しい目をテーブルに向けた。ヴァシルが口に入れかけていた木の実を戻した。


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