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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第368回   イージェンと悠遠の月《ドゥレリュンヌゥ》(上) (3)
「ああ、もっとうまくやってほしかったがな」
 もう少し早ければレェベェル7発動を防げたのにとため息をつきながらもジェトゥがルキアスを見上げた。
「もう大丈夫だ。『瘴気』の槍は降ってこない」
 大魔導師が始末してくれたと言われ、ルキアスもほっとしてぐすっと鼻をすすった。
「急いで第一発電所の炉心融解を防ごう」
 ルキアスに今入ってきた道を戻るよう示した。
「壊した鋼鉄の塔のところにアルバロたちがいる」
 ふところから出した紙に細い枝のようなものを光らせてさっと何かを書いた。
「アルバロにこれを渡せ」
 ルキアスが拳を床に付けて頭を下げてから背を向けて走り出した。
 ジェトゥがセアドを抱え上げた。アリアンが手を伸ばした。
「なにするんだ、父さんを離せ!」
セアドを見下ろして命じた。
「発電所まで案内しろ」
 セアドが顔を伏せたまま、こくっとうなずいた。リンザーにアリアンを連れてくるよう示し、飛び上がった。
 アリアンが驚いて身体を振った。
「よせ、離せっ!」
 リンザーが脅した。
「本当に離していいんだな」
 アリアンがはっと見上げ、下を向き、恐ろしい速度で飛んでいることに気がついて黙りこくった。
さきほどアリアンが入ってきた扉をセアドの小箱で開け、複雑な管理区を通り抜けて、荷物やモゥビィルの上げ下ろしに使う揚重台までやってきた。それを使って下層地区に下りていった。
「この先はメタニルを散布しているので、その、さきほどのバリアで防がないと死にます」
 セアドが周囲を見回しながら注意した。ジェトゥとリンザーが魔力のドームで身を包んだ。
「たしか、レェベェル7発動時にはインクワイァは逃げ出して、残ったワァカァをメタニルで殺すんだったな」
「知っているのですか」
 セアドがインクワイァ以外は知らないはずですとジェトウを見た。
「一の大陸のバレーのときの報告にあった」
 セアドがそうですかとうなだれた。
 鉄骨だけの造りになっているので途中の階層のようすが見えたが、たくさんのつなぎ服が倒れていた。作業中だったワァカァだろう。
「ひどいものだな」
リンザーが唇を噛んでいた。
「女や子どもたちが住んでいるところも同じだろう」
 ジェトゥが、どこにもヒト気がなく、ただプライムムゥヴァの動力音だけが聞こえてくるとつぶやいた。
 発電所区画のある階層に着き、揚重台から降りると、発電所の入口が開かれていた。
『炉心融解まで後十ミニツ』
 抑揚のない女の声が残り時間を告げた。
 大きな筒のようなものがいくつもそそり立っている。リンザーがそのひとつに触れんばかりに近寄って険しい眼をジェトゥに向けた。
「ジェトゥ、熱量、かなりあるぞ」
 ジェトゥもううむとうなるように見回した。
「どうやって停めるんですか」
 セアドが尋ねると、ジェトゥが鎮化の術でと答えた。
「この熱を魔力で相殺するんだ」
 ジェトゥが指先を光らせて、リンザーの掌に何か書いた。
「わかった、かなりきついが、いけるだろう」
 鎮化算譜を起動させ、相殺に必要な魔力の量の算出をし、それを分担する量を書いたのだ。
 ふたりとも外套を脱いで、それぞれセアドとアリアンに頭から被せた。
「ここは『毒気』がない。これを被って、少し離れていろ」
 アリアンが一瞬叩き払おうとしたが、セアドにぎゅっと被せられ、手をひっぱられて、しぶしぶ壁際に小走りで向かった。
 素子のふたりはふわっと浮かび上がり、立ち並ぶ筒炉の上にまで上がっていく。
『炉心融解まで後五ミニツ』
 見た目はなにも起こっていないが、その内部で激しい熱が発せられているのがわかる。まもなく、その熱が筒を破って、大爆発を起こし、放射線が発射されて、汚染が広がるのだ。
「いくぞ」
 ジェトゥが手のひらを合わせ、その間に光る球を作った。リンザーも同じように作り、魔力を注いでいく。光球はますます大きくなり、ふたりはすっかりその球の中に包まれたようになった。
「とうさん、あれ、なんで光ってるだろうな」
 アリアンがまぶしそうに眼を細めて見上げていた。
「魔力というものでしょう」
ふたつの光球は立ち並ぶ筒炉の中央に落ちていく。閃光が放たれた。
「うわっ!」
 布を被り、頭を抱えて床に伏せたアリアンの上から、セアドが覆いかぶさった。
 それほどの時間は経っていないが、まるで何ウゥルも経ったような疲れを感じていた。ふわっと布を取られたセアドが顔を上げた。
「素子……」
 茶色布の男だった。『秒読み』の警報は停まっていた。寒くて、ぶるっと震え、回りを見た。
「これ……は……!」
 アリアンも恐る恐る顔を上げて、その光景に眼を剥いた。
「こ、凍ってる……」
 筒炉とその周辺が分厚い氷で覆われ、さらに、発電所区域内に、霜が降りたように細かい氷の粒が貼り付いていた。トォオチが点いているのは、第二発電所が動いているからだった。
「わたしはジェトゥだ。二度と素子と呼ぶな」
 すぐ横にもうひとりの素子、リンザーが横たわっていた。アリアンの被っていた布を引っ張って、リンザーに被せた。
「死んだのか」
 アリアンが這うようにして覗き込みにきた。ジェトゥが首を振った。
「いや、魔力を使いすぎて気を失っただけだ」
 少々余分に使わせたんでなと灰緑の布ごと抱き上げた。
「停まりましたね、炉心融解」
 目の当たりにしてもなお信じがたい異能の力だった。
「ああ、あとは大魔導師に始末してもらう」
 どうせ自分たちができるのはここまでだと歩き出した。セアドが、よろけながら立ち上がったアリアンの手を握り、後をついていった。

 アートランとレヴァードがカトルを連れ出そうとキャピタァルに向かった頃にさかのぼる。
 イージェンは、パリスとその子どもたちの暗殺の策謀を手配してから、『空の船』を遠隔操作で南方大島の南側の港沖に浮かべることにして、ニの月に向かった。
 堅い魔力のドームに身を包み、大気圏を飛び出し、たちまち衛星軌道上に達した。
「こんなに簡単に達するなら、もっと早く調べに来ればよかったな」
 足元に白い肩掛けをまとったような青い水の球が広がっていた。ところどころに茶色と緑色の陸が見えている。さらに惑星から遠ざかり、二の月を目指した。
ニの月は地上からは一の月のような銀環の姿では見えない。大きめの星といった感じで輝いている。近寄っていくと、ごつごつとした黒い岩の塊だが、どこか妙だった。
直径はおよそ五カーセルほどか、月というには小さすぎる。周囲をぐるっと巡ってみたが、表面にはなにもなかった。
「どこかに入口があるのか」
 きらっと光るものが見えた。太陽の光が岩の表面で反射したのだろうと近寄った。
「……これは……そんな……」
 月は、黒い岩のかたまりのように見えたが、石ではなく、金属だった。
「ラカン合金鋼……いや、これはあれと……同じだ」
 それは、ヴィルトの小屋で見つけた算譜が書き込まれていた板と同じ素材だった。ラカン合金鋼よりもはるかに堅く、しかも軽くしなやかな未知の素材だ。
太陽光が反射したところは、高さは二十セルほど、幅は十三セルのまるで鏡のように磨かれていた。その前に立ち、手のひらで触れた。
 すると、その手のひらが触れたところがまるで水面のようにゆるっとなって、手が吸い込まれるように減り込んでいった。そのまま身体を進めると、濾過膜を通るかのように入り込んでいけた。
 中は暗闇でなにも見えない。もちろん、イージェンは暗闇でも真昼間のように見えるはずだが、そのイージェンをして、なにも見えない暗闇だった。
「動いていいものか」
 生き物はもちろん、音もなく、気体、固体、液体、あるいはそれらを形成する成り立ちの粒、それらなにか物質がある気配すら感じられない。
「空虚なのか、ここは」
 自分が来れば動くかもと考えていたが、甘かったなと肩を落とした。これはとっくに動かなくなっていたのだ。
「戻ろう」
 ミッシレェが発射される前にパリスたちを殺し、発射システムを壊すしかない。振り向いたが、そこも何もない。入ってきたところもわからなかった。
「まさか、出られなくなったのか」
 足元が急に落ち込んだようになった。
「落ちるのか」
 落ちているというより、どこかに向かっているような感じだった。
「あれは……」
 何もなかった暗闇の底に薄い膜のようなものが見えてきた。その上にふわっと降り立った。すると、急に周囲が見えてきた。
 黒い衝立がぐるっと周囲を囲むようになっていて、その衝立の前に幕が現れた。『空の船』の艦橋に現れる幕と同じものだ。衝立と幕の間にはちょうど手元になるくらいの高さの四角い台が立っていた。床も見えていた。黒い石板でできた床だった。
 なにものの気配もないが、これらがあの算譜板やこの二の月の外壁と同じもので作られているのはわかった。
 黒い衝立は五つ。そのひとつの前に立った。幕にはなにも映っていない。台に手を置く。聞いたことのない音が聞こえてきた。それはヒトの耳には聞こえない、素子の振動音だ。この空間含めて振動し始めていた。
 そして、台の上が光った。
 目の前に幕にあの算譜板に書かれていたのと同じ、センティエンス語よりもさらに高度な記号論理用語がすさまじい勢いで上から下へと流れていく。途中から右隣の台も光り出し、幕にも算譜が流れ出し、またその右隣と全部の台と幕が動き出した。
「システム……起動……」
 五つの衝立が囲む空間の中央に透き通った球体が現れた。中心に黒い点。その側にも小さな球体がふたつ。離れた場所に赤い光点が見えてきた。
「中心の黒い点は……二の月…か……」
 目の前の幕、その向こうの立体球に光る文字が現れ、様々な数値が表示されてきた。
「そうか、二の月は、ヴィルトたちの『船』だったのか」
 ここはその『宙の船《バトゥドゥユニヴェル》』の艦橋なのだろうと改めて見回した。
 一の大陸を監視する『星の眼』からの映像が表示できないものかと探った。目の前の幕はまだ光文字を流し続けていて、その隣に重なるように別の幕が現れて、そこにいくつもの透けた四角が出てきた。四角の中には、上空から見下ろした陸地のあちこちが映し出されていた。瞬くような勢いでその四角の中の表示が変わっていく。
 照準を搾るとエスヴェルンやカーティアの王宮の庭まで見える。極北の海は雨が降っていて、南方海岸の村には南方大島の兵士達が煮炊きしていた。
「他の『眼』は」
 反応がない。隣の台に移ってやってみたが、ダメだった。すべての石台に触れてみたが、『星の眼』は起動しなかった。
「それぞれに触りに行くしかないのか」
 それでも動くかどうかわからなかった。
出口を探さないといけなかった。最初の石台に戻り、船内図がないかと探ったが、まだシステム起動中のようで光文字の流れは続いていた。
 中央の全天球図がぼおっと光りながら、ぐるっと動き、重なるように青灰色の柱が表れた。立体的だが、実態ではない。透けて見える映像だった。


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