「そんなことしたら、セアドが死ぬ! やめろ!」 管制室主任にもやめるよう怒鳴った。主任が困っていた。ハルニアがかまわず実行するようにと強行した。 「やめろって言ってるだろう! 俺の言うことが聞けないのか!」 アリアンがハルニアを叩こうと手を上げた。近くにいた黒いつなぎ服の係官たちがアリアンの腕を掴んで抑えた。 「なにする! 離せ!」 ハルニアが冷たい眼で見つめた。 「アリアン様、素子殺害が最優先です。セアドのことはあきらめてください」 アリアンが眼を赤くして黒つなぎたちから逃れようと身体を振った。 「やめろぉ! 父さんが死んじゃうっ!」 ハルニアがアリアンの胸から下がっている小箱の画面を見せた。通路のあちこちから白い気体が噴出してきて、たちまち見えなくなっていく。 「うわわぁぁぁっ!」 喉が破れるような叫び声を上げた。ハルニアが呆れて小箱をアリアンの顔にぐりぐりと押し付けた。 「所詮ワァカァの子どもですね、プライオリティもわからないとは」 パリス議長に恥をかかすようなことはしないでほしいと叱った。アリアンが頭を振って涙を零した。 「あれが……あれが母さんだったら、おまえ、そんなこと言えるのか……俺には、母さんも父さんも同じくらい大切なんだ……父さんがワァカァ出身だからってそんなの……」 ひどいとぐったりした。そのとき黒つなぎたちがふっと力を抜き、その隙にアリアンが腕を振り上げた。黒つなぎたちがよろけて、その間にアリアンが走り出した。黒つなぎのひとりがその背中に呼びかけた。 「アリアン様、どうするんです!?」 「ピエヴィに行く! 父さんを助ける!」 黒つなぎたちが追いかけようとしたがハルニアが止めた。 「ほおっておきなさい、どうせもう死んでいます」 中央管制室に向かいますと手を振った。
アリアンはパァゲトゥリィから、モゥビィルに乗って、ピエヴィ管理区に向かった。鋼鉄と人造石で出来た螺旋回廊をさかのぼっていくと湖底近くの管理区に入れる。すでに管制システムは復旧しつつあるらしく、バレー内の空中線は回復していた。 湖畔の電波塔ラボに連絡を入れると、研究員が、電波塔が素子たちに破壊されたと悲鳴を上げた。 『トレイルも叩き壊そうとしています! 助けてくださいぃっ!』 小箱越しにガンガンと鋼鉄の車体を叩く音が聞こえてくる。ついにグシャァと音がして悲鳴も聞こえなくなった。 「おい、おいっ! 返事しろっ!」 だが、返事をするものはいなかった。アリアンがぐっと唇を噛んだ。 螺旋回廊の終点の扉に着き、横の認識盤に小箱を押し付けようとしたとき、大型作業車も通れるほどの高さ五セルはある扉の中央がガコッと音がして膨れた。 「まさか」 次の瞬間、扉中央の膨れが一気に大きくなり、破裂した。バァァンと音がして、扉は木っ端微塵になった。白い爆煙と破片が噴出してきて、その中から飛び出た球体がふたつあった。 「素子か!?」 球体の中に灰緑色と茶色の布を被ったものが見えてきた。灰色の方はあの野獣《ヴェエト》を、茶色の方は鈍青のつなぎ服を抱えていた。 「セアド!?」 鈍青つなぎのセアドがアリアンを見つけて驚いた。 「アリアン様!? どうしてここに」 素子たちがアリアンの前にふわっと降りてきた。 「助かってたんだ……」 アリアンが眼を赤くして震えながら手を差し出した。 「よかった……とうさ……ん」 茶色布の素子がセアドの背中を押しやり、ふたりは駆け寄った。 「父さん!」 「アリアンさま……」 セアドがアリアンの手を握った。 「ハルニアが、素子を始末するからって、父さんがいるのに、通路にメタニルを散布した」 なんとか助けたくて来たんだと泣くアリアンをセアドがぎゅっと腕に力を込めて抱き締めた。 螺旋回廊に響き渡るような大音響で警告音が鳴った。 『警戒態勢レェベェル6、侵入者四名、ピエヴィ管理区螺旋回廊、メタニル散布』 壁のあちこちに穴が開き、そこから白い気体が噴出してきた。 「やれやれ、無駄なことを」 茶色布は中年の男のようで呆れたようすで布をばあっと翻し、セアドとアリアンを両脇に抱えた。なにか回りの空気が陽炎のように揺らめいていた。 「リンザー、壁を壊せ」 灰緑布がこくっとうなずいて、野獣《ヴェエト》を抱えていないほうの腕を振り上げた。腕が光り、そこから細かい矢じりのような光が放たれた。光の矢じりは、壁に当たり、ぼろぼろに崩していく。すっかり壁が崩れ落ち、ところどころ岩がむき出しになり、白い気体の噴出しもなくなった。 「さて、アリアンを探しに行く手間が省けたな」 茶色布の男がふたりから離れた。灰緑の布のほうは女のようで、野獣《ヴエェト》を放して、ふたりに近寄った。 「アリアン、パリスの子だな」 さきほどのように腕を光らせた。 「パリスの子どもは死んでもらう」 セアドがアリアンを堅く抱き締め、頭に顔を押し付けた。 わたしも一緒にと眼を閉じた。最高指導者の子どもだから殺すのだ。命乞いは無駄だろう。アリアンが首を振った。 「父さん、父さん……」 セアドがアリアンの頭を撫でた。 「アリアン……わたしの……アリアン……」 リンザーが険しく眼を細め、腕を振り上げた。 「待ってください、どうしても、殺さないといけないんですか!」 アリアンが野獣《ヴェエト》と呼んでいた少年がリンザーの腕にすがった。リンザーが首を振った。 「ルキアス、大魔導師様から指示が来ているんだ。アリアンが『瘴気』の槍をたくさん空から降らせるかもしれないから、それを防がないといけないんだ」 アリアンが顔を上げた。 「『瘴気』の槍って、ユラニオゥムミッシレェのことか」 そうだと茶色布の男がうなずいた。アリアンの眼が険しく細まった。 「おまえたちに電波塔を壊されたからな。きっと、今ごろ、母さん、発射してる。アーリエギアだけでも三十発はある。北半球の主な国都は全滅だ!」 リンザーが目尻を吊り上げ、腕を振り上げた。 「よくも地上を!」 そのとき、足元、螺旋回廊の下のほうから警報音が聞こえてきた。小箱も警報音を響かせ、緊急退避命令が表示された。 『緊急警報、レェベェル7発動、第一ユラニオウム発電所炉心融解まであと三十ミニツ』 抑揚のない女の声が響いた。 緊急退避まで十五ミニツとなっていた。おそらく、素子に侵入されたので、副議長のハルニアが強硬手段に出たのだ。 「炉心融解……まさか、地上に噴出するのか、『瘴気』が」 茶色布がセアドの襟首を掴んだ。 「どうなんだ、バレーの中だけで済むのか」 セアドが苦しそうに顔を歪めて、小箱の釦を叩き始めた。 「あなたがたがこの扉を壊したので、ここから地上に吹き出ます」 この扉はラカン合金鋼ではなかった。だから、ジェトゥたちで壊して入れたのだ。 「本来バレーはラカン合金鋼という硬い合金属で殻のように包んでいるんですが、電波塔を湖底から出すために、ピエヴィを作ったので、この部分だけ普通の鋼鉄なんです」 後からラカン合金鋼で作りなおす予定だったと言われ、ジェトゥが腕を組んだ。 「わたしたちが壊したからとでもいいたいようだが自爆するほうが悪い」 不愉快そうに睨みつけた。 「そうはいってもなんとか地上への噴出は防がないと」 ミッシレェが発射されたとしても、こちらはこちらでできることをしなければならない。リンザーがどうしたものかと回廊の吹き抜けの底を睨みつけた。 「イージェンがしたように溶岩で塞ぐか」 ジェトゥが提案すると、セアドが小箱の表示を示した。いくつかの円と線で描かれていた。 「レェベェル7の仕組みです。最初に第一ユラニオゥム発電所の炉心融解が起こり、次に第二発電所、第三発電所と連鎖的に続き、三箇所の発電所がすべて融解すると、周囲にあるユラニオゥム精製燃料にも火が点き、大爆発を起すんです」 その間にインクワイァは脱出筒に逃げ込み、そのままパァゲトリィを射出装置として、大陸の外に避難することになっていた。 「『瘴気』が噴出するのを防ぐだけならともかく、そんな大爆発……鎮化できるのか」 リンザーが爆発の熱量の見当もつかないと肩を震わせた。 「最初の炉心融解を止めれば、連鎖を止められるのか」 ジェトゥが尋ねると、セアドがええ、そのはずですとうなずいた。 「一基ならなんとかなるかもしれないぞ」 ジェトゥが眼を閉じた。 「わたしとおまえと魔力を合わせれば」 そのとき、再びアリアンとセアドの小箱が大音響を放って震えた。 「最緊急通信?」 アリアンが小箱を開けた。 「きっと、母さんだ!」 ジェトゥが首を振った。 「まさか、電波塔は破壊した。アーリエギアからここまで電波が届くはずはない」 リンザーがセアドの小箱を取り上げて、ジェトゥと覗き込んだ。 小さな画面に「最緊急通信」という文字が浮かび上がっていて、その文字が消えたとき、灰色の仮面が見えてきた。 「ジェトゥ……まさか……」 リンザーが眼を見張ってジェトゥと見合った。 「イージェン?!」 どうなっているのかと驚いていると、イージェンの声が聞こえてきた。 『この通信は、二の月から、マシンナートのブワァアトボォゥドに向け、発信している』 アリアンとセアドが息を飲んで首を振った。 「なんなんだ、これは、これはどうやって……第二衛星からって?」 画面の仮面は淡々と続けていた。 『俺は、大魔導師イージェンだ。おまえたちの指導者パリスが発射したユラニオゥムミッシレェはすべて俺が消し去った』 仮面がすうっと消えて、黒い画面に青い水の球が見えてきて、その球に黄金の網が掛かって、白い閃光があちこちで光っていた。 『信じるも信じないも自由だが、大魔導師の道具である、この『天の網』によって、ユラニオゥムミッシレェを消し去り、一基も地上には落ちなかった』 画面は空母を映し出した。 『極北の海に浮かんでいた空母アーリエギア、パリスが乗っていた』 巨大な空母がキラキラと光を放ち、光粉となって画面の方に向かってきた。その光の粉が消えた後には大海原が広がっているだけだった。 『アーリエギアとともにパリスも消えた』 アリアンが赤くなった眼から涙を流した。 「かあ……さん……かあさんが……」 セアドも悲しそうに目をつぶり、アリアンの頭を抱き寄せた。 画面はふたたび灰色の仮面に変わっていた。 『いいか、よく聞け。すでにキャピタァル中枢《サントォオル》は、俺の手の内だ、各バレーの都市管制機能も操ることができる。地上に打って出るような無駄なことはやめろ。もはやおまえたちに残された道はひとつ。テクノロジイを捨てて、地上の民となることだ』 おとなしく次の指示を待つようにと言い残して、通信を終えた。 「……テクノロジイを捨てろだって……? シリィになれだって……? そんな、そんなこと……」 できるわけないと、アリアンが眼を血走らせて拳を震わせた。 「よかった、ミッシレェ防げたんだな」 リンザーが指で涙を拭った。
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