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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第366回   イージェンと悠遠の月《ドゥレリュンヌゥ》(上)
 二の大陸中央のバランシェル湖にマシンナートたちが巨大な電波塔を建てた。通信衛星『南天の星』や極北海のアーリエギアからの電波を受信し、北半球のほとんどに送信していたリレェエ点だった。原因はわからなかったが、バレーのシステムが落ちたらしく、電力が来なくなって使い物にならなくなった。
 極北の海でパリスがユラニオゥムの発射システムを稼動させ、次々に発射させていた頃、電波塔を壊そうと鉄柱に潜んでいた魔導師ジェトゥとリンザーは、空から何か襲い掛かってくるような恐ろしい気配を感じて、わなないていたが、ジェトゥがすぐに決断した。
「リンザー、バレーに入り込む」
 そしてアリアンを殺すと下を見下ろした。マシンナートたちが長いアウムズを手に集まり、撃ち始めた。ジェトゥがリンザーやルキアスも一緒に大きな魔力のドームで包み込んでしまった。アウムズから発射された鋼鉄の弾は弾かれ、当たることはなかった。
「弾いてる!」
 マシンナートたちが青ざめて、恐れを振り払おうとしてか、喚きながら乱射してきた。
「わあぁぁっ!」
 ピシュンピシュンと弾き飛ばしながら、鉄塔から降りていく。足元の黒い穴の中では、鋼鉄の箱が今にも落ちそうに斜めになっていた。ジェトゥが足で蹴りつけた。繋いでいた鉄鎖が切れ、箱が滑り落ちていく。
「わあぁっ!」
 箱が何十セルか落ちていき、底らしきところに大きな音を立てて落下して壊れ、中身が飛び散った。
ジェトゥたちがその底まですーっと降りていく途中、壁沿いについている鉄のスノコのような階段にいたセアドが驚いて追いかけるように足を速めた。
「素子たちが!」
 先を降りていた係員に撃つように指差した。係員は長身オゥトマチクを構えて撃ったが、何か光の球のようなものが飛んできて、パシッと頭を打ち抜き、係員たちが次々に階段から底に落ちていった。
急に穴のあちこちに埋め込まれている明かりが点いた。
セアドが底の手前にある扉を何かで開けて入っていく。閉まる寸前、ヒトならぬ速さで近寄ったジェトゥが扉に手を掛けた。
 ぐいっと捻るようにしてねじり、その後ろからルキアスを抱えたリンザーも入ってきた。
「はっ、まさか」
 セアドが振り向いて眼を見張った。ジェトゥがセアドの首を掴んだ。
「くっ……」
「アリアンはどこだ」
 セアドは首が絞まるのもかまわず首を振った。
「し、りませ……ん……」
 ジェトゥが冷たく命じた。
「だったら、その小箱で居場所を聞け」
 そのとき、セアドの胸から下がっていた小箱が震えた。ジェトゥが空いている方の手で開いた。
「アリアンからだ、出ろ」
 セアドが顔を逸らしたが、ジェトゥが、横から細い紐を出してセアドの耳に入れ、受話釦を押した。
『セアド、繋がったか!』
 応えないでいると、アリアンが怒鳴った。
『どうした、セアド!』
 心配している。セアドが声を震わせた。
「アリアン様、ピエヴィの管理通路に素子が入り込みました! 防御してください!」
 ジェトゥが険しい眼で紐をセアドの耳から放した。
『セアド! セアド!』
 アリアンの叫び声が聞こえてくる。
「アリアンより先に電波塔を壊すか」
 顔をしかめているリンザーが光らせた手で胸元を摩っていた。何か襲い掛かってくるような恐ろしい気配はなくなっていたが、まだ気持ち悪さが残っていた。
 ジェトゥが賛成した。
「そうしよう」
 ガタンと大きな音がして足元の床に埋め込まれている明かり以外は消えた。
「また停電か」
 ジェトゥとリンザーが手を光らせた。ジェトゥが懐刀を出して、ルキアスに渡した。
「セアドを押さえておけ。鋼鉄の塔を壊してすぐに戻る」
 ルキアスは戸惑っていたが、ジェトゥはかまわずリンザーと扉を出ていってしまった。セアドがルキアスに背を向けて歩き出した。 
 ルキアスが懐剣を逆手に構えてセアドに頼んだ。
「動かないでください」
 でないと、殺さなければいけなくなると辛そうに目を細めた。
「殺してもいいんですよ、どうせ、素子たちは生かしておかないでしょう」
 また通電するでしょうから、できるだけ入口の近くまで行っておきますと足を進めた。ルキアスに恩人を背中から刺すことなどできるはずもなく、見失わないように追いかけるしかなかった。

 第二大陸バレー・ドウゥレは、第二大陸のほぼ中央に位置する湖の真下に広がっていた。バレー評議会議長はパリスの従兄ディゾンだが、キャピタァルを訪問したままなので、副議長のハルニアが代行をしていた。五十少し過ぎでふっくらとした体格のハルニアは、パリスの腹心のひとりで、以前はキャピタァルで最高評議会の書記官をしていたが、議長に就任したディゾンの補佐として着任していた。
 中央研究棟の副議長室にいたハルニアは、パリスの息子アリアンが治療のためにバレー入りしたと聞き、出迎えようと部屋を出た。
「アリアン様、まもなく無菌室を出る時間です」
 事務助手が予定表を送ってきた。
「わたしが中央医療棟まで付き添う」
 議長用の屋根なしモゥビィルを用意させた。パァゲトゥリィに到着し、無菌室の前の待合所で待っていた。赤く点いていた警告灯が緑色になって、扉が開いた。中から頭に包帯を巻いたアリアンが出てきた。
「アリアン様、バレー・ドウゥレにようこそ」
 ハルニアがお辞儀した。
「副議長、わざわざ来たのか」
 ハルニアがにっこりと笑って中央医療棟までお送りしますと歩き出した。アリアンが面白くない顔をした。
「別に送らなくてもいいのに」
 さっさと検査して電波塔のラボに戻るからと足を踏み出したとき、天井のトォオチが消えた。壁の非常灯がぼおっと光った。
「なんだ? 停電か」
 アリアンが尋ねると、ハルニアが首をかしげて、側にいた係員に中央研究棟に連絡するよう命じた。係員が繋がりませんとうろたえた。
「空中線が検出できません」
 まさかとハルニアも小箱を出したが、同じだった。
「すぐに復旧すると思いますが」
 中央研究棟には補助電源があるのでと説明した。通電するまでは控室に入ることもモゥビィルに乗ることもできなかった。
 しかたなく、立って待つしかなかった。ハルニアたちが所在無くしていると、アリアンが声を掛けた。
「副議長、今回の電波塔のミッション、準備段階から完了まで、ほとんどセアドが実行してたよな?」
 電波塔ラボの主任は議長のディゾンで、議長就任前から主任だったが、しょっちゅうキャピタァルを訪問していて、セアドに任せきりだったのだ。
「副議長からセアドの成果として報告書出してくれ」
 ハルニアが、ラボの主任はディゾン議長ですがと曖昧に答えた。アリアンは、ハルニアの遠まわしな反対に気がつかなかった。
「報告書には、セアドには助教授の資格は充分あるって意見書をつけろ」
 ハルニアが呆れて苦笑した。
「それは……考えておきましょう」
 アリアンがワァカァ出身の父親を恥じてなんとか助教授にしようとしているのだろうと察したが、慣習から言ってもできるわけがないとあざ笑っていた。
 しばらくしてようやく復旧し明々とトォオチが光った。まぶしくて眼を細め、見上げた。ハルニアが中央塔と連絡を取っていた。アリアンはセアドに音声通信を掛けたが、なかなか出ない。なにかあったかと心配したとき、ようやく繋がった。
「セアド、繋がったか!」
 セアドの声が聞こえてこない。心配して、アリアンが怒鳴った。
「どうした、セアド!」
 セアドが声を震わせていた。
『アリアン様、ピエヴィの管理通路に素子が入り込みました! 防御してください!』
 えっと息を飲み、必死に呼びかけた。
「セアド! セアド!」
 一方的に切られた。セアドの居場所を検索すると、ピエヴィの管理通路にいた。
「副議長、素子がピエヴィの管理通路に入り込んだと、セアドから報告があった!」
 ハルニアたちがまさかとうろたえた。電波塔を建ててから、素子たちが襲撃するかもという予見はあったが、バレーの中に入り込むなどということは想定していなかった。
「セアドの失態では?!」
 急いで中央研究棟に戻ろうとしたが、またバチンッという音がしてトォオチが切れて、非常灯だけになった。
「まさか、素子たちがなにかしているのか……」
 停電の原因がわからないので不安が広がっていく。
「停電は都市管制システムが強制終了したからのようです!」
 ハルニアが連れてきた係官のひとりが中央研究棟に通じたときに確認していた。
「それでは、中枢《セントォオル》の不具合ということ?」
 せっかく起動した第一予備システムも落ちてしまった。
「棘(ソォン)による不具合か、もしくは病理コォオドとか……」
 中枢の全バレー統制システムに不具合があったか、悪意の病理コォオド侵蝕があったか、いずれにしても大変な事態だった。
「第二予備システムは、中枢との通信網を切断して起動すると思います!」
 もし中枢《サントォオル》が原因だとすると、独立して動かさないと、第二予備システムもまた同じことになる。
 ほどなく通路のトォオチが点き、ハルニアが中央研究棟の管制室と連絡を取った。
「通信網《レゾゥ》を切断して起動したのね、よくやったわ。ピエヴィの管理通路に素子が入り込んだとの報告があったけど、そちらで確認できる?」
 管制室主任が管理通路の監視キャメラからの映像をハルニアとアリアンの小箱に転送してきた。
管理通路をふたりほど走っていた。ひとりはセアドでもうひとりはシリィの服を着た少年だった。
「野獣《ヴェエト》!? なんであいつが?!」
 しかも、ボォムの輪っかをしていなかった。
「そいつは素子じゃない」
 ふたりはもうすぐ殺菌室の扉に着く。その殺菌室は設備管理のために作業員が防護服を着て出入りする以外は入ることはできない。空身のものがバレーの中に入るためには、パァゲトゥリィを通らなくてはならないのだ。
『通路後方から二体、飛行物が高速で近付いてきます!』
 別の監視キャメラが捕らえていたが、あっという間に通り過ぎていた。
「素子……」
 ハルニアが主任に命じた。
「管理通路にメタニルを流しなさい!」
 アリアンがえっと眼を見張った。


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