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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第360回   イージェンと天空の叫喚(クリイェディスィエル)(上)(2)
 光風が去った後には正面に扉が黒々と光っていた。扉の前まで行き、周りを見回したが、どこにも死体がなかった。粉々に砕け散ったかもと鼻をヒクつかせて血の臭いを探ったが、死臭はしなかった。
「……そんな……」
「アートラン!」
 もう一本の通路からアディアが顔を出した。
「トゥドは殺したのか?!」
アディアが首を振って、追ってきたが、姿を見ていないと見回した。
「この中か……」
 アートランが拳を堅く握り、光らせて黒い扉に叩きつけた。
 ガシャァン!ガシャァン!と激しい音がして、閃光と電撃が空気を振動させたが、びくともしなかった。
「くそっ! なんで壊れないんだ、なんで、こんなにっ!」
 身体を輝かせて叫びながら拳をぶつけた。
「硬いんだぁっ!」
 爆音がして白い煙が噴出したが、扉はかすり傷もついていなかった。
「わたしもいっしょに……!」
 アディアも光の剣を出して突き立てようとしたが、アートランが叫んだ。
「無駄だっ!」
 発射台を壊す。アディアの手を引いて、裏通路を出ようとした。
『アーリエギアの乗組員の諸君、パリス議長だ。これより、マシンナートの誇りを貫き、テクノロジイの生み出した大いなる力、ユラニオウムの炎で地上を浄化する。ユラニオウムミッシレェ発射』
 パリスの声が聞こえてきた。アートランがガクガクと震えだした。
「やめろ……」
『ミッションヴァンズ、ユラニオウムミッシレェ全弾発射、各員、発射時衝撃に注意、連射、秒読み開始する……』
 アートランが裏通路から副艦長室に出た。
「やめろっ!」
 抑揚のない女の声が艦内に響いた。
『壱号から伍号ミッシレェ、十、九、八、七、六……』
 アートランもアディアも身体の奥底から震えが来た。恐ろしいことが起こる気配。それを感じ取っているのだ。
 ふたりの身体が真っ赤な炎のような光を放った。
「やめろぉぉっ!」
 アートランから熱光波が放たれた。通路の壁を破壊し、部屋を溶かし、部屋の中にいるマシンナートたちを蒸発させた。まるで艦内でミッシレェが爆発したようになり、爆風が吹き荒れた。
 艦底に向かって床をぶち抜いていく。ミッシレェ格納庫を壊して、この艦内で爆発させてしまえれば。発射口を閉じておけば。 
 だが。
『……三、二』
「待てっ、待ってくれっ!」
『一、発射』
 小刻みだが、振動が起こった。
 アートランが飛びながら泣き叫んだ。
「わあぁぁぁっ!!」
『六号から十号…』
 次々に、淡々と。ユラニオウムの矢が発射されていった。

 キャピタァル中枢《サントォオル》を乗っ取ったリィイヴとの通話を切断したパリスは、艦長室でタゥミナァルを操作していたが、操作を終えて、第二艦橋に移動することにした。  
通路を艦尾に向かいながら、さきほどのリィイヴとの会話を思い出していた。
 かつて九つになったばかりの息子を通信衛星打ち上げラボに入れた。そのラボの主任教授ティムベスが幼い男の子に乱暴する性癖があることはわかっていたが、どうしても息子を通信衛星打上ミッションの主任にしたかったのだ。いずれティムベスに代わって主任にと思っていたが、ティムベスは息子を乱暴し、壊してしまった。
ティムベスの指導教授は当時議長だったザンディズに対抗していた大物議員で、ザンディズ死亡後暫定議長に着いていた。啓蒙派であったその指導教授は、高齢でもあり議長選には出馬せず、急進的な強硬派であり年齢的にも若すぎると批判もあったパリスの支持をすると約束した。ティムベスを提訴しないということを条件に。
当時、時の趨勢で、長期的には少数である啓蒙派が主流になっていた時期だった。亡きザンディズの意志を継いでいたエヴァンスの当選は濃厚だった。その議員の後ろ盾がなければ、パリスは落選だった。
 パリスは息子を壊した罪を見逃し、議長になることを選んだ。
「トレイルの運行デェイタを改ざんしたときから……もう突き進むしかなかったんだ」
 何が何でも議長になり、兄が叩き込んでくれたマシンナートの理念を貫く。正しいのは強硬派であることを示すには、その道を行くしかなかった。そしてそれは、裏切った兄への復讐をも果たすことになるからだった。
「ファランツェリ……地上は滅びる、友だちの『イカサマ師』たちもな」
 そのとき、第二艦橋からの連絡が入り、目を険しくした。
「……まともに来るとはふざけたまねを」
 方位東〇三〇〇より、高速接近する物体が七体、生体反応があり、素子と思われた。
 小箱で第二艦橋に指令を送り、艦内放送を流すことにした。警報音が鳴り響いた。
『緊急警報、方位東〇三〇〇より、高速接近する物体、七体、生体反応あり、素子と思われる』
 素子が近づいたことで、念のために、艦長室に引き返し、ユラニオウムミッシレェ発射ルゥムに入ることにした。
『迎撃ミッション発動、甲板に高射砲十基、リジットモゥビィル二十基揚上、対空ミッシレェを発射用意』
 どこまでアウムズが通用するのか、しっかり記録をとるようにと指示した。
 艦長室に入り、机の下の裏通路への入り口を開けたとき、ガシャァアン!と硝子が割れるような音がして扉が砕けた。
 半裸体の金髪の少年が飛び込んできた。灰色の目を見張った。
「やはり艦内にまで入り込んでいたか!」
 さっと机の下の入口に滑り込み、頭の上を閉じた。裏通路には軌条の上を走る板車が用意してあり、それに腹這いになって、動かし、発射室に向かった。通路の終点の手前で降り、黒い扉の横にある認識盤に小箱を押し付けた。扉がさっと開き、振り返った。さきほどの少年が追ってきていた。口はしを歪めてにやっと笑い、小箱の釦を押して、通路に遮蔽壁を下ろし、発射ルゥムに入った。
「さすがにここは壊せないだろう」
 発射ルゥムはラカン合金鋼の箱だ。この下にはユラニオウムミッシレェの格納庫があり、発射システムはこの部屋の補助電源と有線網によって発射指令を出すことができる独立系システムだった。
 小箱でトゥドを呼び出した。副艦長室からこの発射室に向かっていたが、途中で別の経路で第二艦橋に向かわせていた。
「トゥド、発射ルゥムに入った。おまえは、マリィンでバレー・トゥロォワに向かえ」
 トゥドが、えっと息を飲んでいた。
『わたしは……母さんとこの艦で戦いたいです』
 パリスが手元で発射システムを起動させながら、言うことを聞けと命じた。
「他のマリィンにミッシレェ発射コォオドを送ったが、不達になった。セアドとも交信できない。おそらく電波塔になんらかの障害が発生したんだろう」
 素子の攻撃にあったのかもしれない、だから、トォロォワが用意している大型送受信装置を使ってミッシレェ発射コォオドを送れと言い聞かせた。
『電波の届く範囲のマリィンからユラニオウムを発射しろ』
 トゥドがはいと小さく答えた。
「頼りにしてるぞ、トゥド」
『わかりました、母さん、かならずやり遂げます』
 トゥドが最後にしっかりと了解した。
 通話を終えてから、艦内放送をした。
『アーリエギアの乗組員の諸君、パリス議長だ。これより、マシンナートの誇りを貫き、テクノロジイの生み出した大いなる力、ユラニオウムの炎で地上を浄化する。ユラニオウムミッシレェ発射』
 一度大きく息を吸い込んだ。
……これでいい……
『ミッションヴァンズ、ユラニオウムミッシレェ全弾発射、各員、発射時衝撃に注意、連射、秒読み開始する……』
 ゆったりと椅子の背もたれに小柄な身体を預けて、正面のモニタを見た。着弾予定地とそこまでの弾道経路が描かれている。すでに通信衛星も電波塔も使えないため、レェダァで追跡することはできなかったが、パリスは目を閉じ、何度も何度も仮想したユラニオウムの弾道を思い描いた。
ミッシレェが描く放物線の美しいこと。この上もない。
やがて、地上がユラニオウムの嵐に見舞われるだろう。
「アルティメット、おまえの『おとぎの国』はお終いだ」
声を上げて笑った。

 二の大陸キロン=グンドの小国クザヴィエの学院長リンザーは、遣い魔の知らせを受けて、ガーランドとウティレ=ユハニの国境の湖バランシェル湖のほど近くの砦に戻ってきた。
 暗殺の相手であるパリスの六男アリアンが、アーリエギアではなく、バレーにいると知らされて、戻っては来たものの、どのようにバレーに入り込んだらいいのか、まったく手立てが思い浮かばなかった。
「ジェトゥが見張っていた間になにか探れたかも」
 レスキリと一緒に湖に向かうことにした。
 湖のマシンナートたちの砦では、周囲制圧を終えたようで、リジットモウビイルを適度に配置し、警戒をするという体勢で、少し落ち着いていた。鉄の箱トレイルの横に置かれた鉄の檻には、獣たちが押し込まれていて、うろうろと動き回ったり、ときおり逃げるつもりなのか、柵にぶちあたったりしていた。その中にヒトがふたり座り込んでいる檻があり、その近くの樹木の枝にジェトゥが潜んでいた。リンザーに気づき、すっと枝から離れて、港のはずれまで移動した。
「バレーに潜りこむ手立てをどうしようかと」
 パァゲェトリィとやらから入るにしても、扉や壁をぶち破って入り込めば、魔導師の介入を知って、暴挙に出る恐れがあった。
「合図があってから潜り込むのでは遅いよな」
 リンザーが心配していた。ジェトゥもふぅむと悩ましげに湖を見た。
「しばらく監視していてわかったんだが、時々、湖の底からトレイルや物資が上ってくる」
 そのときならば、底への扉が開いているので、潜り込めるかもと腕を組んだ。
「だが、よしんば潜り込めたとしてもだ、バレーというのは、いくつもの階層になっていて、しかも、ウティレ=ユハニの王都よりも広い。アリアンを探すとしても容易ではないな」
 アリアンの顔も知らない。ましてや見たこともないヒトの気配を手繰るのも難しかった。
「イージェンもこんな状態になっているとは思っていないだろう」
 ジェトウがため息をついた。リンザーもそうだろうなと同意した。
 しばらく考えを巡らせていたジェトゥが提案した。
「合図が来たら、あの電波塔を破壊しよう。そうすれば、ここからマリィンへの電波は届かないはずだ」
 同時に電波塔を操っているらしいセアドという男を殺せばいい。それからバレーに入り込んでアリアンを探そうと言った。
「ルキアスがアリアンの顔を知っている。あれを連れて行って探そう」
 それでいこうと合図を待つためにルキアスたちが捕らえられている獣檻の近くに戻った。


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