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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第359回   イージェンと天空の叫喚(クリイェディスィエル)(上)(1)
 極北の海に浮かぶ空母アーリエギアの艦底で、パリスとリィイヴのやりとりを聞いていたアートランは、途中だが艦内に侵入するぞとアディアの腰を抱えたまま、泳ぎ出した。舷梯口は外から開けることはできそうにない。もちろん、ラカン合金鋼なので、叩き壊すこともできない。
「どうするんですか?」
 アディアが黒い底を見つめた。アートランがどんどん艦尾に向かっていた。
「空気を作るために海水を取り入れている口がある。そこから入る」
 取り入れ口が近くなったのか、海水の流れが速くなっていた。艦尾の手前に口径が五セルほどの大きな管が下りてきていて、そこに海水が吸い込まれていた。アートランがその中に飛び込んだ。中で大きな羽根が二重になって高速で回っている。魚や海獣が入りこまないようにしているのだろう。アートランがその羽根の高速回転を見つめ、吸い込まれている水の速度と、羽根の回転速度、両方の羽根が重なってわずかな隙間が空く瞬間をすばやく計算した。アディアの外套を脱がせた。
「な、なにを!」
 アディアが抵抗しようとしたが有無を言わさず上着も剥ぎ取り、ふわっと広がっているズボンも脱がせ、肌着と下穿きだけにした。
「あの隙間を通るのに、ドームを解く、少しの間息を止めて顔上げるな」
 自分も上着とズボンを脱いで下穿きだけになった。アートランの身体に金色の鱗が生えているので驚いたが、服を脱がされたのは、布が巻き込まれるのを防ぐためとわかり、真っ赤な顔でうなずいた。小箱の通信はまだ途中だったが、折りたたみ、アディアの膨らみかけている胸の谷間に挟んだ。
「あっ!」
恥ずかしくて顔を伏せると、ぎゅっと抱き締められた。
「じっとしてろ」
 ぶわっとドームが解かれて、服がゆらっと離れていき、直接肌が水に接した。息を止める。ギュンッと速度が上り、ゴオゥゴオゥと水が吸い込まれる音とグワングワンと羽根が回る音が重なって聞こえてきた。
 アートランが正確に割り出した間合いで一本の棒のようになってふたつの回転羽根をすり抜けた。四の大陸の未婚の娘の『ならわし』である顔覆いが取れて羽根に巻き込まれて千切れた。
水はそのままタンクに流れていくようで、そのタンクの口に入る前に横にある設備管理用の出入口に泳いでいった。出入口の操舵輪のような輪を動かして扉を開けた。海水がどっと流れ込んでいく。その勢いに乗るように入り込んだ。すぐに扉を閉めた。腰までくらいの水溜りから出ると、正面に階段が伸びていた。
 アートランが顔覆いをなくして顔を伏せているアディアの胸に挟んだ小箱を取り出して、開いた。すでにリィイヴとパリスの通信は終わっていて、返信許可の文字が表示されていた。
「……実行する、アリアンは後回しにする、アートラン」
 それだけ急いで返信しようとしたが、不達の表示が出た。
「電波塔になにかしたのか……」
 それともアーリエギアの中での問題か。とにかく実行しなければとアディアに小箱を見せた。両手で口元を覆っているアディアを叱った。
「恥ずかしがってる場合か!」
 アディアがはっと顔を上げた。アートランの厳しい目が見据えていた。
「いいか、この図面がアーリエギアの配置図だ。トゥドは艦橋にいる」
 小さな画面の中の艦橋の位置を示した。
「トゥドの顔を知りません」
 配置図は素早く覚えたが、アディアが緊張して真っ青になっていた。
「艦橋にいるものを全員殺せ」
 途中で出会ったマシンナートも全部敵だと言い聞かせた。
「迷うな」
 アディアが震えながらもうなずいた。
 階段を上り切ったところの扉も手動だった。扉の向こうの気配がないのを確認して、開いた。裏方の配管区だった。右手から誰かが来る気配がした。
「この配管区から出たら、別れるからな」
 右手から声がした。
「おい!誰だ、おまえたち……!」
 アートランが口から光の針を吹き出した。光の針は心臓を直撃し、声もなく倒れていった。右手の出入口目指して飛んだ。出入口は認証式だった。小箱をかざすと、すぐに開いた。
「ここはなんとか開いたな」
 出たところは、配置図によれば施設管理部だった。五人ほど壁際のモニタに向かって座っていたが、扉が開いたのに気が付いて振り向いた。
「なっ…!」
 アートランがシュッとすれ違うと、五人は光の拳に胸を貫かれて倒れていた。ひとりの小箱を取り出し、アディアに渡した。
「扉を壊すと警報が鳴るから、これで入れ」
さっきのようにと箱の横の釦を示した。アディアが受け取り、施設管理部を出ると艦内通路だった。鋼鉄のスノコのような床が続いている。
「じゃあな!」
 アートランが手を振って、右に飛んでいく。
「はい!」
 アディアがすぐ側の階段を飛び上がって上の階を目指した。艦橋は三つ階が上の艦首寄りにあった。
 艦橋の扉の横にある茶色の硝子板に小箱を押し付けながら釦を押した。ピッと音がして横に動き、中に入りながら見回した。
「なんだ……君は……?」
 いきなり肌着姿の小柄な少女が入り込んできたので、七名ほどいた艦橋担当官たちが席から立ち上がって見つめてきた。アディアが光の剣を出して、目にも止まらぬほどの速さで艦橋内を一巡りした。七人みんな胴を切られて焼け焦げたようになって倒れていた。
「この中にトゥドは……」
 アートランが、艦橋にいると言っていたからいるだろうと見回したが、みんな三十代以上のように見えた。トゥドは二十歳少し過ぎのはずだった。反対側に扉があるのに気がついた。
「あちらから出た?」
 その扉も開けて、通路に出た。まっすぐ伸びた通路をシュンッと飛んで追いかけた。
「なんとか言う部屋に逃げ込まれる前に殺さないと!」
 だが、途中いくつか扉があり、手を触れると中の気配が探れたが、ヒトはいなかった。どこまで行ったのか。
 いきなり轟音が鳴り響いた。
『緊急警報、方位東〇三〇〇より、高速接近する物体、七体、生体反応あり、素子と思われる』
 さきほど小箱から聞こえていたパリスの声だった。
『迎撃ミッション発動、甲板に高射砲十基、リジットモゥビィル二十基揚上、対空ミッシレェを発射用意』
「なにっ?!」
……ランスの連中が報復に来たんだ、いいからトゥドを探せ、もうそこらじゅうぶっこわしていい!
 アートランの声が耳元でした。
「それがいないんですっ!」
……そこから三つ先の部屋が副艦長室だ、そこにいる!
みっつ目の扉をねじ開けたが、誰もいない。
「いません!」
……床下の通路から逃げた。早くしろ!
 机の下と言われてあわてて破り、通路に入った。ゴオゥッという何かが動く音が遠ざかっている。そのほうに飛んでいった。

 アートランは、アディアと別れてすぐにふたつ階を上り、艦尾に向かった。パリスは艦長室から出ていた。
「なんで艦長室から出たんだ?」
 例の部屋には艦長室と副艦長室の机の下の抜け穴から裏通路で行くはずだった。
「行き先を思い浮かべてない……ファランツェリ……優秀種の子ども……」
 パリスは、さきほど聞き損ねたリィイヴとのやり取りを思い出していた。部屋を隔てた向こう側の通路を早い足取りで歩いている。艦尾に向かっていた。
エレベェエタァに乗ってさらに上っていく。艦尾の第二艦橋に向かっていた。第二艦橋は空母状態のときに甲板から突き出して使用する司令塔だった。早く追いつかなければと階段を飛び上がったとき、いきなり警報音が鳴り響いた。
『緊急警報、方位東〇三〇〇より、高速接近する物体、七体、生体反応あり、素子と思われる』
 パリスの声だった。
『迎撃ミッション発動、甲板に高射砲十基、リジットモゥビィル二十基揚上、対空ミッシレェを発射用意』
「ランスの連中と戦うのか」
 アディアがどうなっているか、探った。何が起こったのか、わからずに戸惑っていた。
「ランスの連中が報復に来たんだ、いいからトゥドを探せ、もうそこらじゅうぶっこわしていい!」
 パリスがまた移動した。今度はエレベェエタァを下っていく。ユラニオウムミッシレェ発射ルゥムに向かうつもりだ。
「くそっ、ランスの連中、よけいなことして!」
 アディアに早くトゥドを殺すよう指示し、艦長室に向かった。艦長室のある階に着いたとき、甲板のアウムズが応戦しはじめた。
ランスの魔導師たちは精錬した矢や槍を射掛けているようで、高射砲が二台破壊されたと第二艦橋の担当官たちがあわてていた。リジットモゥビィルからの白光空弾が発砲され始め、魔導師たちがうろちょろと飛び回るので当らないと悲鳴を上げていた。だが、ひとり、直撃したようで、海に落ちたと担当官が叫び、他の魔導師たちはいったん遠ざかった。
 アートランは、パリスが艦長室に入る寸前にその背中を捉え素早く近寄ったが、間に合わず、扉は閉まってしまった。光る拳を作り、扉に叩きつけた。ガシャァアン!と硝子が割れるような音がして扉が砕けた。
 ファランツェリを大人にした顔の女が奥の机の向こうに立っていた。灰色の目を見張った。
「やはり艦内にまで入り込んでいたか!」
 すっと身体が消えた。アートランが両手を合わせて電光を含んだ光の波を噴き出した。光波は机もろとも壁にぶつかり、壁も貫いて何区画が粉々に破壊した。すばやく机のあった辺りに立ったが、パリスは抜け穴に逃れていた。軌条通路を飛んで追いかけ、すぐに黒い扉の前までやってきた。パリスが扉を開けようとしていた。振り向いて、にやっと唇に笑いを浮かべた。
 アートランが光波を出そうと両手で拳を作った。いきなり目の前に天井から壁が下りてきた。
「しまった!」
 ラカン合金鋼ではない。光波がその壁を貫いた


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