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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第358回   イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(下)(3)
『杖を振るって呪文を唱えればなんでもかなうか、夢のようだな』
 明らかにバカにした言い方だった。リィイヴの手が震えた。
『友だちの素子にテクノロジイを捨てて自然を守るべきとか言われたのか?』
 あいつらはヒトの身体に入り込んだ『毒素』のようなものだぞと言った。
『この惑星を乗っ取った。だから、わたしが取り返す。たとえユラニオウムに汚染されようとも、この惑星の種(しゅ)としての誇りを守る』
 リィイヴが首を振った。
『確かに素子はこの惑星のものじゃありません。でも、今はもう融合している。この惑星の空気も水も土も、もう素子なしでは存在できないんです。ぼくたちこそ、適応していくべきでしょう』
 そのために素子たちの理《ことわり》に従って生きる。そうすべきだと主張した。
『そのために動物に等しい生活をして、永遠に発展のない『おとぎの国』で暮らすのか』
 リィイヴがアートランたちに電文を送っていた。
『たしかに今はまだシリィの世界に発展はないです。でも、なんらかの模索をしていこうと大魔導師は考えています』
 何十年も何百年もかかかるかもしれないけれど、そうした未来への希望はあると言うと、パリスが呆れたように顔を逸らした。
『素子たちの世界の未来か? 想像したくもない』
 リィイヴが激しく手元を動かし出した。
『マシンナートの世界だって、今以上にテクノロジイが発展することはありません。地下で暮らす『もぐら』の生活が続くだけです』
 リィイヴが通信網ゲェイトのひとつを開いた。
『それもアルティメットとのくだらん約束のせいでレェベェルを押さえていたからであって、もうそれを守る必要はない。これからはさらなるテクノロジイの発展が望める』
 もし地上がユラニオウムで汚染されたとしても、レックセステクノロジイを復活させれば、かつてのように宇宙に飛び出し、第一衛星との間に宇宙島《ユゥヴェエルドゥウイル》を浮かべて住むことができる。第一衛星にも、さらには隣の惑星にも行くことだってできる。
『おまえがまだ小さい頃寝る前にベッドの中でよくその話をしてやった。おまえはとても喜んでいたぞ』
 リィイヴの手が止まった。パリスがすっと立ち上がった。
『ファランツェリ、あんなにいい子だったのにな。今はわたしを困らせる悪い子だ』
 ぐいっとキャメラに顔を近づけて、睨みつけた。
『悪い子にはお仕置きしないとな』
 ブツッとパリスのほうから切断した。
「リィイヴ!」
 レヴァードが頭を抱えるようにして身体を折ったリィイヴの肩を掴んだ。
『……いよいよです。みんながどれだけやれるか』
 身体を起こして台座に背中を押し付けた。
『ぼくもやれることをやります』
 ぐっと拳を握った。レヴァードがうなずいて、抜けかけた挿管の手当てをした。

 南方大島に接岸しているドォアァルギアの艦長室にザイビュスとヴァシルがロジオンを訪ねた。起き抜けに申し訳ないと謝るザイビュスにロジオンは柔らかな笑みを見せて、応接席に座るよう勧めた。
「どういった件ですか」
 ロジオンは少しワァアクがあるのでしながらで失礼しますと机に座ってボォウドを叩きながら話しを聞いていた。
「エトルヴェール島の中央管制室を閉鎖した後なんですが、ラカンユゥズィヌゥの設備管理主任に転任させてもらえないかと思って」
 お願いに来ましたと頭を下げた。ロジオンが目を細めて見つめてきた。
「あなたほどの職位と経歴があるならラカンユゥズィヌゥの設備管理主任ではもったいないですよ。キャピタァルのプラント所長ぐらいでないと」
「それは買いかぶりすぎです。所長なんてまだまだ」
 謙遜してみせるとロジオンが考え込んでいた。ザイビュスが隣に座っているヴァシルの腿に手を置いて、小声で囁いた。
「……早くしろ」
 ヴァシルはこの部屋に入ったときから、ひどく緊張していた。どこでロジオンを殺すか。あまりに集中していて、突然ザイビュスに身体に触れられてびくっとしてしまった。あわてて光の棒を手の中に出し、投げつけようとした。
「そうですね、考えておきましょう……」
 ロジオンがふっと身体を横にした。引き出しを開けようとしたようだった。ヴァシルが光の棒を投げつけたが、わずかに逸れて、後ろの壁に激突した。
 バァアアンッ!と破裂するような音と光を背後で感じて、ロジオンが目を見張った。仕損じたとヴァシルが固まってしまった。
「おい!なにしてるんだ!」
 ザイビュスがポケットの中の短身オゥトマチクを出してロジオンに向けて発砲した。ロジオンがさっと身体を沈めた。オゥトマチクの弾丸は外れて、壁に当たって弾かれた。ザイビュスが机に駆け寄ると、ロジオンの姿が見えなかった。
「どこにいったんだ!」
 床が四角く筋が入っている。脱出口のようだった。
「ヴァシル、なに突っ立ってるんだ!」
 ヴァシルがびくっと身体を震わせた。仕損じたことでうろたえてしまい、どうしたらいいかわからなくなっていた。早く来い!と怒鳴られてよろけながら近寄った。
「脱出口らしい。ここからおそらくユラニオゥムミッシレェの発射ルゥムに向かったんだ」
 壊せるかと言われ、震える手で拳を作り、光らせて、床に叩き付けた。
 ガシャンッと音がして、床が割れた。垂直に穴が開いていて、底に軌条が見えた。
「軌条車に乗っていったんだ」
 あの部屋に逃げ込まれたらおしまいだとヴァシルを急かした。
「しっかりしろ、まだ間に合う。追いかけよう」
 ザイビュスがぎゅっと腕を握った。ヴァシルがザイビュスを抱えてばっと飛び込み、軌条に沿って狭い通路を飛んだ。
「気配を感じます」
 追いつけるかと聞かれて、うなずいた。ゴゴォォッと音が聞こえてきた。箱車が軌条の上を走る音だ。その姿も見えてきた。箱車というより、板車と言ったほうがよかった。影がひとつその板に腹ばいになっていた。ロジオンだった。
「まずい!もう着くぞ!」
 車が黒い扉の前で止まった。ロジオンが立ち上がり、小箱を認識盤に押し付けようとした。
「待てっ!」
 ザイビュスの声にロジオンが振り向いた。ザイビュスがオゥトマチクを撃った。同時にヴァシルも光の棒を投げた。
「わああっああっ!」
 ロジオンが恐怖で歪み、悲鳴を上げた。弾丸は外れて黒い扉に当たって撥ね返ったが、光の棒はロジオンの腹を貫いた。
「ぐあぁっ……!!」
 ロジオンが目を見開いて腹を押さえるような格好で倒れた。倒れる寸前、小箱のどこかを押した。
 側に降り立つと、ザイビュスがロジオンの身体を仰向けにした。腹に焼け焦げた穴が開いていた。どう見ても死んでいた。
「よかった……」
 ううっとヴァシルが泣き伏した。ザイビュスがやれやれと呆れていた。
「おまえ、ずいぶん間抜けだな。思い切りが悪いというか……」
 ヴァシルが、本当のことなので言い返すこともできず、顔を真っ赤にした。
「でも、あなたがいてくれて……よかった」
 ありがとうと泣き顔を上げた。ザイビュスがフンと不機嫌そうな顔を逸らした。そのとき、轟音のような警報音が鳴り響いた。
『緊急警報、レェベェル7発動、ユラニオウム発電装置の炉心融解まであと三十ミニツ』
 抑揚のない女の声が響いてきた。
ザイビュスが足元にころがっているロジオンの小箱を拾い上げた。
「……最後に押したのか」
 小箱の画面にレェベェル7発動指令と書かれていた。ヴァシルが回りを見回した。
「どういうことです、どうなったんです!」
「この艦のユラニオウム発電装置が爆発するんだ」
 まだヴァシルがわからないように首を捻っていた。
「おまえたちが『瘴気』って言っているやつが吹き出るってことだが、この艦はラカン合金鋼でできてるから、密閉してしまえば、外には洩れない」
 それまでに外に出ればいいからと通路を戻ろうと手を振った。ヴァシルがほっとした顔で立ち上がった。
 ザイビュスが持っていたロジオンの小箱が震えた。まさかパリスかと着信相手を見ると、副艦長のファドレスだった。  
 ザイビュスがヴァシルに抱えられて飛びながら受話した。
『艦長、何があったんです!? どうしてレェベェル7を発動したんですか?!』
 ザイビュスが話し出した。
「先輩、早く逃げてください」
 ファドレスが息を飲んだのがわかった。
『ザ、ザイビュス? なんでおまえが……』
 艦長室に戻ってきた。
「艦を出てから詳しい話をします」
 ファドレスがああと嘆いていた。
『逃げるってどこに逃げるんだ、艦の外に出ても助からない!』
 目を見張って立ち止まったザイビュスが艦長のタゥミナァルを操作し始めた。
「どういうことです、艦を密閉すれば、たとえ艦内でユラニオウムミッシレェが爆発したとしても、外には影響ないはずでしょう」
 艦の透視図を表示した。艦底にあるユラニオウム発電装置区画が赤く点滅していた。その隣にはユラニオウムミッシレェの格納庫があり、さきほどロジオンが入ろうとした部屋はその格納庫の上にあった。
『ギアのレェベェル7は、ギアをユラニオウム爆弾にするってことだ、だから、密閉できない!』
 全ての扉や蓋、ハッチが開放されて、爆風やユラニオウム放射熱が拡散するのだ。連絡用のアンダァボォウトのほとんどは通常鋼鉄で作られているものしかなく、係留しているマリィンもなかった。
「……なんだって……そんな……」
 ザイビュスが青ざめ、ヴァシルが腰を抜かしてしまった。だが、ザイビュスはぐっと眉を寄せて険しい目をした。
 何か手はないか。
 ザイビュスが椅子に腰掛けて、ボォゥドを叩き出した。
(「イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(下)」(完))


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