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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第356回   イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(下)(1)
 アートランは、南方海域から極北の海上空域に到着し、三の大陸のアルディ・ル・クァのほうを見た。『目』を凝らすと、遠くの景色が目の前にあるように迫ってきた。アルディ・ル・クァがあったところは、抉られた穴が広がっていて、海岸線の形が変わっていた。
「くそっ……」
 ぎりぎりと歯軋りして足元の空母アーリエギアを睨みつけた。少し離れた位置から海中に潜って近付いた。艦の近くに気配がした。気配はひとり分だった。たしか二の大陸のリンザーと四の大陸のアディアが来ているはずだった。リンザーには、二の大陸のバレーに行ってしまったアリアンを追ってもらわなければならない。
……しまったな、もうひとつ小箱をもってくるんだった。
 リィイヴから借りたニーヴァンの小箱を渡すしかないなと気配の側まで泳いでいった。艦の底に小さな気泡があり、その中に小柄な女がいた。顔の半分を布で覆っていて、懸命に集中しているようで、険しい目で艦底を睨みつけていた。
「おい、リンザーか」
 いや、違う、アディアだ。すぐに心を読み、状況を把握した。振り返ったアディアが驚いていた。
「あなたは……?」
 三の大陸のアートラン、仮面の弟子だと言うと、首を傾げた。
「あなたは南の空母にいるロジオンを暗殺する予定では」
 それだがと策謀を変更しなければならなくなった状況をざっと説明し、リンザーに二の大陸のバレーに侵入してアリアンを殺してもらわなければならないと話した。
「それなら、すでにバランシェル湖から連絡が来て、リンザー様が向かわれました」
 湖の電波塔《フロティイル》を監視していたアルバロたちからの伝書が届いた。それで三の大陸の海岸にいた自分が代わりに見張りに来たのだ。アディアはミッシレェが発射されたことはわからなかったようで、アルディ・ル・クァが攻撃されて壊滅したと聞き、ぶるぶる震えて目を赤くした。
「バレーに入り込むのは難しいんだ。リンザーに知らせないと」
 小箱を渡したかった。
「手順を書くからそれとこの小箱を持って、おまえがリンザーに渡して来い」
 アートランが上着を破って、指先を光らせて書き始めた。そのとき、小箱が震えた。リィイヴからの音声通信だった。
『これからパリスと通信をする。アートラン、ザイビュス、エトルヴェール島管制室で、同時に聞けるようにしている』
 聞いていてと言われて、アディアを呼んだ。
「おまえも聞け」
 アディアが魔力のドームの中で少し身体を離していたが、アートランがもどかしげにぐっと抱き寄せた。顔を赤らめて驚いているアディアに小さな画面を見せた。
「この画面も見てろ」
 パリスの顔が映っていた。
「こいつがパリスだ」
 アディアが目を見張って見つめた。

 キャピタァル上層地区は、中央塔と中央医療棟以外の送電が全て停まっていた。中央塔も一部だけ復旧していて、ほとんどの部屋の送気も停止していた。
 オルハがリィイヴに電文を送っていた。
「……このままだと死体が腐敗するので、空調で温度を下げてください」
 リィイヴがオルハにその調整をするようクォリフィケイションを送った。オルハがすぐに中央塔の各階、各部署の監視キャメラで確認しながら、空調で冷凍室並の温度に下げていった。地区内のラボ、各棟も順次処理することにした。
「……あの……」
 後ろから声がして、振り向くと、サンディラの子どもといっていた娘が立っていた。何と聞くと、何かを差し出してきた。
 果汁のパックだった。
「ワァアク大変だから」
 顔を赤らめていた。オルハが手を振って君が飲めばと断った。
「でも疲れたときって甘いものいいから」
 おずおずと近寄ってきた。そっと手を伸ばしてパックを取った。
「じゃあ、いただくね、ありがとう」
 早く下に戻らないとおかあさんが心配するよとパックから出ているストロゥの先を開けて吸った。娘が恥ずかしそうにうなずいて管制室から出ていった。入れ違いに入ってきたカトルが険しい顔でオルハを睨みつけた。
「あの娘と何話してたんだ」
 オルハが目を見張った。
「何も。果汁をくれるっていうから、もらっただけだよ」
「いいか、絶対にあの娘に手を出すな」
 オルハがやれやれと首を振った。
「あなたの心配するようなことにはならないから」
 カトルが信用できないとつぶやきながらも、まだオルハの手は必要なので見張るしかないかと隣の席に座った。
 アウムズラボの温度も下げてしまおうかと監視キャメラを見ていたオルハが、演習場から大型のリジットモゥビィルが何台もで出てきたのに気が付いた。すぐにリィイヴに連絡した。
「どうやら、中央塔を攻撃するつもりのようです」
 戦闘プテロソプタも飛ばしている。
『そのようですね。エアリアに応戦してもらいます』
 それにしても数が多いなとカトルが心配した。
「それなら、手伝ったら?」
 オルハが放水車を使って放水すればと提案した。
「水なんか……」
 言いかけて、カトルが気が付いた。
「準備できるのか」
 共同地区《コマァンディ》のプラントからすぐに貯蔵タンクを運ばせる手配をした。
「一ウゥルで揚重台で上がってくる。それを放水車に乗せていけば」
 どうせ一回限りだし、放水管が壊れてもいいからと楽しそうに目を細めた。
アウムズラボから隊列が中央塔近くまで来るには二ウゥルは掛かる。準備はできそうだった。
エアリアが中央管制室に上ってきて、カトルと出て行った。
中枢《サントゥオル》では、うるさくたしなめていたエアリアがいなくなったので、サンディラの子どもたちがまたうろうろとし始めた。レヴァードが困った様子でおとなしくしていてくれと何度も叱ったが、一向に聞かないので、とうとうサンディラに早くデュインを呼ぶように頼んだ。
「困る、この状態は」
 ルサリィはともかく、上のふたりはもう大きいのに、少しもじっとしていなかった。ザフィアはまた上の管制室を覗きに行っていたようで、姿が見えなくなった。アーシィは中枢の隅から隅まで歩き回っていた。
「しかたないだろ、めずらしいんだから」
 サンディラはようやく身体が動くようになったようで、簡易ベッドから起き上がった。
 アーシィがリィイヴの台座に近寄っていた。
「あ、だめだ、あまり近寄らないでくれ」
 レヴァードがあわてて止めた。アーシィがじろじろとリィイヴを覗き込んでいた。
「これ、着けてるとワァカァでも頭良くなるのか」
 リィイヴの頭帯に触った。リィイヴがふっと唇を歪めた。
『着けただけじゃ、良くならないよ』
 レヴァードがアーシィの腕を掴んで引き離そうとすると、アーシィが振り払った。
「おまえ、ワァカァなんだろ?」
 リィイヴが手元のボォゥドを叩いた。
『ぼくは以前インクワイァだったんだ、うろうろしないで、おかあさんの側でおとなしく座っていてくれないかな』
 アーシィがむっとして、また頭帯に触れようとした。レヴァードが腕を掴んでぐいっとひっぱった。
「だめだ、これ以上邪魔するなら、ほんとうに出て行ってもらうから」
 サンディラが怒鳴った。
「アーシィ、こっちおいで!」
 アーシィがちっと舌打ちしてサンディラのところに戻った。
 リィイヴの指先がピクッと痙攣した。
「どうした」
 レヴァードが異変に気が付いて尋ねると、ぐっと拳を握った。
『パリスから音声通信です。あの子たちを静かにさせていてください』
 緊迫した様子が伝わったのか、急に子どもたちもおとなしくなった。
リィイヴがアートラン、ザイビュス、エトルヴェール島管制室、上の中央管制室に同時通信をした。
『これからパリスと通信をする。アートラン、ザイビュス、エトルヴェール島管制室で、同時に聞けるようにしている』
 よく聞いていること、返信許可の文字が出るまで返信などしないようにと注意した。
「エアリアが側にいなくて大丈夫か」
 レヴァードが心配して手を握った。
『……ええ……』
 不安そうな様子に呼び戻そうと思ったが、間に合わないだろう。気をしっかりと堅く握り締めると、リィイヴも握り返してきた。
『こちらアーリエギア、パリスだ。キャピタァル、ヴァド、受話してくれ』
 パリスの顔が正面のモニタにも映った。リィイヴが大きく胸を膨らませて深呼吸した。
『キャピタァル中枢《サントゥオル》ヴァド、かあさん、どうかした?こんな時間に』
 パリスの顔は少し疲れているようにも見えた。
『昨夜頼んだ配信、してくれていないのか、返信がない』
 すぐに返信が必要なものばかりだったんだがとため息をついていた。
『……これからしようと思って。今夜くらいまで返信は待ってくれないかな』


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