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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第354回   イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(中)(3)
 中枢《サントゥオル》の机でうつらうつらしていたサンディラが、ふわっと何か暖かい感じがして薄目を開けた。
「あ、起こしてしまったか」
 レヴァードという名前の教授が毛布を掛けていた。その毛布を引っつかんで、睨みつけながら押し返した。
「余計なことしなくていいよ」
 そうかとレヴァードががっかりした様子で少し離れた席に戻っていった。
『レヴァードさん、今のうちに少し休んでおいてください』
 リィイヴに言われて、そうさせてもらうと隅に置いた折りたたみ式の簡易ベッドに横になった。サンディラが横目でその様子を見ていた。
「……フン、あの男……」
 ミエミエなんだよ、まったく。
 サンディラは、荒っぽい性格にもかかわらず、男好きのする顔つきと身体のせいで若い頃から言い寄る男たちが絶えなかった。
 最初の夫はルサリィの父親だが、ルサリィが知的障害児と分かると、サンディラの係累に同じ障害児がいるのでサンディラのジェノムが欠陥だったと責め立てた。それで、殴り倒して離婚した。次の夫は一緒の職場の上司で、ルサリィを障害児と分かっても気にしないでくれたし、とても頼りがいがあった。互いに信頼し合っていて、とても愛していた。だが、事故に会い、上層の対応が遅れたために、救出が間に合わず、死んでしまった。深い悲しみは上層への激しい憎しみに変わった。それで裏組織に入り、上層を出し抜いての活動に没頭した。
 ふたりめの夫が死んでからは男どもが慰めてやるからと言い寄ってくるようになった。この男も、どうせそんな連中と同じで身体目当てに違いない。たしかに整った顔立ちでインクワイァ独特の『賢さ』がにじみ出ている。いい男には違いないが、気取っているのか、気がある素振りを隠すようにして、うかがっている感じが不愉快だった。
今度ヘンな目で見たら、殴ってやる。
 冷えたカファの杯を握ったとき、胸から下げていた小箱が震えた。音声通信で、相手は「サンクセェエズ」だった。誰だろうと釦を押した。
「サンディラだよ」
「かあさん……?」
 戸惑ったような若い女の声が聞こえてきた。事故で死んだ仲間の娘で手元に引き取って育てているザフィアだった。もう二十歳で農業プラントの作業員になっているしっかりものだ。
「ザフィアかい? どうしたんだい。そろそろ着くんだろ」
 すぐに返事がなかった。おかしいなと思っていると、低い男の声がした。
『サンディラとやら、余計なことは言わずに黙って聞け』
 えっと息を飲んだ。
『わたしは最高評議会副議長クィスティンだ。ここにおまえの子どもたち三人、保護している。子どもたちを死なせたくなかったら、詳しい話のできる状況で、再度連絡してこい』
 子どもたち三人?ルサリィも一緒なのか。
 クィスティンは言うだけ言って切った。ちらっと台座のほうを振り向いた。台座の側にはずっとエアリアとかいう女魔導師が立っていた。
 すっと立ち上がり、歩き出した。
「どこにいくんですか」
 エアリアが冷たい声で尋ねた。この女の魔導師が、中枢主任に成りすましているリィイヴと恋人同士だというのはすぐにわかった。リィイヴと話すときは若い娘の甘えた声で話すのに、他のものにはがらっと態度を変える。いやらしい娘だった。
「ポットだよ。いちいち言わないといけないかい」
 ええとエアリアが睨みつけてきた。ぷいと顔を逸らしてユニットに入って鍵を掛け、小箱を開き、音声通信の釦を押した。すぐに繋がった。
「……サンディラだ、副議長?」
 そうだと先ほどの男が応えた。
『おまえの知っている範囲でいいから、中枢に入り込むことになった事情を話せ』
 サンディラが迷った。組織の話をしなければならないとすると、仲間が危険になる。なにしろ、『上』の連中にとってワァカァなどゴミのようなものでしかない。すぐに処分されてしまうだろう。
 組織のことは伏せて、側道で空を飛ぶ子どもとレヴァードという教授の服を着た男に会った。子どもに睨みつけられたら動けなくなり、ふたりはいなくなったが、その後、パァゲェトゥリィで特殊班の騒ぎを知って、行ってみた。そこで、中枢を乗っ取ったという連中の仲間に見つかり、連れてこられて、作業の手伝いをさせられているのだと話した。
『……中枢を乗っ取ったと言うが、主任を脅しているのか』
「いや、主任を殺して成りすましてるんだよ、リィイヴって……もとはインクワイァだったって二十少し過ぎくらいの男が」
 なんだってとクィスティンが絶句しているのがわかった。声まで成りすましてパリス議長と何食わぬ様子で通話していたと話した。
「ねえ、話したんだから、子どもたちを返しておくれ」
 だが、クィスティンは子どもたちを助けたかったらと条件を出してきた。
「そんな……魔導師が側にいるんだよ」
 なんとか遠ざけるようにしてやれと脅してきた。戸惑っていると、声が聞こえてきた。
『かあちゃん、助けてっ、痛いよ、ヒックッ、痛いよぅヒックッ』
 ルサリィがしゃくりあげるようにして泣いていた。
「……ルサリィ……」
 ザフィアとアーシィの泣き声も聞こえる。
殺される、容赦なく。
「待ってな、今、助けてやるから……」
 声が震えた。うまくやれとクィスティンが切断した。小箱を閉じて考えていたが、気持ちを固めて、立ち上がった。
 ユニットを出て、ゆっくりと席に戻りかけた。台座を見ると、エアリアがいなかった。さりげなく見回したが、どこにもいない。今しかない。
 腰の工具を掴んで台座に走り寄った。振り上げてリィイヴを叩こうとしたとき、首筋がピリッとした。
「えっ……?」
 後ろにレヴァードが立っていた。首筋を押さえ、振り返るとレヴァードの手に噴霧式の注射器が握られていた。
「悪いな、腕力ではかなわないみたいだから」
 身体がしびれてきて、力がはいらない。工具を落とし、崩れるように倒れかけたサンディラをレヴァードが抱き止めた。
「少しおとなしくしていてくれ」
「……こど……もたちが……」
 殺されちまうよっ……。
 首を振りたくてもできなかった。

 ユニットに入っていくサンディラを見送ってから、エアリアがレヴァードを起こした。
「どうした」
 まだ寝入ったばかりで目を擦りながら手招かれて台座に寄っていった。
「サンディラさんの子どもたちがクィスティンに捕まりました」
 さきほどのサンディラの小箱のやりとりを『耳』で聞きとめていた。
「なんだって」
 レヴァードがすっかり目を覚ました。リィイヴが、サンディラとクィスティンの通話をエアリアの小箱から聞こえるように転送した。少し作ってはいたが、リィイヴがヴァドに成りすましてパリスとやりとりしたことまで話していた。
「どうする?」
 レヴァードが台座に手を掛けると、リィイヴが余計なことになったけどとエアリアに助けてくれるよう頼んだ。
『カトルさんにクィスティンを狙撃させて、三人を助け出して』
 見捨てるとワァカァの組織を動かせないからと、すぐにカトルに連絡し、エアリアが出て行った。
「おまえを殺す気だな」
 なんとか取り押さえようとレヴァードが医療器具のワゴンに寄って麻酔薬を噴霧式注射器に入れた。
 リイィヴはパリスから送られてきたミッシレェ着弾の記録ビデェオにかなり動揺していた。顔見知りがいる街が跡形もなく吹っ飛んだのだ。あらためてその破壊力とパリスの恐ろしさを知ることになった。このままでは本当にユラニオウムを使う。レヴァードには、その恐怖がリィイヴを追い詰めているような感じがしていた。
 しばらくしてゆっくりとユニットからサンディラが出てきた。のんびりした様子で見回していたが、エアリアがいないと見て、急に腰の工具を握って、台座に向かってきた。さっとレヴァードが後ろから近づき、注射器の中身を首筋に向けて吹き付けた。
「えっ……?」
 サンディラが首筋を押さえ、驚いた顔を向けてきた。
「悪いな、腕力ではかなわないみたいだから」
 レヴァードが言い訳しながら、工具を落とし、崩れるように倒れかけたサンディラを抱き止めた。
「少しおとなしくしていてくれ」
「……こど……もたちが……」
 ぐったりとレヴァードにもたれかかった。引きずるようにして簡易ベッドに連れて行き、横にした。
「心配しなくていい、エアリアが助けに行ったから」
 もうろうとしているようで、目がとろんとなっているサンディラに言って聞かせた。
 リィイヴが正面のモニタのいくつかに上層地区の様子を映し出した。
『五号道路と八十三街路交差点にリジットモゥビィルの車列が停まっています』
 全体的には薄暗いが、探照トォオチがいくつも点いていた。その光の中でリジットモゥビィルが砲台を中央塔方面に向けていた。先頭のリジットモゥビィルの前に屋根なしモゥビィルが停まっていて、そこに子どもが三人立たされていた。
「あれだ」
 三人のうちのひとりは側道の中で会った十二、三歳くらいの少年だった。
『後ろにクィスティンがいます』


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