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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第352回   イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(中)(1)
 キャピタァルの上層地区では、長時間に渡る停電と戒厳令のために、施設の外に出ることができず、中枢主任への不信感が広がっていた。施設外と連絡が取れないため、中央塔がどうなっているかもわからなかった。
キャピタァルの警備分野担当主任であり最高評議会副議長クィスティンは、キャピタァルの東郊外のアウムズラボに閉じ込められ、ラボの出入口が副議長のクォリフィケイションでも開かないという異常な状態に愕然となっていた。
「まさか、侵入者たちが」
 クィスティンは考えたくもない事態になっているような気がした。特殊班を組ませて、地下からラボを脱出して状況を把握しようとした。
『主任、廃棄物搬送管に入りました』
 班長から通信が入り、そのまま別の区画まで移動して出られそうなラボか施設から外に出ることにした。
 途中まで進んだとき、班長から通信が入った。
『しゅ、しゅにん、め……たに……ううっっ』
 うめいたまま通信が途切れた。
「どうした!班長!?」
 他の班員たちにも呼びかけたが応答がなかった。廃棄物処理室から逃げたらしい班員から連絡が来た。
『搬送管にメタニルが注入されたようです!防護服を着て再突入します!』
 ヴァドが狂ったのか、それともやはり恐れたように侵入者がなんらかの操作をしているのか。
「搬送管経由はもういい。ラボの第二扉を爆破しろ」
 こうなったら、力づくで出るしかない。
「せっかく全バレーを掌握したというのに、このままではパリス議長の立場が危ういな」
 いや、一個人の立場がどうというより、マシンナートそのものの存亡がかかっていると中枢奪回を目指すことにした。
ラボの第二扉の前に爆薬を仕掛け終えた爆破班が、安全なところまで下がってきた。防御の盾を前に置き、釦を押した。
激しい爆発音がして爆風が巻き起こった。盾のあるところば無事だったが、爆風と衝撃波が、内部にも戻ってきて、ドーム状の玄関広間の天井も壁も亀裂が走り、破片が落下してきた。鋼鉄の扉はなんとか破壊できたが、残骸が山のようになって塞いでいたので、演習場の土を馴らす建機を何台か出してきて、それで残骸を退かし始めた。
「外、薄暗いですが、空気はあります」
 偵察に外に出した班員から報告が入った。
アウムズラボの中は空中線が使えたが、外は小箱が使えなかった。偵察班は伝令が戻ってきて報告していた。
「中央医療棟も補助電源が使えたな」
 中央塔からそれほど離れていない場所だ。誰か事情がわかるものがいるかもとクィスティンは重火器を積んだリジットモゥビィルで戦列をなして、幹道を進んだ。
「不審者は見つけ次第射殺していい!」
 クィスティンが拡声器で怒鳴った。強力なトォオチで道や周囲を照らした。リジットモゥビィルの周囲には、侵入者たちが、今にも襲い掛かってくるのではないかと緊張しながら、長身オゥトマチクを肩から提げた班員たちが歩いていた。幹道の周囲には二十階建ての建物が整然と並んでいるが、ほとんどヒト気はない。建物もトォオチなど点いていないし、扉も閉ざされたままだった。
 リジットモゥビィルの蓋を開けて上半身を出して見回していた見張り番がそわそわしていた。
「どうした」
 隣にいたクィスティンが咎めると、見張り番がおずおずとそこの居住棟に自室があると指差した。
「昨日戻る予定で、その……性交渉の相手を呼んでいたんです……」
 部屋の扉を開けるクォリフィケイションを送っていた。自室かラボに戻りたいのではと心配していた。
「戒厳令解除しないと……」
 建物内には入れないぞと言いかけて、怖気を感じた。
……まさか、送電されていない……?
 もしそうならば、みな建物の中に閉じ込められたままということだ。空調も送気も停まってしまったら。
「そんな……」
 クィスティンが建機を使ってこじ開けていいと見張り番に許可した。見張り番が伴走していた二輪モゥビィルを借りて、アウムズラボに戻っていった。
 クィスティンもその場所に降りて待つことにした。他のリジットモゥビィルはそのまま先に進ませた。
 台車に乗せられた建機が到着し、見張り番の自室がある居住棟の扉を壊し始めた。扉の隙間に建機の手を突っ込み、少し壊れたところにぐいぐいと押し込んで、扉をむしりとるように壊した。
「うわっ!」
 扉近くにいた班員たちが仰け反った。なにかばたばたと倒れてきた。言葉なくわなないている班員たちの後ろから覗き込んだクィスティンが口元を覆った。
「うっ……これは……」
 部屋の外にいたものたちが建物を出ようとして、扉に集まっていたのだろう。十人ばかりだが、みんな息絶えていた。
「死因は……」
 調べなければわからないが、外傷もなく、苦しそうに目を剥き、口を開けていたところからして、酸欠ではないかと思われた。防護服を着けて入るように指示した。
 見張り番のフェロゥが数名と防護服を着て棟内に入り込んだ。エレベェエタァルゥムを建機で扉を開け、鋼鉄の吊り縄を伝い上り、五階の扉を電動工具でこじ開けた。
 通路には何人かがやはり倒れていた。見張り番が隣人たちですと泣きそうな声を出した。自室の認識盤ももちろん使えない。班員たちが、電動工具で開けようと激しく火花を散らして扉を切った。
『メイジア!』
 見張り番のフェロゥが飛び込み、室内を駆け回った。ベッドルゥムを開けたとき、寝間着を着た女が倒れていた。すでに死んでいた。手には小箱が握られていた。どこかに助けを求めようとしていたのかもしれない。
『メイジア……ああっ……』
 コミュンのネゴスゥエで『誘った』女で恋人ではなかったが、悲しくて涙が出てきた。
他の班員たちが両隣も確認したが、やはり閉じ込められたまま死んでいた。防護服を着たクィスティンが覗き込んできて青ざめていた。
『キャピタァル全階層がこの状態だとしたら……』
 クィスティンが建物の外に出て、中央医療棟に向かった。班員のひとりが、下層地区を調べましょうと偵察班を手配しようとした。だが、クィスティンが怒って止めさせた。
『下層地区のことは後でいい!』
 はいと班員が首をすくめた。
リジットモゥビィルの戦列は、中央医療棟前で停車していた。中央医療棟の敷地内には建物以外に硝子張りのドームがあり、〇歳から三歳までの子どもがいる育児棟や高齢者が介護を受ける介護棟、病疾患の患者を収容する病棟などがあった。
 ドーム内はトォオチが光っていて、昼灯の照度になっていた。中では、子どもたちが何人か駆け回ってるのが双眼鏡で確認できた。
「中央医療棟は無事だ」
 扉を破って入ろうと建機を近づけた。建機の手を扉の隙間に入れようとしたが、宿舎の扉のように簡単にはいかなかった。かなり分厚く頑丈に出来ている。切れ目を入れようと緊急用の切断バーナーを持ってきた。コンマ一ウゥルほどかかってようやく扉に隙間が出来た。そこに建機の手を入れて、ガガガッと押し開いた。
「開いたぞ!」
 扉を破ろうとする音に気が付いたのだろう、中央医療棟のインクワィアたちがかなり離れたところでうかがっていた。
「クィスティン副議長!」
 玄関広間を横切って中年の女が走ってきた。
「ファンティア!」
 中央医療棟所長のファンティア大教授だった。クィスティンは走りこんできたファンティアを思わず抱きとめていた。
「ああっ、よかった、どこにも連絡が取れないし、どうなることかと……」
 心細かったのだろう、若い娘のように泣きじゃくっていた。堅く抱き締めてやりながら、見回した。
「ここは大丈夫だが、他はひどいものだ」
 停電によってか、空気の供給が止まったらしく、居住棟にいたものたちは酸欠で死んでいたと話した。
「なんですって…?」
 いくら戒厳令発令中でも、副議長のクォリフィケイションでラボの扉が開かないのはおかしいと搬送管から脱出を試みたところ、メタニルを流された。そのことからも、最初はヴァドが狂ったかと思ったが、やはり侵入者の仕業だろうと扉を破って出てきたと説明した。
「侵入者が素子だということはご存知でしたか?」
 ファンティアがクィスティンの胸にしがみついたまま震えた。
「ああ、違反者とともに捕獲しようとしたが、失敗したところまではわかっている」
 おそらくはその違反者と素子がヴァドを脅しているに違いない。
「中枢を奪回しなければ」
 中央医療棟に警護班を置くことにし、リジットモゥビィルの隊列はそのまま中央塔に向かって進攻した。


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