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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第351回   イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(上)(3)
「ザイビュスか」
 照明を落とした薄暗い艦橋内の奥からやってきたファドレス副艦長があまり変わらんなと苦笑した。
「五年ぶりですね。先輩もお変わりなく」
 三十代半ばくらいで細身のファドレスがすっかり腹回りが立派になったと手を振った。
「どうせ、また個人的興味で見に来たんだろう」
 笑っているファドレスに、それもありますと臆面もなくうなずき、艦橋をぐるっと見回した。副艦長室も見てみたいですねと言うと、ファドレスが顔を曇らせた。
「それはちょっと無理だな」
 こそっと耳元で言うと、艦橋をひととおり案内した。係官たちは、みんな、副艦長の後輩と知って、嫌な顔ひとつせず、ザイビュスの質問に答えていた。
「たしか第二艦橋があったよな」
四十代後半くらいのレェエダァ監視官が親切に映像をモニタに出して見せてくれた。
「今は出してませんが、船尾甲板から突出するようになってます」
突出したときの映像だった。
艦橋を出て、区画をいくつか通って、上級係官の居住区にやってきた。両脇に並んだ扉の一つに認証して入った。
「まあ、座れ」
 ザイビュスがソロオン艦長と面談したいので長居できませんと言うと、ファドレスがカファを入れ始めた。
「艦長は今朝方までワァアクしていたから、今は仮眠中だ」
 昼前には起きるだろうがとカファの杯をふたつ寄こした。
「そいつにも飲ませてやれ」
 自分の分を取りに戻りながら、長椅子に座ったザイビュスの後ろに立っていたヴァシルにも座るよう椅子を示した。
「なんで副艦長室使わないんですか」
 カファを飲みながら尋ねた。通常ならこうした応対も副艦長室でするはずだった。ファドレスがため息をついた。
「ファランツェリが使ってる」
 ファドレスはファランツェリを呼び捨てにし、今は島に遊びにいってるがと嫌そうな顔をした。
「おまえに余計な手間かけさせてすまなかったな。こちらからプテロソプタ出したくなかったんで」
 わがままにつき合わされて三人も連れていかれた。それだけでも不愉快なんだがと杯の縁に口を付けた。
「艦長ももてあましているようで、島に行ってしまったので、ほっとしているって感じだな」
 兄弟でしょうとザイビュスが首を傾げるとファドレスもまあなとうなずいた。
「一緒に過ごすのは初めてだったらしくて、こんなに手がかかるとはとぼやいていた」
 ロジオンはパリスの子どもたちの中でも冷静さがあり、人当たりもよかった。
「艦長に面談ってなんだ?」
「もうすぐ島の中央管制室を閉鎖するので、ラカンユゥズィヌゥの設備管理主任に転任できるよう、頼むつもりです」
 ザイビュスが可能性ありますかねとファドレスに尋ねた。
「あるんじゃないか、でも、あんな地味で簡単なワァアク、つまらんだろう」
 ザイビュスが簡単じゃないですよと不満そうに口を尖らせた。
「だいたいおまえは、せっかくアウムズ専門分野の大物大教授についたのに、逆らって都市管制なんて希望するから」
 指導教授のセラガンは厳格でひいきをしないが、それでも、同じ専門分野に進めばマリィンの艦長にはなれたはずだった。
「アウムズ専門分野こそつまらないです」
 所詮人殺しの道具の研究をするだけだと断じた。
「まったく変わり者だよ、おまえは」
 同じことを指導教授のセラガンにも主張した。セラガンはザイビュスを叱りつけたが、呆れながらも都市管制分野の教授にレクチャーを受けられるようにしてやったのだ。教授によっては、自分に逆らえば懲罰を与えるものもいるので、セラガンはその点は冷静で公正だった。
「セラガン指導教授(せんせい)と連絡は?」
 ドォァアルギアは最初から通信制限があるとそれも不満のひとつのようだった。
「わたしも忙しかったのでしてません。今はキャピタァルのほうで転送量が満杯だからって個人通信を受け付けてくれません」
 そのうち落ち着くでしょうと締めくくり、艦内をもう少し見て回りたいと頼んだ。
「俺は案内してやれないから、別のものにさせよう」
 ソロオン艦長が起きてくるまで、後一コンマ五ウゥルほどはある。その間にミッシレェ発射管理室を見ておきたかった。
「艦橋に戻ってないといけないんでな」
 小箱でどこかに連絡していた。ザイビュスがカファに手をつけないヴァシルをちらっと見た。
「飲まないのか」
 ヴァシルがあわてて杯を取って口を付けた。手の空いている乗組員を呼んだからとファドレスが小箱を胸元に戻し、ぎこちなくカファを飲んでいるヴァシルを見て微笑んだ。
「そいつ、かわいいな」
 ヴァシルがえっとカファをむせてしまった。ザイビュスが手を振った。
「気に入ってもあげません」
 残念だなとファドレスが笑った。
 ほどなく乗組員が到着した。
「帰る前に艦橋に寄ってくれ」
 夕食まで艦橋詰めだと通路で別れた。乗組員が案内しますとお辞儀した。
「できれば艦底まで降りて上りながら案内してくれないか」
 二十代後半くらいの乗組員がいいですよとエレベェエタァに案内した。潜航中は使わないが、今は接岸しているので、使えるのだ。エレベェエタァは五階層分しかなく、その後は階段で降りることになった。カンカンと硬い音を立てて降りていくと、プライムムゥヴァの音が絶えず聞こえてくるようになった。
「この下にあるんだったな」
 ユラニオゥムで動くプライムムゥヴァだ。もちろん、ユラニオゥムの発電装置もユラニオゥムミッシレェもある。壁の扉を開けて入ると、壁際に階段がついていて、三階層分ほど吹き抜けになっていた。ヒトの背丈よりも太い配管が何本か横に這っていた。
「あれはミッシレェの移送管だな」
 ザイビュスが左手を見た。
「はい、左側が格納庫です。右側に射出管があります」
 乗組員が細めの管はトルピィドゥ(魚雷)だと説明した。
「ユラニオウムミッシレェは、ここを通るのか?」
 乗組員がユラニオゥムの射出管は別区画ですと左手を示した。
「艦尾の区画にありますが、艦長の許可したものしか入れません」
 そうだろうなと左手を睨んだ。右側の射出管区画には入れてくれたので、見学した。ミッシレェの発射台にはすでに設置されていた。硝子越しに管理室も見えた。
「すぐにでも発射できるな」
 ミッションレェベェル5、臨戦態勢ということだった。
「ずっとレェベェル5だから、ピリピリしてしまって」
 乗組員が、同じワァカァだと思っているからだろう、ヴァシルに気軽に息が詰まるよと話しかけてきた。ヴァシルが黙ってうなずいた。
ヴァシルはさきほどから気持ちが悪くて吐きそうだった。頭痛もする。ミッシレェの側にいるせいだとわかったが、どうにもならなかった。
「君、顔色良くないよ。具合悪いんじゃ」
 乗組員が気の毒そうに背中をさすった。ヴァシルがよろっとしてザイビュスに倒れ掛かった。
「大丈夫か」
 ヴァシルが小声で頼んだ。
「ここから離れたい……、早く上に上ってください」
 ザイビュスが肩を抱いて階段を上り出した。
乗組員が心配してくれた。
「医療班室に案内しますよ」
ザイビュスが、少し休めば大丈夫だからと断って、仮眠室を借りることにした。
 簡易ベッドに横にして、軽金属の杯に水を入れてきた。
「水だ、飲めるか」
 ヴァシルが少し身体を起こして飲ませてもらった。温い水だったが、喉が潤ってほっと一息ついた。
「ありがとう、だいぶ良くなりました」
 ミッシレェの側を離れてからずいぶんと楽になった。
「ミッシレェの側に寄れないんじゃ、壊せないじゃないか」
 ザイビュスが呆れていた。
「いえ、近づくときに魔力で包めば大丈夫です」
 ならいいがともう一杯水を飲ませた。
「そろそろロジオンが起きてくるな」
 そのとき、小箱が震えた。リィイヴから音声通信だった。すでにアーリエギアの通信網も掌握しているので、制限のあるゲェイトを通してしまえるのだ。
『これからパリスと通信をする。アートラン、ザイビュス、エトルヴェール島管制室で、同時に聞けるようにしている』
ヴァシルにも聞かせようと音声を開放した。ふたりで顔を寄せるようにして小箱の小さな画面を覗き込んだ。画面にはパリスの顔が映っていた。
聞き終えたザイビュスとヴァシルの顔色が変わった。
「……大変だ、急がないと……」
 ザイビュスが、了解した、すぐに実行するとリィイヴに電文を送った。
 小箱でロジオンに連絡した。ロジオンは起きたばかりですと返事した。
「起きたばかりで申し訳ないです。島の管制棟閉鎖後のことで、お願いがありまして」
 ロジオンは起き抜けだったが、不機嫌なこともなく十ミニツ後に訪ねてきてくださいと返事をした。小箱を閉じたザイビュスがヴァシルに険しい目を向けた。
「行くぞ」
 ヴァシルがぐっと唇を噛み締めてベッドから降りた。
(「イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(上)」(完))


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