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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第350回   イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(上)(2)
『空の船』に戻ったアートランは、甲板で見張り番をしていたヴァシルに策謀の変更を話した。すでにファランツェリを殺したと聞いて、驚いていたが、経緯と状況をしっかりと聞いていた。
「ザイビュス、裏切ることがあったら」
 殺さないといけないよねと目を伏せた。
「そうだな」
 ザイビュスは裏切らないだろう。今のところはだが。
 厨房で茶をやかんから直接飲んで、甲板に出てきた。
「じゃあ、極北に行くから、後は頼んだ」
 ヴァシルが手を伸ばしてきた。ぐっと握り返して、飛び上がろうとした。そのとき、小箱が震えた。リィイヴからの音声通信だった。
「アートランだ。これから極北の海に向かうところだ」
 すぐにリィイヴの声が聞こえてこなかった。
「どうしたんだ?」
 なにか嫌な感じだ。テクノロジイなど通じて気配がわかるはずはないのに、背筋がぞくっとした。
『……アートラン……第三大陸に……ミッシレェが……』
 アートランの全身が震えた。『耳』で捕らえていたヴァシルも眼を真っ赤にしていた。
「ティ……ティケアのどこに……?」
 リィイヴが泣きながら絞り出した。
『……ランスのアルディ・ル・クァ……』
 その声を通して、リィイヴの頭の中が見えた。
……おや、きてくれたんだね、うれしいよ。
 ヒトなつっこそうな中年の夫婦らしき男女がにこにこと笑っていた。エアリアと港街アルディ・ル・クァに買い物にいったときに知り合った飯屋の夫婦だった。
『半径五カーセル壊滅だって……』
 パリスが跡形もなく消し飛んだ記録ビィデェオを送ってきた。ぶすぶすと煙が立ち昇り、爆心地はヒトも建物もすっかりなくなって、抉れたようになっていた。
「……ユラニオゥムなのか?」
 アートランが聞いたが、リィイヴは泣いてしまって、返事ができなかった。
「おいっ!どうなんだ!」
 アートランが怒鳴った。
『……ユラニオゥムじゃない……』
 通常弾頭だったとようやく答えた。アートランがほっとしたが、ますますパリスが本気であることがわかり、なんとしても明日には決着をつけなければと決意した。
「リィイヴ、ミッシレェの遠隔発射システム、切り替えられるのか」
『南天の星は操作できるけど、第二大陸の電波塔が難しい』
 南天の星の通信システムの監視は、ドォアァルギアでやるようになっていたが、ロジオンはいろいろと忙しいようでシステムに触ることはほとんどなく、ファリンツェリを遠ざけたので、アーリエギアの切り替えはすぐに出来たのだ。だが、電波塔のリィレェイシステムの監視はきっちりされているため出来なかった。内緒で切り替えするのは無理だった。
『監視しているのは、トゥドとアリアンの父親でセアドというヒトがしている』
 パリスの六男アリアンは、アーリエギアではなく、第二大陸バレー・ドウゥレにいることがわかった。
「そうか。そうなると、リンザー学院長にもぐりこんでもらわないといけないか」
 テクノロジイのことがわからないと、難しいだろうなと考え込んだ。
『南天の星《エテゥワルオストラル》の通信システムは書き換えしたから、通信衛星で届く範囲のマリィンの遠隔操作はできない』
 だが、アーリエギアから電波塔で届く範囲のマリィンの遠隔操作はできる。マリィンの配置からすると、北半球に集中しているので、電波塔をなんとかしなければならなかった。どうするかと悩んでいると、リィイヴが任せてと声を絞った。
『なんとか電波塔が使えないようにする』
 声が震えているのがわかった。アートランはリィイヴの頭の中に浮かんだものを読み取り、眼を閉じた。
「頼んだ。極北の海には、明日朝には着く」
 それからリンザーにバレー・ドゥウレに入り込むよう段取って、策謀を実行することにした。
「もしその前にパリスに成りすましがばれたらアリアンは後回しにして実行だ」
 リィイヴが了解して、通信を切った。
 震えるヴァシルの腕を強く握った。
「ここが正念場だ。あいつらやっつけて、おまえも好き勝手やろうぜ」
 ヴァシルがえっと息を飲んで真剣なアートランを見つめ、目を細めてうなずいた。
「そう……だね、そうしようかな」
 アートランがいつもの笑いを取り戻し、甲板を蹴った。
夜空を風よりも早く飛んだ。魔獣の叫びが、大気圏を突き抜けろとばかりに放たれた。
「仮面! なにやってんだっ! もう『天の網』なんて動かなくていいから、戻って来いよっ!」
 夜空はその咆哮に震えた。だがしかし、二の月にいるイージェンに届くはずもなかった。
「戻ってきてくれよっ……」
 涙声でつぶやいた。
うまく行くだろうか、失敗したらどうなるのだろうかと心細くなって、心が折れそうになるのをぐっと堪えて、前方を睨みつけた。

 南方大島の旧都にいたルカナが、夜明けとともに『空の船』に戻ってきた。ルカナが布で包んだ硝子の筒を船長室の保管庫に入れた。そこにはアートランが奪ってきた検体を入れた箱も入っていた。朝飯の仕度を済ませたヴァシルがやってきた。
「それじゃあ、行くから」
 後はよろしくと頼んで、部屋を出ようとした。
「ヴァシル」
 ルカナがその背中に呼びかけ、少し近付いた。
「しっかりね。相手に遠慮なんかしちゃだめよ」
 ヴァシルが振り返ると、ルカナが祈るように胸元で拳を作っていた。
「わかってるよ」
 少し目を細めて出ていった。
 島の到着後すぐに新都管制棟に入ると、玄関広間にいた見張り番の島の民がつなぎ服に着替えて裏手の離発着場に行ってくださいと服を差し出してきた。隅の衝立の陰で着替え、裏手に回った。
 プテロソプタの横にザイビュスが待っていた。
「急いでくれ」
 ザイビュスの後に続いて、さっと乗り込んだ。防護兜と耳覆いを寄越した。
『その細い管を口元に』
 隣の席に座って、ザイビュスがしているように集音器を口元にもっていき、防護帯を留めた。機体が浮かび上がり、少し薄曇の空を昇っていった。
『艦内に入ったらおまえは口を開くな』
 ザイビュスに言われて、ヴァシルが了解した。
『裏切ったりしたら、容赦なく殺します』
 ああそうしてくれといつものように平然としていたが、急にぽつりとつぶやいた。
『アダンガルは、第三大陸の南方の国に戻ったんだよな』
 ヴァシルがうなずいた。
『ええ』
 そうかとほっとした様子だった。
 プテロソプタはまだ朝の日差しの間にドォァアルギアに接近していた。
『こちらエトルヴェール島中央管制棟主任ザイビュス、今朝ほど訪問の電文を送っている。着艦許可されたし』
 ザイビュスがドォァアルギアの管制室に連絡をした。すぐに着艦許可が下り、ゆっくりと甲板の上に描かれた白い円の中に降りていった。プライムムゥヴァを停めて、扉を開けて甲板に降りたところに、甲板員たちが寄ってきた。格納庫に収納するつもりのようだった。
「このままにしておいてくれ」
 ザイビュスが頼み、ひとりが昇降口に案内した。昇降口には見張り官がいて、ザイビュスの小箱を確認した。後ろに立っていたヴァシルに気が付いて目をやった。
「そちらは」
 ザイビュスが部下のワァカァ職員だと説明した。見張り番がどうしようかという顔をしたが、ザイビュスがすぐに帰るからと言われて戸惑っていた。
ザイビュスが小箱を叩いた。
「ファドレス先輩、ザイビュスです」
 挨拶に行きたいと申し出て、許可をもらった。副艦長ファドレスはザイビュスと指導教授が同じでラボの先輩だった。見張り官が副艦長の後輩と知って、それならばとふたりを昇降口から入れた。中にいた別の乗組員に艦橋まで案内させた。いくつか梯子階段を降り、鋼鉄のスノコのような艦床を歩いて、認証式の扉に到達した。訪問釦を押すと、許可が出て、開いた。


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