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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第349回   イージェンと惑乱の地上(コンフューズテェエル)(上)!1)
 極北海に浮かぶ巨大な空母アーリエギアの艦長室で、パリスがトゥドに上級係官と夕食を取ろうと話していたとき、艦橋とは別にあるアウムズ管制室から連絡が来た。
『パリス議長、ミッショングリィズ成功、対地ミッシレェ第一号、目標地点に着弾しました』
 えっとパリスが目を見張った。一瞬何を言われたのか、わからずにいたが、すぐに管制室主任に確認した。
「ほんとうに着弾したのか。迎撃されなかったのか」
 管制室主任が、レェエダァ追尾結果の画像を送ってきた。
『目標地点、第三大陸ランス王国王都に着弾し、半径五カーセル壊滅です』
 それと同時に艦上からの記録ビデェオの映像も送られてきた。東側に細い糸のような煙が確認できた。
「……ということはもしや」
 パリスがモニタを睨んでからふふっと笑った。
「トゥド、これはもしかしたらもしかするぞ」
 トゥドがモニタを覗き込んだ。
「どういうことですか」
 パリスが笑いをこらえ切れないようすでトゥドの肩を抱いた。トゥドが真っ赤な顔を伏せた。
「てっきり監視衛星から迎撃されると思ったんだが、着弾したということは、おそらく、監視衛星が動いていないんだ」
 まだよくわからないらしいトゥドに、パリスがモニタに地図を表示しながら説明した。
「いいか、バレー・アーレのミッションで、第一大陸のカーティア、エスヴェルンの王都に向けて発射したミッシレェは迎撃された」
 今はいつミッシレェが発射されるかわからない状態だから、当然発射されればすぐに迎撃可能な常時警戒態勢を取っているはずだ。それが、今回は迎撃されなかった。しかも、迎撃したのに失敗だったという様子もない。
「確実ではないが、第一大陸のみ、監視衛星が機能しているという可能性が高くなった」
 監視衛星は、それぞれの大陸のアルティメットが動かしていたのだ。そのアルティメットが死んだ大陸ではもう監視衛星が動いていないのではないか。
「たしかに、そう考えられなくもないですね」
 トゥドが納得してうなずいた。パリスもあくまで可能性だがと言いながらも内心ではほぼそうではないかと思っていた。
「まったく、アルティメットめ、やはり『イカサマ師』だな」
 偉そうにしていたが、実情は第一大陸を守ることでせいいっぱいなのだ。
「着弾地点の記録を撮りに行かせろ」
 トゥドが了解して出ていった。
 広間で上級係官たちと夕食を済ませてから艦長室に戻ったパリスは、応接席の長椅子に腰掛けてほっと息をついた。
 さきほど偵察に向かわせたプテロソプタから送られてきた映像を広間の大型モニタで映写しながら食事をした。
 これほど食事がうまかったことは議長に当選した夜以来だった。あの夜は、祝杯を上げた後、ディゾンを朝までずっといじめて遊んだのだ。
 急にディゾンが欲しくなった。あの理知的な顔を泣き崩して甘ったれた声で情けないことを言ってすがりついてくるのを蹴りつけていじめたかった。
まだ呼び寄せるのは早いので、せめて声でも聞こうと小箱でキャピタァルにいるディゾンに音声通信をしようとして、ヴァドが制限をしていることを思い出した。
「明日まで待つか」
 もうそろそろヴァドとの通信の時間だった。キャピタァルを出る前に主治医のディクスから受けたメディカル報告書を開いた。
十数年に渡るワァアク状況と健康状態の報告、睡眠導入剤と覚醒剤の影響で、肝臓と心臓が弱っていること、肝臓は一度ヘパタイティスになって移植していたので、再移植はよろしくない、心臓には不整脈が出ている。なによりも神経系の数値が極端に悪化することがあるので、中枢主任のワァアクから外すべきだという意見書が添付されていた。ヴァドは、子どもの頃から集中力があり意志が強いので中枢主任に就けたのだが、長年のストレスと過重ワァアクで身体も心もボロボロの状態になっていた。
 テクノロジイのレェベェルをあげることができれば、今のような形式でなく、もっと効率が良くて、汎用性のある強固な統制システムを運用できる。ぬるくなったカファを飲んだ。
「時間か」
 モニタの隅に白い四角が出てきて、その中にキャピタァル、ヴァドと表示された。かなりワァアクがきついのか、簡単な挨拶だけで切断しようとしていた。せっかくの成果だから教えてやろうと引き止めた。
「ヴァド、いいものを送ってやろう。寝る前に見るといい」
 いい気分で寝られるぞと笑った。
『……なに、いいものって』
 ついさっき送られてきた記録ビデェオのデェイタを送信した。
「それは後のお楽しみだ。それと、指示電文を送りたい。今送るから、それだけは配信しておいてくれ」
 副議長ラスティンを始め、各所の責任者宛に電文を送った。
『明日送っておくよ』
 頼むとパリスが眼を細めて優しく見つめた。
『いい子だ、ヴァド、おやすみ』
『おやすみ、かあさん』
 通信が切れた。どことなく声が平板で生気がない。おかしいなと思ったが、限界なのだろうと納得した。
今回の全バレー都市管理統制によって、ストレスも疲労も限界に達したのだ。ドォアァルギアの艦長を第五大陸のバレー・サンクーレで評議会議員をしているクィスティンの息子にして、ロジオンと交替させようと指令書を打ち始めた。

 南方大島の旧都から新都に戻ってきたアートランは、中央管制室で遣い魔で呼び戻していたダルウェルに策謀の変更を主張した。
「それはまずいだろう。イージェンからの連絡を待ったほうがいい」
 ダルウェルが反対したが、アートランが首を振った。
「仮面が二の月に向かったときとは状況が違う」
 すでにヴァドとファランツェリは殺し、キャピタァル中枢を乗っ取った。リィイヴが通信システムを握ろうと変更コォオドを組んでいるのだ。それが成功すれば、すくなくともマリィンからのユラニオウムミッシレェの発射は防げる。
「それに明日には中枢を乗っ取ったことがパリスにばれる。俺が極北の海に行ってパリスを殺す」
 ロジオンはヴァシルに暗殺させることにした。
「たしかに、状況は違うが」
 ダルウェルがうなった。もし失敗したら、責任をとる云々ではすまされない。
「迷ってる暇はないんだ。仮面がいつ戻ってくるのかわからないのだから、俺たちでやるしかない」
 ファランツェリの頭の中から拾ったデェイタによると、独立系はふたつのギアにしかない。通信システムを握り、ギアの独立系を壊せば、ユラニオウムの発射はできなくなる。
 ダルウェルがため息をつきながらアートランを見つめた。
「テクノロジイのことはよくわからんが、その方法しかないんだな」
 アートランがうなずいた。明日朝にルカナが『空の船』に戻ったら、ヴァシルをドォァアルギアに向かわせることにした。
「学院長はここにいてくれ」
 ダルウェルがヴァシルだけで大丈夫か心配した。
「わたしが一緒に行こう」
 隅で寝袋に入って横になっていたカサンが起きてきた。
「建造中のアーリエギアを見学したことがある。どちらも造りは同じはずだから、艦内配置図をリィイヴに送ってもらえば」
 案内はできると申し出た。小箱を貸せばいいが、仕組みがわかっているものが案内したほうがいいことは確かだった。
「うまく入り込めれば」
 甲板口からなんとか入り込む機会をうかがえばと話していると、ザイビュスが口を挟んだ。
「死んでるはずのあなたが入り込んでロジオンのところに辿り着く前に見つかったら、まずいんじゃないのか」
 ドォァアルギアには知り合いはいないはずだというカサンに、乗組員の名簿表を表示して見せた。カサンが表の名前を見て、驚いた。
「まさか、乗り込んでいたのか」
 バレー・アーレから深海基地マリティイムに向かい、イージェンが消滅させるときにかろうじて逃げ出したフェロゥの名前が載っていた。自分のラボの研究員(フェロゥ)もいた。
「キャピタァルに戻る途中で収容したようだ」
 教授たちはそのままキャピタァルに運ばれたようだった。たしかにまずいとカサンが考え込んだ。ザイビュスがすでに艦内配置図の送信をリィイヴに要請していた。
「俺があの素子をドォァアルギアに連れて行ってやる」
 カサンがアートランを手招いた。寄っていくと、耳元でこそっと話した。
「信用しないほうがいい。あいつの指導教授は強硬派だし、ドォァアルギアにはその指導教授の教え子がいる」
 その教え子は副艦長だった。ザイビュスの先輩になる。マリィンの艦長や副艦長はその指導教授のラボ出身者が多かった。
アートランが淡々とワァアクをしているザイビュスをちらっと見た。
「いや……大丈夫だ、あいつは」
 アートランが何を根拠にと戸惑っているカサンから離れて、ザイビュスの隣に歩いていった。
「ザイビュス」
 モニタに表示されている艦内配置図のある箇所を指差した。
「ここにユラニオゥムの独立系発射システム管制室がある。艦内の電源や空中線は使わずに発射釦を押すことができる」
 ザイビュスが眼を細めて見つめた。
「ここはもしかしたら、ラカン合金鋼の部屋かもしれない」
 形成材質が大教授でないと表示できないようになっていた。
「表示できないようにした段階でばれるのにな」
 カサンも覗き込んできた。
「何かがわからないようにするっていうよりは、その地位でないと知ることができないって状態が重要なんだ」
 ザイビュスがこつこつと机を指で叩いた。
「ここに逃げ込まれたらまずい、殺るならその前にだ」
 アートランが腕を組んだ。
「了解。あいつにつなぎ服着せて、俺の部下ってことで連れ込む」
 入艦理由はなんとかこじつけるとザイビュスが顎に手をやって肘を付いた。
「任せる」
 アートランが眼を向けると、ザイビュスがうなずいた。アートランは、ダルウェルに小さく頭を下げて出ていった。
 ダルウェルがぽつっとぼやいた。
「イージェン、なにやってんだ、こっちはどんどん進んじまってるぞ」
 なんとかユラニオウムだけは使わせないようにしなければ。できるかぎりのことをするしかないなとザイビュスの隣の席に座って、モニタを睨んだ。


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