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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第346回   セレンと南海の魔獣《マギィクエェト》(下)(2)
 指先でヴァドの死体を指した。サンディラたちが覗き込んだ。頭の毛がなく、子どものように小柄で、やせ細っていた男がころがっていた。苦悶の末に死んだようで、身体は捻じ曲がっていて、顔も身体も血だらけで、眼はかっと見開かれ、右の眼球が奇妙に浮き上がっていた。サンディラとデュイン以外は眼を逸らし、口元を押さえた。
「フン、こいつが主任かどうかなんて、わからないよ」
 サンディラは中枢主任の顔なんて、見たことないからねと疑った。
『信じてもらうしかないです。急がないといけないんです』
 手を貸してくれないと、そちらも困るんですよとリィイヴがモニタに何か表示した。
『いくつかのプラントの電源再投入をしないと、いずれ食料配給などが遅れます』
 焼けた配電盤の取替えもしなければならない。食料、医療品などの搬送や配給は、インクワイァからの指示と代行権限をもらわないと、できないことが多いのだ。
「ここに俺たちを入れたってことは、信じていいんじゃないのか」
 デュインがオゥトマチクを構えながら台座の周囲を歩き出した。台座の側まで寄ろうとしたが、エアリアが止めた。
「それ以上近付くなら、アウムズを捨てなさい」
 デュインが足を止めた。サンディラが長身オゥトマチクの銃身の先でヴァドの身体を突付いた。
「わかったよ、あたしたちの手を借りたいってんなら、貸してやろうじゃないか」
 サンディラがモニタの埋め込まれている壁を見上げた。
「連絡用に小箱を百個くらい寄こしな。それと、あたしがここに残るからね」
 仲間と連絡を取り合うよとオゥトマチクをリィイヴに向けた。
「妙なことになったら、おまえを撃つよ」
 リィイヴがくすっと笑った。
「何がおかしいんだい」
 リィイヴが隣に立っているエアリアを見上げた。
『そんなことはここにいる魔導師が許さないですよ』
 でも、要求は飲みましょうと予備用の小箱を保管庫から出してくるようカトルに頼んだ。
『小箱が使えるように認証しなければならないので、それを五階の端末ラボに運んでください』
 端末ラボを使えるようにしておきますと手元を操作した。
 レヴァードを残して上の管制室に上ることになった。一番最後から付いて行くサンディラの後姿をちらちらと見ていた。急にサンディラが振り返った。レヴァードがあわてて背を向けて台車を押した。
「後で来るからね」
 サンディラが言い残していった。自分の視線に気が付いたのではないとわかり、ほっとして、台車の上の箱を開けた。点滴と薬剤だった。
「まだ入れなくていいと思うが」
 用意だけはしておくことにした。
「あの組織、使えるのか」
 ワァカァの中でも特に単純な作業が多い裏方の連中のようだった。荒っぽいし、あまり気が効くとも思えない。
『大丈夫ですよ』
 リィイヴが、現状回復と維持ですからと淡々とボォウド叩きを続けた。
 保管庫は地下二階にあり、もしも抵抗されたときのことを考えて、オゥトマチクを携行して向かった。エレベェエタァで上がっていき、扉が開くと、廊下は非常灯だけだった。小箱だけでなく、ボォオドやタァウミナァル、部品などの機器の保管庫の階なので、延々と倉庫の扉が続いていた。
「ここだ」
 表示板に保管庫《ソワァアンティ》と書かれた扉があり、両脇に分かれてオゥトマチクを構え、認証盤に小箱を押し付けた。ピッと音がして、開いた。扉が開くと同時に、ドサドサッと何かが溢れ出てきた。
「わぁっ!」
ピラトと一緒についてきた組織の男デュインが仰け反った。ヒトが、五人ばかり、倒れてきたのだ。みんな、目を見開き、口を開けている。カトルが、用心して近付き、アウムズの銃身で突付いたが反応がなかった。手を伸ばして首筋に触れた。
「……死んでる……」
 みんな死んでいた。停電してから、四ウゥルくらいたっている。すでに空調は回復しているようだが、その前に酸欠で死んだのかもしれない。
 おそるおそる覗き込むと、正面に大きな扉があった。貴重品の収納庫らしく、認識盤も開閉許可番号を打ち込むためのボォオドが付いていた。死体を飛び越えた。
 収納庫の扉に小箱をかざし、リィイヴに教えてもらった許可番号を打ち込んだ。ピュンッと音がして、扉がゆっくりと左右に開いた。中は明々とトォオチが点灯していて、まぶしいくらいだった。五段くらいの棚がずらっと並んでいて、小箱がちょうどの大きさの窪みに納まっていた。収納庫内の隅にあった銀色の箱付き台車を持ってきてその中に小箱を入れていった。入口の死体を脇に並べ、台車を廊下に出した。いちおう施錠し、五階の端末ラボに向かった。

 端末ラボで小箱を認証し中央管制室に戻ってきたカトルは、小箱を五つに組み分けした。小箱に蛍光マァアクを貼り付けた。
「この赤いマァアクが班長、青いマァアクが副班長。黄色が運転士、モゥビィル全般、起重機、工作機を出庫して運転できる。水色が看護士、療法士。白が一般のフェロゥ(研究員)だ。全てモゥビィル運転はできるようにしてある」
 色で職位分けをし、それぞれに連番を付けてあった。頼むことは、これから説明し、遣り方の詳細は、それぞれの小箱に送っているから、それにしたがうことと指示した。
「配電盤の在庫は、共同地区《コマァンディ》の倉庫にあるから、班長の小箱で出庫してくれ」
 管制室の大型モニタに電源再投入しなければならないプラントや施設を映して説明をした。ピラトとバイアスはエトルヴェール島で小箱を操作していたので、取り扱い方はわかっていた。そのふたりも一緒に下層地区に降りて行くことになった。デュインも小箱を使ったことがあるようだった。後の連中は始めてのようで、おずおずと受け取っていた。
「じゃあ、俺たちは『下』に行くが」
 デュインが、サンディラがひとりで残ることを心配した。サンディラがひと段落したら戻ってきてくれるよう頼んだ。
「あとでザフィアとアーシィに来るよう言っとくれ」
 デュインが来るまではそれでなんとかするよとオゥトマチクの安全装置をガシャッと外した。
 銀の箱を積んだ台車を押して、デュインたちが出て行ってから、カトルがオルハにそっと囁いた。
「……保管庫も端末ラボも、担当官たち、みんな死んでた……」
 いくら停電で送気が止まったとしても、早過ぎないかというと、オルハがあの妖しい目を端に流した。
「電力が足りなくて、復旧できない、手が足りなくて、救助できない。その結果、助けられなかったってことでしょ」
 そのくらい察したらと小声で返した。
「……まさか……リィイヴ……」
 カトルが険しい眼をしてから悲しげに目を細めた。
「リィイヴ、パリス議長の子どもなんだってね。数値が落ちたから死んだことにされたって」
 オルハがリィイヴに指示されたワァアクを続けた。
「数値、落ちたふりしたんじゃないのかな」
 カトルがうなずいて、オルハの隣に座って、モニタのプラント、施設の配置図を見た。
「ちょっと」
 サンディラが呼びかけた。カトルが振り向くと、オゥトマチクの先でエレベェエタァルゥムを指した。
「中枢に行くよ」
 カトルがリィイヴに連絡しておくから行っていいと了解した。軽金属の梯子を降りて黒いドームの中枢《サントゥオル》に入ると、壁のひとつの前に椅子を置いて、レヴァードが座っていた。サンディラに気付いて、立ち上がった。
「ここに座ってくれ」
 椅子を勧めた。その椅子の前のモニタには、さきほどカトルが見ていたと同じ配置図が映っていた。
「ここのモニタで作業の進行状況が分かるようにしてもらった」
 組織の連中との連絡は小箱でとればいいと離れていった。
『サンディラさん』
 座りかけていたサンディラが身体をびくっとさせて、台座に顔を向けた。
『ここでやたらにオゥトマチクを発砲しないでください。システムが物理的に破壊されたりすると、ワァカァみんなの命が危なくなりますよ』
 サンディラがわかったよとオゥトマチクを立て掛けるようにして離し、腰の帯から工具を取り出した。
「こいつでもあんたの頭をぶっつぶすくらいできるからね」
 すっと椅子に腰を降ろしてモニタを見つめた。
『レヴァードさん、これ見てください』
 今度はレヴァードに別のモニタを示した。レヴァードが立ったまま、目の高さにあるモニタに表示された文字列を読んだ。
「これは、ファンティア大教授からの電文だな」
 やはりレヴァードが素子を持ち込んだことを知っていて、早期解決と戒厳令を解除するようにとヴァドに苦情を送ってきていた。ついさきほどは、パリス宛に電文を送っていた。
『パリス宛の電文は通信ベェエスで保留にしています』
 素子侵入に対してのヴァドの対応が不適切で事態が混迷している、至急に確認し、対処してほしいと書かれていた。他にもパリスに電文を送っているものがいた。副議長クィスティンだった。
『クィスティンはキャピタァルの警備分野担当主任も兼ねています』
 ヴァドからの指令で、第十三階層、螺旋回廊、パァゲトゥリィに特殊班を出動させていた。その経緯と結果について、パリスに報告していた。
「クィスティンたちの電文を止めていること、パリスにばれるだろう」
 レヴァードが心配した。
『これからパリスと通信します。そのとき、通信を遮断する理由をこじつけます』
 それで納得してくれればいいんですけどとさすがに緊張していた。
『時間です』
 リィイヴが背もたれを少し起こした。
『こちら、キャピタァル、中央管制棟・中枢《サントゥオル》、ヴァド、アーリエギア、かあさん、応答して』
 サンディラがぎょっと目を剥いた。
「なんだい……あの声……中枢主任の……」
 中枢主任の顔は知らなかったが、声は何度か聞いたことがあった。レヴァードが振り返った。
「しっ、静かに……」
 正面のモニタに顔が映った。パリスだった。
『こちらアーリエギア、ヴァド、ご苦労だな』
 パリスがにっと口はしを上げて笑った。サンディラが険しい目で睨みつけていた。ヴァドは、パリスへの通信も音声のみで映像は送っていなかった。
『ごめん、かあさん、まだ落ち着かないんだ』
『おまえがあやまることはない。負担が大きすぎるからな』
 パリスが眉を寄せて心配そうにしていた。リィイヴがぐっと唇を噛んだのをエアリアが痛ましそうな顔で見ていた。
『ところで、通信網ゲェィト、閉じているようだが』
 リィイヴが手元のボォウドを叩いた。
『うん、各バレー間で通信できるようになったからって、まだまだ転送容量は小さいのに、ワァアク以外の余計な電文やデェイタ交換、音声通信に使う連中がいて、過負荷状態になってるんだ』
 開通後のデェエタ転送量の表を表示した。過負荷状態になっているように改ざんしたものだ。通信ベェエスが一時『落ち』てしまったので、しばらく通信網ゲェィトを閉じることにしたと説明した。
『そうか。それはそれで、喜ばしいことだがな』
 この快挙を遂げたわたしたちに感謝していることだろうとうれしそうだった。
 名簿表を送ってきた。
『その表の連中とのやり取りは通してくれ』
 リィイヴが了解した。
『復旧と調整があるから、三日くらい待ってくれる?』
『明後日くらいにならんか?』
 なんとかするとリィイヴが言うと、パリスがうなずいた。
『そろそろ寝るから』
 早くゆっくり話せるようになりたいよと嘆いてみせた。
『すまないな、寂しいだろうけど、もう少しがんばってくれ』
 母の優しい声。
『うん、がんばるよ。それに、いつでも……繋がってるから、ぼくとかあさん……』
パリスがぐっとキャメラに顔を近づけた。
『ああ、繋がってる、ヴァドはいい子だ』
 パリスがおやすみと優しげに眼を細めた。映像が切れた。


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