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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第343回   セレンと南海の魔獣《マギィクエェト》(上)(3)
 正面の幕の地図が元に戻るとすぐに島の東側の白い光点から線が伸びて白い四角が現れた。
「ドォァアルギア、ファランツェリ」
 その四角の中にまだ十二、三くらいの女の子の顔が現れた。
『こちらドォァアルギア、ファランツェリ、ザイビュス主任、いる?』
 音声通信は開放しているので、管制室内に響いた。ザイビュスがボォゥドを叩きながら、返事した。
「こちら、新都管制棟、ザイビュスです。ファランツェリ様、なにかありましたか?」
 ルカナが緊張した。ファランツェリは、パリスの子どもだ。暗殺の対象になっている。まだ十三歳ということだが、声からして居丈高でわがままなお嬢様という感じだ。
『島に小さなお城があるよね?ちょっと泊まってみたいんだけど』
 ルカナやアルリカが息を飲んだ。ザイビュスが何かカタカタと釦を押していた。
「視察ですか」
『この間、来た時、新都以外見てないんだもん、ちょっと見てみたい』
「啓蒙ミッションが強制終了したので、シリィしか居ませんが」
 ザイビュスの目の前のモニタに、電文が届いていた。
「……面倒かけますが、よろしく。ロジオン」
 ロジオンにファランツェリの訪問確認の電文を送った返信だった。
『いいよ、食料とか、こっちから持ってくから』
 ザイビュスがラカンユゥズィヌゥから旧都までの経路を正面に表示した。すでにラカンユゥズィヌゥの入口にあった村のものたちは、新都に移動していたが、旧都はまだ残っている。全員を移動させるにはまだ時間が掛かる。逆に少しシリィが残っていたほうが疑われないだろうと判断した。
『了解しました。ただ、総帥居城は、ほとんど廃墟状態でしたから、少し清掃などする準備時間が必要です』
 明日の夕方以降にしてほしいと頼んだ
『わかった、明日夕方に行くから』
 プテロソプタ寄こしてよと気軽に言いつけて切断した。ザイビュスがチッと舌打ちした。
「シリィしかいないって言っているのに、俺に来いってことか」
ドォァアルギアにはプテロソプタも装備されている。そちらから発進すればいいことなのに、ファランツェリのわがままに付き合いたくないのだろう。顎で使われるのが不愉快らしく苛立って耳覆いを引き剥がして立ち上がった。ルカナが近くまで寄っていた。
「断ってほしかったですね」
 険しい眼で睨んだ。ザイビュスがフンとそっぽを向いてから壁際の棚に向かった。カファや軽食が用意してある一角だ。硝子の入れ物に入ったカファを杯に注いだ。
「ファランツェリを『外』に引っ張り出したほうがいいんじゃないのか、そっちとしては」
 ルカナがはっと眼を見開いた。
「気に入れば滞在するだろうから、その間にそっちの準備ができるだろう」
 ザイビュスがふぅとカファの湯気を吹いた。

 アートランは、キャピタァルを出て、極南の海を北上していた。その途中、セティシアンたちの伝達を感じた。セティシアンたちは、遠くにいても、別の種類でも、心の波を伝え合い、情報を共有していた。アートランはその波を感じることができた。セティシアンたちは、魔力で操作されるだけでなく、心の波動を共有することのできるアートランを自分たちの王、海獣王《バレンヌデロイ》と認め、従っているのだ。
……極北の海、鋼鉄の大きな船、女の魔導師、小型のセティシアン、ドゥルゥファンたちの群れに紛れて近付いた……
 その伝えがすでに極南の海まで届いていた。伴泳するセティシアンの身体に触れ、マリィンの近くのセティシアンやドゥルゥファンたちに警戒するように伝えさせた。
 南方大島に戻ったとき、すっかり夜になっていた。やはり、少し寝ないとまずいなと『空の船』の部屋に窓から入って、ベッドに潜り込もうとしたが、咽が渇いたし、少し腹を満たしたくなったので、肌着を着て、厨房に向かった。
 厨房のある階の廊下からは甲板が見える。ヴァシルが警戒していたが、気配を消しているので、アートランが戻ったことは気が付いていない。
「あいつもまだまだだな」
 ヴァシルはヒトを殺したことがない。穏やかで争いの少ないエスヴェルンで育ったエアリアでさえ、十二のときに罪人の処刑をしている。
特級魔導師は、十二、三歳くらいから、処刑人となって人殺しを経験することになっていた。アートランは災厄の鎮化以外は学院の仕事をほとんどしなかったが、それでも処刑執行は何度か行っていた。
『現し世にいてはならない存在』とは、死刑執行の宣言文なのだ。
ヴァシルの所属していたイリン=エルンでは、ジェトゥが学院長になってから、若い魔導師たちに処刑をさせていなかった。そのため、ヴァシルをはじめ、若いもの何人かのは処刑を経験したことがないまま、育っていた。
「いざ殺す段になって、ためらわないといいけど」
 ヴァシルは、ファランツェリを暗殺するようイージェンから命じられたが、内心はかなりうろたえていた。
 厨房には、できたての鳥の燻製が山ほど積まれていた。貯蔵庫には羽根の付いたままの鳥や羽根を取り払った鳥の肉がぎゅうぎゅうに押し込まれている。
「遣い魔か」
 羽根の付いたままの鳥を二羽ばかり取り出して、そのままバリバリ食べ始め、小さなやかんに煮出し用の茶葉を入れて沸かした。廊下で小さな気配がした。
「……あっ……」
 厨房に入ってきたのは、セレンだった。真っ青な眼を見張って驚いた。
「アートラン、帰ってたの?」
 アートランがそっぽを向いて、すぐに島に行くと素っ気無く返事をした。船のベッドで寝ようと思ったが、島に行ってしまうことにした。
「……そう……」
 泣きそうな顔でセレンが下を向いて手にしていた桶を隅に置いた。
「いってらっしゃい……」
 肩が震えている。アートランはセレンを目にしてしまってから、身体が熱く荒っぽくなってきていた。抱きたくてしかたないのを押さえた。その身体に触れたら、セレンの心が見えてしまう。そのとき、自分のことがひとかけらもなかったら……。
「……アートラン、あの……」
 セレンが顔を伏せたまま呼びかけてきた。アートランはやかんから熱く煮立っている茶を直接飲んで、バンッと流し台に置いた。
「もう行くから」
 逃げるように窓から出て行こうとした。セレンが泣き出した。
「ぼくのこと、嫌いになったの?」
 振り返ると、すぐそばにセレンがいた。涙をぽろぽろこぼしていた。
「あ、あのヒトに……きたなくされちゃった……から……もう触りたくないの?」
 えっとアートランが息を飲んだ。
「前みたいに身体、触ってくれないし……、前みたいにぼくのこと、呼んでくれないし……」
 セレン!
 アートランが堪え切れずに呼びかけた。心の声が聞こえたセレンがぱぁとうれしそうに涙で腫らした眼を見張った。
……アートラン!
 アートランがセレンに抱きつきながらそのまま厨房の床に押し倒した。そのとたん、流れ込んできた。セレンの心の波。
 アートランのこと、イージェンのこと、カサンのこと、ヴァンのこと、リュールやウルスのこと、船のこと。
自分のことだけじゃないけれど、自分のことが一番たくさんあった。
そして、セティシアンの中で誓い合ったこと。
……セレン、俺とおまえとふたり、いつかこいつの中で溶け合って、ほんとうにひとつになろう……
 いつか、そうなるといいなぁとセレンは思っていた。


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