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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第34回   セレンと鉄の箱《トレイル》(1)
 カーティアの王宮の東側を囲むようにある半月形の湖のはずれが出発点である南幹道は、馬車や戦車が通れるほどの幅があり、それが南方海岸まで伸びていた。その出発点に黒い輪をつけた赤茶色の箱がいた。イージェンが馬でやってきた。白衣を着たカサン教授が箱の側で待っていた。
「これはカサン教授殿、わざわざイカサマ師の案内に来ていただき、恐縮です」
 イージェンがセレンを降ろしながら皮肉ると、カサンがいらいらして言った。
「あのバカ王子さえプレインを壊さなければ、ユワンなどの下につくこともなかったんだ!」
 たぶらかそうとした相手が悪かったのだろうが、どう見ても、ユワンの方が知恵が回りそうだった。イージェンが赤茶の箱に近づいた。
「こいつに乗っていくのか」
 カサンがセレンをじろじろと見た。セレンがおびえてイージェンの後ろに隠れた。
「モゥビィルだ。トレイルはもうレアンの港近くまで到着した。派遣軍の小競り合いはまだ収まっていないようだが、こちらには関係ないので、わたしが到着したら、戦闘開始することになった」
 本当に小競り合いなのか、もしかしたら、意外に勢力が大きくいのでは。派遣軍の司令官は、先王の甥らしいし、殺しておかないとまずいかも…。考えを巡らせていたが、ばかばかしくなってやめた。自分には関係のないことだ。マシンナートの戦闘が見られればそれでいい。目の前のモゥビィルというものにも乗れるというし、いろいろと面白いものが拝めそうだった。
「何で動くんだ、これは」
 イージェンが箱の下を見ようとかがみこんだ。カサンが得意そうに言った。
「モゥビィルの動力源は、『ペトロゥリゥム』だ。もっとも天然ではなく合成だがな」
 どうせわからんだろうとカサンは鼻先で笑った。イージェンがモゥビィルの外殻を軽く叩いた。
「外殻の原料はスティイル、車輪はゴォウムだったな」
 カサンがぎょっとしてイージェンに詰め寄った。
「きさま、どこでそんなことを!」
 イージェンがモゥビィルの周りを巡った。カサンが付きまとって、がなりたてた。
「どこでそんなことを知ったんだと聞いている!」
 いい加減うんざりしたイージェンが立ち止まり、振り向いた。
「モゥビィルとトレイルのことなら、魔導師学院の書物の中に少しは書かれている」
 いろいろと書物を読んだが、マシンナートが使う道具、テクノロジイが何故異端であるかははっきりしなかった。トゥル=ナチヤでもマシンナートは見かけられた。モゥビィルを使って荷物や人をたくさん運んだり、冬、暖かい空気を出す箱で、死にかけた人を助けたりしていた。だが、魔導師学院は、そうしたマシンナートを痛い目に会わせて、人里から追い出していた。人目に付かないところにいけと言われているのを聞いたことがあるとリアウェンが言っていた。
 カサンに男が声をかけた。
「カサン教授、そろそろ出発しませんと」
 カサンがモゥビィルの荷台を指し示した。
「乗れ」
 箱の前方の席はふたり分くらいだ。マシンナートは全部で七人いた。さきほどカサンに声をかけた男は前の席に乗った。カサンがその横に乗ろうとしたとき、別の男が遮った。
「カサン教授、後ろの荷台に乗ってください。助手席は行法士の自分が座りますので」
 カサンは怒っていたが、かまわず乗り込んでしまった。
イージェンは、セレンを抱え上げ、軽々と飛び乗った。マシンナートたちは荷台の後ろに梯子を下ろして上がってきた。カサンは最後まで文句を言っていたが、結局上がってきた。梯子を荷台に上げ、モゥビィルは出発した。
荷台には荷物も積んでいて、かなり窮屈だった。その上、走り出すとひどく揺れて、時折激しく上下した。セレンが何度も床に腰を打って痛そうにしているので、イージェンが膝の上に乗せた。
「ひどい乗り心地だな、馬のほうがよっぽどましだぞ」
 カサンが鼻先で笑った。
「フン!悪路だからな、舗装されたバレーの路ならこんなことにはならん」
 カサンの横に座っていたマシンナートが腰を低くしたまま、イージェンに寄ってきた。.めずらしいものでも見るような目でイージェンとセレンを見た。乾いた草のような色の髪の若い女だった。
「ちょっと、手を見せてくれる?」
 女は無遠慮に言った。イージェンがめんどくさそうに左手を差し出した。女は手袋をしていて、イージェンの手を触り、じっと見つめた。ひっくりかえして手のひらを覗き込んだ。手のひらから何かがシュッと噴出してきて、女の顔に当たった。
「きゃあっ!」
 女が腰を抜かした。イージェンが苦笑した。
「ただの水だ」
 女はあわてて手ぬぐいを出して顔を拭き、元の席に戻った。カサンがその女をにらみつけた。
「ばかもんが、イカサマ師に笑いものにされて」
 イージェンがカサンに尋ねた。
「マシンナートは、魔導師をイカサマ師というが、魔力をもっててもイカサマなのか」
 魔力がないのに魔導師といっているのはある意味イカサマかもしれない。だが、特級のものだけでは、国の根幹組織である学院が成り立たないので、道具や知識を使う程度でも魔導師と称せざるをえないのだ。カサンが口から唾を飛ばさんばかりの勢いでまくし立てた。
「魔力など、物理的にありえん力だ!理論で説明できない力を認めることはできん!」
 イージェンが呆れて肩で息をした。
「その物理的ってのはよくわからんが、実際目の前にしても認められないってのは不幸だな」
 カサンがむっとした表情で口をへの字につぐんだ。さきほどの女が口を出してきた。
「物理的っていうのは、自然界で起こる現象と物質の性質を、物質とその間に働く相互作用で説明できるってことよ」
 イージェンがその女の方を見た。
「さっき手のひらから水を出したようだけど、その水をどうやって出したのか、仕掛けでもないかぎり、現象としてありえないことだわ。わたしたちの知っている理論では説明できない、説明できないものは認められないの」
「俺にもよくわからん、水を出したいと思っただけだからな」
 女がまだ何か言いたそうだったが、やめて下を向いた。
イージェンがセレンの布鞄から、本を出した。カーティアの魔導師学院の教室から持ってきたものだ。
「退屈だろ、読んでやろう」
 膝の上で広げた。きれいな色で塗られた挿し絵を指差しながら、読み始めた。
「一の大陸セクル=テゥルフ、二の大陸キロン=グンド、三の大陸ティケア、四の大陸ラ・クトゥーラ、そして、五の大陸トゥル=ナチヤ。この五つの大陸のうち、一の大陸がわれらの住まいするところ。大河の水は深い翠色に澄み、そこに飛び遊ぶ水鳥は雪のように白い。親鳥はひな鳥をいとおしみ、翼の内に守り、ひな鳥は親鳥を慕い、付き従う。春には、山や丘が青々と茂り、花は燃え出さんばかり。秋には花は実を結び、田畑は芳醇な黄金(こがね)となる。冬の仕打ちを乗り越えて、春の慰めを迎える。地の恵み、空の雨雫、悠久の四季の流転、みな、万物の理《ことわり》なり…」
 意味はよくわからなかったが、滔々とした朗読は、歌うが如く滑らかで耳に心地よかった。親鳥とよりそうひな鳥の絵に故郷の両親や兄弟たちを思い出した。イージェンが、セレンの指をにぎって、大陸のひとつに押し付けた。
「これがこの大陸、セクル=テゥルフ、それと、これが俺が生まれた大陸、トゥル=ナチヤ」
 指で大陸の中央に書かれた文字を辿らせた。カサンがまたバカにしたように鼻先で笑った。


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