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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第339回   イージェンと極北海の波浪(ノオォルデュウヴァアグ)(下)(2)
 第三大陸ティケアのバレー・トルワァでは、バレーを上げて、パリス議長の復権と通信網開通の快挙を祝っていた。通信網は、海上に浮上したマリィンに設置した送受信機から海底ケーブルをパァゲトゥリィゲェィト経由で、バレーに送っていた。地上に大型の送受信装置を置いて、通信網をより強固で速度もデェイタ転送量も増強する計画もすでに進んでおり、さっそくそのための地上調査を開始していた。ただし、第二大陸のような大型の電波塔ではなく、大型モゥビィルに備え付けた移動式空中線装置をバレー内で製造していた。それを地上で固定して稼働、その地点から地下に竪穴を掘ってケーブルを通すというものだった。
 バレー・トルワァは極北海に面した第三北海岸に接したところにあり、ランスとアラザードの両国にまたがっている。パァゲトゥリィゲェイトは第二大陸などから比べると短く、十カーセル弱だった。
 アンダァボォウトを数隻出して、北海岸沿岸を探索させたところ、アラザード側には軍隊が駐留していた。ランス側にも駐留していたが、先日移動していた。シリィの軍隊など、リジットモゥビィルでも出撃させて砲撃すれば殲滅は三ウゥルもかからない。だが、調査班の班長エルデン助教授は、余計な消耗はしたくないし、マシンナートから攻撃を仕掛けたくなかった。そのため、ランス側にも軍隊がいたら、極北海の小さな島リオト島に設置して、海底ケーブルを延長しようと考えていたが、ランス側が軍隊を引き上げさせたので、上陸することにした。
 移動式空中線装置を載せた台車を大型揚陸艇に載せて、海岸に乗り上げ、リジットモゥビィル十五台とともに上陸した。いずれ固定してゲェィトへの縦穴を掘るが、とりあえず海底ケーブルを陸に揚げて、接続することにした。それでも、マリィンの送受信機よりははるかに強い電波を送受信できる。
「設置したら、周囲二十カーセル程度焼き払う」
 見通しがよければ、シリィの軍隊は近寄れないし、素子が接近してもわかりやすい。
『素子、攻撃してきますか』
 先行したリジットモゥビィルから副班長が無線で尋ねてきた。警護班としてミッションに参加したアウムズラボの助教授リツィオだった。エルデンがどうかなと首を傾げた。
「パリス議長が恫喝してるから、やたらと攻撃はしてこないと思うが」
 リジットモゥビィルにはそれぞれ白光空弾《ブランドゥファシフェルスゥ》を五十発ほど積んでいる。
『使ってみたいですね』
 通信網開通後、第二大陸でパミナ教授のチィイムが国都を攻撃して壊滅させたときの記録デェイタを送ってもらった。王宮を攻撃したときに、空を飛ぶヒトらしきものに白光空弾を撃ち込み、破壊している映像が映っていた。空を飛ぶなど素子に違いない。白光空弾で死ぬのだとわかったので、試したがっていた。
「こっちから仕掛けるなよ。森林を焼き払うくらいにしておけ」
 エルデンはあくまで空中線装置の実験をしたいのであって、余計な戦闘はしたくなかった。アウムズ分野専門のリツィオは不満そうだったが、一応了解して、火炎放射器で周囲を焼き始めた。
『やっぱり、手ごたえないな』
 リツィオが部下にぼやくと、部下も同意した。
『攻撃してくれば、応戦できるんですよね』
 そうだなと言いながらも、こちらからの攻撃はともかく、素子の攻撃を防御できるのかどうかには不安があった。
『リツィオ、哨戒機を発進させる』
 エルデンが上空からの映像を送ると連絡してきた。十ミニツほどして、映像が送られてきた。十七カーセルほど西寄りに小規模な村落があり、シリィがのんびりと畑を耕していた。
『周囲二十カーセル確保だよな』
 リツィオが砲撃するかと逸った。
『しましょう』
 部下が火炎放射の代わりにと白光空弾を用意した。そのとき、上空の哨戒機からの映像が空中に移動した。
『西南○二○○より飛行物体二体、高速接近中』
 すでに目視できる位置だった。その部分が拡大される。
『ヒトだ』
 灰色の布を被ったヒトがふたり飛んでいる。素子に間違いない。
『時速五十八カーセル(時速約百二十キロ)。距離五カーセル。こちらに向かってきています』
 まもなく射程内に入る。
『まだ撃つな』
 恐らく間近までやってきて恫喝してくるだろう。引き付けて近距離で撃ち込めば威力が充分発揮される。
『五台海岸線まで後退させろ』
 参号車から七号車まで下がらせた。
『こちらエルデン班長、リツィオ、退却しろ』
 移動式空中線装置を載せた台車に搭乗しているエルデンから連絡が来た。台車はまだ海岸線近くに揚げたばかりだ。
『五台、そちらに向かわせました。こちらはこの地点を確保します』
 パァゲトリィに縦穴を掘る地点だった。
『無理するな。退却だ』
 しかし、すでに素子二体が目の前までやってきていた。灰色の布を頭から被り、空中に浮かんでいた。ひとりが少し高度を下げた。
「異端の馬車、ここから立ち去れ、地上での啓蒙行為は禁じられている」
 集音装置が声を拾っていた。子どもなのか、それとも女なのか、甲高く冷たい声だった。
『どうします?』
 部下に尋ねられて、リツィオが退却はせずに留まるよう指示した。
「立ち去らないのか」
 素子が手に光る棒を出した。
『攻撃してくる……』
 リツィオが部下に発砲を許可した。
『撃てっ!』
 釦を押すのと同時に素子の手から光る棒も放たれた。
 白光空弾が素子の身体を貫くかと思われた。すれ違って飛んできた光棒がリジットモゥビィルを直撃した。
『十二号車、直撃!?』
 部下の悲鳴のような報告を聞きながら、リツィオは真正面を見つめていた。もうもうと立ち込める白煙が少し薄くなってその中に影が見えた。
『全車撃てっ!』
 十台の主砲から白光空弾が発射された。空中で空弾同士がぶつかるほどに激しく撃った。閃光と爆風で周囲の空気も衝撃の波を打った。
『撃ち方やめ!』
 リツィオが怒鳴ると、一斉に砲撃が止んだ。もうもうと白煙が立ち込めていて、しばらく視界が悪かったが、素子が攻撃してくる様子はなかった。光る棒が直撃した十二号車は砲塔が吹っ飛び、履帯も切れて、走行不能になっていた。
『逃げたのでしょうか』
 そうかもとそれでも発砲準備をして、キリキリッと履帯を軋ませてゆっくりと進んだ。
 サアッと風が吹いて、白煙が去り、灰色の布がひとつ、浮かんでいた。
『……生きてる』
素子は、飛んできて、一台に張り付いた。
「異端の民、覚悟しろ!」
 車体を通して激怒している素子の声が響いてきた。拳を装甲に叩き付けてきた。ガシィンガシィンと鉄槌で叩かれるような音がして、一番装甲が弱い、出入口が破られた。上から光の矢が飛び込んできて、当たったものが次々に倒れた。
『わあっ!』
 隣のリジットモゥビィルの指令塔から多弾オゥトマチクが出入口にいる素子に向けて発砲された。何発かは跳ね返していたが、ついに跳ね返しきれずに身体を貫通した。
「があっ」
 当たった腹や肩から血が噴出した。よろけてリジットモゥビィルから転げ落ちた。地面に落ちた身体に向かって、何百発と打ち込み、元の形を留めないほどバラバラになった血肉が散らばっていった。
 リジットモゥビィル二台破損、副班長のリツィオ以下七名が死亡、素子の死体を一体確認したが、もう一体は見つからなかった。
すぐに残ったリジットモゥビィルは退却し、班長に現状を報告した。班長は、失態かと震えていたが、空中線装置を載せた台車を海岸線に置き、周囲にリジットモゥビィルで警戒させて、バレーに連絡を入れた。
 報告を受けたバレー・トルワァの議長ジーントスは、アーレギアのパリス議長に音声通信した。
『素子の攻撃はどうだった』
 パリスは冷静に聞き返した。ジーントスが現場に留まっているエルデンに直接聞いてくださいとリィレェィした。エルデンが緊張して言葉に詰まりながら答えた。
『素子が光る棒を……その……手に発生させて』
 こんな有り得ないバカげたことを言ってすみませんと涙声で謝った。
『バカげたことでいいから言え』
 パリスが先をと促がした。
『その光る棒がリジットモゥビィルに当たって、砲塔が吹き飛び、履帯まで切れて走行不能になりました』
 パリスが送信されてきた記録ビデェオを見ながらうなずいた。
『了解、空中線装置は当初の位置より海岸寄りで使えばいい。近海のマリィンを警戒に向かわせる』
 ご苦労だったとジーントスと替わらせた。
『素子も打撃を受ければ通常弾丸でも殺せるということはわかったが、こちらの防御が難しいな』
 加工や重量の問題があって、ラカン合金鋼でリジットモゥビィルのような機動性のあるアウムズを製造することは難しかった。ジーントスに空中線装置の防御を固めるよう指示した。
『少し甘く見られているようだから』
 思い知らせてやろうと口はしを歪めた。ジーントスとの通信を終えたとき、隣に立って聞いていたトゥドが青ざめていた。
「母さ……いえ、パリス議長、どうするんですか」
 パリスが手元のボォウドを叩いた。
「トゥド、発射釦、押したいか」
 ちらっと横に立つトゥドを見上げた。トゥドが頬を赤くした。
「は、はい!」
 背筋を伸ばして返事をした。くくっとパリスが笑って横に座れと椅子を持ってこさせた。モニタにはアーリエギアのミッシレェ表が表示されていた。
「さあ、どれにするかな」
 矢印の釦で上から下へと点滅する下線を降ろしていく。ミッシレェ表には本体の体長、重量、射程距離、弾道などが書かれていた。
「こいつにしよう」
 止めたところに着弾地点と発射の命令コォオドを打ち込んだ。
『こちらミッシレェ発射制御室、パリス議長より、命令コォオド、受け取りました』
 制御室の室長が艦内放送を要請してきた。了解してパリスがモニタ横の集音装置のスイッチを入れた。
『アーリエギアの乗組員の諸君、パリス議長だ。第三大陸で空中線装置敷設作業中に素子による攻撃を受けた。報復として、ミッシレェを発射し、第三大陸のシリィ都市を攻撃する』
 さあ、押してみろと完了釦を示した。
「はい……」
 さすがにトゥドが緊張していたが、カチッと押した。
『ミッショングリィズ、対地ミッシレェ第一号発射、各員、発射時衝撃に注意、秒読み開始、十、九、八、七、六……』
 抑揚のない女の声が艦内に響いた。
『三、二、一、発射』
 横にあるもう一台のモニタに第三大陸と第二大陸の海峡を中心とした地図が表示されていた。中央より右よりに赤い点があり、それがアーリエギアの位置だった。そこから、白い光条が第三大陸に向かって伸びていた。
『発射完了、軌道順調、レェィダァ、追尾開始』
 ものの数ミニツで着弾するはずだが、おそらくはその前にアルティメットの監視衛星で迎撃されるだろう。それはそれでいいのだ。本気であることをわからせるために実射したからだ。
「今日の夕食は広間で係官たちと取ろう」
 いい気分で食事できるなとパリスが笑い、それを見たトゥドがようやく強張った顔に笑みを浮かべた。


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