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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第338回   イージェンと極北海の波浪(ノオォルデュウヴァアグ)(下)(1)
 三の大陸北の大国ランスには、ふたつの王都がある。夏は北の第一王都オードゥストゥールが王都となり、冬は南の第二王都、ランス最大の港街アルディ・ル・クァが王都となる。今は北のオードゥストゥールが王都だった。
 王宮の西側にある魔導師学院では、隣国アラザード王国との国境に派兵している辺境派遣軍に伝書官として特級を二名送っていたが、さらにふたり、向かわせることにした。ランスの学院には特級魔導師が二十五人いて、突出した魔力の持ち主はいないというものの、二十二人が空を飛ぶことができた。
「どうもアラザード軍が海岸線に移動しているようなのです」
 辺境派遣軍の伝書官からの報告によれば、数日前から北海岸の守りを固めているとのことだった。
「異端の警戒をしているのでしょう。国境を手薄にしてまですることではありませんが」
 副学院長フィナンドが学院長のサディ・ギールにわが国はどうしましょうと尋ねた。北海岸沿いに配置していた王立軍を国境付近に移動させようと決めたばかりだった。
サディ・ギールは、先日、大魔導師ヴィルトの後継者となったイージェンから、異端の警戒を最優先し、他国への侵略行為を止めろと書かれた伝書が届き、ひどく不機嫌になっていた。イージェンが命令として書いて寄こしたことでいっそう腹を立てていた。
 サディ・ギールは、三代の国王に仕えてきたが、仕えるというよりは、むしろ操ってきたといったほうがよかった。三の大陸の大魔導師アランテンスは、隠居前はたびたび北方の国々を訪れて長逗留していたが、サディ・ギールはそれを歓迎していなかった。アランテンスは、ミスティリオン(誓い)と『決まり』で縛り付けるよりも思いやりを持つように育てなさいと無理難題を押し付け、教導するからだった。それに、魔導師が子を生すことを黙認するのも気に入らなかった。
 魔導師の結婚を禁じるのは意味がある。魔導師が結婚できると、権力の道具にしようと王族や大公家、貴族、大商人たちが、婿や嫁にしようとやっきになる。何百年も前にそうした争いが激しくなり、そのため、学院として禁じることに決めたのだ。正式な結婚だけでなく、貞操を守るようにと厳しく躾けてきたのも『決まり』を緩めないためだった。
 結婚を禁じること以外にも金品を受け取ってはいけない、やたらと道具を精錬してはいけないなどの外部との関わりについての『決まり』も魔導師や学院が政治的利権的に利用されないようにするために、五大陸総会で学院長たちが決めていたものだった。アランテンスはじめ大魔導師たちは学院の『決まり』や遣り方についてはいろいろと思うところはあったようだったが、学院長たちの都合に押し切られたようなところがあった。内心は反対している『決まり』もあったのだろう。とくにアランテンスはどんな境遇の子どもであってもその誕生を大切にしていて、魔導師の出産を黙認していたのだ。
 十六年前、セラディムの学院長アリュカが、父親が誰かわからない子どもを身籠り、大きな孕み腹でしゃあしゃあと二国間会議に姿を現したとき、サディ・ギールは、頭に血が上って、腹の子が出てくるまで杖で叩いていた。アリュカはサディ・ギールよりも魔力が強かったが、抵抗しなかった。回りも止めることができなかった。
 その場にいなかったアランテンスは、後で訪ねてきて、あまりにむごいことをするとサディ・ギールをひどく叱った。『決まり』を破ったふしだらな女を打ち据えたのは当然のことだ。それなのに、叱られるのは心外だった。
 そのこともあって、サディ・ギールは、大魔導師からとやかく言われることが嫌いだった。しかも、イージェンはふしだらな両親から生まれた忌まわしい子どもだ。学院で育っていないし、人買いを生業にするなど生い立ちもいやしい。先だっても、ウティレ=ユハニのユリエン学院長から、イージェンが自治州領主の姫を軟禁して陵辱していたと聞き、さらにイージェンへの不愉快さが増していた。
「こんなものを大魔導師として認めたくない」
 五大陸総会で承認されたが、全学院の学院長が出席したわけではない。全員出席の総会開催を要求し、再提議するつもりでいた。
「アラザードがイージェンの指示に従って国境守備を解いたのなら、一気に攻めてしまえ」
 そして、今は手を結んでいるように見せているドゥオールもいずれ征服し、セラディムの喉元に刃を突きつけてやるつもりだった。
「わかりました。リゼイル殿下は喜ぶでしょう」
 リゼイルは国王の次男で王立軍大将軍だった。策謀よりも戦いで隣国に攻め入っていいと許せば、大喜びで開戦するだろう。
 うむとうなずいて、薬草の根をしゃぶった。

 ランス王国第二王子にして王立軍大将軍リゼイルは、アラザードとの国境近くに設営した本営の天幕で随従の伝書官ラティリから学院の伝書を受け取った。ラティリはすぐに下がっていった。
「開戦していいとあるが」
 ふたりの副将にも見せた。副将のひとりが眉を寄せた。
「殿下、北海岸に移動しているというアラザード軍の動きが気になります。無視していいのでしょうか」
 ランス軍は逆に学院の指示で北海岸から国境山地に移していた。宮廷からは学院の指示通りにといういつもの付記が同封されていただけだった。
「気にしなくともよいのでは」
 もうひとりの副将が事も無げに言った。背も高く体格もよい強面のリゼイルとは逆に、小柄で黒髪を長く垂らし、女のような細面の美青年だった。エグランティエといって、大公家プレオス公の嗣子で、リゼイルとは母親同士が姉妹の従兄弟だった。しかも、エグランティエの双子の妹姫を妃に迎えているリゼイルにとっては、義兄に当たる。幼なじみでもあり、俺おまえで呼び合うほど気の置けない間柄だった。
「どうせ学院の駒だ。われわれは」
 エグランティエの皮肉にリゼイルがまあなと背もたれに寄りかかった。
「だが、それを言っては士気が下がる。いや、兵士のではなく、俺たちのだが」
 エグランティエがもう一度伝書に眼を落とした。
「アラザードが北海岸を警戒するのは異端の攻撃に備えてでは?」
 リゼイルがそうだろうなと同意しながらも無意味だと断じた。
「異端の攻撃は、学院が対応する。軍隊を配備しても意味はない」
 当初異端の攻撃を警戒するためとして北海岸に軍隊を向かわせたのは、アラザード攻略のための布石で、あくまでその状況を利用してのことだ。アラザードも無駄なことをすると笑った。
「エグランティエ、国境守備隊は残っているようだから、宣戦布告してこい」
 明日未明に攻め込むことにした。エグランティエが承知と立ち上がった。
 アラザードの国境守備隊は、ランスからの宣戦布告を受けて、驚いていた。学院の話では、異端の攻撃を警戒するために、各国動いており、当分、開戦は凍結されるはずだったからだ。
「どうなっているんだ、辺境軍は北海岸に移動してしまっているし」
 このままでは、国境はあっさりと破られるだろう。至急抗議文をランス側に渡しに向かい、王都に伝令を走らせた。しかし、伝令が王都に到着するには二日かかる。ランス側も国境を挟んで対峙していたことからも開戦は時間の問題だったはずと抗議文を一蹴し、夜明けとともに侵略を開始した。
 国境守備隊だけではほとんど抵抗することもできず、国境の州を明け渡すことになった。州民たちは、戦争が起きることを懸念して、山岳の避難所に向かっていた。戦禍に巻き込まれるおそれのある国境付近の村や街は、宮廷の支援でそうした避難所を確保して、移動して難を逃れることがあった。
 したがって、民に被害はほとんどなかったというものの、数百年ぶりに国土侵略を許してしまったことになった。
 アラザード王も宮廷も開戦は凍結と考えていたので、ランスの侵略に驚き、学院の不始末ではないかと囁くものも出てきた。
「ランスが大魔導師の指示書を無視したとしか思えません。ランスの学院に抗議文を送っていますので、まもなく返信が来るでしょう」
 学院長ランセルも戸惑っていた。大魔導師から送られてくる伝書による現状からして、とても戦争を起こしているような状態ではない。北海岸にある異端の都への出入口では、海中船の出入が頻繁になっているという報告もある。異端の都への出入口は、アラザードの領地内ではあったが、ランスとは十カーセルと離れていない地点だった。
「このまま王都まで攻め入ってくるかもしれない。至急に北海岸の辺境軍を防備に回し、派兵到着までの間を凌ごう」
 ドゥオールとの国境に配備している辺境軍はすでに迎撃するべく向かっていたが、北海岸からの方が距離が短いのだ。王立軍の参謀が朝議の席で提案したが、ランセルが反対した。
「待ってください。異端の海中船出入りが激しくなっています。引き上げてしまうのは危険です」
「異端が攻撃してきたら、魔力でなければ、戦えないのだろう? それよりも、ランスの侵攻を防がなければ」
 軍部だけでなく、宮廷や国王にも同様に主張されて、ランセルも立つ瀬がなかったが、ランスの学院に直接出向いて、これ以上の侵攻を止めるよう説得に向かうということで、保留させた。


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