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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第335回   イージェンと極北海の波浪(ノオォルデュウヴァアグ)(上)(1)
 パリスの通信を受け、エヴァンスは、エトルヴェール島の南ラグン港からアンダァボォウトで極北海に向かった。
 第一大陸と第三大陸の間を抜け、極北海に入った。アーリエギアは、浮上して空母となって第三大陸寄りの海域に停留していた。アンダァボォウトは艦底の舷梯から入り、架橋板を渡って床に降りた。
 パリスの五男トゥドが出迎えていた。
「伯父さん、久しぶりです」
 小さく顎を引いて挨拶してきた。エヴァンスは黙ってうなずいた。両脇を警備係に挟まれて、階段を上がり、艦長室に向かった。ヴァドが認識盤の訪問釦を叩くとすぐに開いた。
「どうぞ」
 エヴァンスがヴァドに導かれて部屋に入った。警備係は外で待機していた。正面の大きな机の前にパリスが立っていた。
「兄さん、こんなところまで、わざわざ来ていただき、恐縮だ」
 さっと歩いて近づいてきた。応接席に座るよう、手を差し出した。顔を見ないようにして座り、膝の上で両手を組み合わせた。
「トゥド、ワァアクに戻れ」
 トゥドがいえと首を振った。パリスがトゥドの肩を叩いた。
「いいから戻れ」
 不承知だったが、パリスに言われては戻るしかない。頭を下げて出て行った。
 パリスが壁の棚からカファを注いだ杯をふたつ持ってきて、エヴァンスの向かい側に座り、ひとつをエヴァンスの前に、もうひとつを自分の方に置いた。
「南の島からでは、寒かっただろ?飲んで温まってくれ」
 だが、エヴァンスは黙ったまま、下を向いていた。パリスが机に両肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せた。
「兄さん、挨拶もなしなのか」
 エヴァンスがぎゅっと拳を握り震わせた。黙ったままのエヴァンスにパリスがにやっと笑った。
「どれが一番衝撃的だったんだ?わたしに逆転されたことか? アルティメットと決裂したことか? それとも……」
 ぐっと身を乗り出して、下からエヴァンスの顔を覗き込んだ。
「ジェナイダの息子に裏切られたことか?」
 エヴァンスが目をつぶった。パリスがバンッと机を叩いた。杯が飛び上がり、カファがこぼれた。
「われらマシンナートこそが、この惑星(ほし)の真実の主(あるじ)である! 取り戻せ、地上を! そして、更なる高み、レックセステクノロジイを復活させるのだ!」
 エヴァンスがはっと腫らした目を上げた。パリスが目を細めて見返していた。
「……わたしにこれを叩き込んでくれたのは、あなただぞ、それを……」
 ぐっと唇を噛み締め、睨みつけてきた。
パリスとエヴァンスとは母が同じだった。九十代半ばだった母はパリスが生まれる前から療養棟で寝たきりだった。パリスが生まれてまもなく死亡している。父も二世代前のヒトですでにいなかった。強硬派の理念は兄エヴァンスが叩き込んだものだった。
エヴァンスはパリスが物心ついたころから膝の上に乗せ、頭を撫でながら、マシンナートの進むべき道、テクノロジイの未来を語り聞かせていた。パリスは誇り高く語る兄の言葉を瞳を輝かせて聞き入り心酔したのだ。それが、ジェナイダが生まれたとたん、手のひらを返したように啓蒙派になり、ザンディズとジェナイダのところに入り浸るようになった。
「あなたに裏切られたときの辛さは、そんなものではなかったぞ」
 わずか六つのときだ。心酔していた兄に裏切られた辛さやひとりぼっちになってしまったという寂しさに耐えて、ひたすら強硬派の理念を胸に前進し続けたのだ。
エヴァンスが震える唇を開いた。
「……地上はわれわれのものであるべきという気持ちは今も変わらない。ただ、ヒトは生物である以上、自然界との関りを断ち切ることはできない。だから、地上での生活を取り戻す必要があるんだ」
「あのばあさんにそう言われて、その気になったというわけか」
 憎しみの篭った声で言われ、エヴァンスがうなだれた。
 美しく復活した地上をそのまま手に入れることこそが本当にマシンナートのためになると苦しそうにつぶやいた。
「美しく復活しただと?あれはアルティメットが素子を撒き散らして復活させた自然だ。この惑星本来の自然じゃない。なにが理《ことわり》に従ってだ。あいつらの世界の摂理に従うことなど、できるか」
 エヴァンスの目の前に両手を叩き付けた。
「わたしは、素子に塗れた薄汚い世界を焼き尽くす。たとえ地上がふたたび汚染された地になり、二度と地上に住めなくなったとしても、今までの『もぐら』の生活を思えばたいしたことはない。テクノロジイリザルトの全てをアルティメットに消滅させられたとしても、誇りと信念を貫き通す!」
 ぎりっと歯噛みした。
 エヴァンスが目を覆っていた手を振った。
「ああ、もう……君の思うようにするといい……」
 パリスが応接席の机の隅に置いてあったモニタをぐるっと回して、エヴァンスに向けた。
「兄さん、これを見ろ」
 エヴァンスが恐る恐る顔を上げた。
 アンディランが喉を掻き毟りながら倒れていた。
「アンディラン!」
 エヴァンスが目を見張った。タニアが扉に小箱をかざしたが、開かず、息子のグレインが倒れていることに気が付いて、とりすがった。
『グレイン、グレイン!ああ、こんな、ひどい!』
 その身体にとりすがってタニアが泣き震えた。ごほっと血を噴き出し、小箱を開き、釦を叩いた。
『エヴァン……ス……エヴァ……』
 大きな眼に涙を浮かべ、ううっと眼を見開いて胸をかきむしりながら仰け反り、バンと床に倒れた。その手からこぼれた小箱の小さな画面には、まだ十代の頃に、エヴァンス、アンディラン、タニアの三人で撮った画像が映し出されていた。若い頃の三人がはつらつと笑って映っている。胸が刃物で刺されたように痛んだ。
「……タニア……タニアッ……」
 もう見ていられなくて泣き伏した。
「タニアもかわいそうに、振られ続けてもずっと兄さんについてきたのに」
 若い頃は三人とも強硬派だったが、エヴァンスが啓蒙派になったときに盟友だったふたりはエヴァンスに説得されて同調したのだ。
「いつか抱いてもらえると思ってたんだろうな、ばかな女だ」
 エヴァンスが泣き顔でパリスを見上げた。
「こんな、ひどい! なにも、殺さなくても!」
 パリスがあざ笑った。
「逆らうものがいたら、粛清する。マシンナートの意思の統一を計り、一丸となって素子に対抗する」
 二度とわたしに逆らわないようにする、そのために必要なことだとうそぶいた。エヴァンスがぶるっと震えた。
「わたしも……殺せばいい……そうすれば、もう誰も君に逆らうものはいないだろう」
 パリスがエヴァンスのすぐ隣に座った。エヴァンスが首を振りながら避けるように仰け反った。
「殺す? まさか」
 口はしを上げてにやっと笑った。
 パリスは、トゥドを呼び、なにごとか言いつけた。トゥドが、長椅子に掛けて頭を抱えているエヴァンスに立つよううながした。エヴァンスは、気が抜けたようにふらふらと立ち上がり、警備係に両脇から抱えられて、艦長室を出た。
 引き摺られるようにして甲板に上がったエヴァンスは、そのまま戦闘プテロソプタに押し込まれた。ナビゲェタァ席のトゥドが指示した。
『離陸』
 三機のプテロソプタがゆっくりと甲板を離れ、飛び上がった。空はどんよりと曇っていて、少し雨がぱらついていた。
「どこに……いくんだ……」
 エヴァンスが下を向いてつぶやいたが、耳覆いをしていないので、誰の耳にも届いていなかった。
 エヴァンスとトゥドが搭乗している機を挟むようにして飛んでいる二機は護衛機のようだった。
『警戒怠るなよ』
 トゥドが両脇の二機に命じた。
 二ウゥル後、三機は、陸地上空にやってきた。護衛の二機を上空に留まらせて、着陸した。トゥドが後部座席の警備係に顎をしゃくった。警備係のふたりは、エヴァンスを抱えるようにしてプテロソプタから降ろした。
 エヴァンスが回りを見回した。丈の短い木がたくさん生えていて、遠くには山並みが見えている。そのあたりは林が途切れたところのようで、短い草がまばらに生えているだけだった。
「……ここは……?」
 雨はやんでいたが、風が身に染みる。寒くてぶるぶる震えがきた。トゥドがエヴァンスの前に立った。
「伯父さんが大好きなテェエルですよ」
 エヴァンスが腫れぼったくなっている目を見張った。
「では」
 トゥドが警備係たちに手を振り、プテロソプタに戻りかけた。
「待ってくれ! どういうことだ!」
 トゥドが警備係を先に乗せて、振り返った。
「母さんが伯父さんの好きなところに連れて行ってやれって。母さん、優しいでしょう?」
 トゥドが口元を母親そっくりに歪めた。地上に置き去りにするつもりなのだ。取りすがろうとする前に乗り込み、羽根を回し始めた。
「わあっ!」
 エヴァンスが地面に倒れ伏した。飛び上がっていく機体に向かって叫んだ。
「こんなところに置き去りにするくらいなら、ひとおもいに殺してくれっ!」
 だが、無情にも三機は飛び去っていき、エヴァンスはひとり、取り残された。呆然と曇り空を見上げ、へたり込んだ


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