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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第334回   イージェンと極南の鋼鉄都市《キャピタァル》(下)(4)
 しばらくして、壁モニタに作業領域が映り、壁の消えていたさまざまな色のランプや目盛盤などが光りだした。
『基幹システム起動完了。都市管制システム点検中』
 機械を通したリィイヴの声が響いた。喉元に咽喉マイクを着け、耳にフォンを入れていた。アートランが台座に寄り、リィイヴの手元を見た。
「声、なんとかならないか」
 リィイヴが素早く検索したファイル群をモニタのひとつに表示した。
『ヴァドは夜寝る前にパリスと定期通信していた。それまでに音声ファイルからデェイタを抽出して、ぼくの声をヴァドの声に変換できるようにする』
 エアリアもレヴァードも目を見張った。
「ヴァドに……成りすますのか……パリスをごまかせるのか?」
 リィイヴがこくっと顎を引いた。
『ヴァドはパリスとの通信や面会の様子を全部記録していたから、それを参考にすれば、短いやりとりならなんとかできそうです』
 アートランがぎゅっとリィイヴの腕を掴んだ。
「うまくやってくれよ。しばらくはごまかさないと」
 パリスたちの暗殺を実行する状況が整わないし、仮面のほうがどうなったか、まったくわからないからと頼んだ。リィイヴが強張った。
『……わかってる……よ……』
 ポケットから小箱を出してアートランに渡した。
『連絡をそれでするから』
 第二大陸のユラニオウム精製棟所長ハァーティの小箱だ。
「わかった」
 中央管制室を制圧し、カトルとオルハを呼んで管理の補助をさせることにした。アートランがすぐに中央管制室に向かった。リィイヴが、カトルとオルハの経歴を確認した。
『このふたりならできるね』
 ふたりとも有能のようだとモニタにふたりのデェイタを表示した。
 都市管制システムは回復したが、実際に送電システムやプラントを回復させるためには、各階層の配電所や管理棟での点検が必要で大元の電源再投入しなければならないものもあった。空気製造プラントは独自の電源があって動いていたが、多くのプラントは停止していた。
『すべて復旧させるには時間がかかる』
 生命線から復旧させようと配電所と空気製造プラントの詰所に電文を送った。その間にも、各所から嵐のように電文や通信が入ってきた。
『ほかのバレーとの通信は、制限するふりをして断絶しよう』
 他のバレーのインクワイァと個人通信をされると、大きな事故があったことがわかってしまう。
『通信網ゲェィトを閉じ、他のバレーとの個人通信は禁止する』
 外部との業務電文も中枢を通すことにした。バレー間の通信は、実際は、通信衛星による通信網《レゾゥ》が開通したことで、試してみたいと個人的にしていたものが多かった。まだ、バレー間でのデェエタの共有や情報の交換は始まっていない。そのため、理由をつければ使用制限してもおかしくなかった。各バレーの中央管制室にもそのように電文を送った。
 レヴァードが、オルハの小箱に連絡を入れた。
「中枢を乗っ取った。今、リィイヴが主任やってる」
 おまえとカトルに都市管制ワァアクを手伝ってほしいというと、さすがに驚いたようだった。
『上層地区に入るクオリフィケイション送ってください』
 すぐにリィイヴがオルハの小箱に送信した。アートランから音声通信が入った。
『上の階の連中は始末した。こいつらの小箱、カトルたちが使えるようにしてくれ』
 リィイヴが了解した。
『エアリア、管制室でアートランから小箱受け取って、レヴァードさんを医療班に連れて行ってあげて』
 処置の機器を取りに行ってもらうからと頼んだ。
「エレベェエタァ、復旧したのか」
 リィイヴが少し間を置いてから、一基だけ復旧できたと答えた。
「わかりました、ひとりで……大丈夫ですか」
 エアリアが心配そうに頬を撫でた。リィイヴが小さくうなずいた。

 中央塔の管制室には当直が十人いたが、アートランが抵抗する間も与えずに、口から光の吹き矢を出して倒した。ほどなくエアリアがレヴァードを連れてやってきた。十箱の小箱のうち、ひとつをエアリアに渡した。
「部屋の出入りするときとか、リィイヴと連絡取るときに使ってくれ」
 エアリアが開いてから、南方大島との連絡にも使えるかしらと首をひねった。
「使える。リィイヴに通信網ゲェィトを開いてもらえば」
 三つ小箱を持って、カトルたちを迎えに行くと三人でエレベェエタァに乗り、上の階に上がっていった。
 アートランは、玄関口のある一階で降り、エアリアとレヴァードは医療班のある階まで上がっていった。
 アートランは、中央塔の外に出たが、空も薄暗いままだった。中央塔からパァゲトリィに向かう幹道上を飛んでいた。途中の住居棟の部屋の中も暗いままだし、扉も閉まったままだった。
「……下層地区を先に復旧させてるな……」
 それはそれでリィイヴの判断だ。任せようと先を急いだ。
 前から猛速で走ってくる屋根のないモゥビィルを見つけた。そのモゥビィルの前の硝子窓に貼りついた。
「うわっ!」
 運転士が息を飲み、急制動をかけた。助手席に乗っていたカトルが脇の扉にしがみついた。
「アートラン!?」
 後ろの座席に座っていた三人も互いにぶつかり合っていた。
「ったく、いてぇなぁ!」
 ヒィイスが怒って運転席の後ろをガンガン蹴った。
「これ」
 アートランが小箱をみっつ、差し出した。
「中央管制室担当官のものだ」
 ざっと状況を説明し、中枢《サントゥオル》へのエレベェエタァを壊してしまったので、梯子をかけてくれと頼んだ。
「梯子か……緊急班にあるだろう」
 中央塔内配置図はすぐに表示できた。
「わかった。おまえはどうするんだ?」
 カトルが眉を寄せて尋ねた。
「俺は島に戻る。ドォァアルギアって空母が近付いているんで、忍び込んで、ミッシレェ発射の装置を壊す」
 カトルが手を差し伸ばしてきた。アートランがその手を握った。
「島のこと、頼む。いずれ戻って……島の連中に謝りたい」
 アートランがああとうなずいた。
「なぶり殺しにあうかもな」
 カトルが眼を見開いてから覚悟していると眼を伏せた。
 アートランの姿が消えた。
「あれ、いねぇ?」
 ヒィイスがきょろきょろと回りを見回した。
「あんなのがうろうろしてるんだ、テェエルって」
 スゲェなとヒィイスが感心していた。
 カトルがピラトに中央塔に向かうように手を振った。

 鱗の生えた妙な子どもと教授の服を着たテェエルからの侵入者が去ってから、十五ミニツほど経った頃、サンディラたちはようやく身体を動かすことができた。その間、ルサリィはもらった鱗を眺めてたり触ったり舐めたりしていた。動けるようになったサンディラが真っ先にルサリィに近寄った。
「そんなもの、捨てちまいなっ!」
 手の中の鱗を取り上げようとしたが、ルサリィがぎゅっと握って離さないので、何度も殴りつけた。
「やだよ、おれのだよっ!」
 回りにいた男のひとりが呆れてサンディラの腕を掴んだ。
「そのくらいにしとけって」
 サンディラがちっと舌打ちしてその手を払いのけた。
「そんなの舐めたりして病気になっても知らないからね!」
 床の工具を拾った。
「腹壊すくらいだろさ」
 男が、それにしてもと飛び去った方角を見た。
「あれが『魔導師』ってやつか。どうする、中枢主任に連絡するか?」
 サンディラが少し考えてから、首を振った。
「ほっときな。どうせ特殊班が追いかけてるさ」
 各居住区の仲間には連絡しておくように指示した。
「いいのか、あいつらのせいで十三階層の連中が死んだんだぞ!」
 別の男が声を荒げたが、サンディラが怒鳴った。
「確かにあいつらのせいさっ!でも、あたしは、『上』の連中の方がもっと気に入らないんだよっ!」
 『魔導師』が入り込んで、暴れたことで、『上』の連中がうろたえてあたふたしている。
「うんと困るといいさ」
 そうだ、そうだと同意する連中に、注意した男が呆れていた。
 管理区から入ってきた仲間から、螺旋回廊で銃撃戦を繰り広げ、パァゲトリィの作業抗詰所に押し入って、防護服を奪い、港口に出ていった連中のことが伝わってきた。ひとりだけ『面』が割れたものがいた。
「ヒィイスって、アンフェエルの担当官かい」
 そうだとうなずいた男にサンディラが考え込んだ。
「港口にいくよ、ヒィイスに事情、聞く」
 行くよと歩き出すサンディラをみんながぞろぞろと従って行く。
「かあちゃん!まってよ!」
 ルサリィが一番後からよたよたと付いていった。
(「イージェンと極南の鋼鉄都市《キャピタァル》(下)」(完))


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