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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第331回   イージェンと極南の鋼鉄都市《キャピタァル》(下)(1)
 カトルを耐熱布で包み込んで、マァカァの追跡を逃れ、交替で睡眠をとった五人は、明け方には、パァゲトリィの裏方用の側道に入り込んでいた。走るような速さで側道を駆け抜け、作業員たちと出くわさないように、気遣い、管の上によじ登ったり、管の下を匍匐したりして、進んでいた。
 だが、しばらくして、特殊班に見つかってしまった。
「おい、見つけたぞ!」
 すぐにオゥトマチクを撃ってきた。
「こんなところで撃つのか!」
 重要な搬送管や送排管が走っている。破裂や破損などすれば、事故になる。カトルがぎりっと歯軋りした。
「これ、もってろ」
 ピラトに長身オゥトマチクを預け、すっと離れた。
「カトル助手!」
 あっという間に管の間をするすると登って、特殊班の裏側に下りた。
「やるねぇ」
 オルハが感心しながら、こっちはこっちでやることやろうかと後ろをバイアスとヒィイスに任せて、ピラトを連れて先に進んだ。
 清掃員の詰所が見えてきた。アンフェエル処理場と同じように、大きな硝子の窓と扉で囲われている。その部屋の奥に殺菌室がある。その中で防護服に着替えて、作業抗に入るのだろう。三人ばかり椅子に腰掛けてしゃべっていた。
認識盤にオルハの小箱を押し当てて、開けた。
「あれ?誰だ?」
 ひとり、のんびりと立ち上がった。オルハが短身オゥトマチクを向けた。
「ごめんね、ちょっと両手揚げてくれるかな」
 ピラトも長い銃身のオゥトマチクを向けた。三人はあわてて両手を揚げ、オルハに言われて部屋の隅に寄った。ピラトに見張らせて、タゥミナァルを操作した。
「今、二十人くらい、港口に出てる」
 すぐに五人分の防護服が出せるよう設定した。
 特殊班の後ろに回ったカトルは、ひとり、ふたりと顔を殴りつけ、腹に数発食らわして、倒した。うめき声に気が付いた何人かが振り返って、オゥトマチクを振り回した。
「後ろに回ったぞ!」
 カトルは、素早く倒れたひとりの長身のオゥトマチクの銃身を握り、腹を衝き、頭を殴りつけていく。
「だから、こんなところで、発砲するなって!」
 接近しすぎて、周りの連中も撃つことができない。やっとひとり、オゥトマチクを振り上げて、カトルの肩を叩いた。
「ぐっ!?」
 オゥトマチクを落とし、肩を押さえながら、身体ごと、その男にぶつかった。
「わあっ!」
 男が大きく身体を揺らして、管に頭をぶつけた。一番遠くにいた狙撃手がカトルの頭を狙った。
「うわぁっ!」
 その狙撃手が膝をがくっと曲げて崩れ、弾は天井に向かって発射された。カトルが気が付いて見ると、ヒィイスとバイアスが、ふたりして殴りつけていた。それでこのあたりの特殊班は全員倒したようだった。
「助かった」
 カトルが礼を言うと、ヒィイスが得意そうにへへっと鼻の下を擦った。
「後からまた来そうだな」
 カトルがちらっと肩越しに振り返った。走って詰所に入った。詰所にいた清掃員がまた入ってきたと震えた。
「行くよ」
 オルハが殺菌室の扉を開けた。素早く防護服を着て、先を進んだ。ヒィイスが最後に殺菌室に入った。カトルが出口側で振り返った。
『追ってくるだろう』
 防護服同士の通信を開いて、オルハに指さした。
『そうだねぇ、壊しちゃう?』
 言い終えるよりも早くオゥトマチクで認識盤を撃った。
『おまえたちが戻れなくなるぞ』
 カトルが呆れた。
『どうせあの坊やが壊すでしょ?』
 またしれっとしていた。ヒィイスがとっとと進もうぜと押しやった。しばらく行くと、丸い扉があり、そこは手動で開いた。
 防護服を着ているので温度はわからないが、進むのに抵抗があり、風が吹いているのがわかった。
『船渠で点検終わったやつがこの先の作業渠に降りてくるんだ』
 ヒィイスが説明した。作業渠で清掃と汚物搬出をするのだ。作業抗は高さが五セルほどで、横も同じくらいの管状になっていた。足元に非常灯が埋め込まれていて、そのほかは百セルごとに天井にトォオチがぶら下がっていた。
『暗いな』
 なにも障害物がないので、これで十分なのだろう。
『ここの空気は外気だね』
オルハが見回した。下は水が溜ってるところがあり、両側の壁も染みがたくさんあった。空気中の水分が凝固したのだろう。
 先頭を歩いていたカトルが足を停めた。
『どうした?』
 急に停まったので、前のバイアスにぶつかったヒィイスが尋ねた。カトルがシッと黙らせた。
『足音しないか?』
 後ろから来るのかと思ったが、前からのようだ。小さな音だ。だんだん近づいてきている。急に停まった。
『向こうも気が付いたのかも』
 オルハがつぶやいた。
『交代で引き上げてくるやつらじゃねぇかな』
 ヒィイスの意見だが、たぶんそうだろう。
 やりすごしたくても隠れる場所もない。そのまま進んで、すれ違いざま倒すことにした。長身オゥトマチクはヒィイスが持って、列の一番最後から付いていき、短身のものを防護服の外ポケットに隠した。
 ふたつの影が見えてきた。相手は停まっていた。ゆっくりと近づくと、相手が壁際に寄った。さっと手を上げてすれ違う振りをしてカトルとオルハが、外ポケットの短身を抜き、ふたりの頭を叩こうとした。影のひとつが消えた。えっと息を飲む間もなく、ふたりの短身を叩き落し、首を捕らえていた。
『うっ……』『ちょっと……』
 ふたりの喉元を掴んでいるのは、えらく小柄だ。子どもかもしれない。
「カトルさんですね」
 若い女の声が聞こえてきた。
『……まさか……?』
 首を捕らえていた手が離れ、強化人造材でできている防護服の顔の部分を開けた。若い娘の顔が見えてきた。
 カトルも開けると、娘の後ろにいたものも開けた。
「リィイヴ!」
 カトルが眼を剥いて驚いた。
「カトルさん、アートランとレヴァードさんは」
 リィイヴがレヴァードに連絡がつかないのでやってきたと手短に説明した。
「アートランはレヴァードを助けに行った。この先の港口で合流することになってる」
 リィイヴが待ったほうがいいんじゃと娘と話した。カトルはこの娘とあの女を間違えたのだと気が付いた。
「…全然違うじゃないか……」
 背丈もまったく違うし、こちらはまだ少女であちらは大人の女だ。同じなのは髪の色だけだ。あまりの間抜けさに落ち込んだ。
「そうですね、戻りましょう……か……」
 言いかけて、奥を見た。
「もうすぐ着きます。ここで待ちましょう」
 薄暗い抗が続いていて、音もしない。気配でもするのだろうか。
「まさか、この女の子も素子なの?」
 オルハが外気であるのもかまわずに『まびさし』を上げてしげしげと見つめた。
「ああ、魔導師だ」
 カトルが険しい眼を向けた。へえと感心していた。
 シュゥゥゥと風の音がした。奥から小さな光の点が近付いてきて、ブワッと広がった。
「うわっ」
 カトルとオルハが腕で顔を覆った。
「アートラン?」
 リィイヴが呼びかけると、光がスウッと消えた。
「わざわざ迎えに来たのか」
 レヴァードが床に降りながら笑った。
「レヴァードさん、無事だったんですね」
 リィイヴと少女がほっとしていた。
 少女が防護服を脱いだ。灰色の裾の長いスカートをはいていて、背負っていた袋から灰緑の布を出して被った。そのふところから何か出して、アートランに渡した。
「アートラン、これ」
 アートランが受け取って、眺めてからうなずいた。
「了解。おっさんたち連れて島に帰る」
 カトルがレヴァードに近付いた。
「レヴァード」
 カトルがぐっと唇を噛んで、頭を下げた。
「こんな危険な目に合ってまで……ありがとう……」
 レヴァードがカトルの肩を叩いた。
「ティセアを助ける手助けしてくれたからな、それに、せっかく恋人がいるのに、もったいないことするなよ」
 どうせ、大魔導師にすべて消されてしまうんだから、テクノロジイなんか捨てて地上で仲良く暮らせばいいと目を細めた。
 カトルがうなずいた。アートランがレヴァードたちに近寄りながら話した。
「ヴァドはかなり打撃受けてる。姉さんなら中枢までぶち破っていけるだろうから」
 アートランが後はよろしくと手を振った。
「全員連れて行くの?」
 リィイヴがもしそうなら、作業渠にアンダァボォウトがあるから、それを使えばと勧めた。
「そうだな、乗ってくか」
 アートランがヒィイスとオルハにどうすると尋ねた。ヒィイスは事情がまったくわかっていない。
「でもまあ、行って見るかな」
 面白そうだしと気楽に言うので、カトルが叱った。
「地上は面白いところじゃない。ある意味じゃ、アンフェエルと同じで厳しい環境なんだ。残ったほうがいい」
 レヴァードが手を振った。
「残ったら、死ぬぞ。どうせ大魔導師が全部消してしまうんだから、味方になったんなら、連れて行こう」
 カトルが首を振った。
「ヒィイスはいいが、オルハはだめだ」
 オルハがくすっと笑った。
「わかってるよ、わたしはアンフェエルに戻るから」
 死体片付けないとねと背を向けて歩き出した。レヴァードが止めた。
「おい、待てよ」
 アートランがレヴァードの腕を握った。
「いいんだ、あいつは」
 レヴァードがそうかと残念そうに見送った。
 そのとき、パシュッと音がして、作業抗のトォオチが消えた。床の非常灯だけが小さく光っていた。
「ヴァドに消されたのか」
 レヴァードが見回した。アートランが探るように眼を動かした。リィイヴが小箱を開けた。
「いや……これは……」
 小さな画面が光ったが、首を振った。
「空中線が見つからない……まさか、停電?」
 バレーやキャピタァル内には空中線という送受信装置が張り巡らされている。ワァカァに埋め込んでいるマァカァの管理だけでなく、小箱からの通信のリィレェもしているのだ。
「そのようだね、どこにも繋がらないし……」
 少し離れたところのオルハも同意した。
「エアリア、とにかく、中枢に近づいておこう」
 リィイヴがエアリアの手を握った。ええとうなずいて行こうとしたとき、アートランが止めた。
「待て、この停電、キャピタァル全部だ。ヴァドのやつ、気絶してる」
「全部って……まさか……」
 そんなばかなとみんな首を振った。


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