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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第330回   イージェンと極南の鋼鉄都市《キャピタァル》(上)(4)
 昏々と眠っているアートランを抱きかかえていたレヴァードもうとうととしてしまった。なにか冷たいものが頬に当たったので、はっとして眼を覚ました。
「おきたよ、かあちゃん」
 子どもの声がした。暗いはずの側道なのに、光が眩しくて手をかざした。何人ものヒトに取り囲まれているようだった。
……しまった……
 うっかり寝てしまったため、作業員たちに見つけられてしまったのだ。
「……アートラン、起きてくれ……」
 だが、アートランは起きる様子がなかった。
「あんたたちだろ、十三階層で特殊班とやりあってたのは」
 声のするほうに顔を向けた。背の高い中年の女が腕組みして見下ろしていた。険しい顔つきだったが、厚みのある唇や豊かな乳房と締まった腰でなかなか艶っぽい身体つきだった。
「こいつ、髪、きらきらしてる、それにヘンなのはえてる」
 すぐ側に十二、三の少年が座り込んでいて、アートランの鱗を突付いた。
「やめろ」
 レヴァードが肩でかばった。
「あんた、教授様の服着てるけど、ほんとは、『テェエル』から来たんだろ」
 女が睨んだ。周囲にいた連中がぎょっとして何歩も下がった。
「テェエルから?!おい、病気になるぞ、ルサリィ」
 ルサリィと呼ばれた少年がかまわず覗き込んできた。
「離れていないと感染するぞ」
 レヴァードが嘘をついて、この連中を遠ざけようとした。
「嘘つくんじゃないよ、バイオ汚染があるなら、特殊班が防護服着て来るだろ」
 女がレヴァードの肩を小突いた。壁際にある側道用の有線通信の箱で話していた男が叫んだ。
「サンディラ、螺旋回廊で銃撃戦あったってよ!」
 別の方向から来た男がサンディラという女の耳元でぼそっぼそっと話した。サンディラが眼を見開いて唇を震わせた。
「ほんとかい……」
 こくっとうなずいた男の腕を掴んだ。サンディラがぎりっと唇を噛んだ。
「全階層に警戒するよう連絡しな。また抜かれるかもしれないからね」
 男が了解と走り去った。
「どうした」
 有線箱から離れて男がやってきた。サンディラが片手で顔を覆った。
「十三階層の空気、抜かれたって」
 えっとみんなが驚いて声を上げた。レヴァードもアートランを抱く腕に力が入った。
「あのヘンな光る粉を吐き出そうとしたんだ。上の階層に移ったらしく、無線が届かないところが出てるって」
 光る粉が広がっているのだ。
……アートラン、起きてくれ。
 心の中で何度も言ったが、反応がなかった。
「建物の中にいた連中は防災扉が閉まって大丈夫だったけど、外に出てたやつらが窒息した」
 ひでぇとみんなが次々に怒鳴った。
「こいつらのせいか!」
「こいつらを特殊班に突き出せそうぜ!」
 まずい。このままだと。
「こいつ、サカナなのかぁ?」
 ルサリィが指先で鱗を突付いた。
「そいつ、もしかして……」
 サンドゥラが膝をついて覗き込み、レヴァードを睨みつけた。
「なあ、かあちゃん、こいつ、サカナだよきっと」
 サンディラがルサリィの頭を拳で殴った。
「いってぇよ!」
 頭を抱えてべそをかいた。
「おまえはほんとにバカだね!魚なわけ、ないだろ、どう見たって!」
 さっき有線箱で話していた男がやれやれとルサリィの頭を撫でた。
「あんたがそうやって、ボコボコ殴るから、こいつがバカになったんじゃねぇか」
 こいつはもとからバカなんだよとサンディラがそっぽを向いた。
 レヴァードはアートランが目覚めるのを待つしかないかと黙ったままでいた。サンディラが顎をしゃくると、両脇から男たちが寄ってきて、レヴァードからアートランを取り上げようとした。
「よせ!」
 レヴァードがアートランを抱えて、伏せた。必死に押さえていたが、サンディラがレヴァードの顔を蹴った。
「ぐあっ!?」
 レヴァードの腕が緩み、男たちに引き剥がされてしまった。サンディラが床に伏せていたアートランを足の先でひっくり返し、しげしげと覗き込んだ。
 いきなり、壁の有線箱が呼出音を出した。さっきの男がさっと寄っていき、開けて中の受話器を取った。
「サンディラ、あんたにだ」
 サンディラが受話器を受け取って話を聞き、何度かうなずいていた。ルサリィがちらっとその方を見てから、またアートランを触りに近付いた。
「うごかないな、しんでるのかな」
 鱗を剥がそうと爪を立てた。
「鱗、欲しいのか」
 急に声がして、ルサリィがはっと手を引っ込めた。アートランが、目を開けながら、ゆっくりと起き上がってルサリィの手を掴んで手を鱗に押し付けた。
「これ、欲しいのか」
 ルサリィがうんとうなずいた。
「ルサリィ、離れなっ!」
 サンディラが受話器を投げ出して腰に下げていたものを振り上げて走ってきた。アートランの頭に向かって振り降ろしたが、途中で何かに当たって撥ね返された。
「な、なんだいっ!?」
 痺れたらしく、振り上げていたものを落とした。カァラアンと音を立てて床に落ちたのは鋼鉄の工具だった。
「おまえのおふくろ、ずいぶん荒っぽいな」
 アートランがルサリィに話しかけた。ルサリィがよくわからないらしく、首を傾げた。アートランが眼を柔らかく細めた。
「かあちゃん、すぐ殴るだろ?」
ルサリィがうなずいた。
「かあちゃん、すぐなぐる」
 ルサリィの頭を撫でてやって、左手で鱗のひとつをむしりとった。一瞬血が飛び散ったが、すぐに止まって、また鱗がにゅううと生えてきた。回りの連中はもとよりレヴァードも驚いて、状況も忘れて見入ってしまった。その鱗をルサリィに差し出した。
「やるよ」
 ルサリィがきらきらと輝いて見える金色の鱗を掌に載せて、よろこんだ。
「わぁあ!」
 アートランが立ち上がり、レヴァードに寄った。押さえていた男たちが震えて、手を離した。
「行こうぜ、カトルたち、パァゲトリィまで行けたようだ」
 レヴァードの手をとって立ち上がらせた。
「この連中は……」
 動けなくなっているのか、その場で立ちすくんでいた。
「就縛の術を掛けた。しばらく動けない」
 サンドゥラは術に抵抗しているのか、ぷるぷると震えていた。アートランがサンディラの前に立ち、ふわっと浮き上がった。浮いているのに気が付いて、ルサリィがひやぁと息を飲んだ。
「ういてるよぉ」
 座り込んで、床と足の間に手を入れて、何度も何もないことを確認していた。
 アートランはサンディラを見下ろし、ふっと笑って、レヴァードのところに戻って、抱え上げ、飛び去った。
「わぁ、とんでる!とんでるよ、かあちゃん!サカナじゃなくて、トリだよ!」
 ルサリィのはしゃぐ声が小さくなっていった。
「あの女、かなり知ってるな。テェエルのこととか、魔導師のこととか。昔、啓蒙ミッションに参加したことがあるんだ」
 ワァカァの女が啓蒙ミッションに参加することは珍しい。
「珍しいな、インクワイァならともかく」
 レヴァードがちらっと肩越しに振り返った。
「管理区の作業員同士で行政官に内緒で連絡を取り合っている。言ってみれば裏組織だな」
 サンディラを班長にしていて、事故などが発生したとき、行政区員が緊急班を派遣するよりも早く対処しているのだ。
「緊急班の派遣が遅れることがよくあるらしい」
 事故は緊急性が高いのに、下層地区に関しては対応が遅く、手遅れになることがあるのだ。『たまたま居合わせた』ものたちが緊急対応したということにして、行政官たちの目をくらましていた。
「薬とか資材とかも溜め込んでいるな」
 自然災害はないが、プラントや管理区内、居住区での事故は日々発生していた。更新しなければならない機器や設備があるのに、滞っていて、そのために不具合が出たり事故が起こったりしているのだ。
「寝足りないんじゃないか」
 まだ一ウゥルくらいしか経っていないだろう。
「充分じゃないが、なんとかなる」
 側道から管理区に出た。作業員やモゥビィルが行き来しているため、見つからないように隠れながら移動した。
キャピタァルやバレーは朝日が昇ることはないが、ゆっくりと空が明るくなって明け方から朝となる。第十階層からパァゲトリィのある第四階層に着いた時には明け方となっていた。
 ワァカァの殺菌室のある区域は殺菌室から出て来たヒトたちでいっぱいだった。天井付近の鉄骨の上から下を覗き込んだ。
「あいつら、南方大島にいたワァカァたちだ。啓蒙ミッション、強制終了になって、急いで帰ってきたんだ」
 アートランがぐるっと下を見回した。レヴァードが険しい顔をした。
「まさか、全員引き上げてきてしまったとか……あの島、急に電源止められたら……」
 短期間災害で止まる程度ならなんとかなるだろうが、長期に渡ってしまうと食料すらままならないだろう。すでに自分たちで食料を作ることをしなくなっているので、たちまち餓死することになる。
「『空の船』でも、パリスの通信、聞いているだろうから、とりあえず、動力源くらいはなんとかしてるだろう」
 リィイヴやカサンがいるからなと言って、その場を離れ、裏方用の側道に入り込んだ。いろいろな管や線が入り乱れている空間が続いていた。湿った、生ぬるい空気が漂っている。あちこちの管のつなぎ目からわずかだが、熱を帯びた気体が吹き出ていた。
(「イージェンと極南の鋼鉄都市《キャピタァル》(上)」(完))


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