20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第329回   イージェンと極南の鋼鉄都市《キャピタァル》(上)(3)
「残るは装甲車だな」
 もっともここで始末しても後続班が来るだろう。
「あなたのマァカァで追跡してるんだろうから、どこまでも追ってくるだろうね」
 オルハが小箱を操作していた。
「あなたを包んじゃおうか」
 えっとカトルが見下ろすと、妖しい笑いを口元に浮かべた。
 オルハが登りきる前に管理区に入るからとモゥビィルのナビゲェエションにクオリフィケイションを送った。
「そのまま次に見えてきた横道に入って」
 方向指示器なんか出しちゃだめだよとピラトの耳元で囁いた。
「も、もちろんです!」
 ピラトが真っ赤になって了解した。横道が見えてきた。ぎりぎりのところで制動を掛け、ギュンッと運転輪を切った。モゥビィルの尻が振れ、一気に方向を転換して、左折した。そのまま突っ走った。装甲車は速度を落とせず通過していった。
「切り替えして追ってくるだろうな」
 正面に扉が見えた。ナビゲェエションからオルハのクオリフィケイションを送って開けた。五人を乗せたモゥビィルが入ると、後ろで閉じた。
「どうせすぐに入ってくるだろ」
 カトルが言うと、オルハが短い銃身のオゥトマチクを構えて、認識盤を撃った。何発か当たり、硝子が割れてビビッと電光を放った。
「とりあえず、これで入って来られない」
 しれっとしているオルハにカトルが呆れた。
 モゥビィルを降り、何十本も縦横無尽に這っている管や線の間を巡って歩いた。
「あっつくなってきたな」
 ヒィイスが手で襟元を扇いだ。アンフェエルでは凍死しかねないペラペラの防寒服だが、この階層では必要ない。むしろ暑苦しく不用だ。防寒服を脱いで、ピラトがみんなの分を抱えて持った。扉にたどり着いた。
「この向こうにユラニオウム貯蔵庫があるんだよ」
 そんな場所は厳重で入れないだろう。
「貯蔵庫までの間にある管理区には入れる。緊急班の詰所があるはず。そこに行けば、耐熱布があるから」
 カトルがそうかと気が付いた。
「電波遮断もするんだったな」
 三枚くらい重ねて被ればなんとかねとオルハがうなずいた。そこで待っててと扉を開けた。裏方用の通路が左右に続いている。ピラトに来るように手招いて、そっと入り込み、ふたりで詰所に向かっていった。
 残った三人は扉の近くの輸送管の影に隠れた。
「ヒィイス」
 カトルがヒィイスにもうここで別れようと話した。
「これ以上一緒にいると俺に加担したってばれるから戻ったほうがいい」
「港口までは送ってってやるよ」
 ヒィイスが遠慮するなってと平気な様子だった。
オルハたちはコンマ五ウゥルほど経っても戻ってこなかった。なにかあったのかと心配したとき、扉がギィッと開いた。カトルが短い銃身のオゥトマチクを構えた。オルハが入ってきて、ピラトも滑り込んできた。
「お待たせ、ちょっと腹ごしらえもと思って」
 食料調達してたから遅くなったと豆のペーストと野菜の酢漬けを挟んだパンとチーズが入っている携帯食のパックを渡した。人造材の密閉容器には野菜果汁が入っていた。腹も減っていたので、ありがたくいただいた。
「カトルをこの布で包んでひとつ上の階層まで行ってから、交代で少し寝ようよ」
 オルハが提案した。この先の階層は警備も厳重だろうし、突破するには気力も体力も使いそうだった。
「突破するのは明け方がいいから、一ウゥルくらいしか寝られないけど」
 オルハはいろいろと作戦を立てるのが楽しそうだった。
「面白がってるだけだろ、おまえ」
 カトルが睨むと、そうだよとオルハが眼を細めた。
「ほんとはアウムズ専門分野に進みたかったんだけど、インクワイァは親の専門分野に進むことが多いから」
 自分の両親は三世代前だからすでに死んでいるので会ったことはないけれど、動力源分野専門だったと肩をすくめた。否応もなしに、動力源分野の教授のラボに配属された。
「四の大陸に配属されたんだけど、あそこの地熱プルゥムなんて、欠陥だらけだよ。地核の活動とかで岩漿(がんしょう)がしょっちゅう警戒域以上に膨張したりするから、攪拌の調整をしたり、別の岩漿(がんしょう)溜りに流したり冷却液で冷やしたりして解消するんだけど、あれはいつかまた制御不能になって暴走するね」
 もともとヒトが制御できるものじゃないと呆れていた。
「暴走したら、バレーは」
 カトルが尋ねると、何千年も前の事故では、地殻変動を引き起こして、島や大陸の一部が沈んだりしたよと果汁を飲んだ。
「今でもその影響が残っている。岩漿(がんしょう)が不安定になって、地盤の弱いところや火山口で噴出するし、地下水脈も不安定で洪水起こしたりする。そうした災害は、各大陸で起こっているよ」
 カトルがそうかと気が付いた。
「それがシリィたちが『災厄』って呼んでいるやつだ。魔導師たちが魔力で鎮化させるらしい」
 普通の自然災害はほおっておくが、『災厄』という突発的に発生する溶岩流や洪水は対処するのだ。
「そういやぁ、さっきの坊主、どうしたかな」
 ヒィイスが食べ終えて、げふっとゲップした。
「無事でいてくれるといいが」
 カトルが魔導師の無事を願うことなどあるとはと目を伏せた。
「さて、カトルを包もうかな」
 拝借してきた耐熱布を二枚床に引いた。
「こいつ、でかいから、俺とバイアスとでも運ぶのしんどいなぁ」
 ヒィイスがやれやれとバイアスと顔を見合わせた。すまんと横になったカトルの上にもう一枚掛け、頭のてっぺんからつま先まで、すっぽりと包み込んだ。救難用の縄も持って来ていて、それで何箇所か縛った。
「おい、ずいぶん厳重だな」
 カトルの篭った声が聞こえてきた。少し息苦しいと文句を言った。
「持ちやすくしてるんだから、文句言わないで」
 ヒィイスが壁際に置かれていた補修用らしき細い管を持って来た。その管に縄を通して、ヒィイスとバイアスが両側から持ち上げた。
「おいっ、どうなってるんだ!」
 急に空中に持ち上げられたので、カトルが驚いて暴れた。
「持ち上げたんだよっ、暴れんなって!」
 ヒィイスが怒鳴った。オルハがこの先に階段があるからと先頭になって進んでいった。

 隔離ラボでの騒動を聞き、中央医療棟の主任室から駆けつけたファンティアは、娘の変わり果てた姿に取りすがって泣いた。
「ティスラァネ、なんでこんなことに!?」
 ティスラァネは、呼びかけても反応せず、口から涎を垂らして、ぶつぶつと意味もないことをつぶやいていた。
「あ……わぁ、わぁぁ……うわぁあ……」
 すぐに鎮静剤を打って眠らせた。隔離ラボの主任ジェロアムも放心状態だったが、少し落ち着いてきて、あいまいながらも状況を説明した。
「レヴァードが素子を持ち込んだというのですか? そんなばかな……」
 中枢主任と連絡を取ろうとしたが、『音声対応不可』となってしまい、電文を送っても返信が来なかった。
 隔離ラボの廃棄物処理室は、搬送管に流されたメタニルが逆流してきて、扉閉鎖で取り残されたワァカァ十数人が死亡していた。
「なんということに……」
 レヴァードにはもちろん連絡はつかない。タニア議長にも繋がらなかった。ジェロアムを休ませ、副主任たちに後始末を任せて、眠っているティスラァネを中央医療棟に運んで、特別治療室に入れた。
 特別治療室の担当士に指示を出していると、中央医療棟副主任から連絡が来た。
『大変です。タニア議長をはじめ、食事会に呼ばれた議員たちが処刑されました』
 ファンティアがそうと大して驚いた様子もなく受け、それより、神経系分野と精神系分野の医療士たちを寄越すように手配を命じた。
「ティスラァネを治してやらないと」
 治らなければ、パリスの四男と同じになってしまう。パリスの四男は優秀種だったが、研究ラボ主任の暴行を受け、幻覚剤中毒の後遺症と神経症で病棟送りになった。しかも、死亡したことにされて、ワァカァに降格されてしまった。ファンティアにとってティスラァネはひとり娘だ。そんなことにはしたくない。
 副主任が驚かないのですかと尋ねた。
「当然でしょうね、パリス議長を罷免するなんてこと、したのですから」
 ファンティアは強硬派のスクゥラァだ。パリスとも交流がある。さきほどの『最緊急通信』の後にも、パリスから個人的な電文をもらっている。タニアたち啓蒙派の逆転など一時的なことだと内心苦笑していたのだ。
「同意書を返信したものは現状を保障されます。動揺せずに研究やワァアクを続けるようにと伝えなさい」
 副主任が了解して、メディカル分野のインクワィアにファンティア大教授署名の電文を流した。おそらく、各分野の強硬派が同様のことをしているはずだった。
「それにしても、レヴァードは、どういうつもりなのでしょう、こんな事態にして」
 ファンティアがレヴァードの居所を探ろうとしたが、中枢でアクセス不可にしているようで、検索もできなかった。
『ファンティア主任、確実ではないのですが』
 副主任があちこちに問い合わせてわかったことは、レヴァードは下層地区に逃げ込んだところを特殊班に逮捕されて輸送されているらしいということだった。
『ディクス医療士が一緒のようです』
 ディクスは中枢主任の主治医で、レヴァードとは以前同僚だった。すぐにディクスに連絡を取った。
『今はお話できないんです。すみません』
 ディクスは電文であやまってきた。おそらく中枢主任ヴァドの指示で動いているのだろう。
「わかりました。後で落ち着いたら、連絡下さい」
 返信してから、中央医療棟の敷地内にある保育棟に向かった。保育棟の乳児室を通路の硝子窓越しに見ていた。生まれて六ヶ月以内の乳児がこの部屋にいるが、その中にティスラァネの子どもがいるのだ。父親も優秀種で、推定数値が優秀種(メイユゥル)の基準値をはるかに超えていて、将来が楽しみだった。
 ティスラァネの治療は最善を尽くさなければならないけどこの子がいるし、他にも四人作れるしとすやすやと寝ている孫をいとおしそうな眼で見つめた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 52367