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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第325回   イージェンと贖いの島《エトルヴェール》(3)
『了解。ラカンユゥズィヌゥは、ドォアァルギアが接岸する予定だ。到着までの間、管理していろ』
 ヴァドがクォリフィケイションを送ってきた。
「接岸作業をこちらでも確認します。そのため、ドォアァルギアの現在位置を把握する必要があります。衛星測位システムを開放してください」
 それはしてくれないだろうとリィイヴがカサンにささやいた。カサンもうなずいていた。
 しばらく途切れたが、返答があった。
『……了解した。しばらく音声対応できない。問題があれば電文で送れ』
「了解です。ありがとうございます」
 エアリアがようやく手を離した。
ザイビュスが衛星測位システムを展開し、正面モニタにエトルヴェール島近海を映し出した。東側に光点が出てきて、そこから線条が伸びて、白い四角に艦名と測位数値が表示された。
「ドォアァルギア、あそこにいるんだ」
 カサンが身を乗り出した。白い四角を拡大すると、艦長氏名、乗組員数、航行速度、深度が読み取れた。
「ロジオンが艦長だな」
 深度は〇(零)、洋上航行していた。地図が縮小していき、極南列島から第三大陸、さらに北上し、公転していく。その間に、いくつもの光点が光っていく。
「あれがマリィンの位置だ。アランスト艦長のマリィン、今検索している」
 光点に白い四角が重なっていく。第二大陸と第五大陸の間の光点の表示が拡大された。
「マリィン『アーレ・デュウオ』、艦長アランスト、乗組員数九十二名、航行速度〇(ゼロゥ)、深度二〇セル」
海中で停止しているのだ。
「レヴァード教授は、探りにいったんだろう」
 ザイビュスが眼を険しくした。
「カトルを助けにいったんだ。アンフェエルにいたら、どうせ死んでしまうからと」
 ザイビュスがばかなことをと呆れた。
「おそらく、ばれたんだな。今ごろ、逮捕されているか、抵抗してたら射殺されてるのでは」
 ザイビュスに言われて、カサンもリィイヴもうなだれた。エアリアが急いで行きましょうとリィイヴの肩を掴んだ。
「アートランに伝えに行かなくては。救出は失敗です」
 アートランがおとなしくしていればいいけれどと心配した。パリスと子どもたちの暗殺もできないかもしれない。
「素子が入り込んだことがばれたら、キャピタァルを襲ったと誤解されたかもしれません」
 そうしたら、ミッシレェを発射するかもしれないと険しい顔をした。
「イージェンには知らせられないの」
 エアリアが空の果てのさらに上まで飛んでいける遣い魔はいませんと首を振った。
「すぐに行きましょう」
 エアリアが急いていたが、リィイヴが待ってとボォゥドを操作していた。
「あのマリィンの位置、全部覚えた?」
 エアリアがこくっとうなずいた。
「それを各学院に伝えたほうがいい。おそらく、ミッシレェの標的は各王国の王都だよ」
 第一大陸での発射ミッションでも、カーティアとエスヴェルンの王都が標的だったはずと説明した。エアリアが青ざめた。
「わかりました」
「教えたところで迎撃できないだろうし、攻撃もできない。むしろ、混乱するぞ」
 カサンがもう一度アランストを呼び出した。
「魔導師たちや王族だけでも避難したほうがいい」
 リィイヴがそう付け加えてとエアリアに助言した。エアリアが首を振った。
「それはできません。王族も学院も他国に侵略されても、王都を逃げ出すことは許されません」
 王宮を含めて王都は王権の象徴なので、逃げ出すことは王権を放棄することに等しいのだ。
「打ち込まれたらどうするの。『決まり』がどうのって言っていられないよ」
 リィイヴが厳しい眼をモニタに向けた。エアリアが戸惑っていた。
「カサン教授も素子に助けられたから、味方になったんですか」
 ザイビュスが尋ねた。
「ち、違う……た、ただ、テェエルが気に入ったからだ!」
 テェエルの自然を残したいからだと真っ赤な顔で反論した。ザイビュスがフンと鼻を鳴らしていた。
 繋がらんとアランストに小箱を返した。返したとたん、小箱が震えた。カサンがもらおうとしたが、ザイビュスが手を振って、小箱の細い紐をボォゥドに繋げて自分で出た。
「ザイビュスです、アランスト艦長」
『ザイビュスか、今どこにいるんだ』
 音声を開放してくれたので、アランストの声が管制室に響いた。
エトルヴェール島で引き上げ作業中ですと答え、どちらを航行中ですかとしらばっくれて尋ねた。
『第二大陸と第五大陸の中間海域だ。しばらくそこで停留するようにと指示が出てる』
 それにしても驚いたなとアランストは気軽に話してきた。マリィンは外との出入があるので、マリィンの艦長は管制棟とはやり取りが多く、副主任だったザイビュスとは知った仲だった。
「パリス議長の演説のことですか」
 ああとごくっと喉が鳴る音がした。なにか飲み食いしながら通話しているようだった。
『各マリィンに個別に演習ミッションが指示されていたんだが、まさか、テェエル攻撃のための実戦配備とは思わなかったな』
 そのことですがと核心に触れた。
「ミッシレェ発射って、通常は艦長と副艦長のクオリフィケイションを入力してするんですよね。その指令がパリス議長から直電で入るってことなんですか」
 アランストがあいかわらずだなとため息をついた。
『また個人的な興味か。だから出世できないんだぞ』
 余計なことにも首を突っ込むしなと笑っていた。
『直電もなにも、パリス議長が遠隔で発射するんだ。こっちはただの発射台みたいなもんだよ』
「発射システムを集中管理してるんですね、独立系も併設してますかね」
 独立系については聞いていない、もし仕様外で併設してるとしたら、いずれ俺たちに発射させるミッションを連絡してくるだろうと返答した。まったく、戦争なんてもんじゃなく、一方的な破壊行為だからなとため息をついていた。
「そうでしたか。つまらないミッションですね」
 ザイビュスが皮肉った。
『そうだな、素子が攻撃してくれば応戦することになるだろうけど』
 白光空弾《ブランドゥファシフェルスゥ》で狙撃、直撃すれば、素子は死ぬだろうし、ラカン合金鋼の外壁だから、篭っていれば被害はないが、何ヶ月もひっつかれたら干乾しだなとそこは真剣だった。
「ちなみにどのくらいユラニオウムミッシレェ、搭載してるんですか」
 アランストがそこまではなぁと笑ったが、手がかりは教えてくれた。
『まあ、諸元いっぱいってことだな』
 リィイヴがすぐにマリィンの性能諸元書を表示した。
「ユラニオウムミッシレェ十基、弾頭はそれぞれ四発。巡航ミッシレェ含む通常弾道ミッシレェ二五〇発……」
 エアリアがつぶやいた。
「マリィンは三十隻、単純に計算して、ユラニオゥムミッシレェだけでも三〇〇基あるということですね」
 それに二基の空母がどれだけ積んでいるか。
 リィイヴがエアリアが見たというミッシレェの製造番号を調べた。
「この間、君が第四大陸で見たミッシレェは大型だね、一基でおそらく弾頭を一五発から二十発は装備していると思う」
 一基でも州くらいならば壊滅する規模だ。
「壊滅……?一基で州が……」
 エアリアが青い眼を見張って恐れおののいた。
『あまりワァアク範囲以外のことに首を突っ込むなよ』
 長生きしたかったらなとアランストが釘を刺して通信を終えた。
「カサン教授、あなたが生きていることは報せないほうがいい」
 ザイビュスの忠告にカサンがそうだなとうなずいた。
 無事でいてくれと思うが、テクノロジイを捨てられないだろうし、いずれ大魔導師に始末されてしまうのだ。
「今のことも含めて、各学院に伝書を出します。わたしたちはキャピタァルに行きましょう」
 エアリアが急かすと、リィイヴが了解した。
「カサン教授、ここにいてください。ダルウェルさんが来たら、助言してあげてください」
 わからないことだらけだろうからと頼んだ。
「それはいいが、キャピタァルにどうやって侵入するんだ」
 パァゲトゥリィと検疫棟を突破するのは難しいぞと心配した。
「ラカン合金鋼以外の金属や岩なら壊せます」
 もしアートランが騒動を起こしていたのではない場合は、できればこっそりと入りたいのですがと眉を寄せた。
「それなら、作業抗から入ればいい」
 ザイビュスが正面モニタに配置図を出した。三人が顔を上げてモニタを見上げた。
「これはアーレのものだが、パァゲトゥリィはキャピタァルでも同じ構造だから」
 ザイビュスによれば、ワァカァ作業員が、パァゲトゥリィから船渠に入ったマリィンの清掃や汚物排出処理を行うため、内部から延びている作業抗から出てくるのだという。作業員はかならず防護服を着用することになっている。
「防護服を着てって、作業員に紛れ込めば、少しは穏やかに入れるかもな」
 防護服は救急班にあると場所を教えてくれた。リィイヴも作業抗のことは知らなかった。
「ザイビュス、ここまでしてくれるのはなんでだ」
 カサンが戸惑っていた。ザイビュスはもともとパリス一派に続く強硬派で知られたセラガン大教授ら急進勢力の一門だ。とても啓蒙に理解があるとは思えないし、ましてテクノロジイは捨てられないだろう。
「船に……アダンガル、戻ったんだろう?」
 急にザイビュスの声が細くなった。ええとリィイヴが返事をすると顔を逸らした。
「約束……守れって言ってくれ」
 アダンガルに伝言してもらいたいために手助けしたようだった。
「約束って、なんですか」
 約束事などはしないようにとイージェンに言われていたはずだ。ザイビュスは顔を逸らしたまま、言えばわかると言い、カサンのモニタに何か表示した。
「カサン教授、そちらに退去計画表の枠組を送ったので、作成手伝ってください」
 建築物を解体して、更地に戻す計画表だった。カサンが、よくわからんと怒ると、解体処理コォオドがあるので、それに各建物番号を入力すればいいと説明した。
 リィイヴが、ザイビュスに育成棟であったことと後ろに座って木炭で手紙を書いているアルシンのことを説明した。聞き終えたザイビュスがちらっと後ろを振り返った。
「あの子どもを襲った連中のことは、素子に任せる。育成棟の子どもたちは、明日から親たちと一緒にする予定だったが」
 各地の親たちを新都に呼び寄せて、南ラグン港近くの宿泊棟に入れているのだ。バレー・アーレやキャピタァルからの転属者を一時収容する施設だったところだ。
リィイヴが子どもたちはかなり啓蒙されているので、一度素子たちが諭してから親元に戻すほうがいいのではと提案した。
「そうしたほうがいいなら、そうしてくれ」
 ピキィンピキィンとモニタの隅に白い四角が現れた。音声通信と書かれている。相手先はドォァアルギアのロジオン艦長だった。
「こちらエトルヴェール島、中央管制棟主任ザイビュスです。ドォァアルギア、ロジオン艦長どうぞ」
 少しの間を置いて、柔らかく落ち着いた声が聞こえてきた。
『ザイビュス主任、こちらドォァアルギア、ロジオン艦長です。中枢主任から、居残りの件、聞きました。ご苦労さまです』
 リィイヴの顔色が変わった。久々に聞く兄ロジオンの声だった。ヴァドよりも多く接することがあったし、優しい兄だったので、十四年ぶりの声が懐かしく聞こえてしまった。
「いえ、なにしろ、教授以下みんな、放り投げていきましたので」
 皮肉ると、ロジオンが苦笑したようだった。
『あなたのようなワァアク熱心なヒトがいて助かりました。到着は明日夜になりますから、接岸作業は明後日にします』
 それまでよろしくと切った。
「さて、明日の夜までだな」


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