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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第322回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(下)(3)
「侵入者って、何だ!?」
 カトルが後を追いかけた。バイアスとピラト、そのほかにも何人か走ってくる。
「わからないけど、搬送管にアゾトゥ流すなんて、何考えてるんだか!」
 搬送管がいかれるとオルハが眼を吊り上げた。箱車が何台か、処理物搬入所に向かっていた。いつもはこの時間消灯している処理場内のエリクトリクトォオチが次々に点いていく。
 処理物搬入所に近付き、箱車を降りて、駆け寄った。搬送管から白い気体が噴出していて、周辺に白い霜がピシピシと張り付いていく。
「機材がだめになる!」
 ヒィイスが電動手機を移動させると何人かに手を振った。プライムムゥヴァを起動させ、後退しながら、搬送口から離れようとした。そのとき、シューッシューッと噴出音を立てて、白い気体とともに、透明な液体がドオーッと吹き出てきた。
「わぁぁっ!」
 液体は、思った以上に勢いよく吹き出てきた。
「わああっ!」
 ヒィイスがあわてて運転席から転がり落ちて逃げた。逃げ遅れたふたりほどが巻き込まれ、液体を被って、機材ごと凍り付いた。
「ひどい……」
 バイアスとピラトが震えた。
 どんどん噴出している。その中からなにか、球体状のものが飛び出てきた。
「な、なんだ、あれっ!」
 ヒィイスが眼を剥いて指差した。浮かんでいる球体は白く輝いていた。眩しくて思わず腕で眼を覆った。次第に光りが弱まって、ヒトの形となり、やがて、はっきりと見えてきた。
 子どものように小柄な身体に黄金の髪、上半身裸で、奇妙なことに肩から腕にかけて黄金の鱗が生えている。大人びた顔がにやっと笑った。
「……ア……トラン?」
 カトルが眼を見張り、首を振った。
「ああ、カトル、あんたを迎えに来た」
 冷たい空気に澄んだ声が響いた。すーっと降りてきた。オルハやヒィイスは固まったように動けなくなっていた。
「そ、素子だった……のか……?」
 カトルが二、三歩退いた。アートランが浮いたまま、カトルの顎先に触れ、目を細めた。
「そうだ、黙ってて悪かった。いなくなったって、ずいぶん心配してくれてたな、ありがとう」
 カトルが首を振って仰け反った。
「迎えにってどういう……」
 アートランが少し離れた。
「レヴァードがあんたをどうしても助けたいっていうからさ。俺もあんたは助けたい」
 カトルは戸惑っていた。
「アダンガル様も大魔導師もあんたを助けたいって。だから、俺と一緒に来いよ」
 レヴァードが何で?アダンガル様はともかく、大魔導師が俺を知っているのか?
 だが、カトルは首を振った。
「行かない、俺は。テクノロジイを捨てられない」
 アートランがむっとして腕組みした。
「ここにいたって、何年もたたずに死んでしまうんだろう?」
 そうであってもと拒んだ。やっぱりとアートランがため息をついた。
「カトル、俺を見ろ」
 就縛の術を掛けようとした。そのとき、ずっと鳴りっぱなしの警報が止まった。
『素子アートラン、アンフェエル処理場にいることは分かっている。レヴァードを逮捕した。抵抗を止めろ』
 ヴァドの声が響いてきた。怒りを抑えきれないようで、声が震えていた。アートランが首から提げていたティスラァネの小箱が震えた。開けて繋ぐと、レヴァードが捕まって手錠を掛けられている画像が送られてきた。その首に輪っかが掛けられていた。
『抵抗すれば、首に嵌めたボォムを爆発させる』
「人質獲ってボォムで脅すって仮面のときと同じじゃないか。もう少し別の手を考えろよ」
 呆れながらも、ぐっと唇を噛んだ。場内の拡声器から声がした。
『アートラン!』
 レヴァードが叫んでいた。アートランが悲しそうに目を細めた。
「おっさん、俺は捕まるわけにいかないんだ。すまないが、死んでくれ」
 小箱を通じて聞こえたようで、レヴァードがうなずいた。
『わかった、ヴァシルに、借りてもらった本、無駄にしてすまなかったって伝えてくれ!』
 アートランがぎりっと歯軋りし、小箱を握り締めた。
『カトル、恋人、大切にしろよ!』
 何かで殴られて倒れたのを最後に小箱の画面が暗くなった。
 アートランが振り向いて、険しい目で、呆然と立ち尽くすカトルを睨んだ。
「レヴァードの気持ち、わからないなら、この場であんたを殺す」
 カトルが一度目を閉じ、かっと見開いた。
「わかった。ここを出る」
 テクノロジイを捨てるとは言えないがと心の中でテェエルに行くことを決意していた。そうなるともう、押さえていたアルリカへの想いが溢れてきた。
 会いたい。思い切り抱き締めたい。
「よし、それなら決まりだ。行くぜ」
 カトルがピラトとバイアスも連れて行ってくれと頼んだ。
「ここにいても死ぬだけだし」
 ふたりともうなずいた。
 アートランが難しい顔をしたが、しかたないと了解した。
 オルハとヒィイスがようやく身体が動くようになった。オルハがカトルの腕を握った。
「詰所に寄ってオゥトマチクを持っていくといい」
「なんで……」
 訳がわからなかった。
アートランがオルハの真意を読み取った。
 退屈しのぎのいい話し相手だったのに。逃げ切れるわけないけど。
 それだけだった。裏はない。
オゥトマチクなど使いたくはないが、いずれにしても、ここを出るまではテクノロジイも使わないといけない。側の箱車に乗るように指差した。
「もらっていこう」
 箱車に全員を乗せて、縁をグイと握った。箱車がブワッと宙に浮いて、猛速で飛び出した。
「ひやぁ、飛んでる!」
 ヒィイスが下を見て、震えた。オルハはへぇと感心していた。アートランがオルハの顔を見た。
 こいつ、変わり者だな。ザイビュスと同じだ。
 ワァアクはきちんとこなすが、組織はどうでもいい。好奇心で動く。だが、オルハには心の闇がある。
 女とひとつになったとき、首を絞め、その苦悶の表情を見て、恍惚となる異常性癖があった。端正な容姿と有能な仕事ぶりに求めずとも女のほうから寄ってくる。気に入られたいとそうした性癖に付き合う女もいた。それまでは、寸でのところで止められたのに、そのときは止められなかったのだ。
 詰所でオルハがオゥトマチクを渡してきた。銃身の長いものを二丁、短いものを三丁。
「弾丸はこれ」
 人造材の箱を何箱か寄こした。暴動制圧用に用意されているものだ。
 ふたたび警報が鳴り出した。ヒィイスが硝子の外の異常に気が付いた。
「おい、様子がおかしいぞ」
 外にいた何人かが詰所に向かってよろめいてくる。口や鼻から血を流し、もがき苦しんで、次々に倒れていった。
「まさか、メタニル?!」
 天井の空気口から白い気体が吹き出ていた。
「まったく、俺には効かないってのに」
 冷凍液でも凍らなかっただろうがとアートランが舌打ちした。どうするとカトルがオゥトマチクを肩から提げ、構えた。
「俺と一緒にいれば、魔力のドームで包むから大丈夫だ」
 寄れといわれ、ピラト、バイアスがおそるおそる寄って行った。
「待って。わたしたちはどうなる?あの扉開けたら」
 当然メタニルが入ってくる。ここにオキシジェンのチュゥブは置いていない。それに顔を覆う防毒面でも被らないと防げない。
「死ぬだろ」
 素っ気なく言って、アートランがカトルを抱き寄せ、ひとりをカトルの腕にしがみ付かせ、もうひとりを背中に背負い、ブワッと魔力で包み込んだ。
「とばっちりで死ぬのかよ」
 ヒィイスが目を真っ赤にした。アートランがしぶしぶ顎で示した。
「こいつらに掴まれ」
 オルハとヒィイスも長いオゥトマチクを肩から提げ、オルハは短いオゥトマチクを差し込んだ帯を腰に巻いた。
「しっかり掴まってろよ!」
 大人四人をぶらさげて、宙に浮かび上がった。周りの空気が陽炎のように揺らめいている。左の拳を振り上げ、扉に叩き付けた。
 ガシャーンッ!!と割れる音がして、粉々に砕け散った。
「ひえっ、すげぇ」
 ヒィイスがぶるっと震えた。そのまま飛んで、アンフェエル作業場の表扉に向かっていった。足元に何人も倒れている。食堂や寝袋の格納庫にも遺体が転がっているだろう。
「ひどいなぁ、ここまでするんだね」
 オルハがヒトゴトのようにつぶやいた。
「目的のためには手段は選ばないんだろうけどな」
 アートランが目を光らせた。扉の前に降り立ち、扉の横の認識盤を叩き割った。左手が光っていく。その手の先を扉の間に滑り込ませて、ぐうっと力を入れた。
「はあっ!」
 大きな扉がぐわっとひしゃげ、隙間が出来た。
 外に出たとたん、弾丸のあられが振ってきた。天井に設置された無人オゥトマチクからの射撃だ。アンフェエル作業場から無断で脱出するものを殺害するのだ。魔力のドームに当ってピシュンピシュンと弾かれる。
 ここまではメタニルが来ていないので、四人を離した。
「撃て!」
 アートランが合図すると同時にカトルとヒィイスがオゥトマチクを撃った。ガガガッと発射され、天井から出ていたオゥトマチクが砕けた。
「この先はオゥトマチクはないぜっ!」
 ヒィイスが叫んで、箱車に乗るよう手を振った。
「ここのは自走式なんだ。動力源も充電式だ」
 ヒィイスが終点まではいけると舌なめずりした。面白がっているようだ。カトルが首を振った。
「おまえとオルハは関係ない。ここに残れ」
 オルハがくすっと笑った。
「関係ないって?中枢主任、そう思ってくれるかな」
 アートランが箱車の縁に立った。
「話はこれに乗ってしてくれ」
 急ぐぞと顎をしゃくった。四人が乗り、ヒィイスがガコンと走らせ出した。
「いくらなんでも、巻き込まれたおまえたちは大丈夫だろう、これ以上ついてこないほうがいい!」
 カトルがオゥトマチクの点検をしながら、怒鳴った。オルハは首を傾げた。
「あなたはわかってないね、パリス議長の恐ろしさ!」
 カトルがおまえのほうがよっぽど恐ろしいとつぶやいて顔を逸らした。
「それにしても、『魔導師』ってのか、ほんとにいるんだなぁ!」
 ヒィイスが物珍しそうにアートランの脚を指先で突付こうとした。ワァカァたちは、テェエルは天候が不安定で不潔で野獣たちが徘徊し、シリィが動物のような暮らしをしている、マシンナートの住める環境ではないと教えられていた。『魔導師』やら『王様』やらがいるということは、啓蒙ミッションに参加したワァカァが内緒話として地上の様子を漏らすこともあったりして、かなり歪んだ情報だが、言い伝えられていた。
「俺たちに付いて来たら、死ぬか、テクノロジイのない生活をするか、どっちかだぜ。いいんだな」
 箱車の縁にすとっと腰を降ろしたアートランがオルハとヒィイスに尋ねた。
 ヒィイスがうーんとうなりながら天井を見上げた。
オゥトマチクを発砲したいと思っているだけで、たいして考えていない。オルハも面白がっているだけのようだった。
「どっちにしろ、大魔導師がテクノロジイリザルトを全部消しちまうから、同じことだけどな」
 使えるうちは使うか。
「レヴァード、殺されてしまったかな」
 カトルがうなだれた。
「いや、まだ死んでいない。アンフェエルに向かおうとしていたみたいだ。下層地区の途中まで降りてきていた」
 連行されるらしく、第十三階層にいるとアートランが小箱を手のひらに乗せた。
「ヴァドのやつ、これでこっちの位置を確認してるんだったな」
 ぐっと手を握り締めると、小箱がパキィンと砕けた。破片をバラバラと下に落とした。
「第十三階層だったら、ワァカァ居住区だね」
 オルハが小箱を操作して、地図を表示した。ワァカァ居住区は第五階層から第十五階層までだ。
「助けられないか」
 カトルがアートランを見上げた。アートランが腕組みして考え込んだ。
「あんたたちを連れているから無理だな」
 ひとりなら動けるが、これだけ抱えては難しい。
「わたしたちで港口まで先に行ければどう?!」
 オルハが手元の小箱を覗き込んだ。
「いけるのか、あんたたちだけで」
 アートランが心配した。
 門や扉があるだろう。それを破壊しなければいけないのではないか。
「わたしのクォリフィケイションで行けるところまで行ってみるから」
 ヒィイスがオゥトマチクの銃身を右手で撫でながら、左でオルハを突付いた。
「パァゲトゥリィまで行って、後は作業抗に潜れれば港口に出られるぜ」
 ヒィイスが伯父が港口の清掃員をしていたので様子はわかっていると胸を叩いた。
「清掃員や作業員が移動する抗があるんだよ」
 子どもの頃に抗の側まで連れて行ってもらったことがあるのだ。
「いざとなれば、こいつで脅して開けさせようぜ」
 ヒィイスがオゥトマチクの銃口をバイアスに向けた。
「ばか、向けるな!」
 バイアスが怒って顔を逸らした。
「へへっ、昨日は死にそうだったのに、元気でてきたな」
 ヒィイスが顔を赤くしたバイアスに何か投げて寄こした。
「充填できっか」
 弾の箱だった。バイアスがうなずき、ポケットに入れた。
 カトルがレヴァードの無事を願って眼を閉じた。
(「イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(下)」(完))


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