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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第320回   イージェンと極南の魔獣《マギィクエェト》(下)(1)
 キャピタァルの上層地区中央塔の食事会会場から出て地下の車庫に降りてきたレヴァードは、モゥビィルを調達しようとしたが、すでにラボに戻ろうと殺到した連中が乗ってしまって全部出払っていた。搬送車でもいいと裏手の荷物搬入口に向かおうとした。そのとき、一台のモゥビィルがすっと横で止まった。
「レヴァード!」
 ディクスだった。モゥビィルがなくて困っている様子を察したようだった。
「よかったら乗っていかないか」
 助かったと乗り込んだ。運転士に隔離ラボに向かってくれるよう頼んだ。
「隔離ラボ?」
 ディクスが首を傾げたので、エトルヴェール島の変死体を検体として持って来たと説明した。
「これから地上に出て行くのに伝染病などだと困るだろうと思って」
 でも、もう必要ないかもなと苦笑した。
「あんなに鮮やかに逆転するとはな」
 おそらく敵対勢力は徹底的に排除するだろう。トリストも変わり身の早さを自負していたのだろうが、あの会場に残されたということは粛清の対象になったということだ。拘禁か死刑か。いずれにしても二度と復帰できないに違いない。自業自得とはいえ、哀れな末路だ。
「恐ろしいよ、パリス議長とヴァド主任は」
 ディクスが震えていた。モゥビィルが隔離ラボに向かっていないのに気が付いた。
「どこに行くんだ?先に連れて行ってほしいんだが」
 横を向いていたレヴァードのこめかみに冷たいものが押し付けられた。
「ディクス……?」
 銃身の短いオゥトマチクの銃口だった。ディクスは眼を腫らして震えていた。
「悪く思わないでくれ、レヴァード……君を確保するようにとヴァド主任から指令が来たんだ」
 中央塔に戻るようで、モゥビィルが迂回し始めた。
「どうして俺を」
 ディクスの震えは続いていた。
「君が持ち込んだ検体、仮死状態の素子だったんだろ?隔離ラボで蘇生して暴れ出した。かなり被害が出てる」
 ティスラァネ検疫主任が解剖しようしたところ、蘇って手術室を破壊し警備担当を何人も殺して逃走したのだ。
「ティスラァネ、よけいなことを」
 解剖されてはたまらないと暴れたのも仕方なかった。逃走しているので、捕獲するために自分を脅す道具にするつもりなのだ。
 これではイージェンが捕まったときと同じになってしまう。
 レヴァードの小箱が震えた。音声通信だ。
「出ていいか」
 ディクスに聞くと、ゆっくりと出してくれと言われ、そのようにして、開いた。ティスラァネからだった。受話釦を押した。
「ティスラァネ主任か?」
『おっさん、俺だ、ごめん、暴れちまった』
 アートランだった。
「アートラン……」
 ディクスの小箱も震えた。ヴァドからの音声通信だった。
『今レヴァードが話している相手が素子だ』
 レヴァードの耳に拡声器からのヴァドの声が聞こえてきた。
『素子アートラン、その場に留まり到着した担当官に従え。さもないとレヴァードを殺す』
 レヴァードが怒鳴った。
「俺に構うな!もうカトルもあきらめて逃げろ!」
 ブツッと強制切断された。レヴァードがディクスに身体ごとぶつかった。
「わあっ!」
 ぶつかった拍子にディクスはオゥトマチクを床に落とした。拳でガッと顔を殴った。ディクスが仰け反り、その間に床のオゥトマチクを拾って、前の運転士の頭に突きつけた。
「停まれ!停まらないと撃つ!」
 運転士があわてて停車させた。レヴァードがモゥビィルから降り、運転士に降りるようオゥトマチクを向けた。ディクスにも降りるようにとオゥトマチクで指示した。
「逃げ切れるわけない!」
 ディクスが殴られて鼻血を出しながら泣き叫んだ。
「素子を捕獲する手助けしたほうがいい!うまく生け捕りにできたら、きっと命は助けてもらえるから!」
 自分も頼んでみるからと震えた。
「あいつの足かせになるくらいなら、死んだほうがましだ」
 レヴァードが元気でなと言い残して、モゥビィルを発進させた。

 隔離ラボの地下レェベェル2から3に降り、さらに4に降りたアートランは、職員のいた部屋を見つけ、認識盤を叩き壊して入り込み、職員に就縛の術を掛けた。
タァウミナァルでラボ内の配置図を表示した。タァウミナァルの操作は何度か南方大島で見ていたし、職員の心の中を探れば容易にわかる。
 ようやくアンフェエル処理場への通路を見つけた。廃棄物処理室から伸びている廃棄物搬送管だった。廃棄物を入れた箱をアンフェエル処理場まで落下させる管だ。
ついでにキャピタァルの配置図を出し、瞬時に記憶した。職員のズボンだけ奪って穿き、だぶだぶなので腰でぎゅっと絞り、裾を何重にも折り返した。その部屋を出て、廃棄物処理室に向かった。この階よりさらに二階下だ。
『地下レェベェル4、閉鎖』
 通路のあちこちでガガーンガガーンと大きな音がして遮蔽壁が下がってくる。
「そんなの無駄だ」
 また床をぶち破って下の階にもぐりこんだ。地下レェベェル6まで下がり、廃棄物処理室の認識盤を叩き壊した。扉をこじ開けて中に入ると、広い作業場に何人もの作業員がいて、驚いて叫んだ。
「わああっ!」
 みんな、ワァカァだ。作業場にはたくさんの棚や卓があり、人造材でできた箱や桶、硝子や透明な布袋などが置かれていた。シュッとヒトならぬ速さで室内を駆け抜け、鋼鉄の階段を飛び越えて、さらに二階分ほど地下に落ち込んでいる広場に降りていった。その広場の奥に搬送帯があり、隧道(トンネル)に続いていた。あれがアンフェエルへの搬送管だろう。
「止めろ!そいつを!」
 どこからか叫び声がしたが、作業員たちは恐ろしさに震えて逃げ惑っていた。その間を飛びながら、小箱を開いてレヴァードに音声通信を繋いだ。
『ティスラァネ主任か?』
 レヴァードの声が聞こえてきた。
「おっさん、俺だ、ごめん、暴れちまった」
『アートラン……』
 すぐに作業場の拡声器から声が聞こえてきた。
『素子アートラン、その場に留まり到着した担当官に従え。さもないとレヴァードを殺す』
 中枢主任ヴァドの声だった。レヴァードが怒鳴った。
『俺に構うな! もうカトルもあきらめて逃げろ!』
 ブツッと強制切断された。
「……おっさん……」
 アートランが口元を歪め、監視キャメラに向かって怒鳴った。
「おい! ヴァド、どうせそっから見てんだろ! よく聞け!」
 足元に這っていた細い管を引っ張って引きちぎり、その管を光らせ、槍のように構えた。
「レヴァードを殺したら、俺はおまえを許さない! おまえもおまえのおふくろも殺してやるからな!」
 管の槍を投げつけた。管の槍が天井の監視キャメラの位置に突き刺さり、爆発するように砕けた。天井にピシッとヒビが入り、亀裂が走ってバラバラッと落ちてきた。
「わあっ!」「逃げろっ!」
 激しい警報音が鳴り響いた。アートランが搬送管に飛び込んだ。

 中枢《サントゥオル》の台座の上でヴァドがギリギリと歯軋りした。
「……なんであんなものが入り込めたんだ……レヴァードが手引きしたとはいえ……」
 まるで「細菌」や「寄生虫」のように入り込み、侵蝕している。すぐに検疫デェイタを調べたが、生体反応はいっさいないのは明らかな結果だった。検査手順や内容に手抜かりはない。
「完璧な仮死状態だったということか」
 入り込まれただけでなく、暴れ周り、施設を破壊され、何人も殺されている。こんなことが母パリスに知られたら、間抜けだと思われてしまう。レヴァードを人質にして捕獲しようとしたが、どうやら生きて捕まえるのは難しそうだった。
 まだティスラァネの小箱をもっているので、追跡してみると、地下に伸びている廃棄物専用搬送管の中をどんどん降下していた。
「メタニル注入」
 搬送管内にメタニルを充満させようとした。手元で操作し、一方で会議場の後始末を処理班に命じた。
「死体はヒュネラァユ処理場に運んで処理しろ」
 マシンナートに埋葬の習慣はない。ヒュネラァユ処理場で遺体を薬品で溶かし廃液にしてアンフェエル処理場に送り、アゾトゥで固めてしまう。
「素子処理班を組織、第九管区に向かわせろ。死体がそちらに落ちていく」
 すでに注入開始している。隔離ラボの処理室で逃げ遅れた作業員が十三名閉じ込められたと報告があった。搬送管内にメタニルを送れば、処理室に逆流していく。
「逃げ遅れたのが悪い。ほおっておけ」
 どうせワァカァだ。ゴミのようなものだ。
 両手の指先にあるふたつに分かれたボォウドでどんどん指示電文を送っていく。音声でも同時に多方面に連絡を取った。音声通信表を表示しているモニタで新着マァアクが光った。受話するとディクスだった。
『ヴァド主任、ディクス医療士です。すみません、レヴァード教授に逃げられました』
 ディクスは泣いていた。
「逃げられたで済むか。今特殊班を送るから、必ず逮捕しろ」
 その間にも各バレーの管制棟主任からの問い合わせが来ている。第二大陸、第三大陸、第五大陸各バレーは、もともと強硬派の議長や議員がほとんどなので、特に混乱もなく、むしろバレーを上げてこの快挙を祝っていた。
第四大陸バレー・カトリイェエムは、地熱プルゥムの事故で岩漿(がんしょう)が暴走してバレーを襲い、全滅した。ラカン合金鋼の外壁によって、ユラニオウム精製棟やミッシレェ製作プラントへの流出は免れたが、脱出できたものはほとんどいなかったようで、今も岩漿(がんしょう)の暴走は続いているとのことだった。昨日知ったパリスが混乱を避けるために演説の際は伏せておくことにしたのだ。明日には発表することになりそうだが、事故原因の究明には時間がかかりそうだった。
 各方面からの電文処理をしていると、南方海洋上のドォァアルギアからの電文が届いた。ロジオンからだった。
「……通信衛星の運行システム良好、これからエトルヴェール島に向かい、接岸、ラカンユゥズィヌゥを確保する。エトルヴィール島管制棟退去完了していないようなので、確認してほしい。以上」
 電文を読み終えて、ヴァドがフンと不愉快そうに鼻を鳴らした。
「なにが完了していないようなのでだ。ぼくが確認することじゃないだろう」
 ドォァアルギアから先行班を送って直接確認すれば済むことだ。
 ヴァドはロジオンが嫌いだった。兄弟の中で一番嫌いだったのは、メイユゥルのリィイヴだったが、もういない。ロジオンはその次に優秀で、行動力があって、パリスに期待されている。
「でも、ぼくのほうがかあさんの役に立ってる」
 どんなに苦しくてもつらくてもロジオンにこの台座は渡さない。そのために、誰にも使えないようにしたのだ。
「かあさん」
 頭部装着ディスプレイ装置の左隅の画面にはかならずパリスの画像を映していた。これまでは他のバレーや外部プラントを訪問中は話ができなくて悲しかったが、今では、いつでも呼びかければ応えてくれる。
「かあさんと、繋がってる」
 うれしい。
 だから、こんな失態を知られたくない。なんとかしなくては。
ピイィンと警音が鳴った。素子処理班の班長からの連絡だった。


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