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作品名:異能の素子 作者:本間 範子

第32回   セレンと師匠と調薬庫(3)
 イージェンが手ぬぐいで丁寧に濾した薬汁を素手でかき回しながら、さらに煮詰めていた。手に魔力を集中させて、精錬しているのだ。ラウドは、丸薬を作らされていた。穀物の粉に粉にした薬草を混ぜてさらに甘蔗(さとうきび)の粉を入れ、こねていた。セレンは枝からちぎった葉を一枚一枚濡れ手ぬぐいで拭いていた。
ラウドはイージェンの仕事ぶりをつぶさに見ていた。無駄がなくてきぱきとしていて、少々乱暴な言い方をするが、ラウドやセレンに対しての指示もわかりやすく的確だった。
 調薬庫の中央には火床があり、そこに大釜があって湯を沸かしている。その火床の上には換気筒があり、煙や湯気はそこから外に抜けていた。火床の大釜の下から漏れる火で小さな鍋の中の薬汁を煮詰めていたイージェンが急に立ち上がり、天井を見上げた。バサバサバサーッと音がして、換気筒から何羽も鳥が入ってきた。部屋の中を暴れまくり、粉を巻き上げ、箱をひっくりかえし、壜や皿を粉々に壊していく。
「きゃあっ!」
 セレンが悲鳴をあげた。
「セレン!」
ラウドがセレンをかばって腕で襲ってくる鳥を払った。
「くそっ!」
 イージェンが腕を振り上げようとした。換気筒から小さな影が落ちてきて、イージェンにぶつかろうとした。イージェンが、あの、ヒトならぬ速さで迫ってきた白光を叩き払い、影を捉えて後手に捩じ上げた。
「ああっ!」
 捩じ上げられた苦痛で叫んだそのものを見て、ラウドが驚いた。
「エアリア!」
 エアリアもラウドを見て、もがき叫んだ。
「殿下!」
 鳥たちが急に暴れるのを止めて、もと来た換気筒から外に出て行った。部屋の中は、もうもうと粉と羽が舞い上がり、めちゃくちゃになってしまった。
 イージェンがエアリアの腕をさらにきつく捩じ上げた。
「なんてことしてくれたんだ!せっかく作ったのに、めちゃくちゃだ!」
 エアリアはまったく動くことができなかった。イージェンがエアリアを捩じ上げたまま、足元に落ちている懐剣を遠くに蹴り飛ばした。
「殿下は無事に送り届けるって伝書、読まなかったのか!」
 エアリアが振り向きながら言った。
「でも、信じられない、もしものことがあったらって」
 イージェンが険しい顔をした。
「仮面が言ったのか」
 エアリアが首を振った。
「学院長様が…」
「また、あのバカ学院長か!」
 イージェンが右腕をエアリアの細い腰に巻きつけ、吊り上げた。外套の裾を捲り上げ、スカートの裾も捲り上げた。エアリアが顔を真っ赤にして、振り仰いだ。
「なっ!」
 ラウドが動こうとした。
「動くな!」
 一喝されて止まった。イージェンはエアリアのゆったりとしたズロースの上から尻を叩いた。
「おしおきだ!まったく!手間が掛かっているのに!」
 最初の一発は骨にも響く痛さだったが、その後はほとんど痛くなかった。ただ恥ずかしさが募っていく。何発か叩いた後、エアリアをラウドの方に突き飛ばした。
「エアリア!」
 ラウドが抱きとめ、まくれあがった裾をあわてて降ろした。イージェンは部屋を見回して大きくため息をついた。セレンがイージェンの手を握った。
「師匠…手伝いますから、作り直して」
 イージェンが虚をつかれた。見下ろすと、セレンが悲しそうな顔で見上げている。その小さな手を握り返した。
「そうだな、作り直すか」
 セレンがほっとした顔になった。ラウドがまだ息を荒らしているエアリアの背中をさすりながら言った。
「エアリアにも手伝わせるから、勘弁してやってくれ」 
 イージェンが厳しい目でにらみつけた。
「手伝うのは、当たり前だ!勘弁するかどうかは別だ!」
 ラウドに箒と麻袋を示した。
「床の粉を全部あれに集めろ、枝や葉は箱に入れておけ」
 大釜の底にある栓を抜いて、汚れてしまった湯を溝から排水溝に流した。
「セレン、水を汲んでこい」
 セレンがまた木桶をもって廊下に出て行った。呆然と突っ立っているエアリアに怒鳴った。
「ぼさっとしてるな!処方箋を集めろ!」
 あわてて床に散らばった紙を集め始めた。イージェンが、粉を巻き上げながら掃き集めているラウドに気づき、棚から手ぬぐいをもって近づいた。すっとラウドの鼻と口元を覆って後で結んだ。ラウドが驚いて振り返った。
「粉を吸い込まないようにな」
 ラウドがうなずいた。イージェンは、棚に戻り、エアリアが集めた処方箋を分け始めた。何枚かをエアリアに渡した。
「これはまだ材料がある、作れ」
 受け取って奥の材料の棚に向かった。残りの処方箋を見て、イージェンが考え込んだ。材料が尽きている。揃えている時間はなかった。壊れた壜や皿を片付けながら、いろいろとめぐらせていた。ある程度の材料は、地方の薬房で揃えられるだろう。調薬師が戻ってくれば処方箋と指示書で作れる。壊れ物を片付けてから、処方箋と指示書を書き始めた。
エアリアは処方箋の書き込みを見て、ユデットと同じように感心していた。見れば瞬時に覚えることができるので、できるだけ見ておこうと思った。 
 セレンが何回か水を運んできて、肩で息をついた。床の粉はほとんど片付けられていたので、ラウドと交代させた。セレンに箱の葉と枝を洗うようにいい、廊下に出て行った。
 エアリアは急いで棚の隅でせっせと紙をめくっていた。ラウドが戻ってきて、大釜に水を入れてから、覗きに来た。エアリアがあわてて隠そうとした。
「伝書を出すのか」
 エアリアが首を振った。
「違います、これ、とても参考になるので覚えようと思って」
 処方箋を見せた。ラウドには調薬の知識がないので、内容はわからなかったが、とてもきれいな字だった。
「字、上手いな」
 エアリアも顎を引いた。
「遣い魔は出すな、こちらがおとなしくしていれば、約束を守るだろう」
 ラウドが言うとエアリアがうなずいた。ラウドが何回か桶で水を運び、大釜を満たした。薪をくべて火を強くした。
 しばらくして、イージェンが盆を持って帰ってきた。セレンを呼んで、壁際の机に皿や茶碗を並べさせた。
「ひとやすみだ」
 ラウドとエアリアが手を止めて寄ってきた。椅子に座った。イージェンが茶碗に茶を注いだ。セレンのために、いつものように氷砂糖を溶かしてやった。じっと見つめているラウドに言った。
「おまえも入れてほしいか」
 氷砂糖は、子どもが飲むときに入れるものだ。いまだに入れて飲みたかったが、従者や侍女が給仕するときにはさすがに入れてくれとも言えなかった。恥ずかしくて下を向いた。イージェンが、口元に笑いを浮かべてラウドの茶碗に氷砂糖を入れて溶かしてやった。頬を赤らめてラウドが杯の縁に口をつけた。皿の上には薄いパン生地に香草とチーズを挟んだものが乗っていた。みなでひとつづつ食べた。


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